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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
238/302

SPIKE AND GRINN#39

 裏の最強の魔術師ガティム・ワンブグへの懸念はあったが、事件はひとまず解決したと思われた。それぞれの『別れ』が迫っていた。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)

―ハウラ・ランチェスター…マサチューセッツ工業の才女、一連の連続殺人事件の犯人。

―クレイトン・コリンズ…地元市警の刑事。



事件発生日の翌日、昼付近︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、マサチューセッツ工業入り口前


 その後スパイクは可能な限り、ハウラを連行する警官の我慢が限界になるまで情報を聞き出した。

 短い数十秒のやり取りであったが、ハウラにガティム・ワンブグが関与していたのはぞっとするものがあった。

 確かにワンブグが真犯人のためにイーサーと液体窒素の化合物を作製してやっていた可能性は考えていたが、それでもその真実と直面すると悍ましく思えた。

 更にはワンブグが彼女のために資金援助したというのがどうにも引っ掛かった。ワンブグはいつから彼女と繋がっていたのかは聞き出せなかった――そこまで時間が無かったのであとは警察頼りだ。

 スパイク自身もこの事件の捜査に関与したから、後々聴取や報告書に追われるであろう。依然としてワンブグが何をしたかったのか不明であり、漠然とした不安がスパイクの心を覆った。

 ワンブグについて一つわかるのは、ワンブグが今現在ハウラ・ランチェスターとトウゴ・ジョウヤマを消す時間が無いか、あるいはそもそも消す必要が無いという事であった。今後もワンブグとの一件は続くであろうし、それを思って彼はホワイトアウトに電話した。

 呼び出しが何回か鳴ってから彼は出た――ワンブグに友人が殺されてないか内心心配した。

「よう、まだ無事か?」

『心配してくれるのか? まあ、まだ五体満足で目の前にあのクソったれはいないが』

 数カ国語を介するラティーノの青年はそのように答えた。彼が煙草を吸う音が聞こえたが、今は特にそれに対して喫煙欲求が湧くでも無かった。

「そいつはよかった、こっちは連続殺人事件の犯人を捕まえた。だがその背後にワンブグがいるってわかってな」

『あの野郎、どこにでもいるような気がするな』

「ひょっとしたら複数の場所に同時存在する、神々のような能力だか魔術だかを使えるのかもな」

『本当にそうなら最悪だな。俺は今この街のラテン・アメリカ系コミュニティの裏事情に詳しい連中から色々聞いて回ってる。ワンブグの足取りはそれでもなかなか見つからんが、人間ってのは生活すりゃどっかで痕跡は残るはずだ』

「そう願ってるぜ、あのクソったれの怪物がアメリカに入国した事が俺は気に入らねぇ。他の国の人間も時刻にワンブグが来てるとそう思うんだろうがな」

 そしてそう言いながら、ほとんどの国はワンブグの到着にも気が付かないのであろうと考えた。ワンブグはブダペストに姿を現したと聞いたが、それ以外の動向は情報が入って来なかった。中欧や東欧に東アフリカ人が姿を現すと目立ちそうな印象はあるが、ワンブグはそれ程甘くはないという事であろう。


 ひとまずワンブグの件やメリッサの遺体の側にあったカメオの謎は置いておく他無かった。ライアンはグリンから『昔話』を一通り聞き終わると、メリッサの葬儀の準備に加わった。既にワイオミング州からこっちにシャーも来ており、かつての女子仲間は悲しい再会と相成った。

 悲しみが溢れたが、しかしかつて一緒に笑った友として、彼女達はメリッサを見送らねばならなかった。もう恐らく何をやっても彼女は帰って来るまい。世の中死んで蘇った著名人もいるが、それらは基本的に特例中の特例であった。

 つまりその他大勢は今も世界で死に続けており、不可逆的に死んだままであった。シャーは改めて、己の友人が死んでしまった――それでも無残に殺されてしまった――という事実に直面し、心が重くなった。できるならまた泣き続けたい気分でさえあった。

 であるが、己らは彼女のために動かなければならないのだ。事実を事実として受け止め、辛い気持ちを抑えながら全員で力を合わせなければならない。

 彼女らは全員で葬儀代を出し合い、メリッサの遺族とで分割する事にした――遺族も自分で負担したいと申し出た。

 あとはその結果を見るだけであった。


「お集まりの皆さん、私はシャーロット・ベネット・グラッドストーンです。メリッサとは大学時代の友人で、私達は」

 彼女は言いながら昔の友人達を手で軽く示した。涙を抑えて微笑みを作ろうとしていた。

「私達はメリッサと同じ寮で住んでいました。一緒にホールで遊んだり、部屋でお喋りしたり…」

 周りを見渡すと参列客は意外と多かった。四〇人ぐらいか。家族や親戚による遺族以外にも『大学卒業後の友人』と見られる人々もいた。

 墓地の芝生は午後の陽射しを浴びて燦然と輝いて見えた。

「あっごめんなさい、その。彼女って昔は内気だったから私達だけで見送る事になったらどうしようかなって」

 鼻をかみながら人々はやや微笑んだように見えた。

「でもこんなに大勢の人々が来てくれて。かつて私達共通の妹みたいだった彼女が、多分私達大学仲間の中で一番成長したんだろうなって」

 シャーはライアンの方を見た。彼は頷き、それから彼女はメリッサの両親の方を見た。娘を亡くした悲しみを想像しそうになって、涙が顔を伝った。

「今でもあの子が恋しいです。私は彼女と久々に会う予定になっていて…メリッサがいなくなったのが今でも信じられません…でも、でも…今日から私達はメリッサを心の中で生かし続けるつもりです。彼女がこの世を去っても、覚えていれば、限定的ではありますけど『会う』事はできます。私はあの子を忘れたくない、あの子は私達の誇りですから」

