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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
204/302

CU CHULAINN#21

 幼稚な邪悪の退場の時が来た――生物を殺す事でゾンビ化させて己の独立した肉体の一つとして取り込む単一の群体型コズミック・エンティティに三者共同の反撃が襲い掛かる。世界都市東京を襲う未曾有の危機に対する痛烈なカウンターとその結末。

登場人物

―キュー・クレイン…ドウタヌキと呼ばれる尋常ならざる妖刀群を追う永遠の騎士。

―ヴィンディケイター…二刀のドウタヌキを操るゴリラの剣士、モダン・サムライズのメンバー。

―マサノブ・マスダ…強大な老魔術師、マスダ家の一員。

―群体型コズミック・エンティティ…殺害によって新たなゾンビを増やす事で己の総体を成長させるゾンビ群体型コズミック・エンティティの幼体。

―スカイ島の女王…キュー・クレインに様々な技を教えた女師匠、〈不死の長老〉イモータル・エルダーズの一員、元ノレマッド│権力階層構造ハイアラーキー自治体監視議会議長。



大阪での一件の翌日、追跡開始から数十分後︰日本、東京都、新宿区、新宿駅構内



‹何をした?›

 悍ましきゾンビの群れ――という名の一個体――は奇妙な感覚によって困惑していた。己の精神があるべき姿、すなわち大量の独立した肉体を単一の己の意識によって操作しているという『健全』が喪失したのだ。

 しかもこれはどうした事だ? 何故奴は、あの老人は瞬間移動のように動いている? そもそも、ここは一体どこなのだ(・・・・・・・・・・)

 あろう事か、先程まで無数の独立した肉体を操作していた群体型コズミック・エンティティの幼体は、己の『内側』がそれらゾンビと切り離されている事に気が付いた。

「何をしたか? 簡単な事よ、我が聖能の一つはかつてローマの西半分を終わらせた男への復讐の具現、お前の精神と魂は我が内にある」

‹莫迦な。お前と私は次元違いの実体であるのに、魂や精神などという低次の者どもの要素など持ち合わせていないというのに。その私が、単一の肉体すら満足に動かせない下等種族の――›

「――よかったですね、生涯最後の思い出はそうした下等生物によって嬲り殺されるというものですよ」とキュー・クレインは冷ややかに見下(みくだ)した。

 ふざけるな、その実体はしかしそう思ったらしかった。名状しがたいコズミック・エンティティの幼体は足掻きとして己の『手足』という感覚ではなくなったゾンビの群れを執念じみた何かによって乱雑に動かした。悠々と槍を一回転させるあのキュー・クレインへと殺到させようとした。

「そんなものか。雑魚だな、お前は」

 陣羽織のゴリラ剣士は斬撃の舞いを披露し、その加減された非殺傷攻撃はゾンビの群れを寄せ付けなかった。今やゾンビの群れは酔っ払いのように動きが緩慢で、古い時代のゾンビ映画のそれと似ていた。

 であれば、まだ道の途中でありながらも優れた剣技を誇るヴィンディケイターにしてみれば、目標達成までの時間を稼ぐなど朝飯前の話であった。

 彼らが今いる箇所は先程までの階下エリアよりも明らかに狭く、侵入経路は減り、全方位から迫る事はできなくなった。通路が壁を作り、それを幼体は『あらゆるものに対して無理矢理ダメージを蓄積させる能力』によっていずれは破壊する事もできるだろう――それでは遅過ぎるが。

 仮にゾンビが壁を殴って削る行為をこのまま続けても、それは先程までよりも更にスピードが遅い。今は迅速さこそが全てであり、しかも時間の停滞下ではそれに更なる無慈悲な乗算を要求する。

 悍ましい幼体は己の細胞の一つとして取り込んでいる者達の中に何かしらの能力者等がいる事もすっかり血が昇って忘れ、今や力任せに渋滞の中で四苦八苦するかのごとき有り様であった。

 キュー・クレインとヴィンディケイターも時間停滞の影響を受けていたが、しかしそれでもゾンビより速く動ける事実は変わらなかった。

 ゾンビの群れを動かす単一個体の心は苛立ち始めた。他の二人は通常速度で喋っているが、しかしあの老人は鈍化した他の全てに『気を遣って』聞き取れるように喋っている。自分のような高次の実体がそのような事をされるという事実が、この上無き屈辱であった。

