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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
172/302

CU CHULAINN#18

 ゾンビとの戦いに思わぬ援軍が現れた。ゴリラの剣士と老魔術師、アルスターの猟犬は彼らと共闘して事態の収拾に移る。

登場人物

―キュー・クレイン…ドウタヌキと呼ばれる尋常ならざる妖刀群を追う永遠の騎士。

―ヴィンディケイター…二刀のドウタヌキを操るゴリラの剣士、モダン・サムライズのメンバー。

―マサノブ・マスダ…強大な老魔術師、マスダ家の一員。

―群体型コズミック・エンティティ…殺害によって新たなゾンビを増やす事で己の総体を成長させるゾンビ群体型コズミック・エンティティの幼体。



大阪での一件の翌日、追跡開始から数十分後︰日本、東京都、新宿区、新宿駅構内


 騎士にとってこれは思ってもみなかった好機であった。駅を埋め尽くしては押し寄せる最大でも数十万のゾンビなどは別に殺すだけであれば負傷を抱えたままの今でさえ容易いが、しかし手加減をしながらではそうもいかないからだ。

 単一の総体を成すゾンビはたった一つの目的、すなわちまだ支配下に置いていない生物を殺して己の一部に取り込むというだけのために拡散し続けており、少なくとも足止めや行動不能狙いではその増殖スピードに置き去りを喰らう。

 故に彼らと言葉を交わさねばなるまい。幸いゾンビどもは新たな乱入を受けて距離を置いたままで停止した。一見ゾンビの群れなれどその実理性ある単一の実体であるから警戒や様子見もするわけだ。何であれ腐臭と血の匂いがそこらを埋め尽くしていた。

「助太刀に感謝致します。私はアルスターのキュー・クレイン、あなた方は?」

 彼らはプラットホームの奥の方におり、線路に挟まれた幅五ヤード程の足場の上で、三〇ヤード近く距離を離して半円形に取り囲むゾンビを睨め付けていた。各々の一部は千差万別のゾンビであり、それらはこうして停止していればこそ、それが単一の精神によって動かされる遠隔的・分散的な単一個体である事が明白となった。

 グロテスク極まるゾンビの単一群体は今や彼らがいるエリアのほとんどを埋め尽くし、箱に入ったビール瓶のように詰められたゾンビの量があまりにも多いせいで見ているだけでも吐き気を催した。

 見渡す限りゾンビ、それこそ視界には血が飛び散った天井とゾンビがいない三人の周囲の半円状箇所の汚れた床及び線路、そして向こう側の壁や看板が一切見えないぐらい埋め尽くしているゾンビ以外には何も無かった。

 キュー・クレインよりも前にいる陣羽織のゴリラは振り向かず質問に答えた。

「なるほど、お前があのアルスターの大英雄か、噂通りの一騎当千の将なら心強いがな」とどうにも辛辣な声で彼は言ったが名乗りはしなかった。手にした一般的な野太刀類よりも更に長大な刀が桜の花弁(はなびら)となって散り散りに消えると、左腰に下げたもう片方の短い方の刀――それでも江戸期の刀程の長さがあった――に左手を添えた。「俺はヴィンディケイター、それ以外に名は持たん」

 そう言ったままそのゴリラの剣士は振り向かぬまま口を閉ざした。彼は無感動そうに、添えている左手の親指で唾を持ち上げるようにして、刀を鞘から少しだけ露出させたり戻したりをゆっくりと繰り返してかちゃかちゃと音を立てていた。

明らかにこのヴィンディケイターとやらは説明不足であった――思えばアルスターの猟犬が東京までの鉄道の旅で眺めていた雑誌に載っていたモダン・サムライズの記事に、このヴィンディケイターなるゴリラ剣士の紹介もあったような気がした。

 という事は、彼が恐るべき妖刀を使っている事もまた人々の知るところであろうが、そのような尋常ならざる刀を使用して本当に大丈夫なのであろうか。

 彼の脳裡に浮かぶのか当然ながら、昨日のドウタヌキによって正気を喪失した剣士、そして刀自体の影響か素かもわからぬ程異様な言動であったあのブレイドマンであり、これら妖刀群を果たして人間やそれに近い程度の者どもが狂気に飲まれる事無しに制御できるのか不安で仕方が無かった。

