表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
221/302

GAME OF SHADOWS#8

 雷帝は超人元帥との直接対決に移った。しかしこれはその実巧妙な罠であり…。

登場人物

―ジーン二世・レ・マングル…フランス軍元帥、超人元帥ブシコート。

―バヤズィッド・ビン・ミュラード…雷撃を操るオスマン帝国の第四代スルターン、雷帝バヤズィッド一世。



一三九六年九月二五日:ブルガリア、ニコポリス郊外


 雷帝の在り方は所謂破壊的征服者ではなかったが、しかし彼の心は明らかに尋常ならざるものであった。

少なくとも戦場においては怪物じみており、ジハードの実践者というよりは遊牧民族の覇王達のそれに近い部分があった。

 まず間違いなく常人とは異なる精神性を持ち、でなければ即位に際して稲妻のごとく迅速に己の兄弟達を処刑などできようか。

 己の肉親を肉親の仇と同様に始末できる彼もまた、ある種の怪物なのであろう、少なくとも戦場にいる時は近寄りたいようなタイプではなかった。彼が雷帝(イルディリム)と呼ばれるのはその非常時の冷酷さにも起因しているのであろう。

 バヤズィッド一世は雷光のごとく決断し、そしてそれと同速で処断するのである。


 ブシコート元帥は全方位からの嬲り殺しを観察し、実際にそれが害を成すまでじっとしていた――否、実際に攻撃が始まっても彼は動かなかった。

 己に向けられた権力を全て防御に回し、『主ですら特別に心へと留める』という境地へと至った職人技によって作り上げられた彼の立派な鎧は雷撃を受けてなおぼうっと黒く浮かび上がり、猛烈な連撃の嵐の中で超人元帥は騎乗したままゆっくりと進んだ。

 この頃の鎧は、小康と苛烈さを繰り返す後世で百年戦争と呼ばれる事になる二大国間の熾烈な闘争を経て進化を続け、既に現在騎士と聞いて思い浮かべるような板金鎧(プレート・アーマー)の雛形ができていた。

 来たる十五世紀で華麗かつ堅実に発展を遂げてゆくこれら素晴らしい鍛冶の技術はさて置き、それらの鎧にブシコート元帥の強力極まる権力が合わさる事で凄まじい防御力を達成する事に成功したらしかった。

 雷帝は全方位から襲い掛かり、衝撃波が地面を抉り、稲妻が泥濘を蒸発させ、臓腑を揺るがす雷鳴がそこらを蹂躙した――本来であればその振動は内臓器官に致命的な損傷を与えていた。

 ゆっくりと馬を進める超人元帥の歩を止めようとオスマン帝国のスルターンは地平線の彼方のそのまた向こうまで一瞬で到達できる(いかずち)の先触れと同速で動き回りながら様々な攻撃を仕掛けた。

 しかしその嬲りは信仰と権力とで裏打ちされた最後の戦闘可能なフランス騎士を微塵も揺るがす事叶わなかった。

 ミュラードの息子はこの頑強極まる敵の狙いを考えた――確かにこうして耐える場合、それはただの意地ではなく勇気をその味方に与えるかも知れない。

 そしてその敵方には己の大将への落胆を、あるいは与えるかも知れなかった。

 つまり厄介であり、つまり更に本気を出して潰す理由ができたわけである。彼は遊ぶとは言ったが、しかし己が勝利するという未来を道端に捨てたわけではなかった。

 小ジハードを行なうのであれば、それを途中で投げ出すわけにはいかなかった。

 光が乱反射するかのようにブシコート元帥の周囲を信じられないような速度で動き続けているバヤズィッド一世は、何マイルも離れた所まで響き渡る己の猛攻を不意に中止した。

 遅れて反響し始めた音が己の軍勢に届いた辺りでカレは喋り始めた。同時にブシコート元帥も馬を止めた。

「あれだねぇ。君が思った以上に硬いものだから、ちょっとだけ驚いたよ」

 彼らの周囲はずたずたに引き裂かれ、地層が抉り出され、そのような惨状が半径数百ヤードに渡って広がっていた。

 弾かれた雷撃が近くの草を燃やして火災が発生しており、その煙は彼方からでも見えた。

 相変わらず雷帝は一言余計であり、しかし超人元帥は深く被ったフルフェイスの兜の下で特に表情を変えるでもなかった。

「幾ら君が強いったって、僕はオスマンのパーディシャー、スルターンの中のスルターン、カーンの中のカーンだしね。僕が言いたい事わかる? 君で玩具遊びをするにしても、いかにそれが頑強だからってやっぱどうしても手加減しちゃうじゃない?」

