表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
233/302

SPIKE AND GRINN#36

 スパイクは速攻で終わらせようと思っていたが、ハウラ・ランチェスターは思わぬ反撃を仕掛けてきた。打ちのめされてふらふら状態のスパイクは、己を嘲りながら反撃に取り掛かる。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)



事件発生日の翌日、昼付近︰極寒の冬じみた位相におけるカリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、マサチューセッツ工業の辺りの地点


 目の前の光景は厄介であると言えた。ハウラ・ランチェスターは人質を取り、その傍らにいた。

 しかしこちらは三人おり、それぞれが一騎当千の勇士であると言えた。名状しがたい触腕によって拘束されているティナをどうするかが問題であった。

 周囲の風景は元いた位相と似ている部分もあったが、しかしこの位相のこの場所には屋根が無く、悍ましい雷雲が渦巻く空は地獄めいた様相であった。不快なじっとりとした風が吹き、じんわりとした発汗を促しているような気がした。

 スパイクはランチェスターに警告しながらも手を考えていた。このまま〈旧大陸再要求〉アトランティス・リクレイムによる時間遅延で勝負を決するべきか。あるいは神であるグリンが視認不能の速度でランチェスターを無力化するか。

 だがランチェスターが手を打っていれば厄介であった。もしもこれらに対して対策があれば、ティナが危険に曝されるかも知れなかった。

 これ以上この女のせいで誰かが死ぬのは我慢がならなかった。

 しかし、と彼は考えた。思えば己は先日、イサカの模倣をしようとした男を叩きのめした。それも一撃である。

 となれば、速攻を仕掛けるのが手であろう。

 スパイクはグリンが彼の方を見ている事に気が付いた。彼は軽いハンドサインで彼女に指示を出した。

 神に指示するのは奇妙な気分だなと思いつつ、『神に命じるとは脆弱な人間の割には豪胆ですね』という風な様子を見せるグリン――この些細な変化はライアンやランチェスターには見抜けまい――に安堵した。

〈旧大陸再要求〉アトランティス・リクレイムを権限」

 彼がそう呟くと白い輝きがこの異位相を覆った。範囲を限定しなかったのはもしもに備えてであった。そのため広大な都市を丸々覆い尽くせる程の時間の遅延が発生し、スパイクの主観では彼の周囲の全てが停止したかのようであった――そもそも動いているもの自体があまり無いが。

 悲痛な表情のまま固定されたティナを尻目に、ランチェスターの頭上で存在しない椅子に腰掛けていた永遠の美少女は時間の遅延の影響を受ける事の無きままに、停止しているように見えるランチェスター目掛けて信じられない速度で接近した。

 神の怪力で軽く小突いてそれで気絶させて終わり、『打ち所が悪くて死亡』という事にはならない計算された一撃を放ったその時、彼女がランチェスターの背後から背中目掛けて打った左手の指を使った軽い叩きが停止した。

 遺物を起動する事で時間を遅延、後は聖能を使わずともグリンが終わらせてくれると思っていたスパイクは嫌な予感が的中したので次の手に移ろうとした。

 攻撃系の聖能を起動しようとして口を開いた瞬間、彼は奇妙な暴風に打ちのめされて弾き飛ばされた――相手は予想よりも速いらしかった。

 防御が間に合わず、一部は元の位相と共通する実験機材に激突し、口の中で血の味がした。鼻の血管がショックで切れたのか、つうっ(・・・)と熱いものが鼻の中を流れた。

 幼い頃ゲットーで横暴なアスホールとやり合って突き飛ばされた時の事を思い出した。

 あれは何か。見ればグリンが信じられない速度で打ち合っており、彼女が右足を地面に打ち下ろして前方に棘のような割れた地面の破片を隆起させると、それを躱して何かが空中へと飛び上がった――おい、ティナに当たるだろうが。

 しかしランチェスターらしきものを空振って、停止したティナの方へと神の主観における通常速度で発生したその攻撃は、往来の人々が道の真ん中で立ち尽くす破産者を避けて歩むがごとく彼女を避けて通り過ぎて行った。

