NEW WORLD NEIGHBORHOODS#23
人類の敵の敵である兵器の英雄によって蹂躙されたアッティラ達。神に鍛造された元破壊的征服者にマハーバーラタ及びラーマーヤナの英雄、アーサー王伝説の騎士に伝説的な怪物狩人、そしてナイジェリアの軍神。このような凄まじい面子でありながら、彼らは手酷く敗北した。しかし、ただ負けるだけで終わるような者達ではなかった。
登場人物
英雄達
―アッティラ…現代を生きる古の元破壊的征服者、ヒーローを引退した元ネイバーフッズ・チェアマン。
―オグン…ヨルバ神話の軍神。
―インドラジット…かつての邪将、清く今を生きるラークシャサの英雄。
―ガウェイン…屈強な円卓の騎士。
―ジョナヤイイン…北アメリカの神話の大英雄、狩人であり太陽神の息子。
―アージュナ…再び人の世を歩むマハーバーラタの大英雄。
隠居者達
―ラーヴァナ…神々を征服したかつてのラークシャサの暴君、静かに今を生きる賢者。
―クンバーカーナ…かつての巨人、ラーヴァナの弟。
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十カ月前:蒼穹の位相、オグンの工房塔跡地
それは核兵器でもこうはなるまいという、壮絶な破壊であった。
あるいは、人類が後の歴史で開発する事になる『典型的なこの宇宙の兵器』、すなわち加速兵器による破壊に匹敵するものがあった。
片羽の〈諸敵の殺害者〉は、明らかにかつて殺した邪神から取り込んだその飛翔能力によって高く飛び上がった後、一気に落下した。
そして兵器の英雄はインパクトの瞬間、その強靭な脚を地面に激突させた。
それはなんと恐ろしい蹴りであろうか。人間を谷底に蹴り落として殺す邪神から取り込んだその能力はまさに大量破壊兵器の類いとして機能し、その凄まじい爆風はメガトン級やギガトン級どころかテラトン級のバイナリー砲じみたものであった。
無論それとてどこまで本気かはわからず、手の内や最大出力は謎に満ちていた。
アッティラらは圧倒的な破壊を前にして踏み躙られ、辛うじて立ち直ろうとしていた。
かつての破壊的征服者はほとんど本能的に己の肉腫じみた美しい聖剣の刃を引き伸ばし、それによって強行探査を行なった。
頭ががんがんと痛み、生きている事が不思議に思えた。
周囲には異様な潮の匂いが漂い、どうにもぼやけて見えていた。
明るいはずの晴天の下で光が何かに遮られている気がしたが、しかし彼の意識は未だにぼやけていた。
全身のあちこちに出血が見られ、それらは一応は彼の人並外れた代謝機能によって治癒が始まっていた。
あれは確かに、神を殺すための兵器の英雄であろう。かつて読んだナヴァホ神話の文献によると人類を脅かす邪神群アナイェの脅威について語っていた。
実際に向こうの神話に登場する神々やその他の者達に遭遇した事はなかったが、しかしインドラジットであればシヴァを経由して知っているかも知れなかった。
アナイェは神話では人間の不純な行ない、恥ずべき倒錯的な性行為――例えば鹿の角や鷲の羽根を自慰に使うような――によって誕生した異形の子供達と言われているが、しかし実際には、語るも恐ろしい悍ましき由来を持っている可能性もあった。
ディールゲードやスィールゲスなどの名で知られる鹿角の邪神などの正確な由来を果たして人間の目に触れるところに広めてよいのか。
そうした判断によってナヴァホやそれと似た伝承を持つアパッチ系の人々もまた、真相を隠して密かに語り継ぐに留め、門外不出とした可能性は考えられる。
あのサソグアやその一族のような異星の神々と考えれば筋が通るようにも思えたが、なんであれアナイェと同様に有翼の蟇の神オサダゴワーもあの英雄によって討ち滅ぼされたらしかった。
