NEW WORLD NEIGHBORHOODS#18
ネイバーフッズがジャレッドの問題に直面している間いずこかで神話時代のごとき死闘に決着が付こうとしていた。神殺しの大英雄、その威力をサソグアの子供は無念と共に知る。
登場人物
闇ども
―ジョー・ブルッキアス…貧しい暮らしを送るアパッチ系の少年。
―ダーケスト・ブラザーフッド…ジョーを導く正体不明の仮面の男、群体型コズミック・エンティティの一部。
―〈諸敵の殺害者〉…アパッチ・ナヴァホ系の民族に広く伝わる北米神話の大英雄、人類に敵対する『敵』を滅殺する究極の神造兵器。
ネイバーフッズ
―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…弾道を視覚化する事ができるエクステンデッドの元強化兵士、様々な苦難苦境を踏み越えて来た歴戦の現リーダー。
―アッティラ…現代を生きる古の元破壊的征服者、ヒーロー活動という新たな偉業に挑むネイバーフッズ・チェアマン。
―ジャッカロープ/ジャクリーン・クック…コズミック・エンティティより強力な能力を授かったアメリカ初の女性ヒーロー、ネイバーフッズ・チェアウーマン。
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:詳細不明、荒野
死せる古の王や神に今、美しい蟇の神が加わろうとしていた。
優美な服飾は襤褸同然となり、オグンが鍛えた剣すらも損傷した。肉体の再生が追い付かず、満身創痍と言えた。
通常であれば肉体的な損傷は神にとっては大した問題ではない。
かつて力を制限した状態で地球を攻めて半分死に掛けた風のイサカも実際のところあくまで肉体的なダメージが大半であり、〈鋼断剣〉とて神という総体に対するダメージは限定された。
となれば神殺しとは尋常の沙汰ならず、そのため信じられないような手段を用いねば不可能であり、それを可能とする一例が有翼の蟇の神の眼前にいた。
大英雄〈諸敵の殺害者〉の内側にある種の座乗という形で存在し、その命令権を所持しているジョー・ブロッキアスは己の今の状況が信じられなかった。
本物の神が今、彼の目の前で死に瀕しているのだ。
かくも美しき天の生き物が、今自らの傷付いた触腕で損傷部位を庇いながら、それでもなお敵意と殺意に満ちた瞳で睨め付けていた。
並みの精神の持ち主であれば即死でれど、かの神が発するあらゆる精神攻撃をシャットアウトできる現状においては、その仔細を観察する事すらできた。
世の中の研究熱心な魔術師達が聞けば卒倒するであろう。
「どうだね、今の気分は?」
ジョーにあの声が語り掛けた。ジョーは己にこの力を提供してくれた仮面の男の正体と真意も知らぬまま、その男を〈諸敵の殺害者〉に乗せてやっている。
「今でも自分が得た力が…なんていうか信じられない」
「それはそうだろう」と優しく諭すように言った。次第に男は親しみ易い態度を取り始め、ジョーはこの得体の知れない男に親しみを感じるようになった。
少なくともこの気に入らない世界を叩き壊す手段を己にくれた恩人ではあった。
〔オサダゴワーの生命兆候の著しい低下を確認。このまま殺害しますか?〕
北アメリカの神々によって建造された大英雄は酷く事務的に尋ねた。
「え、ああ、その。神って殺していいの?」
ジョーは戸惑った。
眼前の神は死に瀕してなお地球の全ての芸術の総和より遥か高みを往く美しさであり、何より会話可能な相手を殺す経験はジョーにとって初めてであった。
周囲の異常気象は全て収まり、異常事象もまた同様であった。
「君とて神話は知っているだろう? アパッチやナヴァホの神話はどういう風な事を君に教えてくれた? そう、邪悪なるものどもだよ。それは神でもあったが、人類にとっては敵だったんだ。そして目の前にいる蟇も同じだよ。サドゴア、それにオサダゴワー。この名はあるインディアン達が名付けたこの邪神の名前だよ。彼らはサソグアやズヴィルポグアの名で一般に知られ、彼らやその眷属は実際のところ人類にとって有害な事が多かった。だから古い時代の人々はこれらを封印したり、あるいは地球を彼らの目から隠した。
「わかるかね? つまり目の前の蟇は化け物で邪悪な神だ。先日の事件は聞いたかね? ニューヨークがこのオサダゴワーに襲われたんだ。所詮は『白人』の作った世界だが、しかし明日は君にとって我が身の災いかも知れないぞ? 何せオサダゴワーは自由気まま、気紛れで何をするかわからない。もしもこの生物が君の保留地に降り立ったりしたら、君を含めた全員が即死だ。君はどうだね、ナヴァホすらも壊したいと思うのかね?」
「…! いや、そこまでは!」
「じゃあ私の言う事をよく聞きたまえ。オサダゴワーはここで滅ぼした方がいいんだ。例え『白人』中心の世界を壊したところで、今度はオサダゴワーが君の世界を壊す」
ジョーは世間知らずで、そして世の中が嫌いであった。
そのため彼は仮面の男の言葉が己の指針を作ってくれているのを無意識に感じて、それに迎合し始めた。
一方で今や剣を握って立っているだけでやっとの蟇の神は、己のぼろぼろになった翼をだらりと垂らしたままで敵を見ていた。
完全に計算違いであった、よもや己を殺せる程の兵器であろうとは。
そういえば聞いた事があった。かつて地球のとある神族が、人類からの窮状を聞いて、その敵を滅ぼすための英雄兵器を作ったと。
太陽神の息子達として生まれた双子の片割れであろうか?
