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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
203/302

CU CHULAINN#20

登場人物

―キュー・クレイン…ドウタヌキと呼ばれる尋常ならざる妖刀群を追う永遠の騎士。

―ヴィンディケイター…二刀のドウタヌキを操るゴリラの剣士、モダン・サムライズのメンバー。

―マサノブ・マスダ…強大な老魔術師、マスダ家の一員。

―群体型コズミック・エンティティ…殺害によって新たなゾンビを増やす事で己の総体を成長させるゾンビ群体型コズミック・エンティティの幼体。



大阪での一件の翌日、追跡開始から数十分後︰日本、東京都、新宿区、新宿駅構内


 キュー・クレインはスローになっている主観にて考えた――己は今転倒している。ゾンビの群れという名の単一個体との戦いで失態を演じた。何より他の勇士の前でそれを晒す事が恥に思えた。

 ゾンビの群れの上を疾走していた際に前方不注意で、先読みによって己の一部をジャンプさせた敵の戦法に引っ掛かったのだ。幸いゾンビにはまだ掴まれていない。

 今の彼は己の超人的なスピードよりも思考の方が速いという状態である。更に少しゾンビ向けて己の肉体は迫っていた。

 腐れ果てた元が人であった者達の哀れな群れが仔細に観察でき、それらは彼の主観では注意せねばわからぬ程に低速であった――ほぼ静止して見えた。

 悪臭放つゾンビの顔は酷いもので、元はかなり美しかったであろうスーツの女性は髪も乱れ、口と鼻から血を流し、目も混濁していた。

 それはまだましな例であり、他のゾンビは爪もぼろぼろで歯が欠け、何より腐敗が進んでいた。

 相手は恐らく何かしらのコズミック・エンティティの幼体であろう――伊達に何世紀も銀河を放浪したわけではない――が、育ち切っていないとはすなわち思考や認識の速度もまた未熟なのではないか?

 一つ試してみるのも面白いであろう。彼はある事を思い付き、そしてそれを実行した。相手の思考が反応速度がどの程度であるか試すのだ。

 キュー・クレインは減速も受け身もせぬまま、己の鎧の重量と転倒速度とをそのままに、ゾンビ向けて突撃するようにぶつかって行った。


 鎧を着込んだ成人男性が上からぶつかって来る、しかも猛スピードで――状況次第ではこれだけでも武器になるのであった。

 ゾンビの群れは案の定不意を突かれたらしく、数十のゾンビがキュー・クレインの巻き添えとなって転倒したり吹っ飛んだ。

 そもそも転倒させようとしたのはいいが、次にどのような手を打つのか考えていたのであろうか。

 生まれて数十分でもう喋れるのは凄いが、しかし所詮は経験不足な素人、戦いの駆け引きや状況判断が遅いし、次に繋がるような手を打てない。

 大方転倒後は数に任せて嬲り殺す気であったにしても、しかしそもそも騎士の猛スピードをどうやって相殺する気であったのか。

 それができねば損害を負うばかりか、酷い場合は相手には一切損害が無いかも知れないものを。

 とは言えそれなら都合がよい。騎士は激突したりしながら転がり、そして機を見計らって起き上がりつつ脚と槍の柄とで周囲を薙ぎ払って敵を一時的に追い払った。

 ゾンビどもは低速であるから、彼が立ち上がったタイミングでは未だ吹っ飛んでいる最中であった。

 その間に彼は再び懐に手を入れ、鎧とその下の衣服の間に手を入れて、先日の傷を庇うか気遣うような仕草を見せた。

 他の二人は一瞬彼の方をちらりと見た。彼が手負いなのは明らかであり、この場のゾンビ全体がそれに何か反応したようにも見えた。

 薙ぎ倒されたゾンビ達が実際に地面へ接触してどさりと音を立てた時には既にアルスターの猟犬の姿は無く、代わりにゴリラの剣士と老魔術師が道を切り開きながらやって来た。

 彼らはどうやら階段を目指しているらしかった。

 打刀を手にし陣羽織を纏うゴリラは、左手で打刀を逆手持ちして右手をそれに添え、まるで存在しない鞘に刀を納めているかのようにしたままで駆けた。

 ゾンビの群れが立ち塞がった瞬間に右へと身軽に逸れつつ横回転斬りを繰り出した。

 実際には当たっていないが、その剣圧だけでも敵を薙ぎ払うには問題が無かった。

 とは言え彼は直接殴る事も好み、ゾンビ――もしかすれば元に戻れるかも知れない元人間――を必要以上に傷付けぬよう加減しながら峰で殴打した。峰打ちとは完全な非殺傷技とイコールではないからだ。