まあ、人類に被害が出ぬ範囲で新たに冒険し、己の英雄譚を作るのは問題あるまい。
しかし、実際にはあの兵器の英雄〈諸敵の殺害者〉は悪しき意図によって利用されているのだ。
アッティラはぼうっとした意識がやっと晴れて、そして己がどこにいるのかを悟った。彼は倒壊したオグンの工房塔の瓦礫の上にいた。
いつの間にか本能的に這い出たのかはわからないが、しかし他のメンバーがどうなったのか気になった。
彼は一向に〈諸敵の殺害者〉を探知できない事に痺れを切らして生存者の捜索に切り替えた。
とは言え皆一騎当千の英雄達、己が生存した以上は他の者達も死んではおるまい。
見ているだけでも失明しかねない程の色合いをした蒼の空、そして破壊された工房塔とその瓦礫や破片が周囲の海に散らばる中、アッティラはぐねぐねと動く己の剣によって残骸の撤去に掛かった。
途端凄まじい勢いで拳が突き上がった。あれは恐らく――。
「――聖母マリアよ、今日程あなたの優しい見守りに感謝した事は無い。主よ、見ておいでですか? この恐るべき破壊をなんとした事か!」
ガウェイン卿の鎧は酷く損傷し、また負傷もしていた。とは言え命に別状は見られず、具体的に言えば戦闘も続行できそうに見えた。
「騎士の完成形よ、無事そうでよかったぞ」とアッティラは声を掛けた。
「おお、かつて殿と刃を交えた貴公がまさかかようにして傷付いた様を見せよるとは! あの〈諸敵の殺害者〉とやらは底知れぬな。大地も山々も裁断する〈鋼断剣〉や貴公の〈神の鞭〉とてここまでではなかったと記憶しておったが…儂はどうやらとんでもない敵に遭遇してしまったらしい」
「いかにも。まあ私としてはお前がこの泥舟に招待された事にも同情はする。一端の英雄たるもの活躍してこそではあろうが、それにしても今回の敵はあまりにも度が過ぎておろう」
アッティラは冷ややかに大破壊の爪痕を確認した。英雄のキックという名の大衝突のショックで凄まじい津波が発生したらしく、それらは今頃最寄りの陸地を蹂躙していると思われた。
舞い上がった水飛沫が空を翳らせ、この世の終わりの悪趣味な再現であるように思えた。
「〈諸敵の殺害者〉は本来人類の敵の敵であるはずだ。人類を脅かし大地を蝕む異星の神々を殺す者であるはずだ。そのために〈太陽神〉や〈会話する神〉らは慈悲を見せ、人類にそれら邪悪と戦えるだけのポテンシャルを持つ英雄を与えたはずだ。そしてそれの実物はどうやら兵器の英雄であったようだが、しかしいずれにしてもあの様子では尋常ではない。あれでは次は人類そのものに牙を剥くかも知れない」
結局のところ、一応全員が無事であった。瓦礫の中から出て来た彼らは己らが受けた大打撃を認識し、そして酷くプライドを傷付けられた面持ちをしていた。
しかし彼らは特に、友の仇を討てなかったオグンの事を思った。
軍神は物静かでおどおどとした態度に戻ったように見えたが、しかしいずれにしてもこの英雄達の集まりはこの面子でありながらたった一人の英雄を止める事ができず、逃してしまった――むしろ己らが捨て置かれたようにさえ思えた。
阻止するにしても黒幕に復讐するにしても全ては失敗したのだ。これから挽回せねばならない。
「まず、状況を整理しようではないか。我々は手酷く敗北を被った。勝てると思われた戦いは悪夢へと変わったのだ」
この重苦しい事実が場の空気をずっしりと重くした。確かに負けたのだ、だがそれはあまりに屈辱的であり、そして涙が出そうですらあった。
