BREAK THE CELL#4
ブレイドマンの猛攻を前にして機械生命体の少女は追い詰められた。己のために奮闘している異星人の少女(ただし群体種族)を前にして、ジェイソンはある種の覚醒を発揮する…オタクの怒りがナルシストのロボット魔術師に襲い掛かる!
ジェイソン・エイドリアン・シムスは太陽系外縁の辺境におり、己を今まで護衛してくれた謎の美少女――本人曰くメガ・ネットワークなる機械生命体の種族が地球人に似せて作り上げた潜入ユニット――の姿が赤い光に飲み込まれたのを見て、己の手で何かをしなければならない事を悟った。
このままではあのブレイドマンとかいう変態に殺される。そいつは生きたまま彼の首を斬り落とすと思われた。
そんなのは嫌だ。そして何より、見ず知らずの己のためにこれまで奮戦してくれたあの少女が傷付けられるのが腹立たしかった。
義憤が湧き上がり、それは無残に首から血を流して死んだゴッシュの最期にも典拠していた。あのロボット男は目的のためならなんだってする手合いだ。
なら、向こうがそういう展開を望むのなら――戦争をくれてやる。
彼は実際のところビデオゲーム上でしか戦争などした事がなかった。しかし己らをこれ以上侵害して来るなら、手痛いカウンターを喰らわせてやると考えた。
彼はまだ65−340が生きているという確信があった。それはこの今になって漸く使い方がわかり始めたアーマーの機能ではなく、本能的にそう感じた――彼は極度に興奮し、未だに彼女を指し示すHUDの表示が消えていない事に気付いていなかった。
冷たい闇の世界が急激に熱で満たされるような感じして、その正体はよくわからなかったが戦意が溢れた。もう彼女に守られるだけじゃ嫌だ、彼はそう強く思った。その感情の正体もまた、よくわからなかった。
これまでの人生で異性とろくに接していなかったから、それが好意、つまりこの束の間の出会いと話し合いで彼女を好きになったのかどうかは彼自身にもわからなかった。しかし彼女のために戦いたいという事だけは確信があった。
少年は少女と出会った。なら、今が正念場なのかも知れない。ここで物語が終わるのか、それとも続くのかは己次第だ――何せ、これは僕の人生の物語だから。
隣の天体まで数万マイルという、一般的なイメージの小惑星帯とはかけ離れたこの辺境で、ジェイソンは命の恩人に借りている紺色のアーマーの中で叫んだ。
「僕にやらせてくれ!」
彼は決意と共に声を張り上げた。こうなったら出たとこ勝負、生きていると信じている彼女からの返事を待った。その間に流れる時間がやや永劫のごときものであるように思われたが、それは錯覚に終わった。
「了解、顕現をお前に移譲する」
爆炎の向こうで、両腕で己を庇うようにして睨め付けるような表情の顔を見せた。それは単に角度による錯覚であったが、しかし彼女もまた何かの決意を見せたような気がした。気がしただけでもいいのだ、これは始まりだ。
慣性のまま移動していた彼はアーマーの操作を行おうとしたが、しかしやはり操作法が全くわからなかった。彼の全身を覆うアーマーは確かに彼の動きを妨げずに動いてくれたが、どうやって機動するのかがわからなかった。
「ごめん、操縦はどうやって!?」
65−340と名乗った少女は敵の何かしらの兵器を防ぎきれなかったのか、黒い服の腕の部分が破れていた。彼女はシールドを張っていると言っていたと思うが、それでも防ぎきれなかったのか。それを思うとぞっとした。
そう、これは命のやり取りなのだ、覚悟したのに恐くなるような――黙れ、知るかよ。
「操縦方は多数存在。思考コントロールが直感的に操作可能」
彼はそれを試してみた。頭でこのアーマーの推進方向を制御しようとした。が、急激にぶっ飛んだような感覚に襲われ、それは彼が慣性から脱して急転換、別方向へと急発進した事によるものであった。速度は秒速八マイル、地獄めいたドライブ。
「無理っぽい! 他に何か無いの? ゲームみたいな奴とかさ!」
「お前の遊んでいた娯楽機械のコントローラーをデータベースで検索、それの操作に適した構造へとアーマーを変形させる」