 自立して一人で立派に生きていた友人を皆が偲んだ。だが確かに忘れてはいけないであろう。そうすると真にその死者は『死んでしまう』のであろうから。

 メリッサのために人々は涙を流し、そして可能な限り強くあろうとした。

 やや遠巻きに参列するスパイクとグリンは何も言わず見守っていた。故人のために集まった人々を見て、この世のあらゆる人々にはそれぞれの物語があり、不思議な縁がある事を思った。

 シャーはふと、メリッサが己らに言い遺せなかった事があるような気がした――よく言うでしょ、『あり得たかも知れない日々』なんてものはあり得ないって。

 それはあんまりな事のように思えた。あまりに残酷に思え、嘘であって欲しかった。あり得たかも知れない彼女との再会があって欲しかった。

 だが例えあり得なかったとしても、メリッサとの日々は決して忘れてはならないとして、事態を全て受け止めた。涙が溢れたが、それでも皆で過ごした日々はどの昼もどの夜も巻き戻しているかのように思い出す事ができた。

 夏に差し掛かる斜陽気味の青空を見て、シャーと他の寮仲間はここにはいないメリッサに問い掛けた――私はあの頃の事を全部思い出せるわ、あなたはどう?


 スパイクはライアンとの別れを迎えていた。

「お前とはまあ、即席の組み合わせにしちゃよくやれたと思う。向こうでも達者でな、彼女を大事にしてやってくれ」とスパイクはライアンの傍らに寄り添うシャーを視線で指した。

「我が身、我が誇りに掛けて守ると誓う。ああ、それじゃそっちも元気で」

「寂しくなるな、お前が困った時は遠慮なく呼んでくれ、割り引きはしてやる」

 それを聞いて隣にいるグリンが口を挟んだ。

「むしろあなたが助けを呼ぶ可能性の方が高そうですね」

「おう、本当の事を補足してくれてありがとうな、異星の神様。まあ生憎俺が教会で祈るのはお前じゃねぇけど」

「あなたに崇拝や信仰を受けたいわけではありませんので、好きにしなさい」

 それを見て、悪夢から抜け出したかのように晴れやかな様子のシャーが言った。

「マクギャレット大尉とウィリアムズ刑事みたいね」

「だそうですが」とグリンはいつも通り冷ややかに言った。

「そうか、マハロって言った方がいいかもな。とにかく、みんなそれぞれよくやったと思う。酷い事件だったが、俺達はそれを終わらせたんだ。また何かあったらその時は頼むぜ」

「こっちこそ」

 スパイクはライアンと固く握手を交した。生きていて同じ国にいればいずれまた己らの道が交わる事もあろう。これは一時的な別れであり、永遠ではない。


「ってな事もあったな。今回もまあ酷いもんだったが、それでもなんとかやった」

 スパイクはIPAの便を持って来たビールケースに入れて、新しい瓶を氷水の入ったクーラーから取った。

「なるほど、アメリカに古い時代の神格がいたのか」

 隣で座っているモードレッド卿はスパイクから新しい瓶をもらいながら言った。空が赤く染まり、やや爽やかな風が吹いていた。熱せられた都市が徐々に冷却されていた。

 二人は屋根の上で座って都市を眺め、忙しい日々の中で一息といった風情であった。

「まあそういう事だな。ざっと数十億年ぐらい前の」

「想像できないぐらいの昔だな。とは言え、私が恋した少女もおよそそれぐらいの年月を生きているが」

「あー、あんたの世界一可愛い人ってやつか。元気にしてるか?」

 スパイクは『可愛い』というよりは『美しい』のカテゴリーのような気がする、一度だけ見た事のある卿の愛する人を思い出した。正体は遥か彼方の領域から亡命して来たノレマッドという凄まじい科学力の種族の女性であるらしい。

「それはもう」と騎士は機嫌がよさそうに答えた。「彼女はいつでも可愛いからな。私は彼女と歩める一日一日を神に感謝している」

「そうか。ところでその、話は戻るがハーリドはマジでなんかやらかしたのか? 俺にはそう思えない」

「その件だが、彼以外にも高次元から降って来た武器というものが存在するらしい」

「まあ中世インドの覇王とか実際そうだな。Mの模造品じゃなくてオリジナルだ」

 今後もまだまだ解決すべき事項があった。だが今は、スパイクは古い友人と共に事件解決を祝う事にした。会える時に会っておくべきであるように思えたからであり、そして実際会いたかったからだ。

 家の外に立って彼らを見上げるグリンは少し寂しそうにしてあのぼろぼろになったスパイクの上着を抱き締めた。

 それに気が付いたスパイクは視線を送った――後でお喋りしてやるから待ってくれ。

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