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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
208/302

NEW WORLD NEIGHBORHOODS#12

 今まで積み重なってきた仲の悪い両者の鬱憤が今噴出した――事実そのように見えたが、しかし傍から見ていたアッティラには、何か裏があるように思えてならなかった。ネイバーフッズを蝕もうとする何かが…。

「んだと?」とアールは即座に激昂した。今この空気でお前が来るんじゃねぇよ。

「新入りの前で調子こいて何やってんだよ」

 言いながらエリカは超人的な怪力でアールの胸ぐらを掴んだ。相手が女だからというセーフティを保ち続けると首をへし折られても不思議ではない相手であった。超人的な肉体を持つ己をも脅かせる相手に、アールは緊張と怒りとが混ざった気持ちによって一気に頭がオーバーヒートした。

 それは攻撃ですら無かったのかも知れなかった。プラントマンとして活動しているアールは自分でもその超人的な肉体にまだまだ能力の拡張性がある事はわかっていた――エクステンデッドなので自分の能力は把握できていた。

 しかしそれが起こす現象などについては不明瞭な部分があり、彼が怒りを滾らせた瞬間に無意識下で周囲の空間が歪み、ライトブリンガーを襲名しているエリカは弾かれるようにして吹き飛ばされた。衝撃波が頻りガラスを割り、機器も幾つか破損した――だがそこで被害は食い止められた。

 この現象はある種の結界や防御であり、それ故にアッティラが有する丨〈否定〉《デナイアル》の力、防御破りの丨〈神の鞭〉《ゴッズ・ウィップ》が丨蚯蚓みみずのようにすうっと伸びてこれを斬り裂き、無効化できた。

 アールは途端冷静になって周囲を見渡した。鬼神じみた表情が消え、己の超人的肉体が可能とする物理法則の改竄がたまたま引き起こした惨事を呪った――何やってんだ俺。

 納剣するハンスが見え、そして肉腫状の伸ばされた美しい刃がアッティラの手元へと収縮してゆく様が視界に入った。はっとして振り向くと、アーマーを起動したジョセフがシールドを張ってダニーを守っていた。

 アールは不意に自分の力が怖くなった――エクステンデッドはヴァリアントと違って己の能力の詳細を知ることができるという傲りだか油断だかが(もたら)した結果を見た事で、心が冷え切った。子供の頃遊んでいて近所の家のガラスを割ってしまった時を思い出した。

 ケインやアッティラやその他のベテラン達の顔を見るのが怖くなり、アールは視線を落とした。なるほどエクステンデッド特有の『己の能力を把握する能力』はその能力の種類や規模等を知る事はできるが、しかしそれが発生させる副次的な現象等についてはその限りではないのかも知れなかった。

 彼の超人的な知覚能力はこの動揺によって大きく低下し、そのため己の眼前に一瞬でライトブリンガーが接近して反撃して来た事に気が付いたのは、顔を上げてからであった。

「まあまあ、そこまでにしてくれないか」

 可能な限り常に爽やかさを保っている猿中のインドラたるハヌマーンが割って入り、エリカの拳が彼の胸板に激突していた。巨大ロボット同士が激突したかのような騒音が響き、しかし英雄ラーマ随一の将は爽やかさを崩す事無かった。

「あんたには関係無いだろ?」とエリカは射殺すがごとき目を見せた。物理的にも精神的にも射殺されそうになった事が何度もあるハヌマーンにとっては、慣れたものであった。

 だがあえて不幸があるとすれば、ハヌマーンは慣れ過ぎていたせいでエリカの激昂の程を完全には理解できなかった。

「君達は僕と同じチームなんだ。関係無いとは言えないよ」

 不死者(イモータル)でありある種のアウトサイダーであるハヌマーンは、必要以上に人間の世界に干渉し過ぎないようにしており、それ故に彼本来の聡明さが人間の心の繊細な変化を読み取る事はなかった。

 そしてその態度が気に触ったのか、エリカは偉大なる猿人を通り過ぎてその向こうにいるアールを殴ろうと更に暴れた。

「こいつがやったのに私の番は無いっておかしいだろ!? 一発ブン殴らせろよ!」

 ケインはアッティラと視線を交わし、それから発言に入った。

「二人とも、やめるんだ。これ以上は冗談じゃ済まなくなる」

 ケインの声は歴戦の司令官のごとき厚みがあり、威厳もあったが威圧的ではなかった。アッティラとの違いはそこであろう。

「冗談って!? リーダーもこの腰抜けの盾になる気なの!?」

 なおもエリカは食い下がろうとしたが、ケインへの遠慮が見て取れた。アールは何かを言うとまた何かが起こると思って黙って全てを見ていた。何故己と彼女はかくも馬が合わないのかはわからなかった。もしかすると彼女の乱暴な振る舞いが腹立たしかったのかも知れなかった。

