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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
280/302

PLANTMAN#13

 アールはダーク・スターとの対決を終えた。たち去る『未来の己』を見送ると、彼は美しい三本足の神に以前見た『少年神ガタノソアが狂う夢』の事を話した。するとかの神は古い歴史の記録を見るために彼をある場所へと連れて行き…。

登場人物

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…エクステンデッドのヒーロー、出版エージェント業。

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神。



六月、ダーク・スターとの遭遇から数週間後︰南極、ベリングスハウゼン海沿岸から内陸に数十マイル、海百合型異星人の遺跡


「危機は脱したな、俺はこれで帰るぞ」

 特徴的な剃り上げた髪型の『自称未来のアール』はそう言って背を向けた。

「あ、待ってくれ! というか帰るってどうやって?」

 アールは慌ててそちらに手を向けつつ軽く走った。相手が振り向いたので彼は止まった。

「俺達はまた会える。心配するな、お前はあいつになる事は無い。お前はどんなに酷い状況でもお前を保てる。それじゃあまたな」

 そう言って未来の己と思われる男が唐突に出現した輝く門の中に消えて行くのを見送った。嵐のような展開であった。

「なんだってんだ、全くな」とアールは両掌を肩の辺りで軽く上向けつつ苦笑した。太陽が少し陰り、極寒の南極に平穏が戻った。海百合じみた種族とそのかつての従属種族が再建しつつあったコロニーから殺気が消えた。

 美しい三本足の神は着地し、戦鎚を虚空に収納した。深緑の甲冑に吹雪がぶつかり、星空のマントがばさばさとはためいた。

「君は強さを見せた。危うく私もまた不覚を取るところであったからな」

 するとアールはそれは違うと言った。

「いや、あんたがいたからさ。あんたが最後の守護神としての挟持を俺に見せたんだ。俺はあんたやその友達が作った子供達の遠い子孫なんだろ? だから俺だって膝を屈していられないってそう思ったんだ。こんなのは嫌だねって。俺はあんたを尊敬するよ。たった一人になっても俺達の代まで希望を繋いでくれた。邪悪に屈しない強さを見せられたのは俺の方さ」

 言ってからアールは、マジモンの神様相手に一体何を言っているんだろうなと恥ずかしくなった。不遜かなとも思ったが、今は彼にとっては『涼しい』この南極の吹雪がありがたく思えた。

「そう言われるのは光栄な事よ。ナイアーラトテップはその存在に価値があったという事だ。決して独りよがりの幼稚な自己満足などではなく、善を広げる事ができたと」

 言いながらかの神は己の激闘を振り返った。あらゆる場所においてあらゆる邪悪と戦った。それらの記憶が思い出され、心の中が束の間熱くなり、少し俯いた。

 アールは周囲を見た。避難していた異星人達が戻って来た。それを見ると己が異種族のために何かできる事をしたという実感があった。気取ったクソ野郎を追い払ったのだ。

「みんな、もう安全だぜ!」

 アールは多分通じるのではないかと思ってそう叫んだ。言葉がわからなくても、その雰囲気で。そしてそれは通じたらしく、続々と避難者達が戻って来て、彼らは作業再開するつもりであるらしかった。

 美しい三本足の神はそれらの様子を見て、かつて破壊された平和な諸宇宙を思った。しかし破壊されたものの中から新たな芽が生える事もある。これはその一例なのであろう。

 そう考えるとこれまでに戦ってきた事にとても満足できた。



数十分後:南極、ベリングスハウゼン海沿岸から内陸に数十マイル、海百合型異星人の遺跡地下、アーカイヴ・ホール


 アールはかの神に気になっていた事を話した。そしてその結果、彼はこの南極の地にあるアーカイヴへとやって来た。

 あの夢は嘘に思えなかったのだ。若き神が狂う様を見た。あの少年神が狂い果てた事を夢見た事で、そういう歴史が存在していたのではないかと思えてならなかった。

 ここはある種の図書館であり、古い時代の石版が残っていた。海百合は酷い戦争や紛争の最中でも己らの記録をなんとか残していた。

 広いホールは天上から照明用のクリスタルが悠々と生えており、逆さ向いた山か高層ビル街のような形状であった。未知の材質で作られたホールの床を歩き、そして彼らは目的地にやって来た。

「ここがそうだ。どうやらこれがその記録であるらしい」

 かの神は幾つものリングが同心で回転する物体へと手を伸ばした。光り輝くその中央の物体にかの神の右手が近付き、回転が止まって全てのリングが一つに重なった。そして中央の物体をそこから取り出した。

 途端その物体は巨大化し、最初は野球ボール程度であったものが一人用ベッドぐらいの大きさの石版へと変化した。それは自動で浮遊し、そしてそこにある記録が視覚や聴覚の情報として再生された。

「この惑星はおよそ五〇奥年前、宇宙各地から避難したり流れ着いたりした四人の神々による守護を受けていた。これは海百合種族、先行せしものどもはその後やって来た種族で、元々はその時代の古代地球人の文明があった」

 かの神はそのように補足した。

「もしかして、その神々って…」

「君も怪奇小説を通して知っておろう、すなわち偉大なるドラゴンのクトゥルー、狩人のアイオド、蛇の父イグ、そしてベル=ヤーナクのヴォーヴァドス。これら神々は忌むべき悍ましき邪悪との戦いで傷付き、己らの子らを、及びその同胞らを殺され、宇宙の片隅にあるこの惑星へとたまたま集った。彼らが感じた絶望は私に責任がある。私はあのような邪悪がいずこかの宇宙で育っている事を知らなかったが故に、百億年前のグロテスク極まる大戦が起きたのだ」

 そしてそれ以降の事は石版が移す映像によって知った。無論先行せしものどもとて全てを知るわけではなし、考古学等の調査によって知り得た情報も多いが、しかしアールは人類が知らない様々な驚異を見た。

 想像図ではあるが、大洋に沈んだ大陸があり、そこには素晴らしい文明があった。海の底に消えた隆々たる古代文明の息吹を再現映像から汲み取り、アールは心に何かが満ちるのを感じた。自然と涙が溢れるものであった。

「そうだよな、やっぱりクトゥルーはいい神様なんだよな」

 それを口にすると何故か嬉しかった。真実とは常に美しいものだ。

「一般には邪神として広まっておるが、それは間違いだ。偉大なるドラゴンのクトゥルー、ないしは八腕類のトゥルーは、美しく、心優しき龍神であった。宇宙最強のドラゴンであった。しかし全てが永続するわけではない」

 そこからは主に言葉による説明があった。何故かあアールにも理解できるその説明はやはり推測が多かった。

 しかし、大陸が何者かによって意図的に沈められた事を先行せしものどもは突き止めていたのだ。

「宇宙から何者かがやって来た。それは宇宙から来たとしか言いようのない、得体の知れないものであったに違い無い。しかしそれがなんであったかは私はわかっている」

「それってさっき言ってた邪悪?」

「そうだ、吐き気を催す窮極の悪、悪逆の徒ども、忌むべき頭顱積みども、光り輝く黯黒神ども。死と新生を繰り返す諸宇宙を初めて襲った、悪という概念のオリジナル」

 アールはまだ映像が終わっていないにも関わらず、その時点で既に愕然としていた。かの神にここまで言わしめる悪とは何者か?

 それはどれだけ悍ましい怪物であるのか。想像しただけでも寒気がした。

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