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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
212/302

NEW WORLD NEIGHBORHOODS#13

 謎の男は貧しい少年を神々の領域へと導いた。少年はその裏にある真意も知らぬまま、北米インディアンの神話に登場する大英雄を目覚めさせてしまう…。

登場人物

―ジョー・ブルッキアス…貧しい暮らしを送るアパッチ系の少年。

―仮面の男…ジョーを導く正体不明の謎の男。



『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約十一カ月前:詳細不明


「お目覚めかね?」

 あの男の声がした。ジョー・ブルッキアスは意識が覚醒し始め、硬い地面に横たわる己を認識した。映画の殺人鬼のような狂った仮面を付けた男が、ジョーのすぐ近くに立っていた。

 辺りを見渡すと、覚醒し始めた意識の中で徐々に周囲がはっきりと見え始めた。地面は黒かった。とにかく黒一色で、しかし暗くはなかった。

 ここには『両端』があるらしく、幅は三〇ヤード、天井は上方が暗いためよく見えなかった。壁は黒い液体のような固体のような物質が震えており、それと同じ材質の柱のような何かが両端に等間隔で並んでいた――それらは地面から何フィートか浮かんでいた。

「ここを探すのにはとても苦労したよ。ただ、図書館にあった資料で場所がわかってね」

 男の声は仮面越しにくぐもっていた。ネクタイ無しのスーツ姿のその男は肌を露出しておらず、スーツの下の黒いインナーが首元及び袖と革手袋の間の皮膚を隠していた。

「ここは?」とジョーは尋ねた。絵本の世界にいるような気がした。

「ここかね? 君の望みを満たすための場所、満たすという目的を叶える場所だよ」

 長い廊下のようであった。あるいはここは、全く知らない領域の宮殿なのかも知れなかった――あるいはもっと不可思議な何か。辺りは静まり返り、己らの声は別段反響するでも無かった。黒一色のこの場所はしかし、黯黒でもなく、自然な明るさであった。

「とはいえここは正確に言えば、その場所ではないがね。さあ、歩こうじゃないか」

 男は手袋に包まれた手を差し伸べた。黒い革に覆われた手をやや躊躇ってから握ると、その向こう側からは何も感じられなかった。引き上げられ、少しふらついた。


 奇妙な黒い通路を二人で歩き続けた。何分か、何十分か、何時間か。時間の感覚が曖昧であり、よくわからなかった。若いジョーは擦り切れたジーンズと踵に折れ跡のあるナイキで歩き続け、模様と文字とがほぼ剥がれた何かの黒い半袖シャツに汗が滲む事は無かった。

 ここは寒くも暑くもない、程よい気候における停滞した雰囲気も感じられなかった。とにかく奇妙な場所であり、しかしジョーは何も質問せずに歩き続けた。彼の少し前を先導して歩く男の背中は、やはり何も感じられなかった。

 やがて同じ風景が終わった。どう終わったのかはわからず、気が付くとジョーは急にドーム状の部屋にいた。広さはよくわからなかった――どう形容すればいいのかわからなかった。しかし黒い事は変わらなかった。

 中央には表面があの奇妙な壁や浮遊柱と同じく液体のように震える球体があった。直径十フィートのそれは地面から二フィート浮いており、それもまた黒一色であった。

「図書館で読んだ情報通りだ。生憎あそこのライブラリアンが不在だったが、今度感謝しないとな」

 ジョーは男の言う図書館がどのような場所なのかと不思議に思ったが、何も聞かなかった。それよりもこれから何か起きそうな気がして、それが気になり始めた。

「では起動しようか」

 狂ったような表情の白い仮面で顔を隠す男は、少しだけ興奮が声に混じっていたが、それはさて置き己の手を黒い球体へと当てた。水面のような波紋が球体全体に渡り、そのあと低い唸り声のようなものが聞こえた。

〔システム起動中。お待ち下さい〕

 機械的な声がした。

〔アクセスを確認、ご要件をどうぞ〕

「そう…ログインしたい、これを使わせてくれ」

〔現在いかなるユーザーもログインしていません。ログインして下さい〕

「闇の群体、このユーザー名で新規登録してくれ」

〔現在、ユーザーの新規登録は受け付けておりません〕

「手間をかけさせるな」

〔エラー、未登録のユーザーは本ユニットに命令する事はできません〕

〔警告、未登録のユーザーから害意を検知、今すぐ立ち去って下さい〕

「さっさと動け」

〔警告、十秒後に迎撃プログラムを実施します。今すぐ立ち去って下さい〕

〔残り五秒、〈怪物狩人の矢〉ジョナイヤイインズ・アローを展開中〕

 不味い、ジョーは本能的にそう思った。男は何かを起動しようとして、それに失敗したのだ。これはただの機械ではない。これは恐らく神のような何かなのだ。そう考えると、目の前の球体が何故か親しみある何かに思えた。

