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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
225/302

SPIKE AND GRINN#32

 しょうもないライアンとグリンの言い合いをよそにスパイクはチェック柄の男を尋問する。その最中で、彼はライアンの知らない一面を目にする。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)



事件発生日の翌日、昼付近︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン


 スパイクは車を近くの病院へと走らせた。あそこは確か何かの記念病院であったか。病院の規模は中程度であり、総合的な病院であったと聞いた覚えがある。

「それにしても病院ですか。あなたが好きなドラマ的にはどういう展開になるでしょうね」

 グリンは冷たく、別段茶化した風でもなくそう言った――スパイクにはそれがわかったが、出会ってすぐのライアンにそれはわからなかった。

「あの」とライアンは、スパイクがグリンへ返答する前に後部座席から声を掛けた。「あまり茶化すのは…神から見れば人間の営みなんて一瞬かも知れないけど、俺達はそうじゃないんだ」

 〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダーであるグリンは振り向いてライアンをじっと見た。彼女の目はどこまでも冷たく、ライアンには変化が無いように思えた。

「その通りです」とグリンは肯定した。ライアンは何についてなのかわからなかった。

「えっと…何が?」

「事実として、神からすれば人間の人生など一瞬の事です」

 それを聞いてライアンは苛立ちを感じた。

「そういう言い方ってないんじゃないか!?」自然と声が大きくなり、スパイクはいずれに味方するでもなく『やれやれ』という態度を取り、名状しがたいホログラム・アバターを持つ車載AIウィニフレッドは黙ったままであった。

「言葉が足りなかったようですね、あなたもかつてとは言え神、説明が過剰で無くとも通じると思いましたが、買い被ったようです」

 それを聞いてライアンはグリンを睨んだ。グリンは何も変化せぬままで彼を見返していた。スパイクは運転しながらちらりと彼女を見たが、彼から見ても今も彼女は『何も無かった』。

「星々の向こうには怒りで星系ごと吹き飛ばすか、あるいは近隣の諸銀河をも巻き込んで全てを灰燼に帰す愚かな神もいます。まあ具体的に言うと今回の事件の真相に関わっている可能性のある風のイサカの事なのですが。そのように怒りを滾らせたところで、あるのは虚無のみです、故に自制は大切な資質なのでしょう。

「先程の話に戻りましょう。あなたは私が茶化していると考えました。私にはそういうつもりはありません。スパイクが予想し得る内容を私は予測し、それで話を振ったのです。疑わしいと思われたチェック柄のシャツの男は病院に行きました。あの男が今回の事件の犯人であるかはさて置き、怪しい外出をしているという事実は我々が得た情報通りでしたね。ですから彼が――」

「――ぐだぐだと抜かすなよ、若造」

「あなたでは私には勝てません、私はイサカやタイフォンよりも強いので。よってそれ以上はやめた方がいいと思います」

 見ればライアンは銀の(もや)を纏っていた――二人ともその辺にしてくれないか。スパイクは勢いよく車を路肩に止めた。車内では人も神も平等に急停車の衝撃に揺れた。まあグリンはわざと揺れてくれたのであろうが。

「あのな、お前らさっきから聞いてりゃ下らねぇ事で!」

 スパイクは心底呆れていた。

「下らない事なんか――」と言おうとしたライアンを「下らねぇよ!」とスパイクは遮った。

「真に問題なのはクソったれの連続殺人犯にこれ以上誰かが殺されるかどうかって事だろ。何やってんだワッダ・ヤ・ドゥーイン!?」

 スパイクは『ドデカい』溜め息と共に次の話を始めた。

「グリン、お前もお前だ! 初対面の奴にはお前の表情の変化なんかわかるわけねぇだろ、お前が相手のためを思って言ってやってたのはわかるがな、俺がこうやって補足してやらねぇと永遠に伝わらなかったぞ! お前な、人間の間で暮らすならちょっとは目線を下げろよ!」

