NEW WORLD NEIGHBORHOODS#14
ネイバーフッズに嫌な亀裂が入り始めたように思われた。アッティラは己の推測が推測でしかないために後手に回り、そして敵の一手は既に猛毒としてチームを蝕み始める…。
登場人物
ネイバーフッズ
―アッティラ…現代を生きる古の元破壊的征服者、ヒーロー活動という新たな偉業に挑むネイバーフッズ・チェアマン。
―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…スーパーマン的能力を持つ新人ヒーロー。
―ジャレッド・ジェンキンス…チームの新入り、〈混沌剣〉の一振り。
―ハンス・タールホファー…現代を生きる歴史上の人物の一人、ネイバーフッズの格闘訓練教官をも務める中世ドイツの剣豪。
―三代目ライト・ブリンガー/エリカ・フィンチ…プライマル・ブリリアントの適合者、光り輝く未知のエネルギーを攻防に使用するヒーロー。
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
アッティラは己の判断がどうであるのかを考えていた。〈混沌剣〉はあの衝突のあった日には何も起こさなかった。となればそれをどう評価すべきなのか。疑ったまま待機する他あるまいか。
とりあえずそれから日々が過ぎるに任せた。後手に回るのは仕方無いのかも知れなかった。だがせめて、次の手は考えておかねばならない。もしもジャレッドという生きた剣が、真の敵が送った刺客であるとすれば、それが起こすかも知れない脅威に備える必要がある。
彼はふと考えた――そういえば誰があの放浪する蟇の神オサダゴワーに〈王の旗竿〉を与えたのか。あれからあの神剣を鍛えた軍神オグンについて猿中のインドラたるハヌマーンと話し合ったが、どうもアッティラにはオサダゴワーが直接オグンの工房を尋ねたようには思えなかった。
陽キャラと陰キャラというのは酷い表現であるが、これら二神が全く正反対の性質を持つという事実がどうにも引っ掛かった。しかしあの蟇の神格は自由気ままであるため、その気紛れ故にオグンの工房を訪れたのでは、という反論も成り立つ。
結局のところ、今の時点におけるアッティラのあらゆる懸念と同じく、所詮は推測でしかなかった。というよりも推測であって欲しかった。しかし己や他の賢者達の『嫌な予感』は大体の場合当たったものであった。
いずれにせよ、時間があればその時にオグンの工房を訪れる必要があろう。ハヌマーンの話によるとそこで確認できる『情報』がある。頭に留め置いて、今は静観するしかない。
同時期:ニューヨーク州、マンハッタン
あの日以降、アールは『クソサングラスを掛けて全部上手く行ってるふり』をしていた。実際そうするしかないような気がしていた。エリカとの衝突はあれ以降無く、というより両者共に接触を避けていた。他のメンバーもあまりその件には触れたがらなかった――特に若い層は。
「ジャレッド、ヒーローには慣れてきた?」とアールは平静そうな様子で聞いた。
「ああ、慣れてきたと思う。誰かを助けるっていう使命みたいなものがぼんやりと自分の中で育っているのを感じる」
「そいつはよかった。俺なんか最初の方はノリでヒーローとかやってたしな。それに比べりゃ立派なもんさ」
「そうなのか…ところでアール」
ジャレッドは何かを切り出しそうな雰囲気であった。アールはまともな話題であればいいがと思いながら応じた。活動中の今現在彼らが留まっているビルの屋上から、晴れたマンハッタンの夜景が輝いて見えた。
「実はエリカの件で――」
「――あーえーと、その話ってやめない?」
アールは即遮った。内心、どこかで事件が起きてこの話を中断できる事を期待すらした。しかしこういう時に限って彼の超人的な知覚は何も察知できなかった。目と耳を鋭くさせたところで、知り得る範囲では事故の一つとて察知できなかった。
「いやそれが重要な事なんだ。彼女、君の事を悪く言ってて」
「なあ、それって予想通りなんだけど…」
アールはある意味で安心した――ライトブリンガーことエリカは相変わらずであったという事。歴代ライトブリンガーとその性質は知っている。プライマル・ブリリアントという実体自体が正直なところ大多数の地球人から見て『まともな実体』であるとは言えない。
実際のところ『エイボンの書』や『ロキの時間線観察記録』や『ニース文書』に言及がある時点でまともには程遠いとも言えたが、ともあれこの非ユークリッド的な次元より来訪した具足虫じみたプライマル・ブリリアントのエージェントとして選ばれるという事は、それ相応の在り方でなければならない。
実質的には混沌のエージェントに近く、事実として初代のライトブリンガーは光り輝くヴィランであった。今どこにいるかは不明であるが、強い力を引き出すには孤高さを求められ、馴れ合いは力の弱体化を生んだ。
それ故にエリカはあのような態度を取らないといけないのかも知れないが、アールには生来の性質に思えた。
