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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
251/302

SPIKE AND GRINN#40

 連続殺人事件解決後も謎が残った。そしてスパイクは、日本の友人が解決した山梨の山奥の事件を聞き、『完成』という悍ましいものについて思い出した。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー



八月上旬:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


 スパイクはあの事件の後に何か無いか情報網を張り巡らせた。あの連続殺人の模倣犯などは特に無いようであった。

 しかし結局、何故あのカメオがあそこにあったのかは全くわからなかった。

 何故あのカメオにジム・ロスという低位の悪魔の血が付着し、そしてワンブグはジム・ロスの口を封じるような直接行動に出たのか。

 それを考えるとどうにも謎が深まった。結局何もわからないのでスパイクはその件は一旦脇に置いた。

「今日は暇みたいですね」とグリンが声を掛けた。事務所内は冷房で涼しく保たれ、暑くなってきたこの頃のLAが嘘のように思われた。

「嫌味なら間に合ってるんだがな。まあ俺が暇って事は地獄の扉が閉じてて、どっかのバカたれが何かやらかしたりはしてねぇって事だろ。それなら平和って事だ」

 少なくとも俺が関わるような業務に関してはな、と心の中で付け加えた。

「それにまあ、こうしてお前とゆっくり過ごす時間もできたってわけだな」

 これに関してはやや冗談めかして発言した。とは言えグリンとてそれに対して必要以上に冷たい態度を取る事はあるまいとは踏んでいた。

「それもそうですね。あなたは私がそれなりに好きになるに値する人間ですから、こうして共に過ごせるのは悪い事ではありません」

 グリンはスパイクにしかわからない微かな表情と声色の変化を見せつつ、知らない者には冷淡そのものにしか聞こえない調子の言い方でそう答えた。

「そいつは光栄だな。ハグなんかどうだ?」とやや皮肉めいた調子でスパイクはそう言った。彼は素直さにおいては少なくとも彼女には敵わないと自認し、グリンもまたそれを知っていた。

「ではそうしましょう。ここには我々しかいないので、誰かに何か言われる事はないでしょう」

「おっと、神様ってのも人間界の風評気にするってか」

 彼女はスパイクの方へすうっと滑るように少しだけ浮かんで移動し、そして彼に受け止められた。

「いえ、それは私が知るところではありません。私は気にしませんが、しかしあなたにとってはまた事情が違うでしょう」

「俺か? まあそうかもな。とは言え、お前風に言うなら俺だってお前の事はそれなりに好きだしな。お前は目が冴えるような美少女の姿を取り、そして実際にはそれすら真の美を隠すためのものってわけだ。つまり何が言いたいかって言うと、別に俺としちゃデメリットは無いのかもな。お前は秩序を愛し、ついでに言うと正義もそれなりに好きなんじゃねぇか? 気も合うし、実際俺達は二人で苦難を乗り越えて来た」

 スパイクは前半部で容姿だけ褒めている事に気が付いて内面を見ようとした。

 混沌の神格達が渦巻く悍ましい何かであるとすれば、彼女はどこまでも澄んだ透明な水であるように思えた。ありもしない理想上の大海に見えた。

「それはありがとうございます。今日はいつもでは言わないような事まで言うのですね。何かありましたか?」

 スパイクは彼女を軽く抱き締めながら答えた。

「この前ライアンと、お前がいない時にまあそういう話をしたのさ。お前の長所とかな」

 その時は外見の話しかしていなかったかも知れなかったが、と内心苦笑した。

 しかし確かに彼女は空に果て無きがごとく、どこまでも美しかった。まるで、以前遭遇した事のあるタイフォン達のそれと同じように。

「そうですか。ちなみにこうして素直に考えを伝えるのはあなたに対する好印象に繋がります」

 永遠の美少女はいつも通り淡々と考えを述べた。しかし彼女はやや微笑んでいるようにも思えた。

「そいつはいい情報だな」とスパイクは触れ合ったままで続けた。「ところでなんでお前はそんな冷淡な感じなんだ。俺はまあ、お前の微妙な変化も大体わかるようにはなったけどよ」

