THE COLLISIONS#4
とあるノレマッドの少女は数億年に渡る権力闘争の果てに、束の間追放される運びとなった。自由を満喫しながら宇宙を旅していた彼女は、とある荒涼たる惑星にてドラゴンを祀る神殿の跡地に足を踏み入れるが…。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―〈頽廃せし夏の玉座〉…先進種族ノレマッドの少女。
【名状しがたいゾーン】
数年後:未知の惑星地下、実験室
それは全くの、奇怪極まる偶然であったと言える。〈頽廃せし夏の玉座〉はある意味では困惑し、見方を変えればこの状況が退屈凌ぎになる事を悟っていた。なるほど、確かに悪くはなかった。少女は迫る解剖用強酸を見てそう思った。
約四五億年前:不明の銀河団
様々な調査によって宇宙には己らと対等の種族が存在している事をノレマッドは把握していた。しかし彼らは内輪の権力闘争――彼らなりの愛の形態である――に明け暮れ、ここ何万年かは特にその傾向が強く、未探査領域の調査も捨て置かれていた。燦然と燃え盛る十六の銀河を支配下に置き、ある種の神のごときものとして君臨し、莫大な権力を手にしつつも、その内訳を巡って憎しみ合っていた。彼らはかようにして平和を保っていたものであり、それ故に中枢艦隊勤務まであと少しというところで策略合戦に敗れ失脚して追放された〈頽廃せし夏の玉座〉は、これ幸いとして旅に出掛けた。宇宙の外側、己らの文明圏の外側に何があるのかを知りたかった。代わり映えのしない戦国絵巻が広がっているだけであるとは思えず、未知を見てみたかったらしかった。狂おしくも渦巻く巨大ブラックホールの降着円盤の上に立って寛ぎ、ガンマ線バーストによってずたずたに引き裂かれた星団を避暑地とした。
彼女には時間があった。ぞっとするような黯黒宙域の淵を覗き込み、巨大ガス惑星の大嵐の遙か下で信じられないような重力に押し潰される事無く咲き誇って輝く四次元の花に口付けをした。それらの素晴らしき宇宙の美を堪能しつつも、己の美容にも気を配っていた。既にノレマッドの美は人間のそれではなく、神のそれに近かった。故に支配下の種族の七割以上はノレマッドの姿を見ただけで即死してしまう有り様であり、その美を抑制せねば時折行政が上手く回らない事もあった。ノレマッドはその先進的な科学技術で益々人間らしくなくなり、神への階梯を一歩ずつ登っていた。
このノレマッド個体は地球で言うところの千年をそうやって過ごした。既に彼らの時間感覚は神のそれよりも引き伸ばされ、同時に短縮されていた。故に千年はあっという間であり、その逆でもあった。気が付けば一瞬でそれぐらいの時間が過ぎ去っており、数多の興隆と衰退を目にした。少女には特に開拓の意思は無く、飽きるまで探検してからそれを同族に報告でもしてやるかと軽く考えていた。
そしてある時、荒涼たる惑星に降り立ち、そこで未知のドラゴンに捧げられた神殿を発見した。既に老朽化が激しく、往時の盛りも想像に難しかったが、様々な要素を分析する事で再現する事には一応成功した。なるほどそれなりに栄えたものらしく、一年に一度の大祭では多くの財宝が飾られ、野生の自己増殖機械を調理した食欲を唆る豪勢な料理が立ち並び、蟻社会式の種族が聞くと発狂死する荘厳な音楽がこの地を満たしたらしかった。そうした全ては過去の話となり、近隣の文明にあるいは記録があるかも知れなかったが、それはわからなかった。いずれにせよかような異郷の地における冒険は気分がよく、彼女はそのようにして既に己らの国家の全領域の最長辺直径の数千倍もの距離を歩んだ。故郷である〈惑星開拓者達の至宝〉の事は今でも鮮明に思い出せるし、たった五千年過ぎた程度であった。それでも少しだけ故郷が懐かしく思えて、己はまだ人間らしいのかも知れないなと考えた。