 スパイクは言葉を紡ごうとしたが、しかし耳がミュート状態で意識も朦朧としており、全身が重かった。

 やや遅れて頭痛が始まり、速度を削がれたライアンが何かを叫び、それら全てがぼんやりとしていた。

 彼の主観における一分が経過すると時間の遅延も終わる。それはアドヴァンテージの喪失であるが、そもそもあの女には時間遅延が通用しなかったのでどうでもよかった。それよりもこの状態から立ち直らればなるまい。

 ここまで手酷い苦痛は久々であった。予備の手に移る一瞬を突かれ、そちらに気を割いていたので不意を突かれたのであろう。

 どうせなら機械的に『この手が通じなければ次はこうする』とせず、アドリブで考えた方がよかったのであろうか。

「やはり人間は脆弱ですね。私がいなければあなたは死んでいたでしょう」

 グリンの冷たい声が聞こえ、彼女は名状しがたい痩せ細った屍肉喰らいのような生物と様々な攻防を行っていた。

 神であるグリン=ホロスと戦えるとなれば、そして時間遅延が効かないとなれば考えられるのは一つ。

 あのランチェスターと思われる名状しがたいのっぽのウェンディゴじみたものは、明らかに慄然たる風のイサカの側面であり、それを宇宙の彼方から地球にいる己の信徒の身に降ろし、ついでにかなりの力を注ぎ込んでいるのであろう。

 となるとかの猿人の神王が得る対価は何か。神よりもむしろ悪魔的ですらあるあの混沌の神の名において、再び地球で混沌を振り撒くつもりであるのか。

 そうであればあるいは、ロキの副官であり傲慢かつ面倒臭いイサカとて力を喜んで貸すかも知れなかった。

 いずれにしてもイサカの側面をかようにして大々的に召喚したのであればこれは重罪であろう。もし死刑でなければ懲役は冗談抜きで一万年を超える。

 悠長にそのような事を考えていたが、しかし意識がはっきりとし始めて来た事でスパイクは己に腹が立ってきた。

 そもそもこれは己が引き受けた仕事であろうが。であるのに、己は何をしているのか?

 混沌と戦う協力者であるグリンが己の眼前で悍ましい邪悪とやり合ってくれている。それを目にしてなお、己はかようにしてぼんやりと思考の海に溺れているつもりか。

 であれば、先程までモチベーションとしてきた凶悪犯罪者への怒りなどなんの価値や意味があったのか。

 ここで膝を屈し、他の誰かが解決してくれる事を望むのか? 否、そうではなかろう。ではどうすべきか。

 すべき事をする他あるまい、あの女の作り出す悪夢をここで終わりとする。それでいいだろ、ストゥーピッド・マザファカ。

「やってくれたじゃねぇかよ」

 スパイクは痛む肉体に喝を入れながらよろよろと立ち上がった。

 こちらに攻撃が向かぬよう立ち回ってくれていたグリンを見て、彼は地球最強の魔術師という肩書きにやはり大した意味が無い事を確認し、それによって心が晴れ渡るような感覚を覚えた。

 いいぞ、クソったれ。お前は婆ちゃんが捨てた昔の男のナニよりだらしねぇ。

 お前はヤク中の溜まり場シューティング・ギャラリーに捨てられた注射器か、風邪シロップジュースの入っていたプラスチックのコップ程度の価値すら無い。

 そんでアレだな、お前はクソの爪先程度の雑魚キャラで、その雑魚キャラにやられるのが目の前のイサカのコスプレ女だ。そう考えると面白いだろ? 残酷だな。

 そこでは彼は考えた。ここは証明魔術を使おう。聖能で楽して勝つよりも決定的な勝利を相手に押し付け、敗北の苦しみと込み上げる罪悪感――があると祈ろう――で惨めにしてやる。

