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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
230/302

SPIKE AND GRINN#34

 嫌な予感が的中し、ティナの身に危険が迫る。しかし行方を探す方法が見付からず…。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)



事件発生日の翌日、昼付近︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン


 スパイクは警察に通報して警官を屋上へと向かわせた。プラスチックの手錠でデュガンの腕を手摺りに括り、それからスパイクとグリン、及びライアンは屋上から出て足早に病院から去った。ついでに病院の警備員も付けておいたから、これで警察に引き渡すまで万全であろう。

 先を歩くスパイクは何も言わず、他の二人も何も言わなかった。そうこうして歩いている間に駐車場へと着いた。

 スパイクはデュガンから人種的な侮辱を受けた件は水に流そうと思っていた。今度日曜に教会を訪れる事があれば暫く座って佇んで忘れようと思っていた。

 はっきり言ってクソったれで、最高にムカついたが、しかし彼の友人シンヤが言うように『今までもっとクソみたいな事はあった』と考えるようにした。それで大体は忘れらるか、置き去りにできる――あばよ、ディックヘッド。

 だが、これはどうか。あの大男は己の娘を助ける事と引き換えに、何十人もが殺される事を許容したのだ。黙ってさえいれば、医療費ははらってやると。

 スパイクは運転しながら車のAIと連動したスマートフォンでクレイトンに電話を掛けていた。

『なるほど…』と電話の向こうでクレイトンが重く受け止めるのが車内に響いた。スパイクからこれまでの経緯を聞いたクレイトンは、彼の声色に少し驚きつつも、今度は自分が今までしていた事や判明した事をスパイクに告げた。

 クレイトンが天文台の犠牲者の遺族を訪ねた事、改めて同一犯と思われる犠牲者を調べたがやはり全く共通点が見られない事、そして予想外の話も聞かされた。

「フェドがか?」

 スパイクはドラマのようにFBIを呼称しながら、FBIがクレイトンに情報提供してきたという事実を聞いて内心やや驚いた。

『ああ、俺も正直何が何だか…今のところワンブグとあのジム・ロスとかいうその、悪魔の因果関係はわからんらしいし、俺もなんでそいつの血液が先日の現場にあったのかはさっぱりだが、今後何かわかったら可能な範囲で情報を知らせると電話があった』

「可能な範囲、ね。それは感動する」とスパイクは区切った。「だがそれでも、俺が思ってた以上に連中も非協力的じゃねぇのかもな。イメージが悪くなってるとかで協力でもする気になったか。それで? 誰から電話が?」

 スパイクはそれ程FBIの人間を知っているわけでもないが、もしかすると知っている名前かもと思って聞いた。

『確か…ああ、そうだ。メモしてたな。どれどれ…ハーパライネン、ジェラード』

 思わず『シット』と口にした。

「ああ、すまねぇな。そいつは顔見知りだ。まああいつも、人様に協力するようになったってんなら一歩前進か。ところで、例のハウラ・ランチェスターを至急指名手配(BOLO)にして欲しいんだが」

『ああ、それは…そうだな。やっとく』

「えーと、何かあったか?」 スパイクはクレイトンの反応がやや気になった。

『そうだな、その。ランチェスターが無罪だとか疑ってるわけじゃないが、何かが引っ掛かる。それがなんなのかわからんが、あんたから聞いた話がどうもな、全部統合して考えるとランチェスターの何かがおかしいような気がしてな』

「…となると、その違和感の正体の調査も、あんたに頼んでもいいのか?」とスパイクは『己はそういう事を望んでもよい立場でしょうか?』というような言い方をした。

『俺の身から出た疑問だしな、自分でやる、それと手配も任せてくれ』

「俺が病院で拘束してきたデュガンだが、あいつは娘と会えなくなるとこの世の終わりみたいなもんだろう。減刑と引き換えにでもすりゃ、ハウラ・ランチェスターの事はまた全部喋ってくれるはずだ」

『あんた、警察でもないのに結構やり手じゃないか。どこでそれを?』

「ああ、多分通信教育だな」とスパイクはぶっきらぼうに言った。

『大丈夫か?』と心配そうにデュガンは言った。

「まあ、クソったれの連続殺人犯やそれを庇ってた奴の存在を知った後の心境の事なら、大丈夫じゃないかもな。まあ安心してくれよ。あの女には必ず法の鉄槌を下させる。俺があいつを捕まえてあんたらプロに引き渡す」

 スパイクは電話を切って、それから己の中で渦巻く怒りと対峙した。赤信号でブレーキをじわりと踏み、停車した車内に響くエンジン音がなんとも言えない空気を作り上げた。

 そこを己の優先座席と考えていると思われるグリンが横からじっと彼の顔を見た。

「大丈夫ではなさそうですね」

「それはお前もさっきの会話でよくわかったろうな。よく考えてみろ、これは義憤だかなんだかの私刑じゃねぇ。それならまだちょっとはマシだったろうが、ただの意味不明な連続殺人なんだよ。プロであるクレイトンが調べてくれて、その上で全く共通点が無かった。つまり犠牲者は文字通りの罪無き人々で、これは復讐や報復、その他のよくわからん正義感によるものじゃないって事だ。

