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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
202/302

SPIKE AND GRINN#28

 スパイクらは液体窒素の関連で怪しい動きのあるマサチューセッツ工業を訪れた。門前払いに失敗して四苦八苦する受け付け係にあれこれ言っているところへ…そして同じ頃、久々に会える寸前に殺されたメリッサの事を悔やみ続けるシャーもまた、次に進むため立ち上がろうとしていた。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)

―クレイトン・コリンズ…地元市警の刑事。



事件発生日の翌日、朝︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ヴァン・ナイズ


 向こうに帰る頃には既に午前八時半を回っていた。元来た道を戻るにあたって、交通量は早朝の比ではなく、映画さながらのカーチェイスをするには難易度が高そうであった。一般的な乗用車から業務用のそれまで幅広く走っており、年式も同様であった。

 それら様々な車の持つ物語を調査するのも悪くはなかった――例えば目の前を走る年季の入った白いポルシェ――が、しかし今の彼らにはすべき事があった。

 やがてハイウェイを降り、LAの象徴たるダウンタウンの高層ビル群から南に一マイル辺りにあるエリアへとやって来た。

 ウィニフレッドが気を利かせてホログラムの二次元地図を車内で表示しており、カーナビのように使用する事ができた。

 マサチューセッツ工業がある通りに着き、速度を落としてゆっくりと走った。通りに面したマサチューセッツ工業の施設は横幅百ヤード未満で、こうして見てみると結構巨大に見えた。路肩に車を止め、スパイクはエンジンを止めた。

 サングラス越しに見遣り、それからドアを開けて車外に出た。既に陽射しは強く、サングラス越しの視界は白く染まって眩かった。

 無言でグリンも助手席から出たが、スパイクはそれをからかった。

「ハッ、教習所で車から降りる時は往来を確認しろって習わなかったのか?」

「神には人間などには見えないものが見え、聴こえないものが聴こえるという基本事項を、一応は地球最強の魔術師に今更教えてあげねばならないという事実は先行きを暗くします」

「知るか、ラゴス魔術院じゃお前についての授業は無かったしな。ああいや、一応『お情け』で一時間ぐらいはあったんじゃねぇか?」

「やはり所詮は人間。記憶力は限定的であり、そして常に劣化してゆくものですね」

 彼らは言い争う内に自然と車の前を通って互いに距離を詰め、車の前の真ん中辺りでしょうもない口論に興じた。

「あーあのー、イチャイチャするのはその辺にしないと」と言い辛そうにライアンは車から出ながら言った。スパイクはサングラス越しに彼の方へと振り返った。グリンも冷たい目を向けた――それはいつも通りだが。

 かつて異界より来冦せし半透明の蛸じみた種族を相手にクトゥルーやイオドら戦友達と立ち向かった彼ではあったが、しかしその彼でもこの二人にじっと見られると身が竦んだ。

 ライアンにとっての所謂『人生で最も長い数十秒』とやらが終わり、スパイクは道路を渡り始め、振り向かぬまま言った。「行こうぜ」

「確かに、厳密に言えば」と地球人の美少女の姿を取っているグリン=ホロスが己の金髪をさらさらと揺らめかせながら歩みつつ言った。「犠牲者が出ている状況では不適切な振る舞いだと人間は判断するかも知れません。まあ、神々とてその辺りはそこまで差はありませんが」

 彼らに遅れて通りを渡りながら、ふとライアンは気になった――この車は違反切符を切られたりしないのであろうか。しかし颯爽と向かう二人に、今更そのような話はしにくかった。

 それこそ『不適切な振る舞い』に思えたからだ。


「申し訳無いのですが、部外者の方にそうした情報は…」

 受け付けがあるエントランス部分はこの規模の建物としてはそこそこ広かった。受け付けには化粧から爪、香水、そして恐らく食事にまで気を遣っているような若い女性を配置している。

