SPIKE AND GRINN#40
再びシンヤから電話があった。それによると言い忘れた事があるらしく、何やら正体不明の『揺れ』の震源地がロサンゼルスにあるとの事であった。日給七百ドルなら悪くないかと思って引き受けたスパイクだが…。
登場人物
―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。
―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉。
八月上旬:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所
『ああ、そう言えばお前に一つ言わなきゃならん事があってな。そいつを昨日伝え忘れたんだよ』
日本から電話を掛けている友人はスパイクに対して『危うく忘れるところだった』という風な様子で告げた。昨日は互いの経緯を話してそれで盛り上がったから、忘れたのであろう。
「何かあったのか?」
スパイクは椅子から立ち上がって部屋内を軽く歩き始めた。電話が長引くとついつい行ったり来たりする癖があるのだ。
『まあな。ちょっと奇妙な揺れを感知してな。地震かと言われるとなんか違う感じだ。政府は俺に調査を以来したもんで、まあそこで五日ぐらい調査して報酬ももらえたが』
「幾らだ?」
金はあって困る事は無い。この仕事も色々と費用が掛かる場合があるから、利益を出すには工夫も必要であった。
『いい喰い付きじゃねぇえか。まあドル換算でそう…千四百ドルぐらいか』
「ほう? そいつは金が入ったっていう自慢か?」とスパイクは笑った。だが今のところ話が見えなかった。特に急ぎの用は無いので特に苛々するでもなかったが。
『まあ聞けよ。その内の半額ぐらいお前にくれてやらない事もないって話だ』
千四百ドルの半額となるとそう大した額でもない。まあ仕事はスパイクにとっては悪くないが、シンヤにとっては少し太っ腹というか、利益を度外視しているようにも見えた。なるほどしかし、話は見え始めた。
『どうせはした金をよく半額も渡せるって言いたいんだろ? 今月は別口で結構稼いだからな。だからお前に楽して稼がせてやるってわけだ』
「まあそういう事だろうとは思ったが。で、俺は何すりゃいいんだ?」
『簡単な事だ。俺の調査によるとその変な揺れ――通常の観測じゃ探知できず、動植物にも普通は感じられない揺れだ――の震源がそっちの西海岸でな』
「マジかよ」
スパイクはグリンの方をちらりと見ながらそう言った。ハンズフリーなので彼女にもよく聞こえていた――どの道、神の聴力であれば聞こえるであろうか。
「その西海岸ってのはまさかLA? 日本で言うところの『ロス』か?」
『お前それ馬鹿にしてるみたいに聞こえるな。まあいい、とにかくお前が言う通りだ、震源地はロサンゼルス。お前にデータを送っとくから、後は震源に行ってそこに何があるのか確認してくれ。もしそいつが止められそうなら、まあ止めてもいいんじゃないか』
「止めたらヤバい自然の摂理とかだったらどうする?」
『それも含めた上での調査だ。まあ頑張りな、俺が大体の事は調べてるし、場所だってわかってる。お前は現地に行って調査してそれで七百ドルゲットってわけだ。一日か半日で終わらせりゃいい感じの報酬だろ』
簡単に言うぜ、とスパイクは苦笑した。
スパイクはグリンを事務所に置いて一人で出掛けた。八月のLAは『なかなか』のシットであった。暑いし、できればグリンには寛いでいてもらいたいというような精神が働いた。もしかしたら俺はイカれてて、あの女に洗脳されてるのかもな。
カマロに乗ってスパイクはエンジンを掛けた。グリンは今頃事務所の部屋で静かに佇んでいるのであろう。まあ、こういう時は野郎が出掛けて汗を流すもんさ。急進的フェミニストに訴えられない限りはな。
シンヤから届いたデータをクラウドからダウンロードした。妙にファイルが重たかったので『あいつはレポート作るのが下手だったんだろうな』と笑った。実際中身は妙に無駄な画像や図、無駄に長い説明もあった。
スパイクは携帯を車載AIと接続した。ホログラムのアバターが出現し、挨拶を述べた。
「よう、ウィニフレッド。カーナビとデータを連動させて目的地をマークしてくれ」
「了解です」
奇妙な姿のアバターは命令通りにした。己の代わりに地図を表示させ、やや凹凸のあるホログラム地図をちらりと見てそちらに車を走らせた。既に確認していたがエコー・パークの辺りに何かあるらしい。まあ残念ながら震源地は地下であったが。
とりあえず現地に行けばわかる事であった。グーグルのマップ機能で航空写真を見たが、特に何も不思議なものは無かった。というわけで現地を見る他無いのだ。やれやれと思いつつも、しかしどうせ現地に行かないと解決しない事を慰めとした。