「つまりランチェスターは外道か、心が狂ってるかして、イサカの側面に犠牲者を捧げ続けた。わかるだろ? つまりあの女がやった事は最高に胸糞悪くて、俺からすれば『死刑かソリチュードか』だ。あいつにはこれ以上勝利は無い、あるのは何も無い真の無の余生だ。一生そこから出られなくて、自殺すらできず、発狂すらできず、死ぬまで生き続けないといけない。いいよな? 合法的な拷問ってお前やライアンが俺をどう思ってるか知らねぇが、俺は『法によって合法的に下る外道への残酷さ』ってのが大好きだぜ」

「そうですか。気持ちの悪い打ち明けをありがとうございます。個人的に言えば」とグリンはもったいぶった。

「なんだ?」

「私もそういうのは好きです」

 これには温厚な田舎者のライアンも同意した。悪に勝ち逃げされてはいけないのだ。


 マサチューセッツ工業の前で車を止めて、さてどうやって足取りを追うかと考えている時に、後部座席でライアンの携帯が鳴った。

「もしもし?」シャーからであった。

『ライアン? もう一回ティナのお母さんと話したんだけど…わかった事が』

「どうしたんだい?」とライアンは優しく聞いた。その声色は怒りに溢れたスパイクの心をやや落ち着けた。

 悪を憎むのはいいが、必要以上に憎悪してはいけない、特に個人個人に対しては。軽蔑して見下して、深入りし過ぎると超人思想を唱えたドイツの哲学者のあの名言通りになるのだ――深淵を覗くものは云々。

 そう考えて往来の人々を眺めながら、スパイクは話が進むのを待った。ライアンは故意にやってくれているわけではなさそうだが、シャーの声はライアンのスマートフォンから大きく漏れていた。

『それがね、彼女のお母さんが言うには、ティナが人に会いに行く事と、その相手の名前を言っていた事を思い出したって…葬儀の件でって言ってたから、その時はあまり深入りせずに聞き流したらしいの』

「えーと、何かの手掛かりになりそう?」

『それはわからないけど、名前の綴りがどうしてもわからなくて、それで警察の方でも調べてもらえるかなって』

 変わった名前…何やら胸騒ぎがした。スパイクは喉の奥が乾くのを感じた。窓から空を見ると相変わらず快晴であった。

「それで? どういう名前?」

『発音は確かこうだったと思うけど…ハウラ・ランチェスターって』

 スパイクとライアンはぞくりという感覚に襲われ、グリンも何やら纏う雰囲気が変わった――変わった事にスパイクだけ気が付いた。

「なんだって!?」

 状況はまさに最悪と言えた。次の犠牲者はシャーの友人であるかも知れなかった。


 どれだけの猶予が残されているのかは全くわからなかった。更に言えば気になる事もあった――何故ハウラ・ランチェスターはわざわざ自分の存在が露見するような事をしたのか。スパイクらの動きを察知して、やけになって最後に一人殺そうと思ったのか。

「不味い、なんでこんな事に!」

 ライアンは後部座席で頭を抱えていた。彼はあまりのショックで何も説明できぬままシャーとの電話を切ってしまった。先程から何度も着信があるものの、彼はそれから目を背けて焦っていた。グリンは何も言わぬまま、かつての神が取り乱す様を尻目に助手席で佇んでいた。

 あたかも『早く打開策を練ってあげてはどうですか』とスパイクに言っているかのようであった。

 スパイクは何か言おうとしたが、結局は何も言わなかった――言う間すら惜しんで次の手を考えねばならなかった。マサチューセッツ工業側はハウラの行き先を知らない。警察も行方を追っているであろうが、しかしまだ見付かっていない。ティナの母親はティナがどこへ出掛けるかまでは聞かされていなかった。

 つまり、誰もハウラとティナの行方を知らない。スパイクはメールでいくつか依頼をしてみたが、これも駄目であった。

 というのも、ハウラの携帯と車のGPS、それとティナの携帯も追跡可能かその筋の人間に頼んだのであるが、位置情報が切られているとの事であった。さすがに長年己の異常な犯行を隠して才女としてやってきた女がそのようなへまをするはずがなかった。

 だがそれを思うと、やはり彼女が何故ティナ経由で己の存在が露見しかねない――事実として露見したわけであるが――ような真似をしたのか。しかしそれは考えても仕方が無かった、まずあの魔人を止めねばならない。

 スパイクは彼女を発見しさえすれば勝てるつもりであった。彼は地球最強の魔術師であり、〈頂点〉(エイペックス)を身に宿す最強の異物使いであり、そして彼のすぐ傍には二人の神がいた。だが発見しなければ無意味であった。

 それを見たグリンは、スパイクにだけわかる些細な表情の変化を見せ、『やれやれ、仕方ないですね』と実際に口にした。

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