「いやそれだけじゃない」とどこか話を続けるのに必死そうな様子でジャレッドは言った。「彼女がダニーにまた突っ掛かっていたのを見た」
「んだと?」
突如空気が歪んだ。下手すると空間すらも歪んだ。
「だからダニーにエリカがなよなよするなよとかなんとか言って色々と文句を言っていた。直接そういう事をやったのは多分四回目だと思う。彼女はダニーが気に入らないみたいだ。俺はああいう態度はよくないと思う。協調性が無いし、ダニーがかわいそうだ。それにチームの重鎮にも陰で何か言ってたし、やっぱり正確に問題があると思う。
「ああいうタイプは自分が誰にも遮られないと思い上がってて、だからああいう態度が取れるんだ。俺はああいうタイプを何人か見てきたよ。文句を言ったら毎度一方的に絶交を言い渡されたけどね。絶対自分に問題があるって認めないし、自分に突っ掛かって来る相手にも容赦しない暴力的な手合いだよ」
アールはジャレッドがここまでよく喋るとは思っていなかったが、しかしその言い分には納得した。確かにエリカの態度は腹立たしい。しかもダニーをいじめているのか? ダニーが『また』いじめられるというような事は、彼の友人として許せなかった。
「あいつ…俺だけならともかくダニーにもそんな事してんのかよ」
更には先人達への敬意の無さ。プライマル・ブリリアントのエージェントなど全面的に追放すればいいのではないかとすら思えた。ジャッカロープはエリカを可愛く思っているようであるが、そんな彼女にすら素っ気無い態度を取っているとしたら、それは許せなかった。
「…あの女も命拾いしたな、さっきチェルシーの方で何かあったみたいだ。多分どっかのヴィランが銀行でも襲おうとしてるのかも」
そう呟いたアールの目は怒りに燃えていた。
数時間後:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
現代を生きる過去の剣豪ハンス・タールホファーは、第二の生における久々の脅威を感じていた。神だのなんだのには慣れたが、しかし一人の剣の使い手として、久しく感じなかった何かを感じた。
二代目キャプテン・レイヴンことルイス・ナイランドと直に話し、彼が見ている悪夢について自分の耳で情報を得た事で更に多くを知れた。彼を毎晩夢の中で殺し続けている相手、それはつまり…。
ふと嫌な予感がして、かつて先人が〈影達のゲーム〉の枠組みから作った〈千剣〉、すなわち剣に囚われた者達の集う領域における関門を確認した。
彼が調査したところ、かの領域で現在六つの関門を担当しているはずの六人は、ドイツ剣術中興の祖たるあの男を含めて全員が姿を消していた――嫌な予感がした。
もしも彼らが漆黒の目的によって動いていたとしたらどうであろうか? 詩を詠み終えるとあらゆる防御を無視して相手を刺し殺すシラノや、剣を交える事無く斬り合う事のできるイエナオ――悪用すると抜刀せぬまま空想上で相手を斬殺できる――が悪意を持って動いていたとすれば、かなり面倒な事になる。
無論シエやフィオーレやシルバーもまた化け物じみた剣豪達であり、これらがあの男、ハンスが生前から知っていたあの男と共に恐るべき動機で動いていたら…。
実際現在のハンスのチームメイトであるルイスが夢の中で殺され続けている。もし罪の無い市民達がこれら剣豪の刃によって危害を加えられる日が来れば、どうすればいいのか。
ハンスは自分だけでこれらの魔人達を止められる自信が無かった――このまま彼らの凶行がエスカレートするならばの話ではあるが、しかし彼にはあの六人とどこかで剣を交える予感があった。特に己の師であるあの男とはまた出会う事になろう。
ふと、二人の剣豪が今もどこかを旅している噂話を思い出した。鹿島の剣聖、そしてエストレマドゥーラのサムソンが二人旅をしているというのだ。彼らは剣では一度も負けた事が無い。それは戦場であろうと平時の場であろうと隔てなく、故に彼らは六人の魔人達にも対抗できると思われた。
己を入れて三人ではまだ数の不利はあるものの、しかし悪くはない。
「おい、エリカ」
アールは激怒の様相を見せた。
「お前が俺に悪口言うのはまあわかり切ってたが、ダニーに何しやがった? ああ?」
「はあ?」
エリカはやはりいつも通りの態度であった。アッティラは離れた位置からそれを見て、抜剣して割り込む用意をした――不味い事になるやも知れぬ。
「はあじゃねぇだろ」
「何もしてねぇよ」
「ほう? お前みたいな奴はいつもそう言うよな?」
エリカもまた激昂したらしかった。
「言い掛かりでキレる奴は大嫌いなんだけど」
空間が歪み始め、アッティラとハンスは目配せして意思を確認し合った。何か起きたら割り込みと相殺を受け持つ。
嫌な空気がホームベースに流れ、アッティラは内心焦り始めた。
『お前多分敵の手先だから追放するわ、多分』が通用する時代は終わった。