「気持ちの悪い輩だな、このような敵は私も始めてだ」とこれまでの戦いで何度もこの力を使ってきた老魔術師は言った。

 〈始祖王と始祖帝(ロミュラス・)最後の継承者〉(オーガスタラス)はどちらかと言えば搦手か、あるいはカウンターに使用するための聖能である。かつて西ローマの元皇帝ロミュラス・オーガスタラスは、己の父を殺害した何十歳も歳上の幼馴染みのオドエイサーに対し、一つの復讐を実行した。

 彼はオドエイサーに対して、発現した己の〈授権〉(オーソライゼイション)を使用――人生初めてかつ人生最後の使用――し、オドエイサーという一個体の『本質的なもの』『内側』を己の内側へと一時的に幽閉した。

 これを使用すると一分だけは対象の『内側』を己と一体化させ、己が受けるあらゆるものは『内側』を囚われた相手も同様に影響を受ける。

 具体的に言えば、復讐心によって支配されたロミュラスは己と一体化したオドエイサーに対して、水銀を飲むという行動に出た。

 ロミュラスは水銀を飲むという行為とその結果をよく知っており、己のこの一見使い辛い〈授権〉(オーソライゼイション)によってどのように復讐するかと考えた結果の事であった。

 量が『適切』であったのか、ロミュラスはその後もそれなりに生きる事ができ、少なくとも退位した無力な個人としては悪くない余生であった――復讐の代償による水銀が(もたら)す肉体的及び精神的苦痛の大きさについては、あまり想像すべきではないが。

 一方のオドエイサーにとってこれは痛手であった。水銀の影響は彼の『内側』がその正当な『外側』に戻ってからも変わらず心身を蝕み続けた。

 ロミュラスが唯一使えた〈授権〉(オーソライゼイション)は明らかに玄人向けの性能であるが、しかし『相手が元に戻った後も、幽閉先で受けた影響はその効力が各々終わるまで持続する』という厄介極まるものであった。

 その後明らかに多大な負担に手を焼き続けたオドエイサーがセオドリックに敗れたとて、決して不思議な事ではあるまい。セオドリックは水銀中毒に苦しむ身で打倒するには強過ぎ、それこそが両者の運命の分水嶺となったらしかった。

 歪んだ復讐への渇望は歪んだ友人関係を清算するための唯一の道であったのかも知れないが、歴史の残酷さを意識しないわけにはいかなかった。かつて同じフン人の帝王の宮廷で仲良く育ったはずの二家族が、かくも引き裂かれてしまう事の残酷さを。

 こうした二家族の交友記録は歴史に残っていないが、ロミュラスの父オレステスとオドエイサーの父エデコはその実親友同士であり、そして幼馴染みでもあった。オドエイサーは己よりも遥かに若いロミュラスを気に掛け、彼らもまたある種の『幼馴染み』であった。

 今はその正体が明らかとなった軍神エアリーズの悍ましい独り善がりな混沌が生んだ悲劇の一つは皮肉にも、それから月日が流れた現在になって、とあるグロテスク極まる邪悪をその羽ばたきから墜落させるに至ったのである。


 ゾンビの群れは心ここに非ずという雰囲気の絶叫を発した。それは恐らく怒りや屈辱によるものであり、最後の足掻きとなるかも知れなかった。手負いの相手の危険性は全員が知っており、雑魚散らし担当のヴィンディケイターは更に鋭い空気を纏って構え直した。

「まあ、あなたのような類いは今まで何度も見てきましたよ。最初は余裕ぶって、その余裕が無くなると自分は高貴だとか高次だとか…ですが考えた事はありますか?」

 だがキュー・クレインは冷ややかな声で嘲った。彼らの周囲で緩慢にゾンビが倒れたり立ち上がったりを繰り返した。

‹何?›

「考えた事も無さそうですね。一つ聞きますが、あなたはこのまま成長する気ですか?」

‹当然の事、私は成長し、他のあらゆるもの全てと同化するまで――›

「――予想通りですね。仮に自分の親の群体すら飲み込んだその時、あなたという単一の群体は宇宙唯一の生存者という孤独の老後をどうやって過ごす気ですか?」

‹何を言って…›

「私の友人が言っていましたよ。地球の年月換算で言うと宇宙の寿命は五〇乗に五〇乗を掛けて…というような事の繰り返し。宇宙が終焉を迎えて次の宇宙に生まれ変わる際になら、ひょっとしたらあなたも死ねるかも知れませんが、それまでの主観的永劫をどうやって過ごす気ですか?」