 だが彼は知らなかったものの、アーサー王の息子である事を今では誇りに思っており、アメリカでヒーローをしているモードレッドはドウタヌキの一振りを使いこなしていた。ともかくこのゴリラの剣士を見張らねばなるまい。

 そして冷たい風に振る舞うその剣士は決して己の所属の話などしなかったが、永きを生きるキュー・クレインは『冷めている』の年季がそもそも段違いであるため、そうした正直不愉快な応答にも淡々と、そして冷ややかな調子で答えた。

「そうですか、まあせいぜい足手まといにはならないで下さい。ではもう一人のあなたは?」彼は問い掛けながらも血がじんわりと滲むのを無視し続けていた。意地でも張ったのか、昨日大阪で負った怪我の事をこの場の誰にも悟られたくなかった。

 彼の問いに対して、少なくとも明白に日本人であろう、ピンクに近い淡い赤のポロシャツとチノパン姿の老人は厳格そうな、そしてプライドが高そうな声色で答えた。ゴリラも老人も流暢な英語が話せたため、バイリンガルかそれ以上なのかも知れない。

「誰かと問われたところで答える義理も無い、と言いたいところではあるが、幸い私はそこの斜めに構えた剣狂いよりは常識的であり、しかも私の目に狂い無くば貴様があのキュー・クレインである事は疑うべくもあるまいし、かくも名高き者にそれ相応の敬意を払わぬ程の愚か者でもない、故に答えてやる。私はマサノブ・マスダ」

 そこで言葉を切ると、六〇代後半から七〇代であろうその強健な老人はすらっとした長身を苦も無く直立させて腕を組みながら、状況を見据えているゾンビ群体という名の単一に言い放った。

「そしてこの名乗りは私の名とその技とを今回限りの見納めとする貴様に向けられたものでもある。貴様のごとき不浄の怪物には、冥土の土産としても極上の部類であると知れ。既に駅全体を我が術にて封鎖、逃げ場は無いと思え」

 それを聞いて苦痛に耐えていたキュー・クレインは頭を抱えたくなった――彼の援軍は二人揃って気難しそうで、なおかつ吐き気がする程度には面倒臭そうであった。しかし駅を封鎖したというのは朗報だ。これ以上の拡散を防げるだろうし、後は戦うのみ。

 かように面妖で手間取りそうな状況であればもう少々協力し易そうな者達と組みたかったが、それも仕方あるまい――そこでふとキュー・クレインは、このゴリラの剣士がモダン・サムライズのメンバーであるという事の意味を悟って傷が疼いた。

「駅を封鎖…それは凄いですね。助かりました。ところでヴィンディケイター、あなたに聞きたい事があるのですが。今回無事にこの事件を解決できた場合、あなたは私をどうしますか?」

 相手は相も変わらず振り向きもせぬままで答えた。

「どう、とは何だ? はっきり言え」

 どうやら質問の意味がわらかないのかも知れない。それは好機だ。

「ですから、あなたはモダン・サムライズのメンバーであり、そしてこの国は未登録のヒーローが活動する事を禁じているのでしょう? ですのであなたがその後私の処遇をどうするかと気になったのです」

 いつものすかした調子で騎士は問い掛けた。こうして話していると、かつての生の己のようには燃え盛らず、淡々と斜めに構えている今の在り方が頼もしく思えてきた。

「俺は己の武をヒーロー活動として購入してもらっているだけだ。お前がヴィラン的行動を取らない限りお前が違法かどうかに興味は無い」

 ヴィンディケイターもまた冷ややかに答えたが、キュー・クレインからすれば人間味が溢れているように思えた――ゴリラの剣士に人間味とはなかなか面白いジョークかも知れない。

 だが不自然なまでに状況を静観するゾンビの群れを見ると、さすがに少々不安を覚えた。急速に腐れ落ちた皮膚の下は早くも虫を引き付ける餌場となった。

 個体差は激しく、腐敗の度合いだけでなく支配下に置かれるまでの過程での負傷などによる骨の露出などの事例も見られ、損壊した衣服や血(まみ)れの髪などを見ると、本当に彼らを元に戻せるのかどうかが今更ながらに不安でもあった。