 ミュラードの息子は金属の群れを操作して足場のような物を空中に形勢し、大きさ数十フィート程度のそれの上で右肘を即席の手掛けの上に置いてそちら側に傾いて座っていた。

「実際玩具は君で最後だしね。君は奇跡的に頑強みたいだし――」

「――それで? 何を(おっしゃ)りたいか?」

 ブシコート元帥の表情は兜に覆われて見えないが、しかし黒い鎧の下では激昂が逆に抑えられ、声も不気味な程に平坦であった。

「自らの弱さの言い訳として、私を挑発しているようにしか見えないが。帝国の君主にしては未熟なようだ」

 途端、バヤズィッド一世は悪役じみた笑い声を上げた。長らく笑い続け、超人元帥はそれを見守った。遠くでは合戦の壮絶な音が響いており、そこで起きている激戦の模様は想像するまでも無かった。

「気に触ったかな。それとも陛下は気が触れたか?」

「さあねぇ? どっちも合ってるかも知れないしさ。いやいや、雷帝バヤズィッドを相手にここまで言えるのは君が初めてだから言語処理能力が低下してしまったみたいだ、何が面白いって? だって君、この僕を弱いって! 雷帝が弱い? 腹が(よじ)れるってものだねぇ」

 笑い声混じりにオスマン帝国の現スルターンは言った。怒りと表裏一体の笑い方ではなく、本気でフランス騎士の言葉を面白がっているらしかった。

「まあ君があまりに面白い事を言うものだから、僕も本当に気が触れるところだったかも知れないなぁ。とは言え、確かに軍勢の強化である〈雷電皇帝・壱式〉イルディリム・プライマスだけじゃ君をどうにかするのは骨が折れるってものさ」

 アナトリアの覇王はそう言い終えると、再び詠唱を始めた。堂々と目の前で唱えるその姿に少々困惑したブシコート元帥に対し、雷帝は雑多な金属の群れで作り上げた浮遊する玉座の上から右手で『君もどうだい?』と言いたそうに右手でジェスチャーを取った。

――我が力は全能者が創り給いし自然の力を畏れ多くも借用するものなり。すなわち我が敵となる者は神の地上における代行者と戦うものと知れ。

 仕方無く元帥も詠唱を始めた。見れば相手は全く仕掛けてくる気配が無い。

――遍く全てをお創りになられた全能なる神、父と子より出ずる聖霊、そしてこの世全ての罪を背負われた子よ。我が身は三位一体なりし御身へと捧げ、我が心もまた創造主への愛に満ちる。

 雷帝は相手の教義に関わる内容を聞いて『ああ、そうですか』とやれやれという雰囲気で唱え続けた。しかし最後の預言者ムハンマドに先行して登場した預言者イーサー(イエス・キリストのイスラームでの呼び名)の事自体は尊敬していた。

――我は神の地上における影なり、我が雷光は何よりも明るく輝く神の威光を浮き彫りにする矮小なる影なり。神その人が肌身離さず有す力の万分の一にも終ぞ満たぬ我が借用の力にて滅ぶ事に絶望せよ。

 目を閉じて心を一定に保つブシコート元帥は、神への愛に身を浸しながらも、己の声の隙間から聞こえるバヤズィッド一世の『いかにも最高権力者らしい』傲慢な詠唱内容に納得していた。

