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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
258/302

BREAK THE CELL#6

 機械生命体の少女は自爆してブレイドマンと共に消えた。独りぼっちのジェイソンはアーマーの自動航行に任せて、ただただ流離っていた。悲しみ、ショック、喪失感。束の間時間を共有しただけなのに、やりきれない…。

登場人物

―ジェイソン・エイドリアン・シムス…孤児の少年。

―ブレイドマン…妖しい瘴気を放つ日本刀を振るう、機械の肉体を持つ魔術師ヴィラン、ジェイソンを狙う。



コロニー襲撃事件の数日前:太陽系外


 心に冷たいものが差し込んだ。今己がどこにいるのかよくわからなかった。多分どこかの星間宇宙なのであろう。

 しかしそれはもうどうでもよかった。突然現れて己を守ってくれたあの少女は目の前で露と消えた。

 彼女にはもう会えないような気がした。彼女はまた会えるというように言っていた。

 しかしあそこまで凄まじい消滅現象を引き起こした状態で、生き残れるものか。彼女は『死んだ』。実際死んだようにしか思えなかった。

 彼女はジェイソンを守るための最善の手段として自爆し、それにあの変態的なブレイドマンを巻き込んだ。

 ブレイドマンはあれで死んだのであろうか。もし生きていれば、彼女のあの捨て身とて救いが無いように思われた。

 とにかく全てが虚しかった。何もかもが消えてしまったかのように思われた。ジェイソンは孤独の身としていずこかの宙域に跳ばされ、アーマーの自動的な機能で移動していた。

 涙が乾いていくのが感じられた。それが悲しかった。

 死が大きく横たわっているのを感じた。殺されたゴッシュ、そして自らを犠牲にした機械生命体の少女。彼らは己の目の前で死んだのだ。だが、己は彼らに何もしてやれなかった。

 ゴッシュの時は力など無きまま、何もできずに目の前で死なれた。65−340と名乗った群体種族的な機械の集合体の時は、力を持っていた――だが結局何もできなかった。

 何もできないまま死なれた。己は結局何もできないのか。

 冷え切った心がかさかさに乾き、ヘルメットの中で乾いていく涙が鬱陶しく思えた。

 周囲を見ると黯黒の世界で輝く無数の小さな輝きが遠くに見えたが、そのどれも己の一光年以内にはいなかった。孤独の地をやや低速で飛んでおり、気が滅入った。

 彼女とはほんの少しの間、時間を共有しただけであった。しかし共に苦難に立ち向かった。

 命を脅かす機械の魔術師相手に太陽系外縁で交戦した。故に喪失感が大きく思えたのか。濃密な数時間が終わり、何も無い空白が広がっていた。


 全身の装甲がずたずたに引き裂かれたブレイドマンは辛うじて生きているようであった。

 彼が入居している肉体は理論上破壊不能である――というより構成する分子や原子を粉々に破壊されても再生するのだ。だがその精神はそうでもない。

 ブレイドマンは悪辣な宇宙的ヴィランであり、精神的にもタフであるという自負があった。

 まだ生身の肉体であった頃から悍ましい儀式に手を染めており、地獄めいた体験を何度もしてきた。難病的な呪いによって死が不可避となった時、この肉体と出会った。

 しかし彼の精神はそれでも不死ではなかった。破壊される可能性は高かった。それ故に、さすがに異常青方偏移ジャンプの悪用による破滅的な現象は彼の心を大きく傷付けた。

 あまりの痛み故に久々に大泣きし、もし涙を流せるなら喜んでそうしていたはずであった。

 改めて機械生命体の厄介さを知った。己のように後天的な機械の肉体を得た身とは違い、生まれながらに機械的なネットワークの知性を持つ種族の悍ましさを知った。

 あまりのショックで、己が世界一美しいと思っているこの機械の肉体をずたずたにされた事にすら怒れぬままであった。

 はっきり言って『ドン引き』であった。まさかあそこまで即決して己を殺して他を活かすか。

 だが再会がどうとも言っていたので、データ転送でもしたのか。いずれにしても得体の知れない恐怖を感じた。

 再生のためのシステムが長らく応答せず、頭の中で数百のアラームが鳴り続けていた。

 自己診断機能がちかちかと点滅して遅々として起動せず、各部のスラスターからは不規則な推進力が漏れた。

 破損した装甲がずきずきと痛み、痛みを感じる機能を持っていないにも関わらずそうなっている事が恐ろしかった。

 虚しい敗北感に涙すら流せぬままで悔しがっていると、不意に声が聞こえた。

「どうなっているのかな?」

 その声は地獄めいた吐き気を催すものであった。

 わざとらしい美しさを持たせようとして気持ち悪くなっているテノールであり、聞いているだけで心が張り裂けそうになるものであった。特に、このような状況下では。

 しかし呪われるべき事に、この声の持ち主こそがブレイドマンの雇い主であった。

 かつて己の完璧なロボットの肉体を傷付けたアルスターの猟犬がここ数年はPGG宙域に留まっている事を知っており、故に復讐のために侵入したかった。

 ブレイドマンは猟犬たるキュー・クレインを殺すために、ついでの余興としてユニオンの攻撃計画に手を貸す事を思い付いた。

 まあ一見すると完璧な計画に思えた。それを実行する手段が無い事を除けば。

 単体で攻めるのは無謀であった。彼程の魔術師、それこそ星系全体を封鎖できる程の術が使えようとも、それではPGGのギャラクティック・ガードやゴースト・ガードを相手にするのは無謀であった。

