NEW WORLD NEIGHBORHOODS#15
事実だけに目を向ければ、敵が放った剣はネイバーフッズに深々と突き刺さったと言えた。ジャレッドという剣は混沌であり…。
登場人物
―ジャレッド・ジェンキンス…チームの新入り、〈混沌剣〉の一振り。
―レッド・フレア…とある事件で世に現れた女性人格の赤い多機能ロボット。
―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…スーパーマン的能力を持つ新人ヒーロー。
―三代目ライト・ブリンガー/エリカ・フィンチ…プライマル・ブリリアントの適合者、光り輝く未知のエネルギーを攻防に使用するヒーロー。
―ダニエル・オーバック…生活費のため正式登録のヒーローとして働く事を決意した新人ヒーロー。
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
アッティラの強引な仲裁で事は一旦収まった。さすがに彼は強い口調で仲間同士の分裂を強く批難し、アールとエリカの両名に今まで見せた事が無いような態度を取った。
しかし本心からそうしたというよりは、時間稼ぎとしてそれをしたという側面の方が強かった。とりあえずこの場を凌いで問題の本質をその間に探ろうと考えた。しかし不幸な事に『その日の衝突が起きた直接の原因、何がアールをエリカとの再度の対峙に向かわせたか』という要因を知る事はできなかった。
そのため後日、また別の事件が起きてしまう事となった。
レッド・フレアは新入りの二人とはあまり話した事が無かった。そのためジャレッドに話し掛けられた時、これに興味を持った赤い装甲のロボットは彼の話を聞く事にしたのであった。二人は屋上におり、マンハッタンの喧騒の中で寛いでいた。
「またあの二人がぶつかりそうになったって? 物騒なチームになったわね」
単眼を残念そうにちかちかと点滅させる彼女は擦り傷や塗装剥がれだらけの機械の肉体で椅子に座って佇んでいた。『ワークショップ事件』の黒幕に縁がある彼女はその出自故に妙な目で見られる事もあったが、しかし彼女のヒーローとしてのこれまでの活躍は悪評を打ち消して余りあった。
「そうなんだよ。まさかアールがまたエリカに突っ掛かるとは思わなかった。あんな事があった後でまただなんて信じられない」
ジャレッドは心底信じられない様子でそう言った。レッド・フレアはジャレッドの様子や言葉を正確に記録しながら会話を続けた。
「アッティラと…それにケインは何か考えてると思うわよ。私はこういう時どう解決すべきかはコメントを控えるけど、一日も早く解決する事を祈るわ」
レッド・フレアは傾向として、傍観しつつ記録に徹する立ち位置を取る事がややあった。彼女が他人の問題に全く無関心であるわけでも全く解決に寄与しないわけでもないが、傾向としてはあると言えた。
ジャレッドはエリカに初めて話し掛けた。馴れ合いを避ける傾向にある彼女に対して同じ新人のダニーは全く話そうとしない――そもそもダニーはアールとジョセフに話し掛けるのですら精一杯であるが。
「アールは少し短気なところがあると思う。だからああやって君に因縁を」
エリカはまだ先日の件を気にしており、答えるでもなくじっと押し黙って耳を傾けていた。
「でも元はと言えばダニーが君の、エリカの事を悪く言ったんだ」
いきなり名前で呼ばれてエリカはむっとしたが、しかし傾聴に値するかとも考えた。
「彼は内気そうだけど本人がいない所で人の陰口を叩くタイプだ。俺はああいうタイプに心辺りがあるからわかるけど、ああいうのはよくない。俺達はヒーローチームなのに、仲間の事を悪く言う奴がいたら問題だ。新人だからって甘く対応したらいけないと思う。ああいうタイプには最初からガツンと言って矯正しないといけないんだ。彼のせいで人間関係が抉られたら問題だし、それに若いから責任感なんて無い。自分の言動がわかってないから君の事も悪く言ってそれで平気なんだ。
「ダニーは本当はアールやジョセフの事も鬱陶しく思ってるみたいだけど、一番はやっぱり君だと思う。彼が一人の時にぼそぼそと君の事を悪く言うのを何度も聞いたよ。暴力女とかなんかそんな事をぼそぼそ言ってて本当に気持ち悪かった。ああいうタイプだから友達ができないんだろうな。でも本人は自覚が無いからそれでああいう事ができるんだ」
エリカはそうやってダニーの悪評を聞いているだけでもダニーに対する怒りが湧いたが、しかし確信も無しに怒鳴り付けるとまたアッティラに何かを言われると思って踏み留まった。メタソルジャーとアッティラに対して彼女は内心尊敬していた。
また、何かと彼女に気を掛けてくれるジャッカロープに対しても同様であった。チーム初の女性メンバーにして紛れも無いベテランであるジャッカロープは馴れ合いを避けないと力が引き出せないというエリカの身の上も知った上で配慮してくれた。
