SPIKE AND GRINN#44
依然として邪神の大使は強力。スパイクは戦いを終わらせるために行動を開始した。地球最強の魔術師vs邪神の臨時権大使の戦いの行方は…。
登場人物
―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。
―ラプーロズの臨時権大使ゲレッテン・シュヴェッツ…裏ドラゴンでありクトゥルーのごときものクタニドの大使、『完成』によって捻じ曲げられた異星人。
八月上旬:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、エコー・パーク地下、世界蛇の降下
スパイクは飛来する極小金属弾の嵐を躱しつつ、今度は別個に飛来する広範囲攻撃用のランチャーから発射される異次元的爆発も回避しないといけなくなった。
見たところその被害はディスラプター兵器に似ているが、それよりも恐らく酷いと思われた。
当たるとどうなるかは不明だが、もしかすると生物を特に狙った兵器であるかも知れない。となれば当たるだけで致命的であるかも知れなかった。嫌な汗が流れ、しかしそれでも戦う他無かった。
スパイクはポンペイ・ワームのごとき上半身とある種のセントーじみた下半身とを併せ持つ臨時権大使の猛攻の中で回避に専念させられた。既に一分間の局所的時間遅延は終わり、敵は異様なスピードで動いていた。
スパイクは神速で動くグリンの神としての戦いを思い出していた。
まああれでも恐らく手加減していたのであろうが、しかし目の前の敵はもしかすると邪神クタニドその人の側面として存在している可能性すらあった。
だとすればかなり厄介であった。側面というのは侮れず、その本体が神である場合などはかなり厄介だと言えた。
特に大使と銘打った相手となれば、どれだけの権限を有しているかが問題となる。己一人に対処できるかどうか。
やはりシンヤからは追加の報酬を受け取るべきだなと考えつつ、スパイクは飛来する異次元的爆発の弾体を回避した。
数百ヤードに渡って吹き飛ばすそれを大きく回避し、名状しがたいものの無意識の悪意を感じ取った。
なるほど、ドラゴンとその使徒は実に厄介というわけだ。そいつらはどうしようもないクソったれで、頼まれていないのに異星を侵食して、ネットワークを確立して取り返しの付かない事をやらかす。
そのクソ迷惑な裏ドラゴンが派遣した大使――現在は臨時権大使――とこうして戦っているというのは、己の手で今歴史を作っているという実感が得られた。素晴らしいもんだな、アスホール。
スパイクはかような恐るべき敵を相手に、己が人知れず昼間から激闘を繰り広げている事を内心で笑いながら、サポート目的で連れて来た車載AIウィニフレッドに尋ねた。
「ウィニフレッド、何か付け足す事とかねぇのか? ほら、俺って今ヤバいのと一人で戦ってるしな!」
「そうですね、特に補足はありません。ただ、だからあなたはこうして単独行動を好むんですねと感心しているところです」
「そりゃそうだろ、一人なら死ぬのは俺一人で済むしな」
スパイクは言いながら状況を窺っていた。ゲレッテン・シュヴェッツが使う二種類の火器がリロード不要の兵器であるとも思えなかったからだ。リロードでなくとも冷却が必要な気がした。
あるいは先進的ないずこかの文明――例えばケイレン帝国――であればその両方とも不要な兵器を保有しているかも知れないが。
そうしていると相手の攻撃が止んだ。なるほど、考えてみるものだなと彼は思った。その隙に後退し、半マイル程度の距離を空けた。
ラヴクラフトの怪奇小説にでも出てきそうな名状しがたいものとの闘争の中で束の間心が落ち着いた。
「敵の兵器はとても強力です、可能な限り被弾は避けて下さい」
「ああ、そう言えばそうだったな」
「はい?」とウィニフレッドの分離された一部はスマートフォンのスピーカーを通して言った。
「お前の役目はあれだな、既にわかり切った事を改めて口に出す事だったなと思っただけだ」
「あなたの役に立ちたいのですが、今のところ他にできる事がありません」
それはごもっともだなと彼は苦笑した。距離を置いて両者は睨み合っており、緊張感で手足が強張った。
相手はかなり厄介であった。勝てるはずではあったが、しかし負ける可能性も高かった。その時はどのように己の始末をつけるべきかも考えておくべきか。
そうこうしていると敵は何かしらの別個の兵器を起動したらしかった。ドラゴンに授かった兵器なのか、それとも洗脳されたあの個体が元々持っていたのかは不明であるが、かなり危険性があった。
見ればこのぼんやりとした闇に閉ざされた空間の色合いが変化していた。朱色の光が周囲を満たし、それは高速で収縮しつつあった。
「不味いですね、あれは何らかの事象反転兵器です。すぐにゲレッテン・シュヴェッツに接近しないとあなたに恐ろしい事が起きます」