「誉れあるインドラの息子アージュナ、悔悟の中で今を慎ましく生きる武人インドラジット、怪物狩人として名を馳せたジョナヤイイン、ウーサーの子アーサーのログレス王国にて最も尊敬を集めた騎士ガウェイン、他の神々から離れて暮らしながら現在でも様々な側面によって信仰を受ける軍神オグン、そしてかつての破壊的征服者であり忌むべきMの剣でもあったこの私アッティラ。かような大力の者達の集いがたった一人の敵によってばらばらに吹き飛ばされたのだ。
「だが我々は必ずやり返す。必ずな。そして私が推測するところでは、明らかにあの〈諸敵の殺害者〉は不本意ながら悪事に利用されているのだ。兵器の英雄であるが故に、それを操作する権限を持つ者の命令通りに振る舞っているのであろう。そしてその者もまた、真の黒幕であるダーケスト・ブラザーフッド、世間ではただの陰謀論として理解されている組織によって操られているのだ。あれは群であり、しかし単一の心によって操作されている事は明白だ。数年前に東京で一騒動あった事を思い出してもらいたい。あれは実際には単一の群であるゾンビ群体型のコズミック・エンティティの幼体による事件であった。あれと同様の性質、あるいはあれの忌むべき親族がダーケスト・ブラザーフッドであると考えれば納得が行く」
アッティラは己の鞭剣で周囲の水飛沫を斬り裂いて己らにそれらが降り掛からぬようにしながら話を続けた。
お陰でこの場は少しだけではあるが快適になった。皆手酷く傷を負ったものであるから、最低限の環境は確保したかったらしかった。
「考えられる最悪のシナリオはあの兵器の英雄が大量殺戮に利用される場合だ、何かしらのフェイルセーフがあればよいが、そうでなければ人類史上に残る汚点となろう。まああるいは、それを語り継ぐ人類自体がいなくなる可能性もあろうが。今回の件で面倒なのはザ・ダークの目的がわからない事だ。奴の目的さえわかれば、次にどのような行動なり攻撃なりを実施するか予想ができるが。幸い通常位相のアメリカには現代の英雄達がおり、私は彼らに警告しておこうと思う」
アッティラは言いながら次の手を考えていた。何故敵は己らを確実に殺す事無く立ち去ったのかはわからなかった。
それすらも何かの計画かや罠、あるいは向こう側の他の事情も考えられたが、よくわからなかった。
「インドラジットよ、私の可愛いメーガナーダよ、危うく征服されるところであったらしいな」
ふと、清らかな女の声がした。一同が振り向くと、彼らがいる瓦礫の上に二人の女性が見えた。
「父上、それに叔父上!」
インドラジットは救助隊を目にした要救助者のような表情で声を上げた。
かつて邪悪な道に走って討たれた後、その本来の精神的成熟を活かして、シヴァに許された次の生を女の身で生きる事を選んだラーヴァナとクンバーカーナであった。
青肌の美しいラークシャサ達はこのように女の身で生きる事によって、かつて己がどのように女を扱ったかを考えようとした。
クンバーカーナもまた、兄と共にその修行に乗った。
ラーヴァナはあえてシヴァその人に、己のリンガの不要を説明した。長い問答の後、シヴァ卿は納得し、二人のラークシャサが女として生きる事を許可した。
かつての間違いを正すために日々精進していたその二人が、己らの愛するインドラジットのため、そして人間界を含む万物のために再び闘争に戻って来たのだ。
「既にシヴァ卿の許可を得ている。シヴァ卿はアメリカの地の神々にこの件の協議を持ち掛けた。神々ですら、今回の事は異常事態であると認識しているのです」
やや小柄な成人女性の姿で武具に身を固めたラーヴァナは長い髪を垂らして憂いの表情を見せた。
傍らには十代の子供のように小柄なクンバーカーナがおり、かつての巨躯は見る影も無いが、しかしその剛力は変わらぬものと思われた。




