SPIKE AND GRINN#41
世界蛇の降下と呼ばれる空洞の地を調査中、スパイクは帝国の残党に遭遇する。帝国の目的とは? そして世界蛇の降下の奥底には一体何が…?
登場人物
―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。
八月上旬:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、エコー・パーク地下、世界蛇の降下
浮かぶ足場に着地しつつスパイクはふと考えた。ここは確かに心細い場所かも知れないな。
これならグリンは無理でも、誰か他に頼れるような者がいた方がよかったのかも知れなかった。
彼はわざと心の中で弱音を見せて、己の境遇を嘲笑った――さて、やってやろうぜ。
確かに、美しい三本足の神ナイアーラトテップの活躍は聞いている。しかし己はこれが仕事であり、稼業であり、そして地域への貢献でもある。ならば奥底へと向かおう。
神ではないし、神になる事などできない。それでも人間としてはかなり強力な力を手にしている。できない事はないであろう。
「って事で、楽しくなりそうだな」とスパイクは携帯にダウンロードした車載AIのクローンに言った。
「何が楽しみかはわかりませんが、下方からの不明なエネルギー反応が上昇中です」
「アスホール」
スパイクは砕かれて数十フィート程の大きさで散らばっているかのような足場の一つにおり、そこから下の様子を窺った。
その途端、全身に染み渡るような謎めいた揺れが向かって来るのを感じ、そして実際それに飲み込まれた。
「ボウシット、ここは荒野の危険なウェスタンってか? だが今の揺れでなんか思い出したぜ」
スパイクは知識を辿った。以前『ロキの時間線観察記録』だか『エルトダウン粘土片の清書』だかで読んだ記憶があった。
「って事はここが世界蛇の降下か。思ったよりシケた場所だな」
世界蛇の降下とは蛇の父であるロキの仔が棲み家としていた――とされる――未知の空間の事だ。
もしこの知識を『ロキの時間線観察記録』で得たのであれば、嘘である可能性はぐっと減る。が、生憎どの書物に記載されていたか忘れてしまった。
しかしその内容自体はそれなりに覚えている。何より、このような闇の広がる奈落のような空間である事、及び所々に浮かぶ未知の材質の岩を加工した岩が覚えている特徴に一致する。
ここに惑星大の大蛇がいたかはともかく、その名で知られる地であるのは間違い無いと思われた。
暑くも寒くもないのはありがたいが、ずっとここにいると体温調節機能が狂いそうな予感はあった。さっさと片付けて帰るとしよう。
スパイクは下を覗き込んだ。足場の点在するエリアのみがぼうっと視認できる闇が広がり、その外側のいずこかでは雷がやや控えめな轟音と共に煌めいていた。
スパイクは銃を手にして飛び降りた。相棒のリボルバーは今日も手入れは万全であった。
詠唱の肩代わりとなるこの武器は今後待ち受ける何かとの遭遇に役立つ事は間違い無かった――敵の類いがいると確信していた。
ややゆっくりとした降下の中で彼は周囲の雷鳴で掻き消されないものが無いか耳を澄ませた。すんなり行ければそれでいい。
しかし現実にはそう上手く行かないのが世の常であった。彼は己でも忌避なのか期待なのかわからない待機と共に、落ち続けた。
そして次の足場に飛び降りた時、周囲に異変を感じ取った。
「さて、どこのアホが出てくるってんだ?」とスパイクはリボルバーの六連マガジンを横にずらしてロシアンルーレットのように回転させてから再装填した。遊びは終わりだ。
周囲の空間が悲鳴を上げ、名状しがたいものどもが現れた。ぬるぬるとした内臓の裏返しのようなそれらには見覚えがあった。
「こいつら帝国の連中だな。サイクリング・スーサイダーは破壊されて、母樹艦艇も『サブネクサス74の戦い』で全滅したかと思ったが」
あるいは帝国とてそこまで馬鹿ではなく、予備のために母樹を全て投入せず何隻か残していたのか。
いずれにせよ帝国は昨年の『帝国戦争』において図書館のスパイアを侵略し、結果としては屈辱的な全面撤退に追い込まれた。
確かに残党はいそうではあるが、しかし活動そのものは極度に縮小し、情報が入って来る頻度も著しく減っていた。
「なあ、こいつらなんでここにいるんだろうな?」
スパイクは片手でリボルバーを一発撃ち、それは燃え盛る槍を複数召喚するという形で成立した。
彼はだっと地面を蹴って敵の近接攻撃を躱し、摘出された内臓のごとく赤と白が混ざったそれらに向けて槍を投射した。
数自体は八体であり、それらは容易く貫かれて死んでいった。