‹やめろ…›

「ああ、失礼。そう言えば所謂黯黒期、すなわち宇宙から光が全て消え去った後の時代であれば、これまでのサイクルのパターンから黯黒期特有の生物や文明が誕生するようですよ。まあ、それも宇宙各地から光を消し去る超巨大なブラックホール達が完全に絶滅してから更に後の事ですが。どれぐらいでしょうね? 仮にごく小さなブラックホールですら数十億年も生きるとしたら、超巨大ブラックホールの寿命となると」

‹ふざけるな…›

「ちなみに黯黒期に誕生する生物の傾向の一つとして、一言喋るだけで数億年掛かるそうです」

‹黙れ!›

 既にゾンビは戦意を喪失し、最後の足掻きどころではなくなっていた――隙だらけの愚かな幼児。

「おい、いいからやれ」とヴィンディケイターは短く言った――気のせいに思えたが、しかし彼の声は普段よりも違う感情を帯びているように聞こえた。これから起きる自己犠牲に思う所もあるのか。

「その通り、早く私を栄誉に浸らせろ」

 老人とキュー・クレインは目を合わせた。騎士は考えた、この老人は善人かどうかわからないが、しかし大勢のために己を犠牲にする姿勢と覚悟は尊重せねばならないと。出会ったばかりであろうとそれだけは確信できた。

 老人は両手を広げた。さながら、狙うべきはここだと主張するがごとく。他に道が無い時は、その道を進むしかない。それが数千年に渡って生きたキュー・クレインの教訓の一つであった。

‹やめろ、こんな事はあってはならない。私は存続したい。私は死にたくない…›

 先程は永劫の孤独に恐怖していたというのに、早くも一転して死を恐れ始めた。所詮、コズミック・エンティティと言えど幼体という事であろう。

 彼は槍を両手で構え、そして引き絞った――考えるのではなく、感覚によっていつも通りに〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)の一撃を老人目掛けて放った。

 槍が人体を貫く感覚と共に老人は呻き、そしてその内側に囚われたゾンビ群体の無理矢理纏められた本体が、耳を愚弄するかのごとき悍ましい悲鳴を上げた。


 生物を殺害する事でそれを己の細胞の一つとし、物理的には別個独立した己の手足として動かす事ができる感染・群体型のコズミック・エンティティがもう少しで東京を壊滅に追い込もうとするところであった。

 それの『親』である暗躍組織ダーケスト・ブラザーフッド――という名の単一の群体――が何を意図して今回の事件を起こしたかは明らかではなく、それが今回の事件の真の黒幕であるという証拠は無い。

 そのため『ダーケスト・ブラザーフッドとかいう陰謀論界隈の組織が本当に存在している』と大真面目に想定している裏の大物達以外は、何故このようなゾンビ事件が起きたかも推測できまい。

 とは言え、ザ・ダーク自身にとっても今回の一件は決して安くない授業料の教訓となったであろう――不意打ちという行為とは、それを仕掛けるにあたって己もまた別の誰かによる不意打ちを受けるかも知れないという事を。

 東京を襲った未曾有の悪夢という不意打ちは、その現場に三人の勇士がたまたま居合わせたという別の不意打ちによって無様に打ち砕かれたのであった。


「何故このような?」

 老魔術師は辛うじて生きていた――遺物使いである事が幸いしたのかも知れないが、しかし〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)によって致命傷を負わされた者に回復の見込みは例外無く存在しない。

 その声は生気薄く、しかし弱々しさを見せまいとする強さがまだあった。老人は信じられない苦痛を感じているはずだが、しかし穏やかな顔をして仰向けになっていた。

 彼らは駅ビルの屋上におり、十月の秋晴れがどこまでも清々しかった。キュー・クレインは昨日もこのようなやり取りをした事を思い出したが、しかし今回は自己犠牲という名の自殺を手伝ってしまった。

