PLANTMAN#12
人型巨大ロボットを操る謎の青年ダーク・スターが振るう、『クトゥルーのごとき者』と呼ばれる悍ましいドラゴンの力によってアール・バーンズと這い寄る混沌は苦戦していた。しかし突如南極に現れてダーク・スターを空から叩き落としたバズカット・モホーク(モヒカン刈り)の男はプラントマンと名乗り、そしてアール・バーンズの未来の姿であるらしかった。形成逆転によって彼らはダーク・スターに重苦しい決断を強いた。
それは状況を変えるべく現れた未知の助っ人であるように思われた。
「君が僕であった事は一度も無い、これからも無い、か。それはただの言葉の綾かな?」
黒く塗られた機械の巨神はその身をゆっくりと起こしながら、己を宙から叩き落とした何者かを確認した。プラントマン、とその男は称した。
だがあのアール・バーンズもプラントマン。ダーク・スターは己の調査が行き届いていなかったのかと束の間思案した――すなわちこの地球には己の知らないプラントマン、例えばそれはヒーローの名であるから先代か何かのプラントマンであるとか。
見事なバズカット・モホークの髪が目を引くもう一人のプラントマンはそれに対して冷淡に返した。
「単に事実を口にしているだけだ。俺はお前のような事はしない。お前は自分が何をしているのかをよくわからないまま、使ってはいけない力に手を染めている。お前は自分が何をしているのか説明できるのか?」と言ってから彼は手で遮って付け加えた。「俺を苛々させる無意味な言葉の羅列無しでな」
アールはそれを聞いて奇妙な親近感を覚えてぞくりとした。考えてみれば、己もあのようなやや皮肉の入った言い方をするものだ。特に、ダーク・スターのような鬱陶しい手合いが相手であれば。
ダーク・スターはやれやれという態度を見せた。未知の材質で作り上げられたロボットの内側にいるその謎の青年の心境がこの冷たい南極の大地で感じられた。
美しい三本足の神は己らを拘束していた未知の力が弱まった事で態勢を立て直し、アールもまた同様であった。雲が吹き飛んだ空は吹雪が掻き消え、凍て付くこの地に陽光が再び燦然と降り注いだ。
「手間取らせるね。まあいいだろう。僕は宇宙を永い事旅した。その間に無数の星が死ぬ様を見た。無数の文明が死ぬ様を見た。それらの旅の中で僕はつい最近、この力を発見したんだ。これは神聖なる力だ。僕はとある遺跡でこれを見付けてね。以来それを然るべき時に使っているのさ」
這い寄る混沌はこれを聞いて疑問に駆られた。
「はて、すなわち君はこう言いたいのか。その便利な力は聖なるもので、何も危険が無いので使うと。それは物事を見誤っているようにしか思えぬがな」
「同感だね」とアールは言った。「俺はさっきそいつを食らった。どんな気分だったかって? 押し寄せる腐った肉のスープが体内に入り込んできて溺れたような幻覚を見た。よく知らねぇがお前の基準だと神聖な力ってのはそんなクソったれで不快なもんなのかね?」
アールはダーク・スターを皮肉る態度を取って相手を見下げた。風が弱まり、摂氏マイナスの世界でじんわりとした暖かみを感じた。
「ところであんたもプラントマンって言ったが、俺もしかして知らない間に既に使われてるヒーローの名前使っちまったかな?」
アールは先程から気になっていた事を口にした。果たしてこの目を引く髪型の、両側を綺麗に剃り上げて肌を露出させている男は何者なのか?
「俺か? 未来のお前だ」
「えっ」
アールは即座に固まった。南極の気温はやや下がったように思えた。
「まあ今は信じても信じなくてもどっちでもいい。俺はお前の味方で、あいつとは敵になる予定だ。それが重要な事だ」
モホーク刈りの男は彼の方へと振り向き、その胸にはプラントマンのエンブレムがあった。発電機に植物が巻き付いたその図柄を見て彼は『まあもしかしたらそうなのかもな』という気分になった。確かに今はそれどころではないからだ。
はっきり言って顔は全く似ていなかった。だが彼は味方、それこそが重要だ。
「そうか、そいつの敵なら確かに俺の…俺達の味方だな」と言い直しながら彼は美しい三本足の神の方を見た。かの神の側面もそれに同意して見せた。
「いかにもそうなろう。さて、名残り惜しいからもう一度言うとしよう。君はまだ我々の敵でいるつもりか? 私に虫けらと蔑まれる道をそれでもなお選ぶか? それとも何かしらの弁明を見せるつもりか?」
実際のところダーク・スターは次の手を考えていた。三対一、さすがに分が悪い。この惑星を崩壊させる程の出力で戦ったとしても彼らは食い下がるか上回ると思われ、そしてそもそもそこまで無差別攻撃をするつもりもなかった。
彼には彼の目的があった。それは殺戮ではなく、もっと意味のある行為であった。彼にとって殺戮はあの忌むべき悪逆の徒どもの領分であり、嫌いこそすれど好きになる事は決して無かった。