――我が技は神と共に、我が技は聖霊と共に、我が技は子と共に。

 その瞬間、彼らは互いにじっと目を合わせた。睨め付けるでもなく、異教徒への敵愾心に瞳をめらめらと燃やすでもなく、異民族への侮蔑の色を纏うでもなく。

 ただ、これから果たし合う相手をしっかりと認識した。

「雷電の王者と遊ぼうじゃないか、僕の玩具。〈雷電皇帝・弐式〉イルディリム・セカンダス!」「〈常ならぬ(レ・マーシャル・)司令官〉(ディ・サラーム)!」

 両者は己の〈授権〉(オーソライゼイション)を解き放った。戦場に雷光が煌めき、それを打ち消さんとしてフランス軍の超人元帥が立ちはだかった。事実上フランス軍最強であるブシコート元帥は己がこの雷電の支配者を引き受けるしかないと考えており、彼の遊びに付き合って戦場から引き離させるならそうするしかないと思った。

 新たなる雷帝の〈授権〉(オーソライゼイション)は彼を更に強大なものとし、難攻不落たらしめた。今やバヤズィッド一世は己の周囲百ヤードに球形の高圧電流を帯び、至近距離で対峙するブシコート元帥はただそこにいるだけでも侵食された。

 なるほど、こうして改めて対峙すると雷帝の操る稲妻は尋常のそれに(あら)ず、明らかに異常な振る舞いを見せ、そしてどうやら単なる物理的な破壊のみならず何かしらの悪影響を及ぼすものと思われた。

 となれば己の〈授権〉(オーソライゼイション)をもってしてこれを迎え撃つのは正解であり、己に対する権力の極限であるこの技でこそ、この化け物じみた雷電の帝王に対抗できるものと思われた。

 恐らく他のフランス軍騎士達では権力が集中した状態でも正面から雷帝とやり合うのは無謀であり、名目上十字軍の全権を握って莫大な権力を手中に収める暫定ローマ皇帝シギスムンドですら、今のオスマン帝国の最高権力者と策も無しに殴り合うのは無謀と言えた。

 ブシコート元帥は今この瞬間も己に襲い掛かる稲妻の群れと戦い続けており、それらが鎧や肉体を貫かぬよう防御を万全とした。

 彼の武人としての心は曇り無く安定し、大嵐の中にて涼しい顔で佇む霊峰のごとくゆっくりと歩み寄った。とは言え先程以上に不利となった。

 常時型の攻撃となるとそれに対処するために思考も割かねばならず、故に彼の嵐のごとき武とて不利かも知れなかった。

 しかしそうであろうとなかろうと、彼は今回の十字軍に集った身であり、場合によっては殉教も辞さぬ覚悟であり、特に戦場における死を恐れはしなかった。

 敵がオスマンの最高権力者であれば、これ程己の信仰を試すのに最適な強敵もあるまい。

 フランス軍超人元帥は常勝の存在ではなかったが、しかし常に戦場へと赴く意志に支えられていた。

「あれぇ? おっかしいねぇ、僕、君が一瞬で膝ががくがくになるって思ってたけど…やるね!」

 戦場に散らばる金属片を磁力操作で掻き集めた即席の玉座の上で(くつろ)ぐミュラードの息子は嬉しそうに笑った。彼の後ろで雷光が眩く炸裂し、彼の笑みはどこまでも暗く見えた。

「じゃあこういうのはどうかな?」

 雷帝は顔の横で両手を二回軽く叩き合わせた。それを合図にして彼の周囲を覆う巨大な電撃の球は更に強力となり、その中央にいる彼はすうっと上昇して行った。

「さあさ、本気で来ないと死んじゃうよ――」

 原始的なレーダーが背後に反応を検知し、彼は危険を感じて先駆放電と同じ速度によって即座に五〇ヤード水平移動した。

 だがそれは罠であり、実際には振り向いて確認すると馬が飛び上がっただけであった。

 元帥本体はどこかと考える間も無しに彼は馬上槍(ランス)三日月斧(バーディッシュ)と剣とが別々の方向から三次元的に飛来して来て面喰らい、その瞬間頭上から何かに追突されて地面へと叩き付けられた。

 ブシコート元帥は飛び上がった後己の権力で加速降下を行ない、腕に括った盾で強力なシールド・バッシュを繰り出した。

 激突の衝撃はまさに落雷のそれであり、雷帝は優美な鎧ごと草と土に埋もれたらしかった。

 落下しながら馬と手放した全ての武器を呼び寄せて、着地した頃にはすっかり騎乗武者と化したブシコート元帥は雷帝の出方を窺いながら周囲から襲い掛かる稲妻を迎撃していた。

