NEW WORLD NEIGHBORHOODS#16
アールとエリカはようやく何かがおかしいと気が付いた。己らはジャレッドに踊らされていたのであると。一方、いずことも知れぬ領域で覚醒した北米神話の大英雄の所へ、有翼の蟇の神が現れ…。
登場人物
―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…スーパーマン的能力を持つ新人ヒーロー。
―三代目ライト・ブリンガー/エリカ・フィンチ…プライマル・ブリリアントの適合者、光り輝く未知のエネルギーを攻防に使用するヒーロー。
―ダニエル・オーバック…生活費のため正式登録のヒーローとして働く事を決意した新人ヒーロー。
―ジョー・ブルッキアス…貧しい暮らしを送るアパッチ系の少年。
―ダーケスト・ブラザーフッド…ジョーを導く正体不明の仮面の男、群体型コズミック・エンティティの一部。
―〈諸敵の殺害者〉…アパッチ・ナヴァホ系の民族に広く伝わる北米神話の大英雄、人類に敵対する『敵』を滅殺する究極の神造兵器。
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
アールはエリカと初めて落ち着いて話し合った気がした。そして恐らくそれは事実そうなのであろう。不思議な気分がして、今まで啀み合っていたのが莫迦のように思えた。
情報を交換し、慎重に協議し、己らが一体何をジャレッドに吹き込まれたのかを明らかにしようとした。近くでじっと聞いているダニーは一体何が起きているのかをあまり把握できていないように思われた。
「ジャレッドが言うにはお前が…ダニーにちょっかい、というか詰め寄ってたって話だったと思う」
記憶は曖昧になり易く、そのためアールは慎重に言葉を選んで『伝言ゲームの原理』が発生しないように努めた。
「それってさっきの以外にって事?」とエリカはぶっきらぼうに言った。
「ああ。何度もと言ってたな」
「って事は話が合わないじゃん」
「そうだな、つまり俺達が正しいんなら、ジャレッドが嘘を吹き込んだ事になる。それぞれに違う内容の嘘を」
かつて滅びた北欧の万神殿にて〈混沌の帝〉ロキがそうした時のごとく、〈混沌剣〉の一振りと見られるジャレッドはネイバーフッズに争いとそれによる混沌を持ち込んだという事なのか。
「あんたの言う通りならメタソルジャー達に警告しねぇと不味い」
エリカは鋭い目をして視線を外した。ジャレッドに対して怒っているように思われた。
「そうだな、でもその前にする事がある」
「あ?」
やや軟化した態度でエリカは振り向いた。
「俺に対してのは、まあ嫌ならいいが。ダニーに誤解で突っ掛かったのは謝ってくれ。もしお前がそうしてくれるなら、俺はお前とまともにチームメイトとしての関係を築けるような気がする」
エリカは躊躇って目を逸らした。
「まああんまり馴れ合うとその分弱くなるって事だが、それでも強盗捕まえたり下っ端ヴィランを警察に突き出すぐらいは…多分できるんじゃないか?」
「わかったわかったって。私が悪かった。ダニーには悪い事したよ」
観念した様子で、そして謝意を明らかに滲ませてエリカはダニーに謝った。ダニーは相変わらず何も言えなかったが、しかし頷いだ。
「これでいいか、ダニー?」
「うん…」
「そりゃよかった。じゃあジャレッドの問題を解決しねぇとな」とダニーは真剣な目をした。己は嘘の情報でエリカとまた対峙せねばならなくなった。
混沌の剣はやはり混沌を生み出すのか。アッティラのように、あるいはフランク王国のチャールズ大帝及び彼に匹敵するアンダルシア総督のごとく、〈混沌剣〉の中にも善行が可能な者もいる――残念ながらジャレッドはそうでないらしかった。
ジャレッドもまたロキの同類である軍神エアリーズが混沌を広めるために時間線上に蒔いた剣の一振りなれば、その在り方の根本は破壊的征服者に近いのか。それとも煙を吐く蛙やサイイド兄弟の縁者であるというのか。
いずれにしてもこのままにはしておけない。このままでは高潔な誓いによって集ったはずのこの同盟が、『TES3』の三神のような末路を迎える――かつて何度も遊んだ名作RPGの切ない物語がアールの脳裡を過ぎった。