 どう見ても彼らはフィクションそのもののゾンビであり、すなわち不可逆の変貌の果てに血肉が腐った悲惨な姿であり、ある種の怪物である。

 体色や体内で起きているであろう諸々の変化はさて置き、それよりも腐った部位や負傷などはこの幼体を始末した際に本当に元の状態へと戻ってくれるのか――考えたところで仕方あるまい、現状はこれらを何とかしなければ。

‹キュー・クレイン、お前は肉体を酷く傷めている。どうだ痛いだろう?›

 ゾンビどもの厭わしい合唱じみた問い掛けは聞くだけでも吐き気がした。そして声と共に腐臭が流れてきたため、鼻孔が噎せ返るような不快感に纏わり付かれた。キュー・クレインはじっと耐え、前方のゴリラの男は鼻を摘み、そして老人は咳き込んだ――それが答えであった。

「今ので伝わったでしょう」とアルスターの猟犬は表情を険しくして言い放った。痛みとてあの悪臭源と同化するよりは遥かにましというもの。「皆、あなたなどと同化するぐらいなら泥水を飲む方がましであると。何故ならあなたが唾棄すべき虫けらだからです」

 するとポロシャツ姿の魔術師は少し否定した。

「否よ、私ならばこの塵芥(ごみ)の一部と成り果てるよりも河豚の肝を喰らい、苦悶の内に死ぬ事を選ぶ」

 陣羽織を羽織るゴリラの剣士も少し否定した。

「俺なら介錯も無しに自刃するぞ。そこの化け物、誰もお前と手を取り合おうとは思わん」

 そうした冷え切った拒絶の言葉を投げ掛けられ、おまけとしてよく晴れた十月の日の駅構内に寒々しい空気が流れるや、己が一体何を言われたのかを遅まきながらに理解した悍ましい群体は、急に纏う雰囲気を変えた。

‹それが答えであれば、自ら早急な同化を懇願する程の苦痛と拷問とで答えよう›

 騎士は相手が激昂した事を察知して冷たい笑みを浮かべた。負傷したままの腹へと、鎧の継ぎ目から手を入れて庇うようにしながらではあったが、その顔にはこれまで同様の彼の在り方がまざまざと浮かんでいた。小刻みに震える左手で腹を抑えながら、〈致死の槍〉(ガー・ボーグ)の柄を地面に立てて右手で持ち次の状況に備えていた。

 ヴィンディケイターなる人外の剣士とマサノブなる魔術師は何かに気が付いたようにはっとして、そしてそれと同時にゾンビの洪水がわっと彼らへと押し寄せた。外的要因や予想外の事態にならぬ限りはゾンビの一体一体――すなわちこの実体にとっての血肉――を完璧に操作し、しかし何かの競争のごとき勢いで迫るそれらはとても恐ろしかった。

 しかしそれと対峙する三人はどれも百戦錬磨の強者揃いなれば、今更その程度に怖気づく事も無く、それは実際にはゾンビ群体の心を苛立たせていたらしかった。

 戦いとは互いの手札の見せ合いでもあり、己の特に自身のある手札が全く相手に効果が無かった場合どのような心境になるかは想像に容易かった。故に生まれたばかりの群体型コズミック・エンティティは、明らかに冷静さを常よりも喪っていた。


 悍ましい形相で男子高校生らしきゾンビが突撃して来た。いち早く先行しているその背後にも様々なゾンビがおり、脚を負傷して走りに支障が出ている個体などもいたが、最近のゾンビ映画のように大抵の一部は全力疾走した。

 先頭のゾンビは恐怖の効果を狙ってか悪霊じみた声を発し、手をばたつかせながらアクロバティックに疾走、そして跳躍して来た。

 摺り足で少しだけ前に出たヴィンディケイターは直立すると、目で周囲の地形を再確認し、飛び掛かって来たゾンビをいきなり呼び出した長大な刀で払った。

 抜刀せぬまま鞘で振り回して腹を殴打し、飛び掛かって来た猛獣が強力なショットガンで逆方向へと弾き飛ばされたかのような形で叩き落され、勢いが付いたまま吹き飛んだので背後から迫っていた別の一部と激突し、更に何体かの周囲のゾンビが巻き添えで転倒した。

