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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
262/302

WONDERFUL PEOPLE#10

 ジョージは敵の順路通りのルートが危険ではないかと考えた。彼は敵を逆に強襲する事を思い付き…。

『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。


登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。

〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズ…強大な悪魔、リヴァイアサンの一柱。



【名状しがたいゾーン】

一九七五年九月、午前零時:原色的コントラストの位相におけるニューヨーク州、ロングアイランド南西部郊外、ジャーマンタウン病院廃墟


 名状しがたい精神的な接触は恐らく、通常であれば心を蹂躙し尽くす地獄めいた感覚であると思われた。そのような経験はジョージにとっても初めてであったし、類を見ないグロテスクさがあり、信じられないような吐き気が込み上げた。そして彼と契約するリヴァイアサンもまた、このような兵器は知らなかった。まさに彼を是が非でも吐かそうとするあらゆる努力の集大成であろうが、しかしそれらは所詮現実逃避、真実を見捨てた者が縋るただの幻であった。ジョージは相手の牽制を無駄に終わらせた事がとても気分よく思えた。相手は自慢の矛を鼻で笑われ、そして存在そのものを嘲笑の対象として、時間線ごと愚弄すらされた。時空に存在する己の全部分を虫けら同然に笑われ、相手はさぞ惨めな気持ちであると思われた。そして実際のところ、相手は怒り狂い、しかし怒りの側面を殺された事でその怒りとて空回りし、正常に機能しなかった。言うなれば相手は腕の一本をもがれたか、内臓の一つを喪失したのだ。既に側面の内二つを剥がされ、再生は進んでいなかった。外縁器官というのは時には欠点や弱点ともなるものであり、特にこのような側面はリスクも生じた。

 ジョージは相手が塵芥(ごみ)である事を認識し、相手が嫌う真実という武器を見せびらかして殺す事を考えた。真実は美しい兵器であり、相手が使ったグロテスク極まる真実の対義はどこまでも見窄らしかった。階段の踊り場の安全確認が完全に終わり、ジョージは再び登り始めた。懐中電灯で原色的コントラストの位相の風景を照らし、上方に何があるかを確認した。一歩一歩階段を登り、その上に何があるかがよく見えた。そしてまたあの肉の壁が見えた。しかも今回は、それら吐き気を催す肉腫じみたものが三階の各エリアへの全アクセスを塞いでいた。前進も左右への進行も不能であり、四階への階段のみは塞がれていなかった。ジョージは溜め息と共に壁に近付き、その分厚さを図ろうとした。叩くと厭わしい音と共にその部分がやや萎縮した。どうやら先程殴って破壊した下の壁よりも遥かに分厚いと思われた。さて、これなら素直に上に行った方がましか。

 しかしそうすると相手の手の内に入り込み、掌の上で事態を握られるような気もした。地獄めいた悪臭を放つ彼方よりの実体に己の今後が掌握されるのは呪われるべき事であるように思われ、どうすべきか考えた。まず現状を整理した――四階が恐らく敵の棲み家、三階は進行不能あるいは困難、上に行くべきか。と、そこまで考えてから何かに気が付いた。あるいはもし、三階こそが忌むべき糜爛した実験体の隠れている場所であるとすれば。

 今までの経緯から見て側面と化した元人間達はあの肉の壁に別段干渉するでもなかった。つまりそいつらは肉の壁に自由に穴を開いて通行できるとか、そのような様子は全く見られなかった。恐らくこれらの脈動する悪臭源の有機体らしき何かは、実験体やその側面にとっての蜘蛛の糸なのであろう。もちろん蜘蛛の糸のように、ある程度は己の望む形に運用する事はできるが、それこそ思考でその形状を変えるとか、そのようなレベルでは決してないのだ。もしそれが可能であればジョージが接近しただけでこれらのグロテスクな壁であるとかその他の繁茂する突起の群れであるとか、そうした物体が形状を変えて襲い掛かるはずであった。どうやらそのような事は不可能であり、あくまで巣の材料だか分泌物であろう。そのために怒りの側面である元人間の猛獣は、その本体の巣の材料か何かと思われる肉の壁の破片をジョージに突き刺され――あるいは自ら飛び込んで――死んだのだ。

 さて、あくまでそれらがほぼ不動の単なる猟奇趣味的な壁材やインテリアであるとすれば、実験体やその側面にとっても三階は行き止まりという事になる。天井や床に穴は無く、三階の各エリアのどこにも入る事はできない。つまり必然的に四階に行く必要性がある。

 そしてもし、三階こそが実験体の居場所であるとする。そして四階に登り、どこかに降りるための穴だか何かがあって三階の閉ざされた肉の壁の向こうにアクセスできるとしよう。もしそうならわざわざそのような馬鹿げた事に付き合う必要性など無い。相手のゲームは下らないものであり、見下してやるべきであり、それならばルールを無視して激怒させてやろう。そしてペナルティを喰らうのが誰かを教えてやる。それはよさそうだ。残酷な真実の亜種であり、美しい風景が心に浮かぶようであった。なれば善を急ごう。