 それを聞いたライアンは信じられないという気分であった――グリンはあれで己を気遣って諭していたのか。それを思うと、信じられず余計腹が立った。が、しかし…。

「おい、その表情やめろよ、その納得いかねぇから後でまた追求したいみたいな顔!」

 かようにしてぐだぐだのまま、彼らは病院に向かう事になった。


「いいか、この事件が終わったらその時にやれ、いいな?」

 スパイクは屋外駐車場で車を下りながらそう言った。

「私は守れます。彼も…守れるでしょう。それと」

「なんだ?」とスパイクは嫌々そうに促した。

「先程はありがとうございました。私が円滑にコミュニケーションする上での助けとなります。確かに私の意図が伝わらなければ、相手を怒らせるだけでしょう。ライアン、すみませんでした」

 グリンはあっさり謝った。彼女らしいどこまでも恥ずかしさの無い素直さが、スパイクは時折恐ろしくなった。ライアンはどう返せばいいのかわからずに言い淀んだ。さすがにライアンにもこの謝罪が言葉だけではないとわかった。

 とは言え、とスパイクは確信した。どうせ俺相手の毒舌は今後も永久に続くんだろうがな。まあそれでもいいか。

「あーはいはい、これでじゃあ一件落着って事だろ。行くぞ」

 スパイクは真剣な表情で歩き始めた。グリンは自然に彼の隣へと移動して歩き、ライアンはその後ろを追った。追いながら、ライアンは余計な事を考え過ぎたのであろうかと考えた。

 口論の相手であるグリンが至極あっさりと謝ったものであるから、余計にそう思えた。本来彼は争いを好まないので、これで終わりならそうしたいのかも知れなかった。


「俺が行く」とスパイクは言って先行した。男がいる病室の前に来ており、グリン曰く『確実に室内にいる』との事であった。トラブルを避けるため受け付けで身分を明かし、警備員にも告げていた。

 という事で邪魔は入るまい、ワンブグがまた現れでもしない限りは。

 中から話し声が聞こえた。なるほど確かに、グリンが言いたかったであろう内容の通りであるかも知れなかった――ドラマなら、怪しそうなあの男にも何か事情があるとわかる展開であるかも知れなかった。

 スパイクはドアをノックしようかと思ったが、やめた。そうはせずそのままドアをスライドさせた。鍵は空いていた。ドアが開いて向こう側が見えると、部屋の奥行きに対して横方向に置かれたベッドの手前にあのチェック柄の男がおり、何事かと振り向いていた。

「そんな目で見るな」とスパイクは牽制した。「合衆国公認魔術師だ。パトリック・デュガン、お前に聞きたい事がある」

「何の用だ?」

 スパイクの牽制を無視したかのように睨みながら、チェック柄の男は言った。名前はあの中毒症状の男から聞いていた。ベッドには若い女が寝ており、あまり芳しくは見えなかった。喋るのもやっとかも知れなかった。

「席を外した方がいいぞ。それと、俺をそんな目で見るんじゃねぇ。三度も言わねぇぞ」

 スパイクはあくまで冷淡に言った。相手はスパイクよりも体格がよかったが、至極どうでもよかった。

 相手は舌打ちし、小声で『すぐ戻る』と身内らしき相手に言った。九割程度の確率で娘であろう。


 スパイクは屋上に引っ張ってそこで尋問を開始した。他の二人は少し離れた場所からそれを見ていた。

「先に言っとくが、俺に非協力的な態度を取るな。取るなら俺はお前の事を警察に報告する。警察はお前を怪しいと判断すりゃお前の家やら何やらを洗いざらいぶち撒ける。場合によっては勾留されて、不確かな期間、お前は娘とは会えないだろうぜ。

「いいか、予め警告しとくからな。俺は市警と合同で連続殺人のヤマを追ってる。お前の会社はその捜査線上に現れて、俺の見解じゃお前はかなり怪しい。自分が置かれた状況をよく把握しておけよ? 一生刑務所に入りたいなら別だが、そうじゃないならそのギブスのヘタクソな真似みたいな態度をやめて捜査に協力しろ」

 スパイクは相手が頑なな態度であったから、その出鼻を挫こうと努めた。まず相手に、その態度が通用しない事を叩き込む必要がある。

 デュガンは背がスパイクより高く、体型もがっしりとしていて、それに見合った態度であるとも言えた。しかしスパイクにとっては怖いどころか、ただ鬱陶しいだけでしかなく、むしろ苛々の原因であった――そのため正面から食って掛かった。