「あなたと戦う気はないよ。僕は現代のプラントマンにだけ用がある。僕には僕の道があって、破壊者の道を歩むつもりはない。僕はこの冷たく残酷な宇宙の風で、君、つまりプラントマンは現実の確固たる錨だからね。そういう意味では確かに、僕とプラントマンが同一である事は今後も無いだろう。僕達は現代のリーヴァーとズシャコンと言えるからね」
「ほう、そのオモシロ発言は何かの布石か?」とプラントマンは蔑んだ。思わせぶりな事を言う手合いであると知っていたからだ。しかし彼はあっと思って聞き返した。
「ズシャコンだと?」
どこで聞いたのかを思い出して、『マジか』と思った。しかしこれ以上聞き返すのも悔しいので黙った。いずれにしても美しい三本足の神が知っていよう。
一方でナイアーラトテップもまた、ダーク・スターの言葉に反応した。あの有機的な肉塊じみた聖剣を見て、百億年前の出来事を思い出していた――リーヴァーが使っていたリング状の剣と似ているように思われた。
「リーヴァーを知る者は少ない。君はリーヴァーがどこにいるのか、それを知っているのか?」
「掠奪者の行方かい? 全てを奪って行く者が今どこにいるのかは僕も知っているけど、それを教える代わりに僕が立ち去るのを見逃して欲しい」
「あ?」とアールは苛立った。ナイアーラトテップは手で制して続けた。
「そうか? まあ君が一切の悪行をせぬなれば、見逃してやっても構わぬがな」
機械の巨神に座乗する青年は疲れ切った笑みを浮かべながら答えた。
「あなたの逆鱗に触れるような事はもうしないと誓おう。僕達の種族の、最後の生き残りとしてね。今後はアール・バーンズ、僕が〈救世主〉と見做す彼にのみ迷惑を掛けるとするさ」
「困ったねぇ、この歳でストーカー被害とはな! まあ俺にだけ用なら今後も来てみろよ、その度に叩きのめしてやる。そうすべきだよな、未来の俺?」
アールは未来の己、全く容姿が異なるがどこか繋がりが感じられるような気がする男に話を振った。
「その点はそうだな。だが一つ問題がある。結局こいつが今後もあの力を使い続けたら、それは不味いかも知れない。この惑星に何かが発生するような予感がするんでな」
ナイアーラトテップはそれを受けて総体として考えた。確かに、あれは厄介な力だ。未知の実体である裏ドラゴン、どこにいるのかもわからぬクトゥルーのごとき者の侵略の魔の手が伸びるのはよくない。
「その、君自らの力に典拠せぬ未知の力の行使を私は今後一切禁ずるものとする。もし破れば、その時は厳罰を覚悟せよ。その時は這い寄る混沌である無数の散らばりの全てを敵に回すと知れ」
重いものが伸し掛かった。死にゆく恒星がその質量に応じて変化する高重力天体の近縁にいる時のような、潰されそうで、それでいて油断すれば引き摺り込まれるかのような感覚。心が歪み、魂が軋んだ。
青年は久しく感じなかったものを感じたような気がした。あの人生最悪の日、愛する全てと既知の全てが消え去ったあの日の苦しみを想起させるような感覚。その正体がなんであるのか、理解するのに時間を要した。
重苦しい何かが全身を駆け巡るような気分を味わいながら、永劫にも思える一瞬が何度か過ぎた。
「それについても同様の誓いを立てるよ、神罰の使者にして破壊的全権大使なる者よ。僕は約束を違える事は無い」
アールはその場のノリで決定してしまったのではないかとふと思った。その場のノリで、あの厄介なダーク・スターとかいう宇宙的犯罪者が己にちょっかいを掛ける事を容認したと。しかし、何故か彼は受けて立たなければならないような気がした。
挑戦を受けて立ち、迎え撃ち、真っ向から殴り合う。そうしなければならないというのが、冷静になった今となっては感じられた。寒々しい南極の大地が心まで冷ましてくれていた。
空を見上げ、やや吹雪きながらもよく晴れている広大な視界にオレンジ色が混ざってきた事に気が付いた。激しい戦いによって散り散りになった雲を見て、己らの力の強大さを知った。
改めて考えると、天候にすら影響を与える程の力があるよいうのはどこか心が高ぶるものがあった――というわけで遅刻しそうになる事があればこの超人的な身体能力を悪用させてもらおう。
今後どうなるか、それはその時次第であった。あの青年は神聖な存在の前で誓いを立てた。それぐらいは信じてやってもいいかも知れない。
「ところでさ」とアールはまだ立ち去っていない男に聞いた。近くにはまだ三本足の神もいた。
「なんだ?」
その男の声は全く己とは違うものに聞こえた。
「あんた、なんでここに来たんだ? あいつがヤバいってなんとなく気が付いたのか? こう、未知の知覚とかで」
「それは簡単な話だ、俺は未来のお前だからな。お前がヤバいから俺が来た、決して俺になる事の無い奴の凶行をを止めるためにな」
「そ、そうか」
そう言われると、何も言えなかった。空は斜陽時に差し掛かり、びゅうびゅうと吹く上空からの風がやや心地よかった。大地はどこまでも白く、空はオレンジが差した蒼穹がどこまでも広がっていた。