彼女はなんでもないようにそう言った。言いながら銀色の武器を変形させて何かを撃った――途端彼女の撃った方向の空間が圧縮されたかのような何かが見え、内臓に響くような音が聞こえた。これは真空中でも聞こえる空間の悲鳴だとでも言うのか。
圧縮された空間が元に戻り、その急激な変化がブレイドマンに襲い掛かった。ブレイドマンは一般的なシールド機能でこれを防いだが、しかしシールドをかなり削られた。
そしてアーマーの中で、ご丁寧に英語音声で一連の命令が送られて来た。一旦操作不能になると言われ、そしてそれと共に変形が始まった。首に何かが触れるのを感じ、彼の意識が次の瞬間見えない床に座っていた。
そこれ彼は、より正確には己が見えない椅子に座っている事を認識し、そして周囲があのさっきまでいた暗い太陽系外縁部である事に気が付いた。そして彼の手には使い慣れたゲームのコントローラーがあった。
ジェイソンはここがある種の精神的な幻覚の世界である事を察した。そしてその幻覚の中で彼はコントローラーを握り、更にはキーボードとマウスも手元で浮かんでいる事に気が付いた。これなら至れり尽くせりだ。
そして次の瞬間通知音のような音が前方から聞こえ、彼の視界の左側に操作法が表示された。これなら戦える。そしてこれなら彼女と共に生き残り、これ以上あの変態がゴッシュのような犠牲者を生む事を防げるはずだ。
「ありがとう、これなら戦えるよ!」
そう言った時、彼は己がここまで素直に礼を言えた事に驚き、それから少し恥ずかしく思った。しかしそれは後にしよう、せっかく心が開けたのなら、今はその状態を保っておきたいから。
彼は随一という程でもなかったが、しかしビデオゲームが得意であった。特に一人称または三人称のシューターの操作が得意で、キルレートは様々なゲームで2を超えていた。スライディング可能なゲームではスライディング撃ちの操作に優れ、またジャンプしながらの射撃も上手かった。
普段奥手な雰囲気のジェイソンはしかし非常にアグレッシブなプレイスタイルを持ち、とにかく前に出て行くのが上手かった。それは闇雲な突撃ではなくて、あくまで前線の具合を見た上でのものであった。
同様にスポーツ題材のゲームでも超攻撃的なやり方を好み、アクション等のジャンルでも同様であり、それはRTSやMOBAにおいても同じであった。
試行錯誤で操作の最適なやり方がわかり始めたが、しかし一つ問題があった。
「何度もごめん、でも速度が速過ぎる!」
それもそのはず、彼らは最低限遅くても秒速で数マイルは移動するというとんでもない速度で戦っているのだ。さすがにこのような体験ができるゲームは無かったし、常人には難しい速度帯であった。
「問題を確認。お前の認識に補正を付加、少し待て」
そして少し待つと、先程まではちょっと加速しただけでふっ飛ばされたのかと思うぐらいの速度であったものが、少しずつはっきりと制御できるようになってきた。どうやら彼女はこのような速度でも戦えるよう感覚を調整してくれたらしい。
多分この精神世界のようなものにおける補正であると思われたが、細かい原理は置いてとりあえず戦える事を喜んだ。これは己のためのみならず、彼女のためでもあり、そして犠牲になったゴッシュのためでもあった。
そうした戦いに己が参加できると考えると、自然に高揚感が発生した。これなら戦える。あらゆる全てのために。
「ちっ、雑魚が戦いに参加ってか!?」
ブレイドマンは苛立った様子で66−340と交戦しつつ、左手をさっと振るって汚染された芽を六発発生させて発射した。新たな脅威となったジェイソンを狙ってそれらは高速追尾弾として飛来した。
先程までは『初めて車を運転するとこうなのか』という感じの、自分に依らない『移動』という未知に振り回されておっかなびっくりであったが、今のジェイソンは違った。
彼は脳内でベセスダ製のゲームの事を思い出していた。思えばあれらのゲームは敵が高度な予測射撃を使いこなしていた。例えば飛来する矢や魔法は主人公の進行速度等を加味して未来の到達点を狙って撃たれていた。
という事はそれを利用すれば回避もできた。引き付けてから一気に逆に動けば回避できるのだ。目の前の脅威にもそれが適用できる事を祈りながら、彼は癖になっている超攻撃的な『操作』で接近しながら回避運動を取った。
