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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
236/302

AMAZING POWERS#6

 月の裏側にアライアンスの基地があり、そこには世界屈指のヴァリアントのテロリスト達が潜んでいた…。

登場人物

ヴァリアント過激派組織ニュー・ドーン・アライアンス

―マインド・コンカラー/ケンゾウ・イイダ…アライアンスを率いる巨漢、地上最強クラスのテレパス。



一九七三年:月、裏側、南極エイトケン盆地


 未知の技術で作れられた城塞は光の射さない黯黒の只中にあり、クレーターの奥底にあるそれは地上からは確認が難しかった。高度なクローク技術で偽りの光景を見せており、あらゆる反応を遮断し、あるいは周囲と同じような反応を見せるよう偽装されていた。

 月の裏側というのは黯黒の世界と思われる事も多いが、しかし実際には思ったよりも明るい。それでもいくつかの深いクレーターには光の入り込む余地の無い暗闇があり、そこは冷え冷えとした地獄めいた領域のようにも思えた。

 世界中の神話で謳われる黄泉の国を想起する向きもあろうが、それもさして不思議ではあるまい。そして更に言えばここは地球人類が棲まう『世界』とは別個である。

 単一の現実(リアリティ)は時間と空間の法則によって存在しているが、それらはその実、正確な数が把握できていない無数の層を持っている。あるいはこれを位相と呼ぶのが一般的であろうが、大半の地球人類がそのような位相構造を知らない事に注意しないといけない。

 時間旅行者はこの城塞を彼なりの意図でヴァリアントの過激派に提供した。宇宙の闇を見渡せるこの地の城塞は発覚が困難であり、更に言えば仮に発覚しても地球から月の裏側を攻撃するのは難しく、そしてそもそも位相を跨いだ戦争は現代科学の外側である。

 あるいは人類に先行していた古代種族ならそれも可能であったかも知れないが、彼らは衰退して久しかった。かつて地球を訪れた事のある有翼の甲殻類とその同盟者である浮遊ポリープは天の川銀河の地球人類が知らない領域における運営管理に忙しく、地球は銀河の孤独な田舎であると言えた。

 秘密裏に地球を訪れた小型の虫類が『己の種族の危険な異端派』を現地であるアメリカの人間と『共同で』排除した事件はあったが、しかしこれは人類全人口の小数点以下しか知るまい。

 というわけで今のところ太陽系は僻地であり、ある意味では発展から見放され、ある意味では干渉を受けない健全な文明発展の場であると言えた。

「ボス、あのソヴリンとかいうのを信用する気ですかい?」と南部風な大柄な白人の男が言った。

「信用、かね。意地悪な質問だな」と鋭い目をした巨漢の日本人風の男が穏やかだが恐ろしい笑みを浮かべて答えた。

 彼らはやや緑色に近い内装の広間におり、そこは小高い丘のようなものがあって、大男二人は己らのみでそこに立っていた。白人の男は日本人風な男のやや後ろにいた――フィクションの悪役同士がそうするような立ち方で。

「まあ真面目な話、あいつは明らかに俺達を利用する気満々の態度だった。俺的には正直信用できませんぜ」

 彼らが立っている丘のような所は丸みの無い直線で構成された段々の丘であり、それは広間の片方の壁に接した頂上から下向けて下がっており、水が流れていた。

 ボスと呼ばれたケンゾウ・イイダは禿げ上がった頭と肥満気味のがっしりとした体格をもってして山頂の巌のように佇みながら、己の同志の言葉に答えた。

「確かに、君の言う通りソヴリンは信用に値するような類いではあるまい。私の能力をもってしてもあの男の心を覗いたり掌握したりする事はできなかったが、あの男は明らかに己の目的のために我々を利用する気だ」

「でしたら」

「まあまあ、だがその『利用』が直接我々の利益を脅かさない間は利用されてやっても構うまい。我々は悪魔かそれに近い何かと握手をしてしまったのかも知れないが、得られた恩恵は莫大なものだ。ここは地球からも遠く、そして自給自足可能であり、基本的には安全だ。もし合衆国大統領が核攻撃を計画しても頓挫するだろうさ。ここが地球からどれだけ離れているかは想像できるだろう? 何せ夜空の主役の裏側、更に何やら異次元のような場所であるのだから」

「俺としちゃあんたがそう言うんなら構わねぇんです。そんで、これからどうします?」

 白人の大男は己のボスの前に回り込んだ。目が決意に燃えていた。

「我々はまだ五人しかいない。五人ではまるでシーランド公国のような規模だ」

「この規模じゃ論争もクーデターもできそうにゃありませんね」

「ははは、ひやりとするようなジョークはよしてくれ。だが確かに、何をするにしても少な過ぎるわけだ。たった五人でヴァリアントを迫害する世の中にメッセージを送るのは難しい、戦うのもまた難しい。さながら我々は現代のロビン・フッドか」

