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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
181/302

PLANTMAN#10

 アールとナイアーラトテップを相手にして全方位同時斬撃を放つダーク・スターであったが、技の弱点を発見されてしまった。

 南極を中心として大気が奇妙な振る舞いを見せ、全惑星規模の異常現象が計測された。その渦中にて暗澹たる塵殺の舞いを続ける三者は、内二者が同じ側であるにも関わらず、互いを気に掛け連携を取る事叶わなかった。少なくとも同じ側にいる二者、すなわち〈救世主〉(メサイア)の一人となる事を宿命付けられた青年と、最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンとして世の悪を討ち続ける神ないしは天使――その実体についての解釈は各々の惑星や文化圏の〈人間〉が好きにすればよい――は、ほとんど相手を叩きのめすための機械として振る舞っているように見え、人知を超えた速度で実行される戦闘行為は周囲の時空を歪め、風景が捻じ曲がり、降り注ぐ太陽光はでたらめに乱舞していた。かつてとあるコロニーの空を覆っていた悍ましい叛逆者の一部を無数斬り裂いた技がダーク・スターより放たれ、全方位同時斬撃として成立するそれは地獄から這い出た悪鬼どもに振るわれるべきものであり、逃げ惑う海百合じみた労働者が転倒した際、己の眼前の地面を斬り裂いた聖剣が巻き上げた雪に恐慌の悲鳴を上げ、笛の音じみたそれがこの世のものならざる異常に曝される南極の地に虚しく、かつ痛々しく響き渡る次第となった。それを耳にしたアメリカ人の青年は未だにこれら海百合じみた先行種族の言語をほとんど理解できぬなれど、しかしその音色が秘める恐怖などは簡単に感じ取る事ができたから、異種族の民が恐るべき暴力に曝されているという現実に激怒し、そしてそれを招く敵に対して憎しみを覚えた。ヘリックス術式の一つである〈闇の帷〉(ダーク・シュラウド)は簡潔に言えば『指定した範囲に不可能なはずの無数の同時斬撃を放ち、それを一セットとして連打する』という魔術である。物理法則を逸脱した超高速機動によって動き回って聖剣を振るい、傍から見れば大量のダーク・スター達が点滅するように現れたり消えたりしているように見える。己の能力を更に拡張させたプラントマンも物理法則からある程度外れる能力が進化したものの、しかし現状では実質的に過程無しで放たれる全方位からの斬撃の嵐に苦戦する他無かった。

「ああ、お前がどこの誰なのか俺は全く知らないけどこれだけは言えるな!」自らに襲い掛かる斬撃を三〇発逸らしたが、他の数百発が襲い掛かった。単純にダーク・スターは巨大さという名の暴力を持ち、それがあり得ない高速で動き回っており、放たれる斬撃もまた巨体故の威力が乗せられていた。吐き気を催すオサダゴワーの私生児どもなどに向けられるべき技で傷付く己の身に喝を入れ、気合いで痛みに耐え、周囲のエネルギーを己の活力へと転換しながら傷の治りを早めた――そろそろ反撃する時間だ。斬撃の合間を縫ってアールはナイアーラトテップと目を合わせて短く何かを言い、そして己の昂ぶる精神が南極の気候によって冷却されるのを感じた。

「お前は間違い無しにクソ野郎だろうよ、それまで何をしていようとな!」

 アール・バーンズは既にこの異界じみた技の欠点を見付けていた。というのもダーク・スターは現在逃げるのが難しいようにとおよそ半径五〇〇ヤード程の範囲にてドーム状に斬撃を放っていた。それは確かに凄い事であろうが、しかし逆に言えば所詮その程度の範囲であり、いかに全方位からの攻撃であろうと斬撃の数には限りがある。無論ダーク・スターはその範囲内に隙間をほとんど作らないようにして斬撃を敷き詰め、そのような途方も無い数の斬撃を全て同時に発生させつつ、それらを秒間三発程の速度で放っていたのだが、しかし〈救世主〉(メサイア)候補たるアール・バーンズにはかつて己にその運命を告げてくれた這い寄る混沌という強力極まる百人力の味方がいた。この同盟者は多元宇宙(マルチバース)のあらゆる場所、少なくとも全時間線において無数の病巣と戦い、そして現在もここではないどこかで戦い続けており、大力の者であり、恐れを知らず、悪をよく嘲笑った。