「私はこれまで多くの死を見てきました」無数の死が彼の心に広がった。「屋内で、しかもああいう閉鎖空間で死ぬのは残酷に思えたので」

 それを聞いて老人は笑った。口から血が垂れたが、胸の大穴の痛みが和らいだ。

「お前はあれだな、これまでに病室や自宅で死んだ大勢の最期を全否定しているかのようだ」

 ゴリラの剣士は事後処理があるとかで、駅内に残ったらしかった。彼は本当にキュー・クレインの違法なヒーロー活動に興味が無いらしかった。

「だが、礼を言うべきか。どこまでも果てが無い空の下、こうして死ねるのは…」

 その時両者はもう長くない事を悟った。

「それならよかったです。あなたの犠牲をある程度は明るく受け止める事ができる」

「ふん、好きにしろ。では…そろそろ…行かなければ…最高の栄誉が私を呼んでいるからな…」

 最後の方は掠れて、そして力が抜けて行くという感じであった。老人から命が消えると、血が決壊でもしたかのようにどくどくと広がっていった。

 屋上にて老魔術師の傍らで膝立ちとなっていたキュー・クレインは、天を見上げて仰向けのまま死んだ彼を称え、それからいつの間にか風のようにその場から消えた。

 ゾンビ化から解放された人々はあの忌むべき変異の影響が消え去り、奪われた命は還元され、悪夢から抜け出せたらしかった。

 今回の一件が与える影響は計り知れないが、しかし邪悪が滅んだという事実を見届けたヴィンディケイターという証人がおり、彼が何かしらキュー・クレインの違法なヒーロー活動についても上手く説明すると思われた――口数少ないというか説明不足の彼には、難しい仕事であるかも知れないが。





 半透明材質の薄壁で覆われた談話室にて、キュー・クレインは地球で起きた事についても師に話し終わった。周囲の壁には今日のニュースや放送が次々と表示され、利用者が自由にアクセスできるようになっていた。

「ほう、そういう事があったとはな。むしろあの忌々しいユニオン高官どもと交戦した件よりも重大であるようにすら思えるが」

 師は獅子の(たてがみ)のごとき赤い髪を、開放された窓からの風に揺られるに任せて腕を組み、そのように言った。部屋の外の周囲では慌ただしくイミュラスト襲撃が意味する事への準備が進められていた。

「宇宙規模の観点から見ると、そうかも知れませんね」と騎士はその時の出来事に想いを馳せた。

「ちび犬よ、お前も私が思っていた以上に様々な冒険をしていたというわけだ。少なくともイミュラスト防衛の戦力として、お前は期待以上の働きをしてくれるであろうな」

「待って下さい、私は首都防衛に参加が決定しているのですか?」

「違ったのか? お前の性格であれば自ら飛び込むものと踏んだが」

 師の分析は全く間違っていなかった。確かに、己はこれから始まるであろう『何か』を阻止する側にいたかった。

 とは言え、とアルスターの猟犬は思った――この勝手に決めたり仕切ったりしようとする性格は、かつての彼女そのものである。それを思うと師がとても愛しく思えた。

「かつてのお前は民のため…まあお前とて国や民を思っての働きもあったであろうが、しかしアイルランドの地にて一度目の生を過ごした時はまず自らの戦士としての名誉やその他を優先した。だが、今はそれだけではないようだな。先日のコロニー襲撃の際にお前はプロテクターズの一員として太古の邪悪と対峙し、それ以前も訪れる先々でそうした」

 そう言われ、騎士は己の人生を振り返った。

「お前は単なる戦士ではなく騎士として振る舞っているそうではないか。その細かい定義はさておき、いつの間にか熱血坊やも冷めたものかと思いきや、その実かつて以上に燃え盛っている」