警告のアラームが鳴る中でそれらを回避したが、しかし未だに全周囲化したHUDにはそれらがタグ付けされ、地球の単位でその距離と位置等が表示されていた。これらはビデオゲームで視界外の目標物を追跡表示しているのに似ていた。
「何か武器は無い!?」
「そのままこちらに来い、デバイスを分離させてお前に渡す」
彼は己の背後からあの追尾弾が迫るのを認識していた。振り返るとそれは徐々に距離を詰めていた。前方では何故かタイのとある令嬢と瓜二つの姿を持つ機械生命体が猛攻を仕掛けていた。ジェイソンに手出しができないようにしているのだ。
ジェイソンは彼女のために何かができないかと考えた。迷惑は掛けずに何かできないか。考えながら交戦地点にまで近付いた。と言っても彼らもまた絶えず高速で移動して戦っていたが、全速で飛ばしているジェイソンはどんどん近付いた。
彼女はブレイドマンの妖刀と打ち合いながら、己のガード・デバイスの一部を分離・射出してジェイソンに渡した。
ジェイソンはアーマーとデバイスの自動補正でそれをキャッチする事ができた。これらは秒速数十マイルの速度で発生し、そしてジェイソンは今までなら考えられないような速度で振り向いて、デバイスを三点バースト式のマシンピストルへと変形させた。
既に彼は事前に流れてきたデバイスの説明を読んでおり、これら超科学の兵器の万能性も知っていた。彼は己が思い描いた内容へとそれを変形させる事に成功し、そしてそれを発砲した。
加速された極小の金属弾が三発ずつ飛来し、己に迫る追尾弾を撃ち落とした。残り三発の追尾弾は近接信管式のグレネードで一気に纏めて吹き飛ばし、厄介な追尾弾のタグ表示は全て消えた。
ブレイドマンは新規のジェイソンに向けた攻撃をできていないらしかった。綺麗さっぱり消えた事が清々しく、そして更なる戦意に繋がった。趣味でしてきたゲームの操作が役に立つとは。上も下も無いようなこの高速戦闘には、惑星リーチでステーション防衛を行なった時の経験が生きた。
あれはいいゲームであったし、そしていい糧になった。
ジェイソンは射撃を見舞いながら敵に補足しにくいような機動を取ってブレイドマンにとっての横から接近した。ブレイドマンが迎撃のために投げてきた妖刀を炸裂式スナイパーライフルの咄嗟の射撃で勢いを殺した。
そして距離は更に接近。彼は一気に一マイルの距離をショルダータックルで詰めた。回避しにくい斜め後ろの下方から体当たりし、彼のシールドはブレイドマンの低下していたシールドを叩き割った。ジェイソンはシールド機能の使い方も既にかなり学んでおり、それを活かす事ができた。
凄まじい衝撃がシールドを破壊し、そこまでならシールドの肩代わり機能によって無効化可能であったが、しかしジェイソンは溜め込んでいた運動エネルギーを一気に解き放ち、それをブレイドマンにぶつけた。
以前読んだ事があったが、迎撃防御への対策として囮の一次攻撃と本命の二次攻撃というやり方があるらしい。正確な内容をジェイソンは失念したが、しかし確かにこれは使えると思った。
ブレイドマンのシールド防御を破った直後にもう一つの本命の攻撃で追撃してダメージを通す。未知の合金で作られたブレイドマンの装甲が傷付き、相手は激怒の声を上げた。
「テメェ! このクソガキがぁ! テメェみたいなクソガキが、畜生、この! クソガキの分際で舐めた真似しやがって!」
しかしブレイドマンの機械の肉体は衝撃で弾き飛ばされ、一気に百マイル以上向こうへと飛んで行った。タグ機能の補足が無ければ既に視認不可能の距離にまで離れた。
凄まじい頑強さを誇るはずの装甲片が飛び散り、その実ソヴリンのテクノロジーであるそれに損傷を与えた事でPGGの凄さが浮き彫りとなった。とは言えそれもケイレン帝国の後をずっと追い掛けている状態であるが。
魔術的な補強すらも貫かれ、かような醜態は一気にブレイドマンの怒りを呼び覚ました。
「よかったじゃん、卑怯者の人殺し!」
どのような技術かは不明であるが、彼らは普通に真空中で通信に頼らなくとも音声で会話する事ができた。己の接している範囲の外の音は普通に聞こえないのであるが。