「ん? 一体何が?」

 ダーク・スターと呼ばれ、そしてその乗機もまたその名で呼ばれる青年はその巨神の体内にて何が起きたのか一瞬判断が遅れた。それもそのはずであろう、無数の斬撃を一セットとして秒間三発ずつ放っていた己、すなわちそれを可能とする物理法則を超越した超速度で動いていた己の半身が、あろう事か停止して斬撃を止められたのである。

「おっせぇな、お前の技。ま、ハヌマーンと比べるのは残酷な話だろうがな」

 ダーク・スターが同時斬撃を放てるとはすなわち、実質的にはこの漆黒の光明神の速度が通常の速さを超越している事を意味し、事実上回避不可能である事に他ならなかった――とは言えこの三次元上においても未知の名状しがたい魑魅魍魎が跋扈する現状を思えば、そのようなものはさして珍しい技とも言えなかったが。アールはそのような過程を無視して発生する攻撃への対処がまだまだではあったが、しかし足りない部分は彼の強力な同盟者である美しい三本足の神が担ってくれており、正義を志す者にとってかくも心強い味方はいなかった。たかだか半径五〇〇ヤードの仮想球体内に敷き詰められた同時斬撃全てを受け止められずして、何がヒーローか、何が神が、すなわちお前の無数など所詮この程度という事だ――さすがのダーク・スターも、常に浮かべる疲れ切った笑みが無意識に薄まるのを意識せざるを得なかった。

「然り、彼こそは猿中のインドラなれば。そして我が傍らにいる有志こそは人中のインドラに名を連ねるに相応しきものぞ、なればこそ君の必中と思われた斬撃とて受け止められて当然であると知れ」

 この異常渦巻く現状を具体的に説明すると、ダーク・スターと呼ばれる機械仕掛けの神はその巨大な右手で振り落とそうとしていた美しい聖剣を停止させられていた。恐らくはあのあり得ない程に美しい掠奪者リーヴァーが振るうリング状の剣を参考にしたと思わしきこの癌細胞じみた美麗な装飾の剣は、一体のナイアーラトテップの側面の基本形態によって戦鎚で真正面から受け止められており、そしてその右手はプラントマンと呼ばれる若きヒーローが突き出した拳によって拮抗し、そして他の三体の側面が機体の各所を抑えていた。実際のところ悪には一切の容赦をせぬなれど、それでも本質的には子らを愛し慈悲深い最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンは、可能な限りこの漆黒の光明神を助けたいとさえ考えているのかも知れず、それ故かの神はあくまでまだ本気で滅殺する素振りを見せていないものと思われた――かの神が本気でそれを考えればあのコロニー襲撃事件の時と同じく殺す気で立ち回り、そしてせせら笑って死を賜り、それでも自死せぬなれば己の手で抹殺しているところと思われたからだ。しかし今のところかの神は己の一族はおろか種族そのものを目の前であのグロテスク極まる悪逆の徒ども、すなわちロキ信者の夢想にすら終ぞ現れる事無き穢れそのものの〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)によって文字通りの皆殺しと相成った次第であり、その悲痛この上無き運命を思えばこそ、少なくとも今のところ無垢なる民を誰も殺していない事が慈悲の最大の理由であった。しかし心の中ではこの心優しき復習者が何故に己の愛しきアール・バーンズに対してここまで悍ましき念を向けるのかが理解できず、そしてその豹変は明らかにかの神を葛藤させていた。