 やはりこれまでよりも相手は強くなっており、油断はできなかった。

「凄いじゃないか? かつての十字軍もこうだったのかな? リチャードだとかコンラッドだとか、まあ確かそういうのがいたと聞いていたけど。でも僕が思うにここまでの強敵はいなかったんじゃないかと思うよ、十字軍史全体を見てもね。アラブ人がフランク人と呼んだ君達の中でも、至上の戦士がこの僕の前にいるわけだ。なるほどこれが騎士道(シヴァルリー)の実践者って事かい。なら僕も騎士道(フトゥーワ)の精神を見せるべきなのかな?」

 ふわりと浮き上がりながらその美しい男は己の全身に付着した汚れを雷電によって洗い流していた。その様をブシコート元帥はじっと眺めていた――時間稼ぎになればそれでいい。

「君達が聖王とか呼んでるなんとか九世ね、あれもここまでの強敵じゃなかったと思うけど」

 自然と人を苛立たせる口調で雷帝は言った。本当はその聖王が誰であるかを知っていたが、自然と『なんとか九世』という曖昧な表現が浮かんだのであった。

「だからさ、この僕がこうして直々に遊んでやってるわけ。もう少し楽しんで行こうか?」

 彼は元帥を手招きして挑発し、それから再び二人の超人的権力者同士の激闘が再開された。地を山を揺るがし、空を穿ち、遥か彼方まで激突音が響き渡った。

 何十分なのか何時間なのか曖昧で、とにかく全身を鎧で固めたフランス軍超人元帥は戦いに集中する他無かった。

 彼は十字軍の奮戦を祈る他無く、シギスムンドや他の司令官達の冴えを信じる以外に道は無かった。

 そしてそれが雷帝の罠であるなど、全く考える余裕すら無かったのであった。

「ところでさ」

 一瞬で何千何万合と打ち合いながらオスマン帝国のパーディシャーは言った。

「言っちゃ悪いけど、これ僕の作戦なんだよね」

 激しい打ち合いの嵐の中で彼の言葉は元帥の心を嫌な形で蝕んだ。

「何?」

 その瞬間強烈なスパークが発せられて、それと同時に雷帝は数百ヤード離した。

「だからさ、君と遊んでやってるわけだけど、こうする事で十字軍は君っていう最強の戦力と引き離されたわけ! まあオスマン軍も僕っていう最強の戦力が不在になるけど、生憎僕の軍勢って超強いしさ! ちゃんと指揮しとけば後は完璧に仕事してくれるのさ! しかもセルビアの同盟者達も結構有能でねぇ?」

 その瞬間ブシコート元帥ははっとした様子でだっと騎馬を駆けさせた。元帥はその後ろを追いながら笑っていた。

 戦場に戻ると、十字軍はオスマン軍及びセルビア軍の攻撃によって散々追い回され、川に突き落とされ、死と混沌とが場を支配していた。

 士気はがた落ちで、こうなると他の騎士やシギスムンドの保有権力もすっからかんであろう。

「言ったでしょ? 罠だって」

 雷帝は元帥の隣にすうっと浮かび、彼の肩に手を置いた。

「君も降伏したら? 十字軍はここで終わりなんだからね」

 雷帝はこのような状況でブシコート元帥が己に攻撃しては来ないと信じ切っていた。

 事実その通りであり、もはや元帥は己の中の信仰心が大雨に打たれて消火されるような感覚に襲われていた。

 信仰のために集った対オスマンの軍勢は、かくして異教徒とそれに手を貸す者どもの軍勢によって打ち砕かれたのだ。

 そして遥か遠方に死にもの狂いで逃走する暫定の神聖ローマ皇帝の姿を認め、主要な騎士達の躯や捕虜となった姿を見た時、遂にフランス軍超人元帥はこれ以上戦う気力が削がれた。

 降伏しない事を誓った彼の心が折れた瞬間であった。

le marechal de surhommeがフランス語的に正しいのか失笑ものなのかはわからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