 その辺りからするとどうやらこのマサチューセッツ工業とやらは意外と体面を気にしていると思われた。スパイクはしかし、埒が明きそうにないと呆れつつ反論した。

 最初からこの女はああだこうだと言い逃ればかりして本題を逸らしている。

「さっきも言っただろ? 俺は国家に捜査権についても保証されてるんだよ。警察程の権限はねぇが、俺が門前払いを受けたって事はもちろん今回協同してる警官に報告するからな。つまりわかるか? ああ? 俺の質問を拒むならどうぞ、だがお友達がぞろぞろと来る事になるだろうな、そのお友達は警察組織から送られて来るって知っとけよ」

 相手の受け付け係は目が泳ぎ始めた。茶色の髪を掻き上げたりしてそわそわし、『何故自分がこういう目に遭っているのか』と考えているようにも見えた。

 グリンはその様子を冷徹そのものの目で監察し、逃げ場を求めてそちらに目を向けた受け付け係は後悔させられた――人間がこのような雰囲気を発せられるというのか、この金髪の少女は本当に人間なのか。

 ライアンは気不味そうに後ろで立っており、そうこうしていると警備員が二人彼らの方へと向かって来た。

「ほう? 警備員か? じゃあマサチューセッツ工業のこうした振る舞いは全部市警に報告させてもらう。俺がここを調査しようと思った経緯から、ここで起きた事の顛末までな」

 身長の高い警備員がライアンに接近し、彼の腕を抑えようとしたのが見え、スパイクはそれを制止した。

「まて、そこで止まれ。それ以上続けるなら市警の別の友達に電話して財務状況について調べてもらうぞ。ここの会社がちょっと『振る舞い』が怪しいのは知ってるからな。ああ、嘘だと思うなら掛けようか? 今この場でな」

 スパイクはスマートフォンを取り出し、明らかにはったりではない風な言動を取った。警備員も剣幕と言葉に怯み、受け付け係もたじたじであった。

「あ、その…上司を呼びますので…」と受け付け係は通話が始まる直前にスパイクを止めた。

 ライアンはさすがにやり過ぎなのではないかと思い始めた。幾ら国家公認魔術師であろうと、ここまでの振る舞いが許されるのか?

 まるでドラマや映画の警察だ。それはライアンに、先程スパイクが己を警備員から庇ってくれた事を忘れさせるだけのインパクトがあった。

「俺の事を叩きたいなら後でどっかのネットのフォーラムにでも書き込めよ。ツイッターでもいい」とスパイクはまるでライアンの内心を見透かしたかのような言葉を受け付け係に投げ掛けた。

「上品なホワイトの女に突っ掛かる品の無いブラックの男、このシチュエーションは下手すりゃ自分がぶっ叩かれるが、あんたが上手くネットに投稿すりゃ俺を叩ける絶好の機会になるだろうぜ。だが一つ言っとくぞ、これは殺人事件の捜査だ。俺はあんたの会社にその件で二・三質問するってだけだ」

 スパイクの言っている事は無茶苦茶に聴こえた。青臭いフィクションの主人公の主張にも似ていた――それも子供向けの作品かも知れない。

 しかし冷静に考えると、彼は己の捜査権を主張して捜査に関する質問を会社に要求し、それが受け入れられないなら警察に報告すると事実を述べているだけでもあった。

「こいつは先日の死体が急に出現した事件の捜査だ。実のところ、次は誰が狙われるかわかったもんじゃない。次に殺されるのは俺か? それともあんたか? とにかくそういうクソを野放しにしないために捜査を――」

「――いかがなさいましたか?」

 その声に全員が振り返った。既に喧騒を聞き付けて他の社員も出て来ていたが、それら全員が入り口の自動ドアが閉まる音と共に歩みを止めた一人の女に釘付けとなった。

 極彩色じみた緑色のヒジャーブで髪を覆い、洒落た白い長袖のシャツを着て、右肘にはフランスのブランドの鞄が提げられていた。

 脚のラインが曖昧に見える幅広のジーンズを履き、首元と手元には最低でも数千ドルのアクセサリーが光っていた。

 とても光沢のある褐色の肌はしかし艶消し加工のような奥深さもあり、唇は油を塗ったように瑞々しく、目元はどこかアンニュイな雰囲気を放っていた。

「申し遅れました。(わたくし)、マサチューセッツ工業の技術主任を努めております、ハウラ・ランチェスター博士。本社創業者の孫にあたります。また、本社の筆頭株主も兼ねております」