 更に言えば相手に反撃をさせないのも大切であろう。封殺してしまわねばならない。何かを言おうとするのが見えたので遮る。

「黙れ、勝手に喋ろうとするな。お前は下手するとテロリスト認定だ。人権があると思ってんのか? よし、なんでテロリスト候補か教えてやる。お前は風のイサカの側面の召喚に関わった疑いがある。ここで歴史の授業だ、『アタック・フロム・ジ・アンノウン・リージョン事件』では、頭のおかしい連中がイサカを呼び出した。正確にはイサカが地球へ来られるよう手筈を整えた。その結果どうなったか? 死傷者多数でマンハッタンは炎上だ。ここまで言えばわかるよな、つまりこれは最悪のテロ行為だ。自分の国に核爆弾を落とすような真似をやりやがったんだからその末路も納得ってわけだ。その疑いをお前は持たれてる。

「そこまで行くと警察沙汰どころじゃないな。もっと不味い連中がお前に興味を持つぞ。映画やドラマで見た事あるだろ? まあああいう連中が実際にお前を拘束するだろうよ。この国はテロリストに対して甘くねぇのは知ってるだろうが。実際のところ無実の人間すらも酷い疑いを持たれたもんだが…お前もその仲間入りするかもな。どうだ? 無実の罪で一生塀の内側で暮らすのは? 笑えるか? ああ、笑えるなら笑えよ。病室で寝てたのがお前の娘だかなんだか知らんが、一生会えないだろう――」

「――黙れ、このガキが!」

 スパイクを遮ってデュガンは殴り掛かった。彼の胸ぐらを掴み、顔面を激しく拳で打ち据えた。この大柄な男は普段抑えていた暴力的傾向を完全に発揮しているらしかった。

「何がテロリストだ、この生意気な黒人のガキが! 大体『お前ら』は薄汚い癖にデモだの暴動だの偉そうな真似して、何様のつもりだ!」

 スパイクを柵へ押し当てるようにして追い込み、そのまま更に何発も殴った。であるが、スパイクの顔は一向に『変わらなかった』。

「情けねぇな、お前」とスパイクは言った。その声は先程までの威圧は消え、むしろデュガンを憐れむような声であった。彼はデュガンの背後におり、彼が手を叩くとデュガンが殴っていたスパイクが消えた。

 このような術はススム・ジョウヤマが得意としており、彼に教わったのを思い出した。もう二度と会えないであろう歳上の友人がとても恋しく思えた。

 デュガンはスパイクの持つ魔術師という肩書きが本物である事を半信半疑で意識し始め、途端に顔が不安で染まった。

「なんていうか、お前みたいな『主張』を持つのはもっとこう、『マイアミ・バイス』でジェイミー・フォックスが言ってたみてぇに『カミさん殴ってはムショに行くのを繰り返す』ような悲惨な底辺生活の野郎だと思ってたが――おっと、偏見はよくねぇな、お前も嫁を殴って離婚してるかも知れねぇし。まあそうだな、お前にはムカついてたが、今になってはむしろ可哀想とすら――」

 そしてスパイクは再び遮られる事となった。彼の後ろから歩み寄ってきたライアンが、彼を押し退けてデュガンに殴り掛かったのであった。

「もう一回言ってみろ!」

 勢いの乗ったパンチがデュガンの頬に突き刺さり、口から血が出た。

「今なんて言った!? 『生意気な黒人』? 『お前ら』? ふざけるなよ!」

 スパイクは『あちゃー』という顔をしていた。確かに、気のいい田舎のハンサムで正義感が強いライアンであれば、かようにして人種差別的な発言に激怒しても不思議ではなかったが。

「わかった、わかったって!」

 先程とは打って変わって弱気になったデュガンを眺めながら、スパイクは『ライアンがデュガンを殴った目の前の一件もこのまま有耶無耶になればいいが』と考えていた。

 グリンは相変わらずの冷たい表情で眺めていたが、『それなりに』愛するスパイクが酷い言葉を投げ掛けられた事に対して、彼女なりに心を痛めていると思われた。

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