「そうですね、人間にも色々なタイプがいますから、それと同じ事だと思いますが」

「個人差か。まあいいさ、俺もこんなのだしな」

「あなたがどういう意味で『こんなの』と言っているのかはさておき、その『こんなの』と共に歩む事を私は己の意志で選んだのです」

 その言葉が心に深く染み渡り、スパイクは不意に考え込んだ。部屋の冷房は快適で、外の陽射しは相変わらず容赦が見えなかった。


 スパイクは一年前の事を思い出していた。知人に呼ばれてニューヨークに行った時の事。冬のニューヨークの寒さは確かに堪えた。

 ヒップホップ界にはよくNYを己のホームやフッドだと見做す者もいる。多くの伝説達がいた。

 そして今生きている後世の伝説候補達。彼らのリリックを思い出しつつも、よくもまあここまで冷え込む地で生きていけるなとも考えた。まあそれが作品作りのインスパイアにもなるのかも知れなかったが。

「これはなんだ?」と写真を見た大柄な政府の男は聞いてきた。

「これか? ドラゴンの影から生じた怪物の、クソったれの使者が地球に与えた影響の典型例だ」

 美しいブラックの魔術師は相手が話半分で流すのを期待しながら答えた。

 背が高く映画のマッチョな俳優のような出で立ちの大男はこれを聞き、やれやれと首を振った。

 この日のニューヨークは寒く、彼らがいる煉瓦造りの建物屋上からは曇り空の下で午後を迎えた摩天楼と古い街並みの寒々しさが見渡せた。

「イマイチよくわからんが、それはどういう悪影響を与えるんだ?」

 思えば、ヴァイキングのような白い肌の大男の疑問はもっともたるものであった。

「そうだな、具体的に言うとあれだ、『オグズの古代記』の初期新高ドイツ語版写本と『ナコト写本』の初版にだけ記述のあるカーリー信仰の原初的異端派である完成主義者が、人間の受ける影響例としては一番近いんじゃねぇか?」

「その…異端派のカーリー信者だかなんだかは、どういう連中なんだ?」

 それから魔術師の男は延々と説明を続けた。

 インドの古い記録にも残っていない、初期のインド地域の人類がカーリーに対して捧げた危険な進行形態、それは『完成』を目指して行われるものであり、比較対象としては例の下劣なガタノソーア信仰にも劣る、ひたすらに吐き気を催すものであった。

 魔術師の男は、あまりにも悍ましいので記録から抹消されたのだろうと踏んでいた。

 しかし、とスパイクは言葉を切った。

「このドラゴンもどきの悪影響はもっと酷い。影響受けた者が完成を目指すようになるのは同じだが、こっちの場合は物理的な形状すらも完成し始める。一人の人間が完成に近づくにつれ、他の未完の仲間達や無関係な周囲の生物及び非生物を取り込み、ドラゴンの棲む宇宙の彼方の暗黒と地球が繋がるだろう」

 禿頭の大男は難しい顔で疑問を口にした。

「大体わかったが、その繋がるってのはどういう意味だ? 精神的なネットワークでも形成されるのか、それともそれ以外の意味か?」

「精神的でもあるし、物理的なネットワークも形成されるだろうぜ。つまり地球はどこだか知らねぇが、得体の知れない惑星と行き来できる門の類で繋がるんだろう」



 こうした事を思い出したのには理由があった。昨日、東京のシンヤ・ジョウヤマから電話があった。

 歳上の友人は己が山梨の山奥にある廃墟で、ループ構造になった八月一日の悪しき仕掛けを破壊した事を伝えた。

 他人の最も恐れる恐怖を利用し、その他人を恐怖の円環の中で無限の拷問に掛け、そしてそれをエネルギー源にして死んだ息子を現世に蘇らせようとする邪悪な母親と、数十年以上そうした母親の悪行を止めもせず見守った息子の霊体。