 そうすればあの女の作り上げた胸糞悪い諸々の物語も後味がほんの少しだけよくなるだろう。

 スパイクはエッジレス・ノヴァの事を考えた。彼は身震いする『深宇宙の鉤爪』のフランス語版の内容を思い出していた。

 いつか役に立つかも知れないと考えて慣れないフランス語と戦いながら暗記したエッジレス・ノヴァに対する証明魔術のやり方。

 証明魔術とは何かしらのコズミック・エンティティのような類に対して、それが司る『何か』を証明すると持ち掛け、柄の間二人で宇宙を限定支配するという結果を約束して力を借りるやり方である。

 かつて数十億年も前の事、美しい三本足の神が証明魔術と同じ原理のエッジレス・ノヴァ典拠の力を打ち破った一件は残念ながら『ロキの時間線観察記録』にかなり控え目な記述があるのみであるが、しかしその事を思い出してスパイクは内心嘲笑った。

 まあ、アレだ。お前にエッジレス・ノヴァに典拠した魔術を打ち破れる術があるならやってみな。

 そもそもが、モロに風のイサカ典拠の力を振るう矮小なお前にそこまでできりゃだけどな?

 スパイクはゆっくりと歩み始めた。彼のすぐ近くにグリンが逸らしてくれた風の斬撃が命中して衝撃が舞った。知るか、俺は口は間抜け女にファックと言ってやる作業で忙しい。

「残酷さの化身、残酷さの尺度の人格化であるエッジレス・ノヴァへの証明を開始」

 グリンの放った硫酸の嵐の破片が捻じ曲げられ、すぐ後ろで爆発した。オイオイ、お前はそこまで計算通りなのか? 秩序の神格ってのは怖いな。

「エッジレス・ノヴァの原理、残酷さの証明の対象としてハウラ・ランチェスターを選択」

 そうだ、ハナタレ小僧。名前を刻み込めばその分効能も凄いですよってな。

 スパイクは己の内側に抽象概念的な巨大実体の力が流れ込むのを感じた。エッジレス・ノヴァに対する証明のため、宇宙の彼方で目に見える形――同時に目に見えないものとして――で存在しているエッジレス・ノヴァが楽しそうに力を貸した。

 すなわち、ちっぽけな人間が己にほんの少しでも美味を体験させてくれるかもと期待して。これに失敗した場合はまた残酷である。

 証明魔術は失敗した時、すなわち証明ができなかった時の対価があるが、エッジレス・ノヴァの場合は己のグロテスクなエージェントを派遣して期待外れの莫迦に残酷を与える。

 失敗した時か? その時はあの世の俺に仕事の失敗の訴訟でも起こすんだな。彼は虚空から、残酷さを証明するための剣を抜いた。死んだ恒星を鍛えて作り上げられた、蕺草色の刃の縁がぼんやりと紫色に輝くその剣を彼は握り締めた。

 それからあえて自嘲的な態度を取る事で残酷さを証明しようとしている地球最強の魔術師は、ふらふら歩きからは想像できないような速度で走り始め、それからティナを見た――先に助けようと思ったが、これは明らかにただぐるぐる巻きになっているのではなく、結界で封鎖されている。

 ならばやはりハウラ・ランチェスターであった何者かを叩き潰すしかない。残酷な刃を右手で握り、首の長い扇風機か道路標識のような形をした重たいそれと共に強引に宙へと飛び上がった。

 スパイクは名状しがたいウェンディゴじみた姿へと変貌したハウラ・ランチェスターとグリンが戦っている所目掛けてその大剣を上空から投げ落とした。

 銀河の向こうの加速兵器のごとく打ち出されたそれが地面に突き刺さると、そこから形容のできない色合いをした触腕と光線の中間のような何かが一瞬で伸びて、非リニア時間線的兵器ですら回避できるはずの今のランチェスターからあらゆるものを奪った。

 そう言えば、と彼は思った。そろそろ一分が過ぎる。

 濃厚な一分が終われば、今まで蚊帳の外で待ちぼうけを喰らっていたかつての地球の守護者が、あらゆるものを消滅させる神の力を携えて参戦するであろう。

 そう考えると、やっぱハウラ・ランチェスターにとってこれからの現実は辛く厳しい残酷なもんだよな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