 彼は明らかにこうした大群に対するクラウドコントロールに慣れ、長けていた。

 目標に対して近接攻撃手段しか持たない大群へのトレイン戦術を熟知しており、恐らくは常日頃からそうした脅威と戦っていると思われた。

 騎士はふと、あのゴリラの剣士は表で公表されているモダン・サムライズ所属のヒーローとしてだけでなく、その他の活動もあるのではないかと考えつつ、敵に捕捉されないよう天井から吊り下がる電光パネルからすうっと消えた。

 もう一人の勇士である老魔術師は最初から発動しておいた蓄積の魔術を軽く解き放ちながら道を作っていた。

 己の半身のごとく振る舞う半透明の霊体じみた巨大な西洋鎧が今回の戦闘で受けたダメージをエネルギーとして溜め、それを小規模で放出していた。

 小規模であってもそれの威力はかなりあり、周囲向けて発せられる衝撃波は全力疾走で近寄る敵の一部を尽く吹き飛ばし、足止めし続けた。

 神経組織状の輝くエネルギーの線が周辺へと広がり、それが纏うぼうっとした衝撃が実際の被害を発生させた。

 吹っ飛んだゾンビが線路から登って来ていたゾンビ達に激突して更に転倒させ、中には線路を挟んだ向こう側まで吹き飛ぶゾンビもいた。

 キュー・クレインはこのような大量の己の一部を敵は一体どのようにして操作しているのであろうかと考えた。

 しかしドールの眷属や(ひきがえる)の眷属が己の大量の触腕をどのように操作しているのかを想像するのと同じであった――時間の無駄だ。

 ポロシャツの老魔術師は横から飛び掛かったゾンビを魔力を纏わせた輝く拳で殴打して軌道修正し、それは単純な暴力として振るわれたので、ゾンビは線路の向こうで吊り下げられている電光掲示板の側面へと激突した。

 ゾンビを殺すわけにはいかず、これでも手加減しており、実際のところ悪名高いマスダ家の人間でありながら、彼は無関係な民間人を殺傷する事を固く拒んでいた。

 波状攻撃を迎撃し続け、遂に階段へと到達した。しかし敵は駅内にいた人々を変化させた無数のゾンビを己の肉体の一部とした実体であり、当然ながらここのエリアにいるゾンビで知覚した情報を実体の総体がリアルタイムで把握している。

 となれば階段の上から大量のゾンビがやって来るのもまた、当然の結果と言えた。

 相手にはまだ己の大量にいる一部のごく少数を無理に階段の上から飛び掛からせない余裕があるようで、スローになった主観世界においてゾンビの群れの第一波が足を階段へと踏み下ろす瞬間を見た。

 そして背後やその他の方向からはまだ無力化していない他のゾンビがおり、当然ながら敵にはまだまだ数千数万数十万のストックのゾンビがおり、無力化された端から階段を通して補填して来ていたのであった。

 敵は生まれたばかりで幼稚だが、身動き困難なレベルには到達しない程度の量のゾンビを敷き詰めるという戦術は知っていた。

 そのためこの包囲は絶望へのカウントダウンであるかのようにも見えたが、しかし三人は予定通りであるかのような行動を取った。

「ここは私が」とキュー・クレインは言った。

 明らかに非ケルト的な鎧に身を包む騎士は恐るべき腹の槍を構えて階段の前までやって来て、予定通りに他の二人がすうっと少し左右に身を退いた。

 彼は敵がどたどたと走るのがゆっくりに聞こえる主観速度で槍を振り被り、そのままで暫し待った。

 ゾンビの群れがゆっくりと――常人的主観ではどたどたと慌ただしく――降りるのをじっと監視し、それらの先発が彼目掛けてジャンプした瞬間、重い槍を全力投球した。

 かつて彼がまだ死ぬ前、すなわち一度目の生において、アルスターの猟犬は恐るべき腹の槍の使い方を熟知しており、それが持つ機能を十全に使用できるための訓練を誰よりも積んでいた。

 中には投擲された槍が敵陣の上空を通る際に、槍から分離した無数の破片が下にいる敵を自動的に捕捉してそれらを殺傷するという技もあったが、それを非殺傷の技にも応用できるような気がした。

 全力投擲されたそれは星々の彼方で使用される加速兵器の砲弾じみており、秒速十マイルの兵器が『破壊力を速度にはあまり依存していない』と評される世界における艦砲射撃の砲弾にも匹敵する速度であった。