消散する槍を尻目に彼はリボルバーをギャングのようにズボンの後ろに挟み込み、槍の内の一本を手にして松明のように掲げ、左手は相変わらずケースを持っていた。
「いい腕です。質問の答えですが、恐らく彼らもこの場所に用事があるのでしょう。特にあの震源などに」
それは確かにそうかも知れなかった。そこで何をするつもりであるのかはこれからわかる事だ。敵の全滅を確認し、彼はそのまま再度の降下に入った。
世界蛇の降下と呼ばれるこの地に何かあるなら、見過ごしてはおけない。
降下中に何やら奇妙なものが見えた気がした。周囲を伺うと早速何やら飛来し始め、生体プラズマ兵器であると思われた。スパイクは降下のスピードや角度を調整しながらそれらを躱し、次の足場へと着地した。
少し遠くの足場に異形の内臓どもの親戚が現れた。
左右均衡に真っ直ぐ立っていられない重傷者のような立ち方のそれらは右肩からせり出した筒のような器官からプラズマを撃ち始め、短距離の転移で射撃位置を変えたりした。
射撃用に調整された帝国の兵力であり、先程の近接向けのタイプはチャージャー、今周囲から撃ってきているタイプはライト・インファントリーと呼ばれていた。
スパイクはその場で軽く前転して攻撃を躱しつつ、地面を蹴って空中に飛び上がって被弾率を抑えつつ機動した。
浮遊制御で移動しながら右手の槍を敵の一体に投げ付けて倒しつつ、銃を再び取り出してトリガーを引いた。
次は周囲に追随する異次元の氷を呼び出し、彼の両肩から離れた位置にあるそれらは自動で迎撃を開始した。
凍て付くレーザー光が照射されて敵を撃ち抜き始め、銃撃戦らしくなってきた。スパイクは回避と誤射誘発に専念して機動し、敵を減らし始めた。
地面が焼け焦げたりしつつも、その悪臭と立ち上る煙とを背景としながらスパイクは上手く立ち回り、苛烈な雨嵐の中を切り抜けた。
高温のプラズマが掠めるのはいい気分ではなかったが、それでも彼は全滅させる事には成功した。
帝国の意図を探りつつも奥底を目指す事にして、彼は再び降下に移った。闇の中へと降りる感覚は奇妙であり、やはりやや身が竦むものがあった――高所から飛び降りて平気であるものか。
降下速度は抑制されていたがそれでもやはり百フィート以上降りるのは大変であった。
そのようにして何度か戦闘を挟んで降下を続け、彼は一際大きな足場へと降り立った。もう既に半マイル以上は降りたような気がした。
高さにマイルを適用するのは何か妙な気もしたが、どこかの分野では使っているのかもなと納得した。
着地して周囲を窺い、投げたら回収して使っているあの最後の一本の槍を向けて、その燃え盛る光源で照らした。
ぼんやりとした闇の中を切り裂く光に釣られて何かが空間からずるりと現れた。自動攻撃の氷はまだ使用可能であった。
現れたのは一際大きな異形であり、恐らく元は人間の魔術師であろうと推測された。というのも、スパイクもまたあの『帝国戦争』に参戦した身であり、帝国を追い払った『サブネクサス74』の戦いを生き抜いたのだ。
帝国については結構詳しいという自負もあった。
「おやおや、帝国の連中がこんなところで何やってんだかな」とスパイクは全身の皮を裏返したかのような得体の知れない怪物にそう言い放った。
「黙れ…いや、お前はあの戦いにいたな…聞いているぞ」
地獄めいた声は元が人間であった事を忘れさせた。
「ほう? って事はテメェ、あの決戦には参加してなかったのか? ま、だから今も腰抜けらしく生きてるんだろうがな」
スパイクはあえて辛辣に振る舞って相手を挑発した。スパイクと遭遇しなかっただけの可能性もあったが、いずれにしても挑発にはなるであろう。
「腰抜けだと? 貴様、後悔しても知らんぞ…貴様を捕らえたら『融和』の前に教育してやろう。二度と生意気な口が聞けなくなるまでな!」
それが可能ならやってみやがれ。
足場の周囲を鮮烈な赤の炎が覆うのが見え、敵の戦術がよくわかった。閉鎖して叩き潰すつもりか。だが叩き潰されるのはお前の方だぜ。
「やる気かよ、上等じゃねぇか。ここに何しに来た? まさかお前が役に立てるって証明しに来たわけじゃねぇだろ?」
「下に何がいるのかも知らないのか? 馬鹿め。下にはちょうどいい個体がいるのだ。次期執行官の移転先としてはこの上無い。ついでに貴様をも手土産とすれば、上層部もお喜びであろう!」
思ったより口が軽い奴だ。それともそれだけ自信でもあるのか。まあいい、やるならやろうぜ。
下には何か得体の知れない生物がいて、帝国は立て直しのために次期執行官――という事は先代も戦死したわけだ――の脳髄だか精神だかを入れる容器にするつもりのようであった。
これで一つ、この事件をなんとしてでも解決しないといけない理由ができた。




