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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
281/302

PLANTMAN#14

 アールはあまりにも残酷な結末を知った。破壊される平和、守ると誓ったものを守れなかった神々、悪意によって狂い果てた少年神…そして彼は全ての元凶を知る…。

登場人物

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…エクステンデッドのヒーロー、出版エージェント業。

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神。



六月:南極、ベリングスハウゼン海沿岸から内陸に数十マイル、海百合型異星人の遺跡地下、アーカイヴ・ホール


 アールは重苦しい事実を受け止めていた――大陸が大洋に沈んだとして、その犠牲者数はどの程度のものなのか?

 アールには想像が難しかった。そして当時、沈んだ大陸の国家には五億人が暮らしていたのではないかと海百合種族の推測が立っていた。五億。それより多いか少ないかはこの際関係無い。

 これは明らかに大量虐殺であった。慈悲無き殺戮であり、なんであれ下手人はその結果を予測した上で実施したはずだ。

 しかしここで疑問があった。アールが知る人類史上でもそのようなレベルの殺戮は聞いた事が無い。つまり途方も無い規模であるが、その実行犯は何も思わなかったのか?

 いやそもそも、どのような大義名分、どのような形態の正義があったのか。あるいは悪意によるものなのか?

 想像できるレベルではない事にアールは気が付いた。理解を脳が拒み、その信じられないような規模の虐殺を知った事で感覚が麻痺した。

「ナイアーラトテップ、その…これを実行した奴はなんでこんな…理解できない、意味がわからねぇよ。なんなんだ? どんな怪物がそんな事をできるんだ? 五億って…いや、マジで意味が…」

 アールがそのように言うのでかの神は映像を一旦止めた。

「私にも理解しかねる。しかしわかっているのは、奴らこそ我が宇宙に悪を広めた張本人であるという事だ。奴らが来るまで、我が宇宙には調和があり、平和があり、多種多様な種族が共存し、一切争いは存在しなかった。これは矛盾しているように聞こえるかも知れないが、しかし悪が存在しないが故に人々は争う事を知らなかった。欺く事を、盗む事を、そして悪意を持つ事を知らなかった」

 突如平穏は消え失せたのだ。突如として悪魔が舞い降りた。突如としてそれによって、一つの文明が広い広い海の深部へと沈んだ。

「こんな邪悪が存在するのか…宇宙って本当に恐ろしいな」

「それについては勘違いせぬよう。かつて無かったものが今は存在しておるのだ。私の失態であるから、そこに関する批判は甘んじて受け入れる所存なり」

 かの神は己に責任があると強く感じていた。しかしアールには太古から存在する『ヒーロー』を言葉で殴り付けるなどできなかった。かの神がいなければ悪はもっと栄えていた。

 無限に増殖する悪を、恐らくはかの神が拮抗状態に持ち込んでいるのであろう。多くの善がかの神を目標としているはずであった。

 己ごときに何が言えたものか。


 信じられないような邪悪の所業によって四神の守護を受ける古代人類文明は呆気無しに消え去った。今となってはその存在を人類の恐らく大半が知らない。

 漠然としたアトランティスだのムーだのという夢想としてそれを考える事はあっても、それが本当に存在していた事を示す事はできないのだ。

 忘れ去られた偉大な先人達がいた事を思うと、アールは胸が熱くなる事を抑えられなかった。ナイアーラトテップと同じく、太古世代のヒーローがいたのだ。文字通りの神であるクトゥルーとイオドとイグとヴォーヴァドス。それらが作っていた平和を想像した。

 そしてそのような類稀なる実体達にすら守り切れない状況が存在した事に旋戦慄した。恐怖が襲って来た。

 もしそのような未曾有レベルの邪悪が今飛来したとして、ネイバーフッズや他のヒーロー達で守り切れるかどうか。そのような『人類とその神々に敵意を持つ悍ましい魔物』に、己は一体何ができるのか。

 確かに己の潜在能力の高さは身をもって知っていた。あの異界より訪れた女公ドレッドノートとのあの今年三月の戦いにおいて、彼は物理的実体を持たないものを攻撃する手段を得た。

 しかしそれでもまだまだに思えた。今この段階で、少なくとも己はかつて旧大陸を滅ぼした化け物と戦うには足手まといの戦力外に思えた。

 己よりもよほど他のヒーロー達が役に立つ気がした。それは能力的にも、精神的にも、その他の面でもそのように思えた。

 もしキャプテン・フェイドが帰還した時、己は彼以上の働きができる自信が無かった――少なくともこの信じられないような大量虐殺を見た後ではその自信が消え失せた。


 やがて石版の映像は滅亡後を描写し始めた。無論の事その大半は想像であるが、先行せしものどもの綿密な調査によって立てられた推論を疑う事も無かった。そしてとある要塞の事が描写され、アールははっとした。