 当然ながら物理法則を捻じ曲げる技術によって彼の〈致死の槍〉(ゲイ・ボーグ)は作られていたが、それでも恐ろしい規模の台風が都市をいじめている時のごとき凄まじい突風が部分的に吹き荒れた。

 槍の下にいたゾンビ達はまるで時間を巻き戻すかのようにして階段を登った向こう側まで叩き戻され、その向こうを進軍していた他の一部の顔面や胴を強打して転倒した。

 実際のところ、槍の威力故に部分的な時間遡行が起きたとて不思議ではなかった。

 ともあれ、一時的ではあるが時間に余裕ができた。今の内に階段を登って上のエリアに向かわねばならない。

 ある意味では広い部屋で多数の敵を相手にするよりも、限られた広さの通路等で迎撃した方が楽である――物量と勢いによって圧殺されない限りは。

 更に言えば、キュー・クレインの中では大体敵の仕留め方ができあがっている。敵に中核が無いのであれば、それを強引に作ってやればよい。問題はその方法であるが。

 キュー・クレインは再び懐へと手を入れながら、むすっとした表情ですうっと階段を登った。

 あとの二人も素早く登って来たので、これで全員によって敵を捌く事ができる――そこでふと、騎士ははっとした表情になった。

「今、なんと?」と思わず『声に出して』聞き返した。ヴィンディケイターなるゴリラの剣士もちらりと老人の方を見た。

「先程言った通りよ。かくも名誉な事があるか? かくもよき最期があるか? かくも輝かしき勝ち逃げがあるか? 下賤なジョウヤマの犬どもが、向こう数百年羨む偉業なるぞ」

 彼は言いながら膝立ちでしゃがんで地面に掌を当て、それを中心にしてエネルギーが広がると、彼らの周囲で壁が生じて周りから切り離される形となった。

 隔離が成功し、その内側にいるゾンビはせいぜい五〇程度。朝飯前であった。

 無口というか言葉が数言足りないタイプのヴィンディケイターがゾンビを鞘で殴り倒しながら言った。

「お前は死ぬぞ」

「それがどうしたか。私は戦後の激動の時代を見届け、そしてその後の新世紀まで生き延びた。不老不死を望まず、そして己の生に対して特にやり残しが無ければ、残るは人生の畳み方であろうが。イーストウッドの映画にもそのようなものがあったではないか」

 床が隆起して発生した壁を壊そうと周囲のゾンビ達は必死に殴り続けていた。

 当然ながら敵の持つ能力は己の細胞の一つ一つであるゾンビの全てに対して、あらゆる防御を無視してダメージを強引に蓄積させる能力を付与しているのであろう。

 しかし元となったゾンビがあくまでただの人間である場合、その単純な攻撃力には限界というものがある。

 そのため、敵は今頃この駅内にいる『何かしらの異能を持つゾンビ』を大慌てで向かわせていると思われた。

 幸い、ヴィンディケイターは不明だが、他の二人は精神攻撃やその他の理不尽な攻撃に対する耐性や対処法にも明るい。片や熟練の老魔術師、片や銀河を駆け巡って来た永遠の騎士。

 当然敵は今頃天井を蹴破ろうとしているはずであり、上も何やら騒がしい。しかしそれのスピードもたかが知れている。

 単純な話であった――敵は未熟であり、目の前の状況に対して後手で常に対応している。先程は一瞬だけキュー・クレインを転倒させるという先読みを見せた。

 しかしこちらから面倒事を次々とと押し付けてやれば、敵はその対応に苛立たしく追われるのが目に見えており、実際にそうなっている。

 敵は『とりあえず戦力の補填』ぐらいしか考えず、単純に物量で押し切る事ぐらいしか考えていなかった。真に送るべき重要なユニットの一括投入を怠り、そしてそれらの戦力を通常戦力と一緒の順番待ちに入れてしまった。

「他に手段は無いのですか?」

「無いな。魔術というのは大抵、大事をやらかそうとすればその対価も大きくなるものだ、大抵はな。では、先程言った手順で頼むぞ」

 キュー・クレインは永遠を生きる身として、これまでも多くの死を見てきた。それは敵の死もあれば、味方やその他の死もあった。

 そして中にはこうして己の命を他の大勢のために犠牲にする者も含まれていた。正直に言えば『慣れた』と言いたかったが、しかし実際にはそうではなかった。

「やれやれ」と短い黒髪の青年は言った。「やはり自分の視界内で起きる自己犠牲には慣れませんね」

「慣れてもらっては困る」とマスダは言った。家族の知り合いには先の大戦で特攻任務に出て帰って来なかった者もいた。悲劇には決して慣れるべきではないと考えていた。

 「だが、自分自身がこれから身を投じる自己犠牲に関して言えば、秋晴れのごとく晴れ晴れしい気分であるな」

 そして遂に周囲の防壁が崩れた。ゾンビ達は一斉に喋った。

‹お前達のコミュニケーション手段は見破った。息子殺しのキュー・クレイン、友殺しのキュー・クレインよ、お前は懐に隠した端末で他の二者と会話しているな。それを妨害する手段もこちらにはある。初歩的な量子もつれの応用による短期的二点間通信など――›