その正体がいずれであろうと、オサダゴワーの怒りは虚しく思えた。
もはやこの神に勝ち目は無い。自由気ままに星界を旅する強壮な――そして神としては平均的な能力と美貌とを有する――あの有翼の蟇の神格が、死に近付いている。
つまり、自分の目的のためにライブラリアンを自己犠牲に走らせた直接の黒幕であるザ・ダークに対して、オサダゴワーが復讐する事は叶わなくなった。
それを思えば、世の中は無情と呼ぶ他無いのではないか。
無情さの尺度であるエッジレス・ノヴァという無情の総体が大声で嬉しそうに爆笑しているのは言うまでもなかった。
「僕は…こんなところで死ぬのか…」
今となって怖くなるのかと思ったが、しかしあるのは空虚さであった。無限に広がる海のような空白が神の心を満たした。
「さあ、ジョー」
ジョーと同じく〈諸敵の殺害者〉の『内側』に乗り込んでいるダーケスト・ブラザーフッドの一部は、ジョーに神殺しを果たすように促した。
ジョーは〈諸敵の殺害者〉にゆっくりと腕を上げさせた。
掲げた右手には稲妻の剣が握られ、太陽神から授かったその武器は既に敵をロックオンしていた。
次の瞬間、神の武器が異星の神目掛けて無情に放たれた。
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
アッティラはやはり己の直感を信じるべきであったのかと悔いた。己の中で問題を抱えたままにした過ちを悔いた。
「今回の件は私に責任があるな」
かつての破壊的征服者であり、千の貌を持つ軍神の仕組んだ〈影達のゲーム〉に永らく囚われていた彼は、千年以上生きているはずの己の迂闊さを呪った。
「んー…でも仕方ないんじゃ?」
ジャッカロープは同情気味に言った。
「私も同じ意見だ。それに彼がチームに巨大な亀裂を作る前に止める事ができた。実際、ネイバーフッズ創設以来ジャレッドのようなメンバーは一人もいなかった。予想しようが無かった」
「否よ」とアッティラは否定した。「あらゆる脅威を想定せねばならなかった。私と同じく様々な脅威を想定する役目を事実上担っているキャプテン・フェイドは未だ帰還せぬ身。彼は我々の友であり、欠かせぬ存在であったが、しかしいない以上私が怠るべきではなかった。例え少し突拍子の無い想定であっても、それを他のメンバーと情報共有すべきであった」
アッティラが言いたいのは、要は『ダーケスト・ブラザーフッドの陰謀がある事は確定したが、それでもオサダゴワー襲撃がザ・ダークの仕業かは確証も無い。
なおかつ同じく憶測でジャレッドがザ・ダークの差し金なのではと打ち明けるのは躊躇われた』という事である。
逆に言えば、こうしてヒーローとして活動する事によって、かつてフン人の帝王として権力を握り、その乱世に生き、その後は永らく権力者同士の策謀渦巻く死闘の中で生きてきたアッティラが、『己の意見はああまりに奔放過ぎないか』と気にするようになったとも言えた。
かつての彼であれば確証が無くともとりあえず会議の場で他人の耳に入れておく事にしたはずであった。
「己と同じ〈混沌剣〉を見た時点で疑うべきであった。そもそもが人間の歴史に混沌を振り巻く目的で、Mが〈神の剣〉を模造したのが〈混沌剣〉である。私は己自身がMの呪縛から解放された事で全ての〈混沌剣〉――まだ健在なものに関して――は混沌を振り撒くという役目を終えたものと考えていた。というよりも、それについてそこまで深く考えずに脅威が過ぎ去ったと考えたのだ。己自身がこうしてヒーローチームに身を置ける事がその証拠とでも考えたのであろう