最近あの辺りには行っていなかった。たまにはのんびりと公園の湖や水路を見たり、緑地に座り込んで木々やその向こうのビルに目を向けて佇むのも悪くない。時には都会におけるスローライフも必要だ。
車の中は冷房で至って快適であり、レトロな車に最新鋭の内装というのは彼の好みでもあった。そう言えばシンヤのスカイラインも同じようなカスタムであるらしい。昔の車はかっこよくて、イカれていて、味わいは深い。
まあ快適でなければ台無しではあるが。そうなれば百年の恋とて凍り付く。スパイクは信号を待ちながら外を見た。見ているだけでうんざりするような晴天があり、陽射しも凄かった。今年もよろしくな、クソったれな八月の気候。
そのようして少し車を走らせると目的地が近付いてきた。国道101号線から降りてエコー・パークの方へと向かった。駐車スペースに止め、エンジンを切る前にウィニフレッドのクローンをスマートフォンにダウンロードした。
「自分の一部を切り離して起動するってどういう気分なんだ?」スパイクは己の携帯に対してそう言った。
「あなたにわかるように説明する事ができません」
「奇遇だな、俺も詳細は不気味そうで聞きたくないって思ったところだ」
とにかくこれでウィニフレッドのサポートを受けながら捜索する事ができる。彼はドアを開けて車から降りた。電子キーでロックしている最中、既に肉体は痛いような陽射しに苛められた。サングラスを掛けて彼は視界を少しだけましにした。
裸眼でいるだけでも目に負担が掛かりそうな気すらした。胸にロサンゼルスがどうのというロゴの入った白いシャツ、純金のロープ、スイス時計、それにだぼだぼの黒いパンツ。そこに野球帽を被れば下手に声を掛ける者も減る。仕事の邪魔はされたくなかった。
彼はスマートフォンを右手で持ち、空いた左手でいつものケースを持って歩き始めた。時折立ち止まって地図を確認し、ワイヤレス・イヤホンの音声指示に従って歩いた。酷い暑さだが汗は出なかった――出ないようにしていた。
己の肉体が排熱でくたばる前に彼は目的地を発見し、そちらに歩いて行った。見れば公園には多くの人々がおり、平日でも土日でも賑わいがあった。湖の中央から噴水が大きく水を吹き上げており、それを見ていると少し涼しくなった。
風はあまり吹いていないが、まあ死ぬ事もあるまい。湖沿いの木々の中に取り壊し予定の小屋があり、データはそこが震源の真上である事を示していた。彼は簡易な柵を乗り越えてそこの中へと向かった。蜘蛛の巣を払って小屋の中へと入り、昼間の明るさを頼りに内部を確認した。
「マジでここなのか? あばよ、フェリシア」
彼はできれば立ち去りたいような、汚らしいところにいた。周りの人間も彼がここに入った事を見たはずだ。正直恥ずかしかった。今すぐこの小屋にさよならを告げたかった。さっさと失せろとすら思った。
白い塗料が剥がれ始めた木の小屋の内部には蜘蛛が少々いたが、他には草以外に何も無かった。腐食が進んでいて臭い事を除けば静かなところであった。
「ここで間違いありません。お気を付けて」
ウィニフレッドのクローンにそう言われ、彼は下に降りたりするような仕掛けでもないかと床を見た。特に何も見えず、誰かが警備員だか警官だかを寄越す前になんとかしたかった。
そのように思っていると既に外で何やら声が聞こえ始めた。耳を澄ますと多分こちらについて何か言っているように思われた。最高であった。
更によく確認してみると、何やら風景が歪み始めた。どうやら視認し続ける事で何かが起きると思われた。嫌な予感がしたが、しかしここにいるよりはましかとも考えた。彼はスマートフォンをポケットに戻し、スーツケースの蓋を開け、いつでもリボルバーを取り出せるようにした。
そして気が付くと、彼は己があの小屋の中から消えている事を察知した。いつの間にか彼はゆっくりと落下しており、雷鳴が時折見える闇の中の降下であった。
さて、映画みたいにこのケースを投げ捨てていいならかっこいいだろうが、生憎こいつは高いし、お気に入りなんでな。『ゼロ・ハリバートン』のケースの中にはリボルバーだけでなく予備の『弾丸』も入っていた。
下には所々に奇妙な足場のようなものが浮かんでいるのが見え、未知の材質の岩を切り出して作った足場の残骸だか何かに見えた。
なるほど、少しは楽しくなりそうだ。何よりここは暑くも寒くもない。首に掛けている金のロープがたなびくに任せ、彼はゆっくりと足場の一つに着地し、そうした足場が下に下に転々としているのを確認した。この下に何かあるのは確実であった。
しかしまさか、己の住む街の、しかも家の近所にこのような名状しがたい空間があろうとは。震源地はこの奥底であり、昔見た映画の『コンスタンティン』の地獄的な描写でももっと明るかっただろうにと苦笑した。
なんかこうDestinyのストライクミッションのような感じのノリの話をちょくちょく書けるような状況を作りたかった。