「見りゃわかる、掴まってろ!」
「掴まれません」
スパイクは全力で飛行した。そしてトリガーを引き、高速移動のための応用的魔術を発動して一気に距離を跨いだ。そして相手はこちらを近付けるのが目的なのであろうと結論付けた。さて、ここからが本番だぜ。
速度を利用した肉腫剣による刺突を考えたが、しかしそれでも不十分に思われた。実際スパイクはそれを実施し、相手の衣服の上から突き刺さったが、それだけで倒せる相手でもなかった。またもアッティラの剣の模造品が有するエネルギーを消費した。
スパイクは咄嗟に美しい有機的な剣を構えた。鞭ないしは触腕のごとく動き回るそれの刀身が飛来する金属弾を斬り裂いた。
しかしそれらが発する衝撃その他の物理的作用を殺す事に失敗し、全身に何かが激突したかのような感覚に襲われた。
――さあ、我らの同士になれお前はドラゴンの一部だお前は我の友だ吸収してやろう。
理解てきない手段によって伝わるそれらの言葉の洪水を頭から追い払い、スパイクは敵がまた厄介な兵器を使う前にすべき事を行動に移した。
アッティラが振るった〈神の鞭〉は防御を殺す手段として定義できる。ただの影であろうとも、そこに残りのエネルギーを集中させればやれない事も無い。スパイクはその戦術を選んだ。
敵が着ている上流階級の衣服はただの服飾などではなく明らかに強固なアーマーであった。これを殺さねば無駄であろう。故にドラゴンに仕える臨時権大使は未だ健在なのだ。
スパイクは腫瘍のごときうっとりするような美しい剣を伸ばし、その刀身で強力な斬撃を放った。相手が纏う強力な防御を殺しに掛かった。かつてローマ軍のあらゆる超常的防御を破ったそれを模倣した。
相手のアーマーの何かしらのシールドを破壊した手応えがあり、スパイクはそれを相手に巻き付けたままで手放し、それから両手でリボルバーを握って残弾を全て発砲した。
それは生け贄の術として成立し、召喚されていたアッティラの愛剣の模造品を、相手を殺すための爆弾として変異させた。
名状しがたい異次元の作用が相手を焼き尽くし、凍結させ、そしてその他様々な効果が発生し、異常な振る舞いを見せ、そしてドラゴンの大使は燃えながら蒸散していった。
――この結果は残念だお前を引き入れられないこんな結果は嫌だお前をドラゴンの使徒にできないお前は我を破壊した。
最後に聞こえたそれをスパイクは聞き届け、世界蛇の降下の最下層に平穏が戻るのを感じた。この地は再び、何もいないただの空洞として存在するのであろう。それでいいのだ。
そのように考えていると全身に発生した敵の衝撃やら何やらのダメージが今頃になってはっきりと感じられた。全身が苦痛に苛まれ、彼は不意の『釣った』感覚があちこちに感じられたような気分に襲われつつその場に倒れた。
「ってぇな。最悪の気分だ」
「最高では?」
「見りゃわかんだろ、今そんな余裕はねぇんだよ」
スパイクは激痛に耐えながら宙を仰いだ。上方で巻き起こる稲妻の煌めきが今となっては綺麗な様に見えた。
「なるほど、それは大変でしたね」
地球人の美少女の姿を取って己の殺人的な美を隠しているグリン=ホロスはいつもの淡々とした様子でそう告げた。外の世界と遮断された事務所の部屋はとても涼しく、冷房が快適さを演出していた。
「今程お前のその調子が『クソったれ』と思えた事はねぇな」とスパイクは氷嚢で頭を冷やしながら言った。精密検査を受けたが、暫く休めば治るらしい。それでも全身が酷い感覚であった。
「そうでしたか。ところであなたは今回の報酬をどうするつもりですか? ラプーロズの使徒を倒したのであれば、あなたの友人はともかくアメリカ政府も何か謝礼を考えるのでは?」
なるほど、アメリカ政府自体に感謝される可能性もあるか。それは盲点であった。州知事から感謝状が来たり、合衆国大統領がホワイトハウスに招いてくれるのかもな。
「そうだな、それじゃ…サブウェイの五年感食い放題パスとかよさそうだな。それかバーガーキングか? まあなんでもいい、そういう報酬が欲しいね。ニューオーリンズ全域で使える食い倒れ無料パス、いや、そんな美味い話があるわけねぇか」
スパイクは皮肉って笑った。
「私はそれよりもビルボードのトップ100にランクインした全楽曲の物理版媒体を五年に渡ってプレゼントされ続けるパスがいいと思いますが」
見ればグリンは『彼女にしては』目を輝かせてスパイクの右手を両手で握っていた。なるほど、数億歳だか数十億歳だかの美少女にそういう事をされる体験は実にクールでドープだ。
「冗談だろ、大体その五年ってなんだよ…言ったのは俺か」
見上げると事務所の天井が広がっていた。己は確かに、尋常ならざる脅威からこの世界都市を防衛したのだ。帝国の残党を蹴散らし、異星の龍神の前線指揮官を打倒した。
お陰で今こうして全身の痛みと戦いながら冷房に打たれ、そして己の相棒である異星の神格とバカをやっていられる。