 しかし畏れ多くもこの地に降臨せしは諸世界の守護神にして全悪の天敵る這い寄る混沌であり、かの神は己の心情などまるで無関係であるかのように厳粛な態度で現状を臨んでいたのであった。

「再三の命も聞けぬなれば致し方あるまい、私がいかなる者であるかを改めて、私自らの言葉によって賜らねばならないようだ。いかにもそれこそ、うんざりするような展開であろうともな」

 かの神は言いながら己の戦鎚をダーク・スターの装甲へとめり込ませ始めた。恐らくあらゆる有害から身を守り無効化できるその漆黒の装甲が歪み始め、抗おうとするそれの機能を舐め回すかのようにして蹂躙し、引き裂き始めた。

「善き者は我が名を思ったままに讃えよ、そして悪き者は我が名を思ったままに忌むがよい、その許可をナイアーラトテップその人が出してやっておるが故、己に与えられし恩寵として肌身放さず持ち運べ。もしもそうした基本事項を置き忘れたその日には、果たして己が這い寄る混沌の味方であったのか敵であったのか、凍える程の不安によりて夜も眠れぬ定めであるため、特に己が悪であると自認しておる場合はせいぜいその典拠となる己の中核にしっかりと、『神の敵』である事を書き留めておけ。我が宇宙にて悪であるとはすなわちそれ程の覚悟があって然るべきであり、それら我が無数の側面による天罰以外にも数数え切れぬ正義の使徒がいる事を心得る事だな」

 いずことも知れぬ異時間軸に起源を持つ青年は珍しく、何ら反応を示さなかったが、その理由は今更深く考えなくても明白であると言えた。それを嘲るようにしてリチャード・アール・バーンズはプラントマンとしての己を前面に出しながら、かの神の(みことのり)をかの神の名において引き継いだ。

「とまあ、こうやって天を闊歩するナイアーラトテップ閣下が仰ってるわけだけどな、まさにその通りだろうぜ。お前は屁理屈とか好きそうだし…そんなお前に心の中で中指立ててやるよ」

 彼は今や悪の見窄(みすぼ)らしさを際立たせるためなら、あえて傲慢に振る舞って悪を見下す事とて何の問題も無いと考えており、それこそが這い寄る混沌が愛する子らの一員らしい在り方であると言え、そして全くもって当惑する他無いがネイバーフッズの当初からの理念にも近かった。

「正義の定義とかそんなのは知った事じゃねぇよ。ただ一つ言えるのは、お前は俺達を敵に回してるって事で、言い換えれば誰かを傷付けるような素振りだって見せたわけだよな。更に言い換えればあれだな、お前は本当に…本気で滅ぼされる側に回りたいのかって話だ。本気で『正義っぽい奴ら』の敵になりたいかって事だ。本気で『誰かを傷付ける者達の敵対者達』と真っ向から対峙したいのかって話なんだよ、勘違いして調子ぶっこいたクソ野郎」

 アールは言いながらダーク・スターの小指を片手でぐぐっと引っ張った。それは関節に対してあらぬ方向へと折り曲げられ始め、『お前にはこの折り曲げられてる指が何に見える?』と嗜虐的な心理テストをしているかのようでさえあった。この機械神を駆る青年は未だに夜の水面のごとき暗い沈黙を貫いていた。

 そしてその瞬間、語る事すら憚られる悍ましい異変が発生した。あまりにも暗澹たる有り様なれどそれをあえて鮮明に語るとすれば、南極としてはよく晴れた温暖な一日になりそうであった空模様はそのままに、気温は一気に急降下し、それは恐らくは『正義っぽい奴ら』ないしは『誰かを傷付ける者達の敵対者達』のどこまでも冷酷な心象に自然法則が自ら従った結果であると思われた。アールとしては万が一フィリスにダーク・スターの危害が及ぶと考えただけでも激怒に足る理由であったが、それは氷点下の見下しとして発現していた。

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