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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
229/302

NYARLATHOTEP#21

 かの神はグレート・コンシューマーの依代パルヴァライザーと交戦する事となった。不燃性エタノールの銀色の海の上で、尋常ならざる者同士の激突が始まった。

『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。


登場人物

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン

―パルヴァライザー…超エネルギー生命体グレート・コンシューマーのエージェント、現パルヴァライザーである未知の種族の女。



【名状しがたいゾーン】

約五〇億年前、〈惑星開拓者達の至宝〉の一件以降:不明の銀河


 かようにしてうんざりさせられる事実であるが、しかし例によって宇宙に染み付いた悪意は再びかの神にその腐り果てた牙を向けた。納骨堂のごとき悪臭を放つ愚か者どもをこれまでに何度も討ち果たしてきたものの、それら雑多な愚か者に新参を並べねばならぬ次第であった。吐き気を催す彼方の実体のエージェントであるパルヴァライザーと事を構えねばならぬのは正直なところ少々面倒で、さすがにあの下劣極まるリーヴァーとやり合うよりはましであるにせよ、大変な労力である事には変わりなかった。リーヴァーの時と違うのは、今のかの神には素晴らしい機能を備えた戦鎚があるという事であった。これを手に入れてから邪悪との戦いは飛躍的に効率が上がり、往時の力程ではないが、それでも多くの側面をあらゆる場所に散らばらせて同時に行動する事ができた。問題は一個一個の側面の限界であろう。今のかの神の側面はそこまで本気を出していないリーヴァーやあの虫けらの二の五乗の限界値に苦戦を強いられた。本物の黙示録の四巨神や全力のリーヴァー、及びリーヴァーの背後にいる正体不明の実体に側面の一体を差し向けたところで敗北は見えており、複数の側面の内の今現在手が空いているものを呼び寄せる必要があった。しかしそれとてその時次第であり、何体の側面を召喚できるかは忙しさの度合いに賭かっていた。今のところかの神は最終的には全て勝利を収めているが、しかしながら実際にはその過程で屈辱的な撤退や側面の戦闘不能の経験もあった。これから戦うパルヴァライザーの強さはどれ程であろうかと考えた。健全な恒星に働き掛けて超新星爆発を引き起こせるとすれば、それはかなり厄介であった。あるいは星系や星団の運行にも干渉可能なのか?

「グレート・コンシューマーからもらったこの力がどれだけのものか色々試してたんだけど…あれよね、強過ぎるのも罪ってやつ」

 夜闇に染まる銀色の不燃性エタノールの海面に、奇妙な腕を生やしたあのエキゾチックな女が佇んでいた。その不思議な魅力はあるいは彼女の種族の、複数の人種や民族の混血による賜物であるのかも知れなかったが、残念な事にそれを考察する前に明確な脅威であった。自らをかの神よりも上であると思い上がった愚か者、となればこれを滅殺する他あるまい、何せ明らかに己の好奇心で信じられないような規模の悪事に手を染めているであろうから。

「強過ぎるその力とやら、自らのそれではなく与えられたそれを誇って奢るとは、実に滑稽な様よ」

 かの神は結晶じみた戦鎚を構えて上空から敵を見下ろした。空間が歪み、海面温度が理不尽に上昇して沸騰を始めた。

「あらぁ…あなただってその武器は自分の被創造物からもらったものでしょ。そっちこそ借り物の力でお説教するのかしら?」

 女は諸世界の創造主を嘲笑った。その瀆神行為故に海面温度は一気に冷え、不燃性エタノールの海水は畏れ多くもといった態度で体積が奇妙にも減少した。

「言いおるではないか、ここは一本取られたという風に振る舞ってやった方が感動的であるのか?」

 星空のマントが夜風に吹かれて翻り、それを纏う美しい三本足の神は眼下から己を見上げる実体の様子を侮蔑混じりに嘲笑していた。下郎ごときがさて、どこまでやるものか。すると女は腕を何本か振って彼女の文化圏のものと思われる『やれやれ』という態度を見せた。

「それよりその傲慢さを私自ら叩き潰してやった方が楽しそうね。噂じゃあなたはどこにでもいるみたいだけど、それなら一体ぐらい粉々にしてやったところで別に構わないでしょ?」

「それが貴様に可能であると思うのであれば、どうぞこのナイアーラトテップを相手にして実行してみるがよい。不幸なのは、貴様がその思い上がり故に誰を敵に回したかを今一つ理解できておらぬ点であろうがな」

 それを機に戦いが始まった。超エネルギー生命体のコズミック・エンティティであるグレート・コンシューマーの代理たるパルヴァライザーは、現状では最低でも下位のコズミック・エンティティよりも上の実力を備えていると思われ、となると正面からやり合うのは少々不利であるかも知れなかった。