 そしてその裏にいた、裏ドラゴンの使者。シンヤはその時の事を振り返り、ジョウヤマ家に一方的に突っ掛かるあのマスダ家の人間のお陰で打ち勝てた事を口にした。

「お前も変わったな、マスダ家の連中の肩を持つなんてな」

「バカ言うな、変わっちゃいねぇよ」と彼は電話の向こうで何かを飲んだ。仕事終わりの甘いジントニックであろう。

「ただまあ、マスダ家の中には例の東京駅の事件で自己犠牲に走ってゾンビ群体を止めた奴もいる。今回の事件だと最低のゴミ母子とその裏にいる得体の知れないドラゴンの小間使いを止めるために自分自身を次に来る誰かのための武器に作り変えた奴もいる。信じられるか? 誰かがまたあそこを攻略しに来るかどうかすらわらかないし、そもそもそいつはわざわざ自分で封印までしたってのに」

「それもそうだな、でも他に道がねぇ時もある。そいつらはそういう時自分を大義のために犠牲にできる覚悟があった」とスパイクは続けた。

「まあな。まるで古きよき日本人像みたいだな、まあ今となっちゃ天然記念物だが」

 シンヤはそう言いながら、その時が来れば己はどれだけ己自身の要素を犠牲にできるであろうかと考えた。

 この稼業なのだ、政府の依頼で厄介なオカルト絡みの事件に取り組むという生活を続ければ、いつか酷い最期があるかも知れない。

 あるいはもっと単純に、被害を食い止めるために覚悟を決めなければならない時が来るであろう。親愛なる兄夫妻を亡くした今、己には何があるのかと少し考えた。

「どうかしたか?」とスパイクは尋ねた。

「いや、俺がそんな感じで死ねば誰か悲しむのかってな」

 シンヤは皮肉っぽく口にした。

「バカ言うんじゃねぇって。お前の両親は健在だろ、それに俺だって悲しむぜ? お前は俺のダチだ」

 シンヤはその言葉を電話の向こうで重く受け止めているように思われた。暫し沈黙があった。


「ところで、裏ドラゴンか。そいつはマジで最悪だな」

 美しい魔術師の青年は冷房の効いた部屋の中でやれやれという風に首を振った。グリンは静かにソファへ座り、まるで眠っているように佇んでいた。

『それってどれだけヤバいんだ?』

 スパイクはシンヤに、かつて己がCIA局員の男に言ったのと同じ事を説明した。

『そりゃまた出典がアレだな、日本には置いて無さそうだが、時間があれば確認してみるか。とにかく話を聞く限り、俺は世界を救ったって事でいいのか?』

「その点に関しては俺は異論無いね。お前はこの惑星が『完成』を通してどっかのヤベェ領域と繋がるのを阻止した。ネットワークに組み込まれたらお前が戦った奴の親戚どもがもっと沢山地球に出現するのは保証する」

『あんなのが複数だって? 勘弁してくれよ、そりゃ本気で最低のクソだな』

「だがここでお前に本当のクソが何か教える」

 するとシンヤは電話の向こうで訝しんだ。

『なんだ?』

「簡単な事だろ、お前も実物を見たが、『完成』の元凶を呼び込もうとするような奴がこの惑星にもいるって事だ。『アタック・フロム・ジ・アンノウン・リージョン事件』を振り返ってみな、せっかく先人達が超ヤベェ頂点捕食者達からこの惑星を見えないようにしたってのに、バカな一部の子孫が目先の利益のためにそいつに地球を捕捉させやがって。ありゃ下手すると地球から生物が一掃されてたわけで、まさに最悪の外患誘致、最低の反逆罪だ」

『そいつは違い無いな、なんだってどっかのバカが、いつだって最悪のものをこの惑星に呼び出す。窮極的な自殺願望だったりしてな』

 それは笑えないジョークに聞こえた。

 見ればグリンも『人間は時に愚かな自殺行為を働くもので、それ故に種として脆弱なのです』と小声でスパイクに告げた。それは全くその通りで、スパイクは何も言い返せなかった。

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