「ダニーはチームのベテラン達も嫌いみたいだし、孤立する一方だよ」
「…そのベテランってのはジャッカロープ達も入ってんの?」
初めて口を開いた彼女は静かに怒りを募らせていた。
「もちろん、ジャッカロープとメタソルジャーについてぼそぼそとロッカーで言ってるのをもう何回も見たよ」
「ふざけやがって…」
「おい、新入り」
ダニーは急に話し掛けられて驚いた。彼はホームベース内でもまだ自分の居場所が狭いと感じており、控え目にアールとジョセフの後ろを付いて行くような塩梅であった。
そして彼ら二人とも仲のよいベンジーとボールディを含めた二人から四人の若者グループが話している側にいるような感じで、ベンジーとボールディもまたダニーには優しかったから、当然来る者拒まずとしていた。
だがダニーはアールとジョセフを探してホームベース内を彷徨っている最中であり、何かしらの携帯端末の連絡先を交換しておくべきだったという後悔と共に不安そうに歩いていたところをあろう事かエリカに呼び止められたのだ。
「お前私の事影で色々言ってんだって?」
エリカはずけずけと言うタイプであり、実際ダニーにとっては苦手であった。
「…え?」
「だからそういう事言ってんだろ?」
「…そんな事は」
彼の消えそうな声による弁明は嘘に思え、余計に苛々したらしかった。
「まあそれはいいわ。それよりさ、ジャッカロープ達の事も色々言ってんの?」
「…え、言ってないよ」
「はい嘘、やった奴は絶対こうやって否定しやがるもんな」
エリカは詰め寄った。ダニーは周りを見た。廊下には誰もおらず、他のヒーローや職員の声はしなかった。彼の肩が廊下の壁にぶつかった。
「どうせアッティラとかにも色々悪く言ってんだろ?」
「いやその…」
ダニーはしどろもどろになった。アッティラに一度だけ文句を言った事があり、あの大雨の中で異星の神と戦った苦いデビュー戦の事であった。
故に口下手な彼は『一回だけ言った事はあるが、何度も何度も言ったりはしていない』という無理難題な弁明をしないといけなくなった――少なくとも彼はそれをしないと不味いと思った。
だが面識があまりなくて、あのデビュー戦でも素っ気ない態度を取られたエリカ相手にそれを言うのは難しく、異性であるからか余計緊張して汗が吹き出た。嫌な発汗によって顔や頭皮がじんわりと痛んだ。
アールは呑気にボールディと話していたが、不意に妙な声が聞こえた気がした。彼は己の超人的な知覚の『感度』『閾値』をコントロールする事ができるようにもなった。お陰で日常的に見え過ぎたり聞こえ過ぎたりする問題からは開放されたが、しかし今度は逆に『日常的にどこまで性能を上下しておくべきか』という問題にも直面した。
というのは、あるいは己の能力でなら反応できたかも知れない物事を見落とす可能性があるからで、ある日己が見落とした事故があり死傷者はでなかったが、車が大きく潰れているのを見た時は冷や汗が滲んだ。
ともあれ彼は今回たまたまダニーの危機を察知し、ボールディの主観では彼がいきなり姿を消したわけである。
「アール?」
地球最強のテレパスが彼の名を呼んだ時、アールは既にいなかった。
「待てよ」
アールは本当にエリカがダニーに突っ掛かっている現場に遭遇し、やはりなと思った。しかし前回の失敗を踏まえて冷静さを保とうとした。
「怖が…」と言い掛けて己の経験を踏まえ言い直した――『怖がってるだろ』と擁護されるのは恥ずかしいのでは? 「不愉快そうだろ。ダニーはまだ入って日が浅い」
エリカはぎろりと目を向けた。
「こいつが私だけじゃなくて色々悪口言ってんだけど」
「信じられねぇぜ。そうだろ?」
ダニーに対して優しくアールは問うた。彼は頷いた。
「ほらよ? 俺はダニーを信じる」
「そうかい? こいつあんたの悪口も言ってたらしいけど」
そう言われて一瞬、アールは心にクレイモアを突き刺されたかのような気分になった。どくどくと流血するのを感じたが、しかし冷静さを保つ事に成功した。だがダニーの方を見れなかった。
「『らしい』って何? そりゃ誰から聞いた?」
エリカは『はぁ?』という顔をして答えた。
「ジャレッド」
それを聞いてダニーは様々な思惑が渦巻いた――待てよ、よく考えたら俺に『エリカがダニーに突っ掛かってる』と言ったのもジャレッドじゃねぇか。実際こうしてエリカは突っ掛かっているが、しかし疑問に思った。
「な、ちょっと待ってくれ」
アールは制止を求めるジェスチャーを取った。
「お前にそういう事告げたのはジャレッドだけ?」
「そうだけど」
「奇遇だな、俺もジャレッド以外から『エリカがダニーに詰め寄った』だとかなんだとかを聞いた事が無いんだ」
ぎりぎり理性を保っていたエリカは血が引き始め、思考が冷静になるのを感じた。
「もしかして」とエリカは驚く程冷静に言った。「お互い情報交換した方がいいんじゃねぇの?」
「奇遇だな、俺も同じ事を思った。初めてかもな、こうして意見合うのは」