「でも名のあるマフィアだって最初は寄り合いみたいなもんだったと思いますぜ」

「そう、そこだよ」とケンゾウ・イイダ、世間にはマインド・コンカラーと名乗る男は同意した。彼の補佐官は粗暴だが、しかし本質的には頭がいい。そこが気に入っていた。

「少しずつ大きくすればいい。まずは人員を増やす事。我々の思想に共鳴するヴァリアント――あるいは可能性は低いが我々に賛同できる人間やエクステンデッドもいるかも知れない――を集める事。同志は多くて困るまい、少なくとも五人よりも六人や七人、あるいは十人の方が何かとやり易い。その内我々はシヴァージーやバージーラーオのような名声を得るかも知れない」

「その時は像でも建てましょうや」

 それは魅力的な案だとマインド・コンカラーは思った。心を読むまでもなく、己の補佐官の忠誠心が本物である事が理解できていた。

 雨降ってなんとかと言うものであるが、殴り合って得た信頼関係も馬鹿にはできないものだ。


 ヴァリアントを巡る状況は正直酷かった。アメリカに限ってみても、アメリカに存在するその他のマイノリティ差別と同じぐらいの根強い問題が巣食っていた。

 他の国で言えばマインド・コンカラーのテロ攻撃を受けた日本はアメリカに匹敵するレベルのヴァリアント問題に苛まれていた。日本だとヴァリアントはヴァリという略称が蔑称として成立しており、反ヴァリアントのデモは日常的であった。

 全共闘や労働を巡る闘争が巻き起こり、国外では最大の同盟国アメリカの泥沼のヴェトナム戦争が起きる中、ヴァリアントを巡る諸々の事件もまた日本の戦後史の一つと言えた。

 七〇年の事件は記憶に新しい。イイダが起こしたテロから年月が流れ、事件の記念日の慰霊ムードが歪んだヴァリアントへの憎悪へと置き換わった。

 特に、あの未来から来たと自称する超科学の持ち主が全世界に語った『将来的なヴァリアントの隆盛と脅威』の話は、マインド・コンカラーが東京で実施したテロやヴァリアントの権利活動への脅威と被さり、真実味のあるものと感じられ始めた。

 過激派の反ヴァリアント集団がヴァリアントの男子大学生――隠していたが露見した――を襲撃して重傷を負わせた事件が発生し、その日の内にヴァリアント側の過激派がリンチに関わった集団を襲撃して三人を殺害した。

 憎悪は互いの『見えている姿』を歪め、相手を怪物視した。善悪二元論で己を正当化し、様々な要素が混ざり合った社会を単純化した。

 あとはこれまでの歴史と同じである――両サイドに『善人』とやらが出現し、それに相乗りする『偽善者』も出てくる。

 ケンゾウ・イイダは己の非人道的扱いへの復讐を兼ねてテロを行なった。

 元々世界的にヴァリアントの扱いはよくなかったが、イイダの場合は戦時中に山梨の山中で兵器として使うために人体実験を受けた。当時の彼はそうした魔の手を跳ね除けられる程能力が強くはなかった。

 暴力と刷り込みによる洗脳と薬物や手術による肉体の強化。中国戦線に送られ、そこで文字通り兵器として使役された日々。洗脳から脱したイイダは、無性に腹が立った。

 国は己に対して、ヴァリアントであるからという理由で正当な臣民として扱わず、洗脳もつまりは己の忠誠心を疑われたに他ならない。

 元々愛国心が強かった彼は裏切られたような気分であった。志願したのに、ヴァリアントとわかった瞬間この仕打ちか。

 地獄めいた憎悪が渦巻き、戦後己らの負債を捨て置いてのうのうと復興していく祖国に怒りが込み上げたらしかった。

 国は己を踏み躙り、過去の遺産として忘却したのだ。家族も親類も空襲で亡くなり、もはや何も無かった。

 己に愛を向けてくれない国から目を背け、世界のあちこちを回ってヴァリアントを巡る状況を見たが、しかし全体的にどこも似たような酷さであった。

 アメリカに行った時、日本人である事とヴァリアントである事の二つの理由から差別を受けた事もあった。

 アメリカなら、という無知に発する淡い希望は打ち砕かれた。己に迫る暴漢を捩じ伏せるのは簡単だ。だが心はずたずたになった。

 そんな時、排他的でありながら自らもヴァリアントであるという矛盾を抱えるサイモン・バッシュと出会ったのだ。

「どうかしたんです?」

 天井の高い廊下を歩きながら思案していたイイダにバッシュが尋ねた。

「君と出会った時の事を思い出してね」

「ああ、あの日はヤバかった。あんたのパンチはダンプカーみたいだった」

「君のパンチは強打者にバットで顔面をフルスイングされた気分だったよ」

 それからお互い肩を組んで暗い笑みを浮かべ、己らの組織の野望を夢想した。

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