 言葉の響きは昔東アフリカで聞いた音に近かった。向こうの英語は外国人には聞き取り辛い事が多かったが、彼女の言葉にも多少それらしき音が混ざっていた。

 だが訛りというよりはむしろ、貴人を特徴付けるための装飾のような印象を受けた。顔の雰囲気はニャンコレ人のような気もしたが、アメリカ人である彼には自身が無かった。そして実際のところ、彼女もまたアメリカ人である事は疑いようもなかった。

 まるで、かつてのベニン王国の征服王オゾルアの子孫がアメリカで活動しているかのごとく。とりあえず血の滲むような博士号課程を全てパスした猛者である事はわかった。

「俺はドープ超自然事件対応事務所のスパイク・ボーデン、合衆国公認魔術師だ」と言いながら彼は専用のバッジを出した。

 相手がそこそこ協力的そうに見えれば騒ぐ必要も無い。まあそれでも次の犠牲者が出る前になんとかする必要があったが。

「失礼ですが、我が社の玄関でお騒ぎになったのはどういった理由に起因するものか、(わたくし)にお教えするおつもりはございますか?」

 教科書のような謙譲表現を久々に聞いたので、スパイクは内心苦笑した。とは言え、声色は既に棘を帯びていたが。

「殺人の捜査中だ。そちらの受け付け係は全然協力的じゃなくてな。ドラマでお役所がやるようにこちらの質問をはぐらかす。だから俺は今後起きる事を警告した、俺はこの会社が殺人の捜査に協力的じゃないという事実を警察側に報告すると」

「その結果はどうなりますか?」

「そうだな、事実を言うが、俺の主張に正当性が認められれば警察はここが何か不都合を隠してると判断し、あの手この手で捜査しようとするだろうな」



同時期:ワイオミング州、ジャクソン、リバーハウス


 既に燃え盛るような悲しみは過ぎ去っていた。シャーは締め切ったカーテンの内側で、特に何もせず過ごしていた。

 何も言わずに食事を提供してくれるライアンの両親に対して申し訳無く思い、普通に部屋から出るようになったが、しかし胸に空白ができた気がした。

 久々に友人と再会するのはとても待ち遠しく、幼い頃旅行に行く前の日はこのような感じであったかと考えた。

 結果としてはその待ち遠しさは成就せず、虚しい結果だけが残された。

 全てはただの夢であったというのか。夢から醒めた今、親愛なる友人メリッサはどこにもいなかった。

 今はそれがじんわりと続く痛みのように、静かに己の今後へと覆い被さっていた。

 会いたいと考えてもそれが叶わぬ今後を思えば、何故こんな事になったのかと思わずにはいられなかった。

 しかし最早その悲しみは燃え盛らず、小さな灰被りの火種のように細々と心身を蝕んでいたのだ。

 この後遺症はいつまで続くのか――実際のところ、いつまでも続くのであろう。

 そのような事を考え得ていると、いつの間にか彼女はベッドに座ったまま横になり、そのまま眠っていた。

 夢というには曖昧なものが続き、意識が覚醒しているのかそうでないのかわからない状態がだらだらと続いた。

 気が付くと半時間単位で時間が跳んでおり、それを何度か繰り返した。

 ライアンが行ってから、更に己がどこまでも心細く思えて、涙が乾いてゆくのを感じた。

 悲しみは蛋白になり、傷痕として中途半端に痛み続けるのか――ふとその時、夢の中でライアンを見た。

 ただそれだけだが、愛する歳下の彼は会った事もない己の友達のために、その犯人を見付けに行くと宣言し、そして出て行った。彼は使命を果たすまで戻るまい。

 それを思うと、シャーはここで佇む以外にすべき事があるのではないかと思い始めた。

 己にはライアンのような超自然的な力も、精神力も無い。だがそれでも、無念にも殺された彼女の死を見送るための準備はできるはずであった。

 大学時代の友人達に連絡を取ろう。既にニュースで訃報を知っているはずであり、せめて冷たくなってしまったあの子のために何かをしてやりたかった。

 例えこれまでの事が全てただの夢であったとしても、それはメリッサのために何もしない理由にしてはいけないのだ。

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