丘陵地帯の上の朽ち果てたピラミッド構造を眺め、それから緑色寄りの蒼穹の下でマイナス60度の風に吹き晒される死滅都市に目を向けた。ふとその時、氷ごと崩れ落ちるスパイアの近くで何かが光った。次に何が起きるかは即座に対応が可能のはずであったが、しかし面白そうなのでノレマッドの少女はそのまま成り行きに任せた。気が付けば思考物質による破壊困難な拘束具が己に巻き付き、〈惑星開拓者達の至宝〉の泥濘の下を這い回る蚯蚓に似たものが彼女の動きを制限していた。興味深いテクノロジーだなと彼女は思った。名状しがたい思考形態によって生み出された、全く未知の文明のものだ。なるほど遠くに来たなと思いつつ、今後の事を予想していた。さて、これ程のテクノロジーともなればあるいは、ノレマッドにも匹敵すると目されていた仮想上の種族がこれなのではないか。だとすればそれは面白そうだ。ノレマッドというものはその精神も肉体と同レベルの強靭さを誇る。既にこの時点で同族同士で殺害する事が不可能な程に強くなっており、それはつまりその強靭さえ故に、仮に己を殺せる何かに遭遇したとしてもそれすら恐怖には成り得ないという事であった。侵害できるとして、それはそれで面白い。憎しみ、そして愛する事ができるかも知れない――というよりもできるという確信があった。それは美しい友愛なのではないか。愛憎一体の平和的交流。さあ、歪めてみろ。汚染してみろ。深い憎悪を持たせてみろ。それと同量の愛を向けさせてみろ。そして可能であれば、私に死に向かう事の実況見分をさせてみろ。そうすれば私は遙か彼方の同胞どもに、この奇妙な冒険譚を知らせる事ができる。そうなればノレマッド権力階層構造の愛は更に広範囲へと広がるはずであったから。
やがてこの拘束の主どもが地獄の猟犬達のごとくその姿を見せ始めた。空間を剥がすようにして現れたそれらは五人いた。その姿を見て〈頽廃せし夏の玉座〉はほう、と声に出した。というのも、素材の美しさがもったいなく思えたからだ。この種族はノレマッドにも匹敵する程美しい。それこそ、その普遍的美のあり得ないの高みが理解できず意図せぬ大量虐殺が発生してしまう殺人的美貌。目やそれに類いする器官で認識した途端、脳が理解を拒んで死に至る美。だが実際にはノレマッドの方が美しいのだ。それもそのはず、この種族は己らの美貌に対して全く関心を持っていないのだ。こういうのをなんと呼んだか、確か以前共に苦痛の探求をしたあの飄々とした男が、『残念美人』であるとかそのような言葉を口にしていたか。その定義はともかく、目の前の連中には相応しい表現にも思えた。
酸化金属ビニールらしき素材の衣服に身を包み、下半身は竈馬じみた造形であった。下半身側の胴の前に突き出た箇所は露出しており、寄生虫のような細い触腕が何本も伸びてはノレマッド個体の周囲から何かを窺っていた。上半身は比較的だが露出が多く、黒の濃い赤肌は研究室に籠もっている事を物語るものがあった。美しいのに、その美容を怠っている。これはノレマッドとは異なる点であり、興味を惹かれた。深海生物と内臓の中間のような頭部は肌に複雑な凹凸が見え、その内の一人を見るとここ数日まともに顔も洗っていない事がわかった。そこまで研究が好きというのも面白い。
{お前達は美しいのに、美容よりも研究が好きなのか}
彼女はつい言葉に出した。疑問が決壊したが、相手に全言語能力か、そうでなくとも高度な言語習得能力があればいいがと考えた。
ややあって、相手も言葉を発した。
{お前はなんだ?}
{質問したのは私だ、答えろ}
すると五人中三人が下半身から寄生虫じみた触腕を伸ばし、ノレマッドの躰を物色した。そこでふと異変に気が付いた――これは痛みか? 頭の中で耐え切れないような苦痛が炸裂した感覚。見れば片目を貫かれ、逆側の手の指を二本切断され、その構造を調べられていた。
{おい、質問に答えろ。というか、洗っていない薬品塗れの汚らしい手で私に触れるな!}
