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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
255/302

BREAK THE CELL#5

 一旦ブレイドマンを撃退する事ができたものの、再び魔の手が迫る。咄嗟の判断で機械生命体の少女が下した決断はしかし、ジェイソンを再び悲しませるものであった。

 距離が離れて態勢も崩れたままのブレイドマンに対して、タイのとある旧貴族の家柄の令嬢を模して作ったユニットに座乗している機械生命体の特務タスクフォースは全く躊躇を見せなかった。

 即座にそれの追撃を考え、ガード・デバイスを変形させて強力な加速兵器を形成した。中和された中性子星の構成物質を弾体とするそれは秒速十万マイルの高速で発射され、相手が反応しようとした瞬間に激突し、肩の装甲が粉々に吹き飛んだ。

 既にあらゆる防御機能が低下しており、しかもメガ・ネットワークから派遣された機械的集合知性は敵のファイアウォールを貫通して内面にも攻撃し、あらゆる防御機能を低下させていた。

 本来以上に弱っているブレイドマンは右腕がほとんど千切れ、辛うじて繋がっている状態となり、修復機能も上手く働かず、遅々として破損箇所の再生が進まなかった。

 激怒によって吠え立てるのみであり、しかし頭の冷静な部分では己の不利を悟っていた。戦術を変えなければ不味いとは理解しており、入れ物であるこの肉体が不死であろうとも、しかし精神が破壊されてしまう可能性を考えた。

 機械生命体の相手は正直かなり不利であった。というのも、精神に関する攻撃手段も己らのネットワークから既に検索済みであろうから。

 ここは一旦撤退するべきかと考え、激闘の衝撃で吹き飛ばされたまま、その勢いを利用して加速した。既に転移門を形成するのも面倒に思える程手酷くやられており、追撃は避けたかった。

相対距離は既に数千マイル、故にこのまま離脱する事を選んだ。

 一方的に殴られる事程に腹立たしい事は無い――しかしやり返せるなら悪くもあるまい。ブレイドマンは復讐心を燃え上がらせたままそのように考えた。機械生命体の方は辱める意味も無いが、しかしあの地球人の方は…。

 必要な『引き渡し』が終われば、生命維持装置によって強引に活かし続けた状態で少しずつ全身を切り刻み、皮を剥いでやろう。だが最終的には殺さない。無残な露出した肉の半死人じみた姿でトロフィーとして見せびらかす。

 考えただけで心が踊り、その未来は己のこの完璧な機械の肉体に次いで美しいものにすら思えた。


 ジェイソンは己の敵がそのような暗い情熱を湛えているとは知らぬまま、65−340と名乗る機械生命体の集合知性と共に今後を話しつつ星系から離脱していた。振り返ると遙か後方で小さく燃え盛る太陽が見え、木星だか天王星だかがちらりと見えた気がした。

 太陽にタグを付けて己がそこからどれぐらい離れたかを地球の単位で知る事ができた。何桁も並んだ数字が非現実的であり、しかし何もかもが現実であった。地球をデータベース検索し、それを呼び出して現在地からどれだけ離れているかを把握した。

「ジェイソン、何か問題発生か?」

 少女の姿をした機械生命体はそのように尋ね、シールドで全身を保護する少女は彼の数十フィート近くを並んで飛んでいた。

「いや、その…故郷からこんなに離れたんだって思って」

「お前が今後二度と戻れなくなる可能性は否定、少なくとも今回の問題が片付けば年に三回または四回帰る事は可能」

「それなんだけど、僕は、もし生き残れたらその後どうするの?」

 思えばそこまで考える暇が無かった。今までの人生において全てを大きく変えてしまう最大級の大変動。それがこの半日間の全てであり、その後、例えば生還できた場合にどうするかを考えるだけの余裕はどこにも無かった。

 激動の数時間があっという間に過ぎ、既に地球の彼がいた辺りでは夕方頃であろうと思われた。このまま己は行方不明として暫く姿を消すにせよ、その後施設の職員達を安心させるため等の理由で帰る事ができるか、それとも永遠に行方不明となるか。

 そこまで考えるだけの余裕が全く無かったのだ。

 65−340はそうしたジェイソンの思案をある程度観察しつつ答えた。既に太陽系とぎりぎり呼べる領域からも離れつつあった。もう少しで星系封鎖から脱出できる。

「安全になるまでお前を保護、然るべき対策を講じればお前には高度の自由も提供可能」

「なるほどね、僕は証人保護プログラムみたいな感じのご身分になるんだ」

「お前達の制度に照らし合わせれば概ねそれと類似。しかし敵の狙いがまだ不明なので不明瞭な部分も存在」

 ジョージはそこで疑問に思った。

「狙いって、僕を殺すんじゃないの?」

「お前を殺傷してその上で何をするのかが不明。お前の脳髄を奴が何に使うのかを計算中、しかし今のところ確定できるだけの情報無し。暫定的な解、お前の脳髄を何らかの魔術儀式に使用。あくまで暫定的であり、確証に欠ける」

 ジェイソンは美少女が『お前の脳髄』と言うのを聞いてなんとも言えない心境になっていた。そんなに連呼しないでよ。

「わかったよ、つまり何であれ情報が足りないって事だよね」

「我々に予測不能な解という意見がメガ・ネットワーク全体協議にて浮上、現在のところ賛成が六〇.二パーセント」

 よくわからないが、それはどこか不思議な事に思えた。多分、機械生命体のイメージに反して『勘』を使っているのではないか?