アメリカを代表するヒーローチームを、己の代で潰させてなるものか。その意味においてはアールとエリカの意見は同じであり、やや遅れ気味に状況を理解したダニーもこのままではいけないと悟った。
「さあ、では行こうか。さっきも言ったように君はこの惑星で最も強力な兵器にアクセスしているんだ」
仮面の男はやや興奮気味にそう言った。周囲では相変わらず広さがよくわからない黒一色の空間が広がり、壁と床が常に液体のように揺れていた。
ジョーは己が得体の知れぬ全能感によって無意識に支配される中、高揚が全身を満たしていくのを感じた。
あの鬱屈とした日々、それを作り出した『白人社会』。これを一度に破壊してやれば、確かに気分はいいかも知れない。
己が永遠に変わらない居留地の生活に甘んじねばならないような世界など、もううんざりであったのだ。ふざけるなよと何度も思った。スマートフォンを見て一日潰すだけの休日はもう二度とごめんであった。
社会に対する鬱憤が怒りとして具現化し、そしてそれの執行を可能とする力が己の手の内にあるのだ。
であれば、彼が生まれて初めてかような気分の高揚に浸ったとしても不思議ではあるまい――己が味わう理不尽の原因を粉砕できるのであれば。
そうだ、これでいいはずだ。何故なら母のあんな姿を見るために生まれてきたわけではないから。アルコールと堕落が漂う近所の惨状を見るためにジョーという名を授かったわけではないから。
これは間違っているのだ。己やその同類どもがこのような目に遭わねばならぬ数百年前からの運命など、はっきり言ってクソったれであると。
少なくとも己は着古して日光と洗濯で変色したシャツで変わらぬ日々を送りたかったわけではない。来る日も来る日も実り無しに終わる日々、太陽が西に沈むその時感じる言いようの無い失望。
そんなものはこの手で破壊してやる。破壊したその後何をすればいいのかはわからない。
己には学も無く、地位や富も無い。あるのは代わり映えのしない日々と同じ味がする言葉――『大丈夫、いつかよくなる』『夢を諦めないで』。
だが少なくとも、今味わうこの地獄を続けるぐらいならば、何もかも吹き飛ばした方が気分もよかろう。外国の事情も知った事ではない。
テロがどうとかなんだとか、そんなものはどうでもいい。この手で綺麗さっぱり消し去ってやる。
かようにして肥大する破壊への渇望がジョーを満たし続けた。仮面の男は内心ほくそ笑み、激動の戦後アメリカ史――あるいはポスト冷戦史か新世紀史か、まあなんでもよかった――に新たな一ページが加わる事は間違いあるまい。
ふと目を瞑っていたのであろうか、ジョーは気が付くと己がいずことも知れぬ荒野にいる事に気が付いた。ここはアリゾナかと思ったが、そうでもないような気がした。
そこで彼は星明りしか見えぬ夜の帷の中である事に気が付いた。というのも、このような地形で夜となれば冷え冷えとしているはずであった、とくにこの春ぐらいの季節であれば。であるが、彼は寒さを感じなかった。むしろ程よい暖かさ、見知らぬ楽園にいるかのような感覚があった。
彼が己の手足を見渡そうとすると、躰が思ったように動かなかった。しかし次第に動くようになり、己の肉体が見知らぬそれに鳴っている事を察知した――否、これはあの黒い領域で見たのと同じだ。
ジョー・ブロッキアスは、己が大英雄〈諸敵の殺害者〉と一体化している事に気が付いた。
少なくとも彼の精神というか意識というか、それは確実に大英雄の内側にいた。なるほど、この惑星で最強の力と文字通りに一つとなったのか。
それを意識したところ、彼は更なる高揚感に浸る事ができた。意識体のみの今でも感じられる『肉体的な暖かさ』と高鳴る心。
人生で最も素晴らしい一時に思え、事実彼の鬱屈とした人生を思えばそれも無理からぬ事であるかも知れなかった。
だが彼は唐突にそのような『幸せ』から引き離された。何かが接近しているのを感じたのだ。見れば仮面の男は空を見上げ、そして今気が付いたが先程から警報が鳴り響いている。
〔警告、カテゴリー6の接近を検知〕
なんだそれはとジョーが思った時、彼の代わりに仮面の男が聞いた。
「それはなんだね?」
〔ジョー・ブロッキアス、未登録のユーザーが回答を求めています、どうしますか?〕