 ゴリラの剣士は陣羽織の裾を優雅に翻して背後へと向き直り、いつの間にか抜刀していた長い方の刀を躰の前で襷掛(たすきが)けのように斜めにして納刀した――納刀し終えた彼が首を横に振って何かを否定するような仕草を取ったその瞬間、桜がばっと吹き荒れ重苦しい三度の打撃音らしきものが響き渡った。

 彼の背後では数十体のゾンビが消え行く桜の花弁の嵐と共に薙ぎ倒され、それらがぶつかった周囲のゾンビも転倒した。走っていた後続の数百体がもつれて転び、転びながらも起き上がりつつ走ろうとしていたが、ともかく足止めにはなったらしかった。

 彼は果たしてどこまであの恐るべき刀を制御下に置いているのであろうか。名状しがたい者どもの関与で鋳造された妖刀群の内の二本を所持しているというのは正直に言って正気の沙汰ではない。そもそも何故あれらの刀は飾り気の無い実直なロングソードのように地味な作りでありながら、ああも妖艶な魅力を放つのであろうか。

 騎士が束の間思考に気を取られていると、その間にゴリラより前に出た老人は左手を掲げ、まるで見えない盃を傲慢そうに見せびらかしているかのようでもあった。

 転んだり立ち上がったりして、更には線路へと飛び込んだり這い上がったりして、焦りで何体かの己の一部を転倒させながらも、とにかく一刹那でも早く到達せんと第二波を送り込む総体は老人に殺到して、残り数ヤードまで迫った瞬間の事であった――何かがずるりと這い出た。

「我が命に従え!」

 老人が掲げる手を左向けて振り払いながら指を弾いて鳴らすと、職人が手作りで信じられないような工程時間を掛けて造形した、精密な黒いガラス細工のような巨大な何かがマサノブ・マスダの腰辺りから出現し、それは何かを振り回して敵の一部を数十体、更には数百体薙ぎ倒した。

 風圧で電光掲示板が吹き飛んで別の一部を移動不能にし、既に己の戦闘ポジションへと移動を開始したキュー・クレインは横目でちらりとそれが何であるかを確認した。

 老人は己の腰の辺りから、巨人の上半身らしき半透明の鎧武者を出現させていた。仔細を観察すればそれは中世ヨーロッパ的な鎧で全身を覆っている事が確認できたが、その黒い半透明の巨人の鎧はスペイン的でもあったしドイツ的でもあったものの、しかし紋章の類いが無いので特定はできなかった。

 三方から迫ったゾンビを跳躍して躱し、他の一部の頭を蹴って水面跳びのようにポジションを探っているゴリラが辛辣そうな声で言った。

「見た目よりはましな玩具だな」

「黙れ、無礼な阿呆が。これなるは荒涼たる戦場に残されし騎士どもの残響、その結合なれば。千年に一度の技を特等席で見られる栄誉に服すものぞ」

「千年に一度程度の技に興味は無い」

「ふん、田舎武者が」

 やれやれとあきれながらも騎士は掛け、腹の槍を手にゾンビどもの間をすり抜けて行った。所詮ゾンビどもの動きは低速であると言え、あるゾンビの突き出された腕が数インチ動いた間に彼はその背後へ移動して腹の槍を突き刺し、手加減された突きがまた新たに一体を無力化した。

 苦痛を紛らわせるように左手で腹部を庇い、痛みによってかその手が不規則に揺れていたが、その間も彼はゾンビを飛び越したり頭を踏んで移動したりしていた。ふと眼下を見下ろすと、己が足場にしている腐肉どもの悍ましさがありありと感じられた。

 目が充血したり白目を剥いたりしている化け物と化した元人間達は伝承の吸血鬼かそれ以上に顔色が悪く、冷凍された人肉のような色合いの皮膚を纏って三人に殺到していた。

 スピードが足りないために己の一部を足場同然に踏まれているが、しかし騎士は歴戦の勇士であるため、この手もいつまでもは通用しないと考えていた。敵は遅いなりにタイミングを見計らい始めるだろうから、そろそろ一旦離脱すべきか――。

 その瞬間、進行方向上の一部が複数体ジャンプしたり腕を突き出したりして、束の間別の方向を見ていたアルスターの猟犬はゾンビどもの上で躓いた。

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