「我々はどういう存在か」

 ケインは唐突に切り出した。

「我々がいるこのホームベースはどうやって成り立っているのか。我々の中には国からヒーローとしての給料をもらう身の者もいるが、それはつまりどういう事か。君達は先人であり、そして入ったばかりの後進が今ここでこの光景を見ているとはつまりどういう事か。落ち着いて、ゆっくりと考えて欲しい。真にヒーローなら、少なくともこれ以上乱闘を続けようとはしないと信じている」

 アッティラはケインの言葉を聞きながらその内容を熟考していた。己であればあるいは、もっと直接的かつ責めるような言い方になっていたかも知れなかった。千の貌を持つ悍ましき邪神の仕組んだゲームの中で永らく戦い続けていた己である。

 ここ数十年になってようやくそれ以外の生き方を始めたが、しかし己に染み込んだ人間性はなかなか変えられるものではない、ちょうど目の前で争う二人の若者がそうであるように。

 ベテランのレイザーは仲間同士の(いさか)いをはっきりと回数が思い出せないぐらいに見てきた。自分の出る幕ではないと彼は考え、腕を組んで状況を静観していた。

 こうした人間同士の喧嘩を貴重な情報として記録してきたレッド・フレアは機械の単眼で何も言わずに見守り、Dr.シュライクは『いつかこうなると思ったが』と考えながら溜め息混じりに眉間へと皺を寄せた――だが喧嘩できる程度には若い証拠か。

 ドクは若者達の対立に心を痛めたが、しかしかつて己もそうした渦中にいた事が思い出された。一方でキャプテン・レイヴンは呆れ、そして自分が悪夢に苦しむ日々を送るのを尻目に下らない事でやり合っている二人が腹立たしく思えた。

 昨晩もまた酷い夢であった。謎の悍ましい剣士は飽きる事無く夢の中の己を殺しに来た。何故己が? 終わりの来ない悪夢は、徐々に心を蝕み始めていた。先日の邪神との戦いではなんとかなったが、今後再び強大な敵と戦うとして、果たして同じようにできるのか?

 無慈悲にも一切スローに見える事無く、腹立たしいまでの達人技で剣が振るわれた。信じられないような激痛が衝撃と共にやって来て、喉から血が吹き出した。子供の時喉を強打した時の何万倍もの衝撃に思え、地獄めいていた。

 両手で押さえながら薄れゆく意識と共にがくりと態勢が崩れ、そして痛みが決壊して一瞬だけのた打ち、続けようとする前に肉体が動かなくなり、そのまま意識が深い闇に飲み込まれた。あの生々しい感覚が今もぞっとするようなリアルさで身を蝕み、心が腐りそうであった。

 目に鍔を突き刺された時の恐ろしさなどは、もはや形容のしようが無かった。とにかく苦しい。最中の激痛と、終わった後も残り続ける心の苦痛。そもそもあれは誰で、何故己は狙われ続けるのか? あの夢はどのような意味があるのか?

 もし今日もあの剣士の夢を見たら、今度こそはボールド・トンプソンの地球最強クラスのテレパシー能力によって夢を見る事自体をなんとかしてもらおう。だがその前に、この馬鹿らしい争いをする奴らに――。

「――気持ちはわかる。しかしな、若き勇者よ。今は抑えてくれ」

 肩に置かれた手は重苦しくも、しかし温かかった。ドレッドヘアの青年はそれがアッティラだと気が付き、一瞬ぎょっ(・・・)とした。戦いが始まれば鬼神のごとく戦い、そしてケインの補佐をして恐ろしいまでのリーダーシップで指揮を取る事もあった。

 だが今のアッティラは『頼むから怒りを抑えてくれ』と頼んでいるようにも思えた――実際そうであった。アッティラ自身も丸くなったとは言え、今まで以上に若い世代とも距離を縮めようと考えていた。


 その場は一旦なんとかなった。だがアッティラは先程の状況が気になっていた。彼は先程、ちらりとジャレッドの方を見た。新人は驚いた様子で、特に不自然さは無かった。やはり考え過ぎであろうと思いたかった。

 しかし彼は思わざるを得なかった。幾らなんでも、あそこまで彼らは激怒し易かったのか? 今まで起きなかった感情の決壊が起きただけだと言えばそれまでだが、しかし両者も一線を超えないようにしていたのはアッティラも知っていた。

 深刻な対立であるかも知れなかったが、それでも乱闘まではしないように抑える理性があったのだ。そしてレイヴンの怒りもまた、何やら不自然に思えた。〈混沌剣〉(ケイオシアン)、その大元である千の貌の悍ましき神。

 今は消え去ったはずの脅威の残り火が、今ここでネイバーフッズを燃料として再びかつてのごとく混沌のままに燃え盛ろうとしているのか?

 人類史のあらゆる側面のあらゆる影にその身を派遣していたグロテスク極まる混沌の影響下から脱して久しいアッティラは、どうにも己の懸念が本物であるような気がしてならなかった。

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