「それなら答えて」と彼は特に何も考えずに言った。激動過ぎる今の状況は感覚が麻痺しているのかも知れなかった。
〔ユーザーの承認が下りました。カテゴリー6、神です〕
「神って…」
〔異星の神である事を確認、データを照会中、お待ち下さい。一件該当しました〕
その瞬間、空が泣いて詫び、雷鳴が己の出過ぎた真似を恥じ、雲が許しを乞い、大地がトラウマに嘶いた。
「見ー付けた。センスの欠片も無い仮面、ああ…間違い無く君だね」
ジョーは己が見ているものが信じられなかった。そこに存在するのは手加減無しの生ける美であり、振り撒かれる死の素であった。
何故なら相手は本物の神であり、サソグア一族の一員ズヴィルポグアその人であり、人間から与えられたオサダゴワーという呼び名を気紛れで気に入って名乗っている有翼の蟇の神であった。強壮な触腕を複数備え、美しい服飾で着飾る宇宙からの実体であった。
このコズミック・エンティティは尋常ならざる美を纏って舞い降り、周囲では砂埃がせめてもの謝意として舞い起こっていた。
この地に残留する霊魂やその他の目に見えぬものどもが咽び泣き、遥か遠くの山河をも血染めにした。
〔サソグアとの血縁関係である事を確認。ジョー、どうしますか?〕
大英雄は周囲にわざと聞こえる音声として言葉を紡いだ。その内側にいるジョーは判断に困った。目の前に神がおり、それは恐らく己が知っている昔話の一つにも出て来るような古き彼方の神であった。
その神は決して人間の鍛冶には鍛えられない美しい剣を携えており、手加減無しの鉄塊じみたそれを地面に突き刺して仮面の男を睨め付けた。
「ん? これは…知らないね。僕が知らない機械の兵器かな?」
呑気そうな台詞とは裏腹に剣呑な空気を漂わせる蟇の神格は、どうやら仮面の男と因縁があると見てよかった。しかし一体何があったのか。
「いずれにしても、君は僕を利用した。いや、まあそれだけなら別にどうでもいいんだけどね」
〔スキャン中…オサダゴワーは〈神の旗竿〉を所持。注意して下さい〕
それを聞いて不愉快そうに有翼の蟇の美青年はじろりとその目をそちらに向けたが、そのまま話を続けた。
〔こんなオモチャまで用意して何を考えているのかな…君のようなクズならまあ、保身か。でも君の罪は消えないよ?〕
正直なところ仮面の男は己がこの蟇の神に因縁を付けられる心当たりが無く、内心では困惑していた。彼は闇の群体の総体として思考し、記憶を探ったが、しかし己という総体にその記憶は無かった。
「おや、オサダゴワー。君を利用させてもらうのは既に了承済みだったじゃないか。ニューヨークを襲撃してもらうという内容を了承してくれたのを私は覚えているが?」
「はぁ? ゴミクズだね」
蟇の神は自由奔放な彼にしては珍しく怒っているようであった。自由気ままに宇宙を流離うこの神が何に対して立腹しているのかはともかく、オサダゴワーは本気で激怒しているかも知れなかった。
「あのさ、君みたいな取るに足らない残り滓がどうしてあんな事をしてくれたわけ? もう一度言うよ、どうして? おや、心当たりが無い?」
その瞬間空気が文字通り凍結し、大地が遥か彼方まで燃え盛った。ジョーは何が起こったのかわからず、しかし本能的な危険を察知して何かの行動を取ったらしかった。
「この僕の!」
生と死を永遠に乖離させるがごとき凄まじい轟音が鳴り響き、大英雄の中にいるジョーは稲妻を抜剣させてそれで神の斬撃を防いだ。暴力的な美しい金属塊と鍔迫り合った。
「友達のライブラリアンを殺したのは君だな!」
珍しく本気で怒っているサソグアの息子がライブラリアンと親しいというのは仮面の男の総体であるザ・ダークにとっても予想外であった――全く、これだから気紛れな神は困る。
「ライブラリアンは…私の計画の上で予想外の犠牲になっただけさ。剣を納めてくれないかな?」
嘘を言っても通じまい。故に本当の事を言うしかない、ある程度婉曲的に。
「黙れよ、ゴミクズ! 神から友を奪うってのがどれだけ冒瀆的か、サソグアの息子ズヴィルポグアが直々に教えてやる!」
キラー・オブ・エネミーズさんは実際のところ神話においてもかなり強い。邪神殺しの英雄で、あるいは英雄神とも言われる。
なのでスペックはかなり強くする予定。




