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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
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WONDERFUL PEOPLE#13

 ジョージは日常に戻った。多くの人々は裏側の邪悪など知らずに生きている。知る者である己がそれらと戦うべきなのは明白ではあるが、しかし帰宅した彼はある種の虚しさに気が付いた。

登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。

〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズ…強大な悪魔、リヴァイアサンの一柱。



一九七五年九月:ニューヨーク州、マンハッタン、ワンダフル・ピープル本社


 尋常ならざるものどもを今回もまた討ち滅ぼし、それは新たに得た真実という力によって美しく思えた。

 実際それは抜きにしても、あのような悍ましいものどもが滅びるのは悪い事ではない。

 特に今回のように、犠牲者が次の犠牲者を生む可能性を秘めた――あるいは実際、側面のいずれかを最初の犠牲者として、それ以降の二人の犠牲者の『死』には最初の犠牲者の成れの果てが関与しているのかも知れなかった――場合には、それが正しい事であると思われた。

 己の行為は何かしらの法律に反している可能性はあった。あるいは己は反社会的なのかも知れない。

 だが、己の故郷であるこの国が、邪悪な潜みし者どもの享楽によって汚染されるのは許せなかった。

 邪悪には様々な種類があるが、少なくとも己はその内で言えば超自然的な邪悪に対して『殺す』事ができる。

 それは南部的な自己防衛の意識にも似ているのかも知れなかった。そのような邪悪と戦う者が少数であるとすれば、自分で立ち向かう他無いのだ。

 今回の事件とてそうではないか。実害として三人の犠牲者が出た。彼らは名状しがたい異星由来の実験体の歪んだ感情によって作り変えられ、その意思を示す側面と成り果てた。

 人間としては既に死亡しており、その躯を改造されて愚弄され続けていたのだ。人の寄り付かない郊外とは言え現に三人が死亡した事件であれば、誰かがその源を断つべきであった。

 その意味では彼に迷いなど元より無く、今回の真実確立は彼の決意を更に強固なものとした。

 そのような事を考えつつその日の終業を過ごし、同僚らに軽く挨拶してオフィスから去った。この日は一連の調査の報告を行ない、どういう記事にするかを上司のネルソンと話し合った。

 まるで己はクラーク・ケントのようなものなのかも知れないなと思いつつ、心の奥底では今回の事件の犠牲者遺族に何かしら知らせる事を考えていた。

 人知れぬ忘れ去られた廃墟の奥で殺された無念を思いつつ、しかし己こそは彼らのために戦ったのだという事を今後の活力にしていた。

 少なくともこれ以上彼らが〈空を眺め(スカイ・)るものども〉(ヴューワーズ)とやらの実験体に愚弄される事は無い。

 夕方のマンハッタンの喧騒を聞きつつ電車に乗り、車の維持も大変だなと思いながら心地よい程々の疲労に身を任せ、地下鉄の車両が揺れるのを感じていた。

 周りを見渡すと、白人に黒人、アジア人が見え、ラテン系の顔もあった。

 年齢も性別も服装も何もかもがばらばら、彼らが各々何を考えているのかも、どのような用事でこの便を利用しているのかも知らない。

 詮索できるレベルの観察はせず適当に推測するに留めた――もしかすれば隣に座る痩せた白人男性はこれから浮気の言い訳に行くのかも知れないし、あるいは長らく会っていない家族を訪ねるのかも知れない。

 少し離れた所で立っているラテン系の女性は、誰かと喧嘩してうんざりしながら逃げて来たのかも知れないし、あるいはこれから出勤なのかも知れない。

 そのような雑多な物語が己の周囲には溢れている。己もまたその雑多の一部である。

 だが、己は彼らの『雑多』が破壊されないよう手を打たなければならない。

 考えてみればわかる事だが、もしこの電車内の誰かがあの廃病院の犠牲者に今後なっていた可能性は否定できないのではないか。

 彼は己がネイバーフッズのような本物のスーパーヒーローであるとは考えていなかったが、しかし力とそれに伴う責任感、あるいは使命感はかなり強かった。

 軍で訓練を受けて今でも衰えないよう鍛えており、靴底を擦り減らす覚悟と調査能力があり、太古より存在する異形の魔王との契約によって超自然的ないしは怪異的実体に対する猛毒を手に入れ、そして先日は真実を武器とした。