 眼下から複数のエネルギーが放たれ、空気を焼き尽くして迫るそれらをかの神は戦鎚で迎撃したが、その衝撃で更に上空へと『後退』させられた。相手の出力はかなりのもので、範囲を絞らなければこの惑星を崩壊させる程の破壊が引き起こされたであろう。幸いにも相手はこの惑星を一思いに破壊するつもりは現在の時点では無いらしかった。しかしそれもいつまで続くかわからず、目の前の恐るべき魔女が惑星を気紛れの心変わりで消し去る前になんとかしなければ、無数の生命に溢れるという未来は来なくなる。

 ところで推測ではあるが、グレート・コンシューマーは宇宙の可能性による増殖をその名状しがたい手で押さえ付けて、これが無数に枝分かれする事を阻止できる可能性が高かった。すなわち多元宇宙(マルチバース)全体の保険機能である宇宙の増殖に逆らい、全ての『もしも』を発生させない事ができるという事である。これは長期的に見ると不味いかも知れなかった。というのも、グレート・コンシューマーがそのまま成長し続ければ、不可逆的な宇宙の個数減少が始まると思われるからであった。その名が示す通り、あの貪欲な実体は宇宙を次々と喰らい始めるであろう。

 これが何を意味するか? すなわちグレート・コンシューマーは己のエージェントが破壊した惑星が『助かる』という可能性から生まれる無数の異宇宙を全て摘み取る事ができるようになる。いずれ、遠くない未来に、それらを己の餌として貪り喰らうであろう。実際のところそうした実体が生まれる兆候についてはかの神も既に何度も計測しており、その度になんとか阻害してきたが、それもいつまで保つかわからなかった。無限による保険を零に収束させようとする下等な虫けら。それらはもはや喰らうものの一つとて無くなったその時に、一体何を思うのであろうなとかの神は内心で嘲った。

「大丈夫? 思った以上に手応えが無いけど、今ので参っちゃったかしら?」

 エキゾチックな未知の種族の女は妖艶な笑みを浮かべ、その奥底には狩人のイオドのごとき嗜虐的な感情が脈動していた。己の力の強大さ、及びあの最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンナイアーラトテップを制している事への快感に酔い痴れていると思われた。愚弄が具現化したかのごときこの女は恐るべき深宇宙の実体の使者であり、人の世におけるそれの化身であり、敬いを知らず、傲岸不遜で、サソグア一族のごとく気紛れであった。

「何、思った以上に手応えが無いものであるから、(しば)し困惑しておった次第よ。貴様をいつまで『我が子』と見做してやるべきか決めかねていたが、しかしここまで脆弱であれば、創造主の子らに名を連ねるには不足であろうな?」

 美しい三本足の神は眼下の敵対者をいつもの調子で見下し、心の底から軽蔑し、嘲笑った。その様は相手を苛立たせ、同時に笑わせた――強がりはその辺にしなさいな。

 更なる攻防が続き、敵は不燃性エタノールの銀色の海水を操作し、それらを絶対零度のドラゴンじみた水流へと変え、かの神目掛けて放出した。天を登るドラゴンはまさに物理的に矛盾した性質を秘め、かの神やその他の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンズが設定した三次元宇宙の法則を彼女なりのやり方で侮辱した。この宇宙において絶対零度は原則的に例外無く運動を停止させるか、あるいはそれに近しい結果を作り出す。しかしそのような状態の物体を信じられないスピードで撃ち出す事ができるとすれば、それはまさに自然法則への冒瀆でしかなかった。神が決めた根本を覆し、嘲笑ってそれらを掻き乱すのであるから、恐らくパルヴァライザーはその達成感故に恍惚としている事であろう。

 となれば、かの神がすべき事は一つであった。

「なんとしたものか?」とかの神は言った。「己の学芸を親に示そうとする子に対する心境でも見せればよいか?」

 かの神はこの場にいる側面が出せる力を更に引き出し、結晶じみた戦鎚から尋常ならざる宇宙的なエネルギーを放出した。その信じられない威力のブラストは瀆神的なパルヴァライザーが期待していた効果、すなわち絶対零度の物体を光速――実際には光速より遅く、付け加えれば光速より遥かに速かった――で射出、これによって物理的な矛盾を引き起こしてスター・シュートの黄金崩壊に類似した現象を引き起こしてかの神を周囲の空間ごと粉砕するはずであったものを、価値無しと斬って捨てたのであった。故に何も起きず銀色の海水は蒸発し、夜の星空と遠方の死に瀕したブラックホールはかの神の力量に恭しく感謝を捧げたものと思われた。

 美しい三本足の神は彼方の実体であり、彷徨う天使であり、そして這い寄る混沌であった。悪に対する理不尽であり、それらを滅殺するための最大の力であった。

「所詮下郎は下郎に過ぎぬ。見るがよい、下郎の努力など、神の前ではかくも無力なる様を」

 パルヴァライザーとてさすがにこの様にはうんざりさせられ、更に敵意を増したらしかった。今まで討滅されてきた数多の悪どもと同じくおあの神のペースに乗せられている事を知ってか知らずかは問題ではなかった。

 重要なのは、最終的にかの神が、現在直面している悪に対して勝利を収めるという不変の事実であるから。

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