「しかし結果はこうではないか。私がその実力を見込んで推薦した新入りは、Mのごとく混沌を振り撒いた。それぞれのメンバーに別々の内容を吹き込んで、対立を煽ったのだ」
そして恐ろしい事に、ジャレッド・ジェンキンスに数名の立ち会いで慎重に尋問したところ、彼は悪意など無かったと主張したのだ。全ては話題振りのためのものであった。
更に数日が過ぎた。アッティラは暇があればその間にジャレッドの経歴を調べた。非正規職を転々とし、どれも一年未満で辞めていた。
そして彼はそれらの職場でも似たような事を起こしていた。
とりあえずジャレッドには一旦謹慎してもらう事にした。これ以上混沌を撒き散らされては不味かった。
いずれ精神鑑定を受けてもらおうと考えていたが、西海岸のチームの魔術師とウォード・フィリップスから帝国戦争のその後を聞いて、それについての協議にも時間を割かれた。
図書館のスパイアからライブラリアンが消えたのはネイバーフッズとしても一大事であった――地球の歴史に関するあらゆる記録が眠るスパイアの唯一最大の守護者が死んだのである。
アッティラはジャレッドからあらゆる通信機器を遠ざけた。
彼が思うに、このまま放置しておくとSNSの類いでチームの悪口を書く可能性があるからであった。
かつての破壊的征服者はしかし、この勾留措置がやや非人道的である事は承知していた。実際、ケインは難色を示していた。
これはヒーローのやり方ではないのかも知れなかった。
例え不和を作り出すような男であっても、例えネイバーフッズの悪評をインターネットに流すかも知れない輩であっても、ネットを断たせてホームベース内で謹慎とは随分である。
チームの重鎮であろうと、そこまでの権利は無いのではないかと彼自身考えていた。
ともあれ彼は図書館のスパイアの事件について必要なだけ協議を重ね、一旦その問題を脇に置いた。
実際のところ、レッド・フレアの判断である日行われた投票ではチームの七割以上がジャレッドの追放を望んでいた。
しかし日々が過ぎ、最終的に、アッティラは信じられないような決断に出た。
「ネイバーフッズはジャレッド・ジェンキンスがプラントマンとライト・ブリンガーの間を始めとして、チーム内の様々なところに対立を煽るのを確認した。ジャレッドはそれぞれのメンバーに誰かの悪口や悪評を吹き込み、それを話の種にしたのだ。彼自身に悪意は無いが、しかしこれはチームの亀裂を生むと判断した。これはジャレッドを推薦した私の責任である」
記者会見の会場はざわざわとなった。
「また、私はジャレッドがインターネットのSNSなどを通してチームの悪口や悪評を書き込む可能性を恐れ、彼をホームベース内で謹慎処分とし、その間は彼とインターネットを接触させないようあらゆる端末を取り上げ、アクセスできないようにした」
ここで騒音は一気に大きくなった。このリアルタイム会見を見ている人々は様々な反応をしているであろう。アッティラの横暴を叩く意見も実際出ていた。
「まず、ジャレッド・ジェンキンスを追放処分とする。更に私は一連の不祥事の責任を取って、本日付けでネイバーフッズを辞するものとする」
歴史が大きく動いた瞬間であった。チームを長年引っ張った重鎮が、自ら脱退を表明したのであった。
アールは信じられなかった。その他の若手メンバーも、驚きを隠せなかった。
ただ、不気味なまでにケインとその他のチェアメンが無言でこの状況を眺めていた。
設定的に神はほとんど殺害不可能の存在であり、それを殺せる程の力を持つ英雄となるとどれぐらい強いかは言うまでもない。