 一人二人ならともかく、それら隊員は大勢いるのだ。

 更に言えばユニオンの艦隊を投入しても状況は厳しかろう。

 彼らとてPGGの領内を蹂躙して領土山分けなどはまさに夢であろうが、しかし正面から向かってもPGGは難攻不落である。膠着状態になるのが目に見えていた。

 まさか馬鹿正直に大艦隊を動かして、その動きを察知されないはずがない。PGGは守りを固め、戦争が始まればいずれ快進撃など止まる。

 技術力ではほぼ対等だが、しかしケイレンのような有利など得られない。ケイレンも特に興味を持たない限りは援助などするまい。

 それ故に、その無謀極まる目的の達成のために、ブレイドマンは様々な模索の果てにかような化け物と接触し、邪神の中の邪神であるそれと手を結んだのだ。

 しかしこの声を聞くたび、やはり己の選択は間違いではないかと思えてならなかった。

「どうもこうもねぇだろ。俺は頑張ったつもりだったけどな…見やがれ、こっちはこんな目に!」

 彼は虚しさを感じつつも怒りを見せようとした。そうする事でこの邪悪極まる接触者を相手に心を保てるような気がした。

 邪悪そのものの人生を送ったブレイドマンにすら、その邪神、すなわち光り輝く黯黒神は恐ろしかった。

 それはもはや悪としての職業的嫉妬すら心に浮かばぬレベルの怪物であり、数少ない残された記録からそれら邪神族の行ないを知っていたため、そのような無意識悪意の具現と実際に遭遇してしまった事を危ぶんでいたのだ。

 いかに目的のためであろうと、このような邪悪と組むべきであったのか。

 任務に従事していた時にはすっかり忘れられたそれらの不安が心の中でぶり返し、心を闇で染め始めた。

「その様子ではまだみたいだね、まあ僕は急いじゃいない。君のペースでやってくれ」

 その声はどこから聞こてくるのか全く検討も付かない。いずこかの忘却された時間線から届くものと思われた、地獄めいた邪神の声。

 それらは己らの行為を正義と信じる腐り果てた少年少女であり、永劫を永劫に繰り返した果てに狂った者どもであると思われた。

 呪われてしまえと何度も考えたが、しかしこれらを呪える者がどこにいようか。あの美しい三本足の神とて不可能なのではないか。

 リーヴァーやその主人、及び黙示録の四巨神や諸々の高次元実体、ズシャコンやエッジレス・ノヴァ…。

 果たしてそれらにすら、これらは駆逐も呪う事もできぬのではないか。そもそも、あの地球人の少年の脳から得られるデータを使って、この邪神どもは何をするつもりなのか…?



数十分後:ヴァイオレット・ウェイスト星系、破壊された銀腺


 ジェイソンは破壊された銀腺に到達した。そこは鈍い銀色に輝く巨大なエネルギーの漏出地であり、周囲の星々は太古の隔離戦争で滅びて久しかった。

 PGGもその他の勢力もここにどのような文明があったか、どのような種族がいたかをほとんど把握できていない。

 隔離された宙域で発生した大戦の跡地で天体の残り滓が漂い、微妙な重力力場がここら一帯の奇妙な外観を保っていた。

 破壊された銀腺についてのそのような説明をHUDに流れるご丁寧な英語分で読み流したジェイソンはやや気力が戻りつつあった。

 というのも結局彼自身は生き残った。生存者特有の罪悪感があろうが無かろうが、生き残ったのだ。

 鈍い銀色の未知のエネルギーが空間から滲み出るのを眺め、それら数万マイルに渡って展開されている巨大な構造の雄大さに少しだけ感動する事はできた。

 涙は乾くティアーズ・ラン・ドライ。結局はいつの時代もそうなのだ。

 傷が残っても、残りの人生が続く。それを意識していると心が少しだけ落ち着いた。

 ある種の諦めの混ざった安心感が発生し、つい数時間前までは見ず知らずであった者と長い事見知った者の死を少しずつ受け入れた。

 ああ、とても痛い。またずきずきと痛む。しかしそれでも、なんとか生きていけるような気がした。でなければ、彼らの尊い犠牲は無駄になる。責任を感じるなら目を背けてはいけない…。

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