 誰も傷付けない怪異なら勝手にするといい。だがそうでないのであれば、善良な市民を無差別に殺傷する類いであれば、ジョージは見過ごしておけなかった。

 見過ごせば、この電車やその外側の誰かの物語が最悪の形で終わるのだ。そのような事は彼には許せなかった。

 この在り方は魔王にとってはやはり辛かった。至高の辛味であり、噎せ返り、危うく嘔吐し掛けた程であった。

 麗人のそのような醜態は次元の壁を通り越してニューヨークにも伝播し、人々は何かを感じ取って不思議に思った。それがなんであるのかは九割九分の人間にとっては不明であり、無関係であった。

 しかしそれはそれとして世界は存続していく。終わらぬドラム・ビートのように、一定のペースのまま…束の間ジョージは現実と夢の境が曖昧になり、そして気が付くと降りるべき駅に着いていた。

 今ひとつ現実感の薄い感覚に陥りながらも立ち上がり、電車を出た。何故時々電車内で眠る人がいるのであろうかと不思議に思っていたが、まさか己がそうなるとは考えてもみなかった。

 厳密に言えば防犯の観点で危険かも知れないし、それはともかくとして知らない人々の間で眠るという行為も謎であったが、しかし今日は色々考えていて眠気に襲われたのであろうか。

 電車で寝てしまったという事実が何故か恥ずかしく思えて、彼は足早に立ち去った。


 家に帰ると当然誰もいない。それは動かぬ事実だ。何故なら誰もいない状況になったからだ。

 だが何故、そのような当たり前の事を考えてしまったのであろうか。一人寂しい毎日など慣れているではないか。

 そこで彼はふと思った。真実か、と。真実の種類は残酷さであった。

 つまりその独立して成立する残酷な真実は、ほんの少しだけ己に対しても作用する諸刃の剣であるのかも知れなかった。

 リスクと言えるレベルではないが、しかし時折至極当然の事が残酷なまでに浮き彫りとなる。

 すなわちこれまでの数カ月で邪悪な超自然的な実体どもを滅ぼしてきた己も、社会的にはただの離婚して子供を亡くした哀れな男なのだ。

「感動的な話だな」と彼は己を嘲笑った。もはや息子の死すら、当然の事であった。

 死んだというのは動かぬ事実である。そしてそれについて己の悲しみが薄れているのもまた事実なのだ。

 その事を改めて思い出し、うんざりした。己はやはり異常者なのかも知れない。愛する一人息子を亡くして、どうして平気でいられようか。

 事故から暫く月日が経った。まるで、今となっては幼い頃に亡くなった親戚の事のように思えた。

 故に彼は何も考えない事にした。己はここで止まっているわけにはいかないからだ。

 これからも、世間の流れから取り残されたかのような廃墟を訪れたりして、そこの危険を取り除かなければならない。

 己は殺害者であり、征服者であり、ある意味では以前『ニース文書』で読んだ破壊的征服者に似ているのかも知れなかった。

 少なくとも己はこれまでに見てきた犠牲者達とは違い生きているのだ。

 それが重要な事だ。彼らはもう、真っ当な手段では現世で何かをする事はできない。今後も現世で生きるとすれば、それは人々の記憶や記録の中でだけだ。

 つまり己は今のところ幸運であり、使命があり、充実していた。

 彼はそのようにして己に作用した残酷さの亜種を征服しようとした。それは可能なように思われ、実際そのようになった。

 彼は特に何も考えぬまま夕食の準備をした。特に何も考えぬままそれを食べた。

 特に何も考えぬまま後片付けをして、特に何も考えぬまま入浴し、特に何も考えぬまま入浴後に南部ウイスキーをストレートで少し飲んだ。

 特に何も考えぬまま数十年前のSF小説を読み、特に何も考えぬまま各紙に目を通してから消灯した。

 彼はそのようにして己に作用してきたものを踏み越えた。

 彼は己の真実をより制御できるようにした。その様に対して魔王は含み笑いをして退散した。

 明日からまた楽しくなる事はわかり切っており、ジョージ自身もまた、明日以降が激動である事を承知していた。

 魔王はただ征服の様を見て笑ったわけではない。実際には、己の契約者が一体何を征服したのかを考えて笑ったのだ。

 なるほど確かに、この人間は残酷極まる男であるから。

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