THE COLLISIONS#3
かつてオーガスト・ダーレスが慈悲深く隠しながら紹介した風の神格イサカvs神の域に達した被管理領経済監視長官――宇宙を流離う頂点捕食者同士の激戦は更にその勢いを増し、被害によって銀河が本格的な蹂躙を受け始めた…。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―イサカ…猿人種族ヤーティドに君臨する風を司る神王、慄然たる混沌の帝。
―〈打ち捨てられし王国の永冬〉…超種族ノレマッドの一個体、権力階層構造の高官。
【名状しがたいゾーン】
コロニー襲撃事件の数年前:詳細不明の銀河、星間ガス領域
過去には人の身でありながら今や神と同等の力を手に入れたノレマッドという種族は、権力を愛し、己ら同士で裏を掻き合うという伝統的な文化を持ち、そして事実上不死であり、宇宙の脅威の一つであった。尋常ならざる科学の進歩によって超常的な能力を行使し、それらを保有する権力によって増幅する事ができた。ディッセンタ・ヴァルファンティール帝国の燃え盛る真田虫達の中でも特に高位の貴族階級のみが謁見できるエッジレス・ノヴァの半物質的なエージェント――半捕虜である――の口から這い出るグロテスク極まる種々の〈旧神〉の吐き気を催す模倣どもが醜悪の極みの忠実な転写であるとすれば、ノレマッドなるゾンビ昆虫人じみた種族は美の極みへの一つの到達点であると言えた。そのため神であるイサカと並ぼうともそれに匹敵する美を保持する事ができ、そしてイサカその人との闘争が成り立つのであった。
イサカは神が神の使用のために作り上げた神剣を振るい、真空の只中で風を操り、敵対者の構成原子を粉々にする事を目的として本気の攻撃を開始していた。しかしこの状況の要素の一つがエッジレス・ノヴァの領分であるとすれば、確かにこの残酷極まる事実にも納得がいく話であろう――死せる老賢者オーディン卿や健在なるアカン人の三神、すなわちオニャンコポン卿とニャメ卿とオドマンコマ卿とも対等の力を実際に有しているヤーティドの万神殿最後の一柱イサカが本気で殺意を抱いて攻撃しているにも関わらず、そのガンマ線バーストのごとき圧倒的理不尽に曝される〈打ち捨てられし王国の永冬〉はこれを分析する余裕があり、それと同時に、イサカに『合わせて』攻撃を返すという信じられないような瀆神行為に浸っているのであった。これは明らかに宇宙の様々な学者を当惑させ、そして学説を無思慮に引っ繰り返すであろう。胸のむかつくような悍ましいドールとその眷属どもですら本能的な行動を避ける程の滅殺空間が形成され、宇宙を流離う頂点捕食者同士の闘争が星々を砕き、星系を吹き飛ばし、銀河内の重力の相互関係を狂わせ、位相が所々で混交して最低でも数千の文明が一瞬の内にて灰燼に帰した。エッジレス・ノヴァはこの無情な有り様を大層喜び、時間の果ての棲み家にて座する慄然たるロキその人は己の副官のように思っていたイサカの狂乱を物珍しそうに眺めていた。最寄りにいた最後の〈旧支配者〉の側面達が行動不能になる程の損害を受け、天地開闢より存在しながら帷の向こうへ閉じ込められている黯黒そのもののズシャコンを鬱陶しがらせ、彼とそれなりに親しい魔王〈荒れ果てゆく神話〉はげらげらと美しい声で爆笑しながら異形の美貌を揺らし、そして常に無限に増殖し続ける事で存続を保証する設計となっている諸宇宙の個数を現在進行形で減らし続けて脅かしている冒瀆的なディヴァウラーが次の獲物としてこの時空連続体を選定する指標となった。地球の現行人類には腐り果てた屍肉の塊にしか見えないものどもが堕落した祭祀を捧げるングウォレカラの側面を模ったガラスの像が流血し始め、方向性があまりにも尖り過ぎて神聖なるアザトース崇拝を危険思想に結び付けてしまったシャンの異端者どもが乗っていた船が遥か彼方の超銀河団で航行停止した。
かような傍迷惑極まる頂点捕食者同士の闘争は次第にその勢いを増し、主な原因は己の神の力が思ったように通じないノレマッド個体に対して業を煮やすイサカの激怒によるものであった。エルトダウンの粘土片の尋常ならざる記述内及び『ニース文書』において説明されている過程によって混沌が受肉した猿人の神王は、あろう事か己の怒りが制御不能になりつつあり、神という高次元の実体がかようなまでに怒り狂うのはまさに多くの世界における終末の日であると思われた。
{お前と遊ぶのもなかなか面白いな}