「待って、これって…?」とアールが言いながらかの神の方を見た。かの神は知らぬ間に神としての姿ではなく例のジャマイカ人的な神父の姿を取っていた。そしてナイルズを名乗るその形態によってかの神は『静かに』というジェスチャーを見せた――それはこの後わかる。

 そしてそこからは、一人地上に生き残った神格についての恐るべき話が始まった。少しだけ復興した古代人は龍神の息子を畏れた。いや、ただ畏れただけではない。文字通りに恐怖したのだ。

 その祟りを畏れて年に一度生け贄を捧げていた事を、先行せしものどもは発見した古代地球人の文献の翻訳によって突き止めた。これが、あの夢の中で苦しんでいた少年神ガタノソアを外から見た状況であるのか…。

 ここに悲しいまでの擦れ違いを見た。人々は祟りを畏れた。だがガタノソアは、己に掛けられた呪い故に人々と関わりたく無かった。

 故にユゴスの国際都市より飛来せしミ=ゴが慈悲深くも建造した要塞の奥深くで引きこもった。

 しかし、結局は悲劇が起きた。かつて崇められた人気のあるガタノソアは悍ましい邪神として恐怖され、その実憎まれ、強欲な神官達が権威に利用すらした。神としての在り方を歪められたのだ。

「なんだよ、これ。酷すぎるだろ…」

 アールは映像が終わった時にぽつりと呟いた。彼の消えそうな呟きを、かの神は黙って受け入れる他無かった。それから五分が無言のまま過ぎ、かの神は重苦しい静寂を破った。

「いかにも残酷な話であろう、鼻持ちならぬエッジレス・ノヴァが好みそうな結果であるな。往時において古代人類によって畏怖され、しかし尊敬を集めた狩人のイオドに話を移そう。イオドは名誉ある挑戦を堂々と受ける神であった。すなわち、狩人である己から逃げ切って見せよ。もし汝の命を私が奪えぬなれば、お前には私が与えられる最大級の名誉を与えると。現在の感覚では少し残酷、ないしは野蛮な風習に思えるやも知れぬが、人と神の契約による神聖な儀式であり、人はかようにしてイオドその人に挑戦する権利を誰でも有していた。故に挑戦する者が絶える年は無かった」

「そのイオドが海底に封じ込まれる直前にこう言い残した事を、先行せしものどもはその科学力の粋を集めて突き止めた。曰く『我らは最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンを己らの家に招かない事を選んだ。我らは我らにて守り切る、干渉は不要である、と。しかし我らは己らの傲慢さを思い知った、いかに傲慢で愚かな神々であったかを、守護すべき民の莫大な死によって思い知った。己らを信じる者達をむざむざ死なせ、後に何も残らない虚無を作り上げた。我らは愚かであり、それは疑うべくもなかった。ナイアーラトテップを拒むできでなかった。這い寄る混沌の監視網に己らの守護する惑星を入れておけば、あるいは違った結果があったに違いない。しかしそうはならなかった、己らの愚かな選択故に。今となっては、海底に引きずり込まれる尋常ならざる力の前に無力である事を呪いながら、救えるはずの命達が絶望に染まって己らを見る様を思い知るのみなり』と言い残した。今どこに封印されているのかは私にもわからぬ。しかし、私はこのように思う。私こそ愚かであったと。私は無理にでも己の意見を押し通すなり、秘密裡に己の側面を彼らの国に置く事もできた。しかしそうしなかったのだ、彼らを信じて。それは言い訳に過ぎぬ、己が本当はすべきであった事を、諸宇宙の他の領域における活動を優先して何も見ていなかった。あるいは少しでも気に掛けていれば違った結果があったのではと思う。だがこの様よ。私はガタノソアを狂わせた。太古の地球人を退化させ、己らの神々に疑念を抱かせた。責任は私にもある。四神が自らの責任を感じる以上、私も己の罪から逃げる事はできぬ」

 アールは半ばぼんやりとそれらの事実を受け止めた。

「でもあんたは…受け止める事ができる。その強さがある。俺にはできるかどうか…」そこまで言ってから彼は尋ねた。「誰が? 誰がこんな事を? 誰がこんな惨たらしい事をしたんだ!?」

 ジャマイカ的黒人の姿で顕現する最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンは口を開いた。

「奴らはこのように呼ばれ、またこのように自称していた。〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)と」

 アールは稲妻に打たれたような衝撃を受けた。〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)、それが全ての元凶…。

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