「――一つ言いますが、人生最期の瞬間の言葉が下らない講釈であなたは満足ですか?」とキュー・クレインは冷ややかに言い放った。

 その声はゾンビの言葉を一斉に遮った。他の二人も内心馬鹿にしていた、お前の対応は遅過ぎる。もはや隠れて通信する必要が無いというのに、今から妨害したところで何になるか。

〈旧大陸再要求〉アトランティス・リクレイムを限定顕現」

 老人がそう言った瞬間、彼を除く周囲の全てが凍結したかに見えた――時間の鈍足化、悠長な戦術選択や詠唱のための猶予。

「地底級第五遺物〈深部〉(デプス)、起動。第六聖能を要求」

 老人の落ち着いた、そしてそれでいて傲慢な声が響いた。

 彼以外の全てがスローになった世界で、騎士は『まだ地球にこのような恐ろしい力が存在したとは』と考えた。

 実際のところ彼の速度は平時の一割程度まで低下しており、ゴリラの剣士も同様であった。そしてゾンビの群れなどは彼らの主観からしても完全停止しているように見えた。

 生まれて間もないコズミック・エンティティはかくして時間の鈍足下に置かれ、全くの未知の力の前に対応が完全に遅れた。

 当然ながら思考速度その他も同様に低下するため、ゾンビは数十万体もいるにも関わらず、老魔術師の行動に対応する事が全くできなかった。

「第六聖能〈始祖王と始祖帝(ロミュラス・オ)最後の継承者〉(ーガスタラス)、西のローマが終焉を迎えた時、その最後の帝がただ終わりを迎えただけとは思わぬ事だ」

 かつて歴史の教科書でもお馴染みのゲルマン人オドエイサーと西ローマ最後の皇帝――かどうかを巡る議論も盛んだが――であるロミュラス・オーガスタラス、すなわち小さきロミュラス・オーガスタスは、その血筋を見ればどちらも同じ男の宮廷に遡る事ができた。

 すなわちローマ末期に出現した破壊的征服者達の一人、フン人の帝国に君臨したアッティラの宮廷に、彼らの父がかつて仕えていたのであった。

 フン帝国の衰退後、ロミュラスの父は西ローマに仕える事となった。その後息子ロミュラスは皇帝として即位したが、しかし皇帝権(インペリアム)の保持者は過酷な運命を辿る事となった。

 傭兵同士の対立によってかつて同じ宮廷にいた二人は敵同士となった。ロミュラスの父フラヴィアス・オレステスとオドエイサーは敵として対峙した。

 そして最終的にはオドエイサーの派閥が勝利し、かつての『幼馴染み』ロミュラス・オーガスタラスの父であるオレステスを処刑した。

 その息子である己の幼馴染みまでも殺す事はしなかったが、オドエイサーはロミュラス・オーガスタラスを皇帝から退位させ、その様々な権利――今日『ローマ皇帝』として知られるオーガスタスやシーザーの称号を持つ権力保持者が有する莫大な権限――を東ローマの皇帝へと返却したのである。

 ロミュラスはあくまでお飾りの皇帝である事は周知の事実であり、今日でも知られるところである。そのため彼は己が助命された事をまず喜んだ。

 しかし彼は実権的皇帝でないとすれば、ただの男だとすれば、己の父が幼馴染みによって殺されるという事実に直面して、平然としていられようか。

 彼は己に残された権力が全て消えぬ間に己の〈授権〉(オーソライゼイション)を実体化させ、それを用いて復讐を遂行したのであった。

 でなければ、この復讐が存在しなければ、どうして〈否定〉(デナイアル)の中でも一際強力な終わらせる力を持つオドエイサーに、あのセオドリック大王と言えども戦場で対峙して勝つ事ができようか?

 オドエイサーの力の源である支配下の勢力へと振るわれる権力を、一連の戦いにおける無様な連敗によって喪失させて、最後の仕上げとしてセオドリックが和平の席で暗殺できたのは、(ひとえ)に『一人の男』ロミュラス・オーガスタラスが己の幼馴染みに父の復讐を実施し、これを弱体化させる事に成功したからであった。

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