 ジョーは何かを怒らせてしまい、そしてその何かを畏れ、沈めねばならないと思った。

「待って!」

 ジョーが叫ぶと、球体は物騒な雰囲気を解除した。球体から発せられたサーチライトのようなものがジョーを照らし、吟味した。

〔子供達の子孫である事を確認、ユーザー登録が完了しました。こんにちは、ジョー・ブルッキアス〕

「え…」

 何故名前を、それはどうでもよかった。ジョーは神々に通じる何かと繋がった事を認識した。神聖な、本やインターネットで見た事がある何か。

〔本ユニットを展開します〕

 そのアナウンス通りに、黒い球体は姿を変え始めた。

〔パラメーターを再設定中、現在の汎世界的ネットワークと接続中、情報更新中、お待ち下さい〕

 その球体は液体のごとくどろりと脈動しながら変形した。黒いどろどろとしたものが自らの意志によって変形し、しかしその様は酷く機械的であった。

 顔面は黒く、その暗さは明らかにこの場の他の黒よりも暗かった。両目と口のような逆三角形配置で燃え盛る恒星じみたものが三つ輝いており、しかしその周囲はまさに真の黯黒であった。神は漆黒の焔として燃え上がり、ある意味では風のイサカが纏う神造甲冑とも似ていた。

 一応四肢を備えた人型をしているとは言えたが、しかしその纏う美しさたるや、加減されていなければジョーはもちろん、仮面の男ですらこの場の一部を殺されているところであった。すなわちその美は神か、それに近似する対等者に他ならなかった。

〔システム更新が完了しました。〈諸敵の殺害者〉(ナヴェズガネ)及び〈異星の神々(ナイェエ)の殺害者〉(ネズガニ)〈諸敵の殺害者〉キラー・オブ・エネミーズを展開完了〕

 その名を聞いた瞬間、ジョーは稲妻に打たれたかのような気がした――貧乏で酷い生活を送ってきた己ですら知っている、伝説上の怪物殺しの大英雄ではないか。それも己のルーツと深く関係のある、〈諸敵の殺害者〉キラー・オブ・エネミーズその人。

 なるほど、北米の諸インディアン達が各々で奉る古代の英雄達の中でも最強の一人であるこの怪物殺しであれば、かようにして神々しくても一切不思議ではない。

 黒いローブじみた液体がどろどろと姿を変えて胴やその他の部位の細部形状を確定させていった。胴やその他は黒い装甲で覆われていた。かつて歴史の裏側でナナボーゾと激闘を繰り広げたポール・バニヤンと比較した場合、この機械の英雄はやや細身であった。

 右背の後ろでは雷光が(ほとばし)る三本の細長い物体が猫の髭のような配置で浮かび、恐らくこれらは羽根を模した何かしらの兵器であると思われた。

〔エラー、現在〈水の子〉チャイルド・オブ・ウォーターのプラグインは使用できません〕

 肉体の所々に装飾があり、脚部が見るからに強靭である事がわかった――そういえば神話では確か、大鷲やキックの化け物などの人類の脅威と戦っていたはずだ。だとすればこの大英雄はそれらの…。

 ジョーはその思考に必死であり、〈水の子〉チャイルド・オブ・ウォーターの不在については聞き流してしまった。

 ジョーがその血を引くアパッチ系、そしてナヴァホ系の民族に見られるこれら双子の英雄の神話は、今では多くのインターネットのサイトや書籍で読む事ができる。ジョーも母から直接この話を聞く事はなかったが、家にあった古い本でその存在を知った。

 となると、ジョナイヤイインの名も気になった。ジョナイヤイインと言えば同じくアパッチの大英雄であり、神話における活躍の内容と言えばこれら双子とほぼ同じであり、恐らく同じ起源を持っているのであろうが、あの大英雄が使った矢を使えるとなれば、やはり目の前の〈諸敵の殺害者〉キラー・オブ・エネミーズの戦闘能力はまさに神話の英雄そのものであると思われた。

 だが彼の隣で佇み、仮面の下で悍ましい笑みを浮かべる男が知っている事を、ジョーは知らなかった。

 というのも、ジョーはナヴァホにおける〈諸敵の殺害者〉キラー・オブ・エネミーズがどのような扱いであるかまでは知らず、単にその名を知っているだけに過ぎなかった。

 つまりナヴァホ系の諸民族がこの英雄を何故ナイェネズガニと呼んでいるかを知らなかった。

 すなわちナイェネズガニとはまさに人類のあらゆる敵を滅殺するために誕生した英雄であり、彼はその名の通りいずこかの領域より現れた神々を滅ぼしたのである――神殺しの英雄。

 そしてもしもこの英雄に命令する権利がジョーにあるとして、その力の使い道を誤ればどうなるかをジョーは知らなかった。

「ジョー、さっきは助かったよ。もう少しで彼は私を敵と認定して滅ぼしたはずだからね」

 男は危機感を覗かせる言い方で礼を言った。ジョーはこの男に少しだけ親しみを持てたような気がした。

「さて、君は神話時代の後継者だ。君は神話時代の大英雄である〈諸敵の殺害者〉キラー・オブ・エネミーズに命令する権利があるんだ。

「君が底辺の生活を強いられる、この『白人の時代』を叩き壊してしまおう」

 ジョーは湧き上がる全能感に支配された。世界最強の兵器を己は従えているのである。高いビルの頂上に立っているような気がした。

 その様子を見ながら、悍ましき単一の群体の細胞の一つである仮面の男は、その総体であるダーケスト・ブラザーフッドとして今の状況に対する愉悦に浸っていたのである。

 過去話との繋がりが無いのでそっちも加筆予定。

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