この現実を現在進行形で掻き乱す事で信じられないような巨体を誇る宇宙喰らいの関心を引いている当事者の片割れである〈打ち捨てられし王国の永冬〉は、己の後頭部から伸びる十本の触腕状の器官を機動の度に振り乱しながら、しかしそれらはその実高度に計算されて動かされる事によって慄然たる風のイサカと壮絶に打ち合っているのであった。昆虫とゾンビの中間じみた種族の美青年は幾星霜を閲してなお全く老いる事無き己の美貌を本人なりに気に入っており、綺麗好きであった。大力の者同士の戦いであったために打ち合う度にその衝突点で時空が歪み、凄まじい重力が最寄りのまだ生きていた恒星を蝕み始めた。蚊帳の外に置かれてとりあえず安堵しているレベル10の異常重力体はこれらコズミック・エンティティ同士の闘争を眺めつつ、使えそうな戦術や戦略が無いかを隣の銀河――既にイサカと〈打ち捨てられし王国の永冬〉の戦闘の余波で引き裂かれつつあった――から眺めていた。
ノレマッドは現在既に時間線を利用した攻撃――例えば過去を適切な手段で改竄する事でその未来の延長線上へと損害を与えたり、もっと単純に存在を抹消する――が通用しないところにまで到達した。ここまで堅牢な種族は宇宙全体で見てもそう多くはあるまい。更に彼らは単一の現実に留まらず、無数の現実の集合である多元宇宙において、己の無数の同位体達との接続を行ない、それによって次の高みを目指そうとも考えているらしかった。恐らくその過程で、彼らはアドゥムブラリ及びかつてのロキやエアリーズのように、時間線そのものを俯瞰して自由にそれへと干渉できるようになると思われた。ここまで来ると彼らが持つお互いへの親愛は、己の友人が生まれた瞬間に干渉して壮絶な風評攻撃を行なうなどしてより深い思いやりが生まれるであろう。
飄々たるノレマッドの高官はイサカが振るう大嵐そのものである神剣〈死の行人〉による四方八方から同時攻撃を見切り、そのような物理を捻じ曲げる手段を面白く思いながら純白のマントを翻して何合も打ち合うに至った。その争いの美しさ故に宇宙中で数十億人規模の集団自殺が始まり、それとて実はましな部類の悲劇である事はもはや語るまでもない事であった。
[死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!]
これをどう解釈すればよいのか? あの慄然たる風のイサカが純然たる殺意に支配されるなど、発狂した神秘家の最も奔放な妄想にすら決して含まれる事の無い驚天動地たる事実ではないか? 正気の世界においてこのような想定は普通起き得ない。であるというのに、現実とは創作のそれを遥かに上回る奇想天外さを見せるという基本原則を体現するかのごとく、猿人の神王は時空を斬り裂きながら凄まじい猛攻を続けていた。これら超越的な実体同士の争いはその規模を増し、ついに彼らのいた銀河全体がその莫大なエネルギーの中に飲み込まれた。隣の文明圏を侵略していた最中であった十本足の獣どもは、入植している全ての天体が異常な反応と共に天変地異に見舞われるというこの世の終わりに直面した。ちょうど戴冠式を行なっていた黒色矮星近縁のイーサーを主食とする鳥類の宮殿は砂と岩盤と建造物その他とが混ぜ合わさった濁流によって会場の宮殿ごと飲み込まれ、惑星全体が同様の最期を辿った。砕けた惑星の破片が異様な振る舞いによって近隣を荒らし、不幸な星団は超光速によって発生する異常事象によってずたずたに引き裂かれつつ過去と未来とに離別していった。こうした銀河全体の地獄絵図を知った事かと戦う両者――特にイサカ――は更に恐るべき攻撃を開始した。
混沌の神格はブラックホールを模した巨大な嵐を発生させ、死にゆく銀河の残骸をその破片として使用し、これを使って敵を打ち据えようと考えたらしかった。光が止まって見える――そのような超常的な知覚があればだが――速度で飛来する数万マイルもの大きさの破片が己に激突するのを眺め、飄々たる美青年はゾンビじみた露出した左腕で肉体の右側を覆う純白のマントに付着した汚れを払い、そこに付着している呪いをイーサーの輝きと共に浄化した。
[見ろ、こいつの攻撃は物理的であると同時にそれ以外の要素もある。この風は俺を別々の手段で汚そうとしているようだな]
またもやノレマッドの被管理領経済監視長官は己の現在進行形の体験をその連れ合いの傲慢なる男へ報告した。するうちあの横柄な笑い声が響き、そして両者は敵意を交わしながら変わらぬ友誼を確認し合ったのであった。周囲では他の銀河にも悪影響や物理的な破壊が及び始め、頂点捕食者同士の闘争の影響が甚大な被害を及ぼしていた。これぞまさに残酷さの総体であるエッジレス・ノヴァが破顔一笑するものであり、その他の胸のむかつくような邪悪なる実体達にとっても心の慰めとなるのであろう。
アメコミでよくある迷惑過ぎるバトルのオマージュ。イメージとしてはギャラクタスやその敵達。