「コンピューターの知性でもそういう唐突な勘みたいなの使うんだ」

「これらはシミュレーターの補助プログラム、予測不能なものを計算に入れるためのもの。しかしお前達の慣習に照らし合わせれば、『勘』と呼ばれるものと最も類似」

 まあいずれにしても、もし負ければあのブレイドマンとかいう変態はジェイソンの脳を生きたまま引き摺り出すものと思われた。そうなったら最悪であり、苦痛のある最期となろう。それを否定するために今ここにいるのだ。

 地獄めいた運命が待っているなら、それを可能な限り捻じ曲げないといけない。特に、どこかのろくでなしが作り上げたような類いの運命ならなおさら。


 彼らはもう少しで閉鎖の外に出られるようであった。星系を球形に覆う名状しがたい模様が見え始めた。到達まで残り五〇〇マイル。この分ならもう少しで…。

 しかしそこで異変が起きた。目の前の壁じみた模様が高速で一気に収縮して、それはある一点に吸い込まれるようにして消えて行った。次に何が起きるのかはジェイソンにも予測できており、彼は渡されたデバイスを構えた。

「注意、前方にブレイドマンを確認」

「わかってる、迎え撃って――」

「――できると思ってんのか?」

 星系の外側に佇んでいたブレイドマンは星系閉鎖のために使用した巨大な術式を一気に飲み込み、アーマー内部の機能によってそれを莫大なエネルギーに変換した。彼の破損した箇所が瞬時に治癒し、そして有り余るエネルギーを使って一瞬で距離を詰めた。

 ジェイソンはこれに反応が間に合わず、相手は直進してそのまま刃を振り被った。妖刀には莫大なエネルギーが満ち、一撃でシールドを叩き割られてその後の追撃でアーマーごと負傷させられるものと思われた。

 言うまでもなく、ジェイソンにはそこまでの高速域に追随できる思考速度は無かった。アーマーの補正すらも超えた速度であった。

 だがこれに反応できた者がいた。とある令嬢の姿を模した潜入ユニットに座乗する五〇個のソフトウェアからなる集合知性65−340は、ブレイドマンの高速接近中にメガ・ネットワークと協議して今後の手を決めた。

 傍から見れば即決であるそれはジェイソンを庇ってブレイドマンの進路に割り込み、彼にがっちりとしがみついた。刃を振る前の段階で不意を突かれた機械の魔術師は完全に予想外の展開へと放り込まれた。

「邪魔だ!」

 ジェイソンが気が付いた時には既にその光景が広がっており、彼の目の前で取っ組み合いのような有り様となっていた。

 そして彼女はジェイソンの使った戦法を模倣していた。先程の戦闘で、ジェイソンがタックルを見舞った後にシールドで受け止めたエネルギー及び飛行中に発生した諸々の過剰エネルギーを蓄積しておき、それをブレイドマンにしがみついた瞬間に膨大な量の運動エネルギーとして放った。

 大陸をすっぽり覆う程の核爆発に匹敵する暴力的な衝撃が一気にブレイドマンのシールドを粉砕し、再び無防備にする事ができた。

「シックス!」

 ジェイソンは彼女の呼び方を決めていなかったので頭の数字をそのまま呼称にして叫んだ。伝わる事はわかっていた。

「お前を防衛するために擬似的異常青方偏移ジャンプを乱数的に起動。スーパー・カタストロフによる全システム領域侵食を開始。最終的崩壊のカウントダウン開始」

 少女は相変わらずの美しく、それでいて冷たく淡々とした表情でジェイソンを見た。なんとなくだが、ジェイソンにも彼女が何をしようとしているのかわかった気がした。

「何やってるの!? まさか自爆する気!?」

「自爆戦術の最上級。ここで奴を足止め、お前はアーマーのガイドに従って退避可能」

 己が何に巻き込まれているのか理解したブレイドマンは必死に藻掻いた。死ぬ事は無いにしても、かなり不味い事になるからだ。行き先も決めずに異常青方偏移系の転移を実施すればどうなるかは知っていた。

 しかし、彼の機械の肉体は思ったように動かなかった。接触した事で無線侵食機能はかなりの精度を発揮して、元はソヴリンが作って廃棄したこのロボットのファイアウォールを蹂躙し、その壁の内側をずたずたにした。

「待って! せっかく仲良くなれたと思ったのに!」

 言ってからジェイソンは後悔した。この最期の瞬間に出てくる言葉がそれなのかと。しかし再び涙が出そうになって、目が潤んで熱くなった。

「問題無し。これは最適な戦術。我々とお前は不明の期間を経て再会可能」

 そしてその瞬間カウントダウンが終わったらしく、ジェイソンは着ている自動的にアーマーが星系外向けて吹っ飛び、彼が太陽系の方を向いたまま吹っ飛んで行く目の前で奇妙な閃光が発生し、そちらの方角は青基調の色合いになったり戻ったりを繰り返して大爆発を起こした。

 プラズマのような何かが光り輝き、そして空間が歪んで暴れ狂った。恐らくテレポーテーションの一種を悪用して大破壊を引き起こしたのであろう。

 ジェイソンは凄まじい声で叫び、そして己の見ている残酷な光景が激痛のように感じられた。

 彼は今日だけで三度の離別を味わった。まず彼は同じ施設で暮らすゴッシュという友を亡くし、次に生まれた街どころか惑星から退去するという離別に直面し、そして今まで己を守ってくれていた65−340っという少女を目の前で自己犠牲によって喪失した。

 彼の心が再び悲しみに襲われ、ヘルメットの中で涙が流れては排出され、そして無慈悲にも爆発現場から離れて行った。爆発範囲の外に出た辺りで彼は未知の効果によってその場から消え、太陽系外のいずこかに転送されるものと思われた。

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