 ジョージは急いで二階に降り、先程猛獣を刺し殺すのに使った壁の大きな破片を取りに戻った。それはファンタジーの主人公が使う大きな剣のようにも思えたが、しかし肉の襞のような何かでありながら頑丈であり、ジョージの接触によって寿命はそう長くもないにせよ、まだまだ使えそうであった。ジョージは急ぎ足でそれを担いだまま階段を登り、三階の壁に到達した。今度同窓会があれば酒が振る舞われたタイミングで、己はゲームの破壊者であるとでも名乗ってやろうか。もし今回も生きて帰る事ができればそれも悪くない。既に脳内では笑いを必死に堪える魔王の声が響いていた。うるさい奴だなとは思ったが、しかし今回は笑いたくなるのも仕方無いように思えた。というのも、相手の筋書きから完全に離れた事をこれから仕掛けてやるからであり、それは確かに爆笑して然るべき事態であった。特殊部隊の爆薬を使った突入のような、電撃的なものがいい。ジョージは脈動する破片を両手で掴み、それを壁に打ち付けた。彼が〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズに授かった能力はその手足のみならず、手にした武器もまた延長線のように怪異への猛毒と化す。猛毒の剣は壁を削り取り、信じられないような悲鳴じみた何かが響き渡った。耳を(つんざ)くハーピーの悲鳴のごときものをむしろ活力としながらジョージは何度も正面の壁を破片で叩き、その毒性故に分厚い壁が破壊されていった。掘削作業は十秒前後で終わり、その間に何度も何度も、まるで興奮した殺人鬼が犠牲者を執拗に刺すかのような容赦の無さをジョージは実行したのだ。故にまず空いた穴から毒が回って枯れるようにして壁が開き始め、実際には萎縮していたらしかった。

 かくしてジョージは壁の向こうにアクセスする事ができ、上階から何かの必死さを感じさせる鳴き声が聞こえ、そして壁の向こうからも似たような呻き声があった。なるほど、相手は慌てており、対応に追われているようだ。しかしこの破片もそろそろ腐り果てて使えなくなるかも知れない。やはり己の肉体は既に猛毒であるようだ。思えば初期はここまで毒性は強くなかった。さすがに触れただけでは、超自然の実体に対する特効薬とは成り得なかった。しかし今はもはや内から溢れる猛毒を感じる事ができた。無色であり、匂いもせず、感触すら無く、しかし確かに存在する未知の毒。ジョージは破片を手にして開いた壁の向こうの通路へ足を踏み入れた。そこはあちこちに有機的な何かがあり、呼吸するように蠢くそれらが廃墟を完全に穢し、地獄の怪物の消化器官に入り込んだかのような心境を与えた。そうだ、これこそが私の旅するフロンティア。打ち捨てられた廃墟や、気持ちの悪い悍ましい物体がびっしりと生えた不潔な場所。それこそが彼にとっての魔法の世界であり、異星の風景であり、それ以外の心躍る空想的冒険のロケーションであった。

「歓迎も無しか。散らかっているし礼儀も無い。悪いが勝手に入らせてもらうからな」

 ジョージには遠慮など無かった。これから侵略するのであり、徹底的な鎮圧のみがあった。容赦の無さが受肉しているかのようなジョージはどたどたと大股で歩き、廊下の天井が大部分に渡って存在しない箇所に踏み込んだ。彼はそのまま人中のインドラとして歩き、頭上から厭わしい音を立てて接近する何かを一切感知していないような雰囲気であった。そしてその這い回る何かがさっと飛び掛かった――ジョージは破片を両手で振り上げるようにして頭上を通過させ、背中の辺りでやっと止めた。寿命の尽きたその破片を捨て、真っ二つに斬り裂かれた異形の蜘蛛じみた畸形が、血を撒き散らしながら蒸散していくのに全く興味を払わなかった。そうだ、これは残酷な慈悲なのだ。

「それで? 残酷さという真実を自分達のオリジナルとして成立させた武器を手にする者に対して、お前は本気で勝てるとでも思っているのか?」

 無手でどかどかと歩くジョージは油断していないが、全く遠慮せずに侵略を続けた。彼の猛毒及び真実の眩さ故に周囲の有機的な物体どもが苦しみ始め、既に猛毒が空気感染レベルになっているようにも思われた。ジョージは頭の中に記憶していた見取り図のままに歩み、血管じみた何かに覆われた手術室の悍ましい両開きドアを蹴飛ばして開けた。

 かくして殺す者は〈空を眺め(スカイ・)るものども〉(ヴューワーズ)の過酷な実験の末に捻じ曲がった邪悪な怪物の前に姿を現した。

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