少女は相手の非礼に怒った。力を減衰させるか、あるいは抑えたのかは定かではないが、何かしらのテクノロジーによってあらゆる能力が使用不能となっていた。あるいは、テクノロジー応用によって亜神化した事で得た能力なのか。最も単純な推測としては、相手は五人いるから共同でこちらの力を抑えている可能性があった。一対五ではどうにもな、と彼女は皮肉的な態度を取った。肉体の各所を貫かれ、斬り裂かれ、その内側を確認されている。さて、どうしたものか。今現在ノレマッドの肉体は神々を模して原形質に変異している。つまりその内側はどろりとした黒い物質であり、それ以外には何も無い。まあ中には気分で、己が創造した種族の肉体構造を模して内臓を配置している神もいるようだが、所詮はただの遊びに過ぎなかった。というわけで〈頽廃せし夏の玉座〉もまた、その辺りの事情について悩んでいた。己らの領域に帰還できるにせよここで死ぬにせよそれ以外の結末を迎えるにせよ、もし何かしらの手段でこの体験を伝達できるとすれば劇的な方が自慢になる。それは権力闘争に使えそうであるなと思った。帰れたらそれを利用できるし、帰れなかったとしても愛する憎き者どもを愉しませる事ができるはずだ。それを考えると心の中で激しい憎悪が燃え上がり、爆笑したくなるのを必死に堪えなければならなくなった。
数年後:未知の惑星地下、実験室
何かの内臓の内側じみた思考物質製の実用本位な様式の研究室には正直失望していた。少女はこう思った、あと少しだけ手を加えれば素晴らしいインテリアが可能であるというものを。そうしていると腹の辺りでじりじりと燃えるような激痛があった。なるほど、飽きさせないなと思った。神々の享楽文化が少し理解できたような気がした。まあ、たまにやれば面白そうではあるが。
目を向けると腹部の皮膚を斬り裂かれ、完全に開腹され、固定するための器具が開かれたそれぞれの皮膚を貫いて、ちょうど放射状に各方位へそれぞれ引っ張る事で開腹状態のまま固定していた。身を攀じると全身が引き裂かれるような痛みが走り、その痛みの中で少女はこの何も知らない莫迦どもめと毒付いていた――お前達が興味を示すかと思ってわざわざ地球とかいう惑星の、我々のノレマッドの女と同じ姿をした種族の内部構造を再現してやったのだぞ。忘れられぬ種族存亡のあの日々、学者達によって二の五乗の限界値と名付けられた独りよがりの異常事象によってノレマッドは女性のみその肉体を地球人のそれと同じものへと作り変えられた。男性もまた作り変えられようとしてたその時、ノレマッドを苛んでいたその狂った現象は這い寄る混沌という通り名で理解されている正義の神格によって討ち滅ぼされた。ノレマッドは二つの性別を持つ種族だが、その片方がかようにして姿を捻じ曲げられた。当時のノレマッドはこれを面白がってそのままにしておいた。やがて力を蓄えていけば元に戻せるし、実際今のノレマッドなら往時の女性の姿にも戻れる。しかし彼らは面白がってこの姿のまま愛を育み、千の骨肉の争いと万の恋愛を楽しんできた。既に慣れ切っており、故にそのままにしていた。
だが既に原形質に肉体を変異させてしまったものであるから、かつての地球人と同じであった内臓の配置を再現しなければならなくなった。というのも、奴らは断面を見た時露骨につまらなさそうにしていた。それでは少女もまたつまらなかった。愛を広める自信が一瞬だけ揺らいだ程であった。
不意に思考を中断され、何事かと思った。見れば地球人のそれを模した小腸という器官を科学者どもがずるりと持ち上げていた。あれは面白いなと彼女は思った――この種族は彼女を解剖するにあたって面白いメスを使っていた。あれはどのような作用なのであろうかと少女は生きたまま小腸を切り開かれつつ思った。鮮血が飛び散り、それらは何かしらの力によって空中で停止した。やはり感覚能力も低下しており、スキャンが難しく、メスの技術の正体が妙に気になって仕方なかった。
狂気vs狂気でファイ!したくなった。