 師に対して何か言い返そうとした――自分が熱いタイプだと思われるのは、今の彼には少し恥ずかしかった。

「そうですか、それではこれから何が起きるにしても、無事乗り越えたら奢って下さいね」

「…はて、そういえば数千年前にお前から賭け金を受け取っておらぬな」

 騎士は出鼻を挫かれたかのように気が萎えた。

「そんな事を今更思い出さないでもらえますか」

「『そんな事』で片付けるでないわ!」

「よく言うでしょう? 金のトラブルで人間関係は拗れるのです」

「抜かしおる、先程奢れと頼んだ奴が言うと説得力が増すというもの!」

「はぁ…大体ですね――」

 彼らには残り数十分程度の短い自由時間があり、それを使い果たせば各々すべき事をせねばならなかった。


「そう言えば、気になっていたのですが。あなたもエアリーズによって永遠の生を? 私と初めて出会った時ですら『永きを生きておるからな』と自慢していましたが」

 師は即座に否定した。「もしもあのような呪われるべき輩の使徒であれば、そのように己の奇妙な生を自慢などせぬわ」

「では一体?」

 師は壁に背を預けた。彼女の纏う肉腫状の外套がゆっくりと蠢いていた。

「まあ、一応話しておくか…私は元々地球生まれではない」

「はい?」

 騎士は疑問丸出しの目で師を見た。

「おお、出おったわ。予想通りであるな、私をついに狂ったかとでも思っておろうな!」

「いえ、そうではないですが」と白々しくキュー・クレインは答えた。

「勝手に想像しているがよい。話を続けるぞ? ともかく私は、かつてノレマッドという種族の一員であり、ノレマッドの統合政府である権力階層構造(ハイアラーキー)の自治体監視議会の議長であった」

「あの、その意味不明な後付け設定みたいな話を今更されても困るのですが」

「お前が聞いたのであろうが! ともかく、私と妹二人は色々あってノレマッド権力階層構造(ハイアラーキー)の元から逃げ出し、力の大半も封印して〈人間〉(マン)として振る舞って生きてきた」

「まるで人以外であったかのような言い方ですが…」

 正直なところアルスターの猟犬は話半分で聞いていた。

「いかにもそうだ。ノレマッドは科学技術を発展させて尋常ならざる力を手に入れた種族、それこそ万全のノレマッドが一人でもいれば、ブルー・スフィア戦争も数時間程度で終結したであろうよ」

「まさか、ブルー・スフィア戦争のシャグロスやその部下達は並みの神々よりも遥かに強かったではないですか。イミュラストの図書館で資料を読んだ限り、シャグロスの勢力や、恐らく今回のコロニー襲撃事件の実行犯とも何か関係のありそうなあの――」

「神々の中でも主神クラスの者達と最低でも同等なのがノレマッドなのだ」

「…?」

「それこそロキはともかく、エアリーズ程度であれば時間線に跨って存在していた時期ですら根こそぎ殺せるわ。その気になれば恐らくイサカやマガツ二神相手でも有利であろうよ。それがノレマッドという種族なのだ。言っておくがそれでもなおノレマッドは権力や進化への渇望を捨てておらず、更に高みを目指していた」

 そこで彼女は言葉を切り、そして忌々しそうに先を続けた。

「私の種族の飽くなき渇望は宇宙へ広がり続け、無数の世界がその軍門に降り、そして無数の銀河が植民地化された。だからこそ私は他のノレマッド達から離れたのだ。今のノレマッドに歴史改変による干渉や存在そのものの抹消すら効かないという事は、その代償としてどれだけの者達がそれらの欲望の駒として扱われたかがよくわかる。

「遥か昔、私の種族が滅亡に瀕した際、とあるコズミック・エンティティが救いの手を差し伸べた。だが今はどうか? その時よかれと思って救った者どもは、今や宇宙有数の征服者ではないか。力による併合が与える悪影響はお前も知っておろうに。私の種族は次の目標として異宇宙に散らばる別の歴史ないしは可能性の己、無限個の己のバリエーションとの統合を目指していた。滅亡しそうになったという不覚への教訓であるやも知れぬが、最悪な事に必ずや今以上に多くの種族や文明をその過程へと巻き込む」

 少なくともキュー・クレインは、師が己の種族を深く嫌悪している事だけは理解できた。

 しかし新たな友ナイアーラトテップと出会ってまだ日が浅いため、彼はかの神からまだ聞いていない話も多い――本当に全てを聞こうとするとその間に宇宙が少なくとも一度終わるが。

 そのためまさか、師の種族ノレマッドをかつて邪悪な異常事象(アノマリー)から救ったコズミック・エンティティがナイアーラトテップその人であるとは夢にも思わなかった。

 ロミュラス・オーガスタラス(ロムルス・アウグストゥルス)とオドエイサー(オドアケル)が幼馴染みであったというような話はもちろん存在しないし両者の年齢はかなり離れている。

 また、その父達も同様である。しかし父達は明らかにアッティラの宮廷に仕えた家臣同士であり、同時期に同じ宮廷となると私はそこに『もしや』のロマンを見出さざるを得ない。

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