SPIKE AND GRINN#43
スパイクはドラゴンの邪神によって捻じ曲げられたものと交戦する流れとなった。北米が誇る世界都市ロサンゼルスの地下で行われる、地球最強の魔術師vsクタニドの臨時権大使。
登場人物
―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。
―ラプーロズの臨時権大使ゲレッテン・シュヴェッツ…裏ドラゴンでありクトゥルーのごときものクタニドの大使、『完成』によって捻じ曲げられた異星人。
八月上旬:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、エコー・パーク地下、世界蛇の降下
――お前を完成させたいお前は縁を繋げるお前を完成させるとしよう。
直立するポンペイ・ワームのごとき上半身を持つ邪神ラプーロズの臨時権大使は、どうやら特に交渉の余地が無いらしかった。
相手はこちらを完成させるつもりなのだ。恐らく、単体の大使ではネットワーク構築が上手くいかないと思われた。
というのも、スパイクの友人であるシンヤ・ジョウヤマが山梨の山中地下でラプーロズの使者サージョルを倒しているからだ。
惑星間ネットワークの工事は今のところ中断されており、それを再開するためにもラプーロズの臨時権大使ゲレッテン・シュヴェッツは新たな使者を必要としているのだ。
臨時権大使というのは恐らくだが、使者――場合によっては大使――が死亡した場合に、生きている方に何かしらの権限が移行するのかも知れなかった。
それにしてもなるほど、スパイクは新たな使者候補としては恐らく満点であると思われた――最高だな、このジャッカスが。
すると深海生物じみた上半身とセントーのごとき下半身とを組み合わせた邪神の使徒から異様な気配が漏れた。
腐り切った食事というものを久々に思い出した。それの香り、ゲットーでも特に酷い地区で嗅いだ悪臭。
それが気が付くとスパイクを包囲していた。いつの間にか彼は腐った得体の知れない肉が浮かぶ悍ましいスープの只中にいた。
それの水位が上昇し始め――。
「――〈旧大陸再要求〉を権限」
スパイクはその手には乗らなかった。既にシンヤからの情報であの兵器の事は知っていた。かつて古い時代の魔術師がその当時の大使と相討ちになった事でその存在が知られなかったドラゴンの兵器。
シンヤはドラゴンその人からある程度兵器の力を分け与えられているであろう使者と戦い、その悍ましい精神侵食に耐え抜き、そして打倒した。こうした先行者の情報はいつでも役立つものだ。
それにスパイクはいずれにしても危ないと思った時は遺物を起動するつもりでいた。そのために温存した切り札であり、それは帝国の残党などに見せびらかすようなものではなかった。
「接続者、スパイク・ジェイコブ・ボーデン」
スパイクが遺物を起動した時点で既にこのどこまで広いのかもわからない広大な空間に白い輝きが発生していた。
この地を覆うそれは時間を遅延させ、スパイクのみが通常の速度で行動できる有利なフィールドが形成された。
しかしこの遅延は一分しか続かない。その間にできるだけ有利に立つ必要があった。それに遺物のデメリットとして、一度起動すればどの聖能でも構わないから使わなければならない。
一分以内に使用しなければ、魔術による異次元法則が暴走して、その遺物使いの体内が酷い内出血に襲われる――場合によっては内臓や脳が傷付いて死ぬ。
「天級表遺物〈頂点〉、起動。第一聖能を要求」
見るとクトゥルーのごとき者の臨時権大使は、その速度を半減されていた――あのコックサッカーは思った通りかなり抵抗してやがるな。
というのも、この時間遅延はよほど高次の存在でもなければ抵抗できず、術式の設計通りほぼ停止しているような状態になる。
しかし目の前の怪物化した異星人は明らかに強力な時間遅延への抵抗を見せ、その減速度も五割程度となれば、かなりの激戦が予想された。
実際相手は、あらゆる速度が半減した状態でいずこからか火器を呼び出していた。
そいつはよかったな、じゃあこんなのはどうだ?
「第一聖能、〈神の鞭の影〉。人の頭に入ろうとする奴にはお似合いだろうぜ」
スパイクはかつての破壊的征服者アッティラの愛剣――であると同時に彼の一部、外延器官――である〈神の鞭〉の破壊の様を魔術的に再現した聖能を起動した。
彼の手には伸縮自在の美しい肉腫剣の影が握られ、その八割ぐらいの模倣物によって彼は名状しがたいものと戦う事にした。
とりあえずこれで一分以内に起動しないと発生するペナルティじみた欠点から抜け出せたので、内心ほっとしていた。
しかし相手は減速していてもかなり速かった。チューブ・ワームじみた器官で金属の板のようなものを持っており、それを掃射してきた。
「加速兵器かよ!」
感覚の加速によってなんとか加速兵器の弾体を見切る事はできるが、それでも彼はこうした高速戦闘にはギャラクティック・ガード程に慣れているわけではない。
秒速数十マイル、場合によっては数百マイルにまで加速される極小金属弾の嵐が巻き起こった。
スパイクはぼんやりとした闇の中でやや減速されながらも、それでも明らかに速い弾丸を躱しながら剣を振るった。
美しい腫瘍のごとき剣はアッティラその人の斬撃程には熟練していなかったが、それでも伸ばされた剣が飛び交う弾を斬り裂いた。
スパイクは両手で振り被って、頭上から鞭剣を振り下ろした。一瞬で数十マイルにまで伸ばされたそれがこの地の地面を大きく裁断し、その爆風は遥か彼方のぼやけた地平線にまで巻き起こった。
この大規模な斬撃及び爆風を受け、半減した速度で動くゲレッテン・シュヴェッツは異界の魔物じみた呻き声を上げた。一応効いているらしいが、思った以上に効果は薄かった。
それにこの聖能はあくまで本物には及ばない再現であり、使用する度に剣そのもののエネルギーが減少する。
今の斬撃は全体のエネルギーの十パーセントは使用した。更に弾丸を斬り裂いて現在進行形でエネルギーを浪費しており、タイムリミットも迫っていた。
スパイクは地面に突き刺していた燃え盛る槍を引き寄せ、防御を固めて距離を一旦離した。そろそろ一分が過ぎ、敵は通常速度で行動し始める。減速状態でもかなり速いので、彼はかなり警戒していた。
剣の結界という概念をふと思い出し、彼はアッティラのそれを模した肉腫剣を前方へと突き出した。
――お前の力は素晴らしい我々はいい同志になるお前を我々に勧誘しよう共にこの惑星を完成させよう。
クタニドの命を受けてこの惑星にやって来ている大使の言葉は、最後の方がゆっくりしたものから通常速度に戻った。その瞬間スパイクはかなり緊張した――さあ、来やがれ。
元の長さに戻っていた剣をバスケットコートぐらいの長さに伸ばし、スパイクはそれを相手と己との間に置かれた盾とした。
これ以上正面から踏み込めば相手は剣に自分から刺さる。それがどの程度のダメージになるかは不明だが、相手は踏み留まった。
槍にはそれ本来のオレンジ炎があり、そしてあと一回だけ使える〈殉教者の重荷〉の蒼炎が残っていた。
彼は相手が止まった隙を見て左手で槍を投げ、不意を打たれた相手に突き刺さった。
ハイ・オーダー帝国の根幹種族の貴族階級ないしは高官を裏ドラゴンが捕らるなりなんなりして『完成』させたと思われる目の前の大使は刺さったそれを抜こうとしたが、スパイクが素早く放った延長斬撃によって大爆発を起こした。
二種類の炎及び斬撃の威力が混ざった爆発によって数百ヤードの範囲が吹き飛んだが、それでも相手は無事であった。
まあダメージは受けており、このまま戦い続ければ勝てると思われた。
しかし相手は別の火器を取り出した。スパイクはあまり知らなかったが、その金属の筒状の兵器は原理的には貴族社会を持つ異次元の燃え盛る真田虫どもの黎明騎士階級が使う対艦槍と似ていた。
違う点は、巻き起こる異次元的爆風を投射・着弾させてその地点に発生させるある種のランチャーであるというところであった。
思うにハイ・オーダー帝国は地球人――主に魔術師――が知る以上に、異次元に関わる技術に精通しているのではないか。
あたかも、海の向こうの国を未だに古い時代の呼び方で呼んでいるような認識の遅れ。
それは主に、大きく回避しないと巻き込まれる対艦ランチャーとして実在し、スパイクの脅威となった。




