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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
164/302

PLANTMAN#8

 悩んだ時は南極の海百合さん達と戯れよう――そのような憩いすらぶち壊す、無慈悲な漆黒の光明神。

登場人物

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…エクステンデッドのヒーロー、出版エージェント業。

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神。

―ダーク・スター…アールを狙う青年、己と同名のロボットを駆る復讐者。



六月、ダーク・スターとの遭遇から数週間後︰南極、ベリングスハウゼン海沿岸から内陸に数十マイル、海百合型異星人の遺跡


 あれから何週間か過ぎ、アールは南極を訪れた。過ぎ去った黄金時代を過ごす海百合型の種族と、かつてそれと激しく敵対したものの不毛を悟って和解したかつての奉仕種族とが己らの城塞を再建しており、周囲一帯は対人工衛星のため欺瞞されていたらしかった。合衆国政府とは互いの非干渉を秘密裏の条約で確約し、最低限の交流をするに留まった。しかし他の国々とは未だ条約どころか交渉すら持っていないし、恐らく大半の国は南極にとある小説家の作品に出て来た種族と酷似する異星人がいる事など知る由もあるまい。

 アールはプラントマンのコスチュームを纏った状態で彼らの作業を見守っていた。彼らが種族としての活力を取り戻したのは今年に入ってからであり、それまでの悲惨な姿は栄えし者に訪れる必然の衰退をまざまざと感じさせるものであった。今では彼らの姿はそれまでと全く別物であるように思えてならなかった――静かな滅びを待つ海百合と不定形とが今や精力的に活動し、作業に必要な機械をまず作り上げ、生産ラインもある程度作り、そして寒々しい洞窟や打ち棄てられたまだ状態のよい遺跡をとりあえずの本拠とした。彼らの作り上げた文明の偉大さはそれまでは歴史の闇から推測する他無かったが、今からそれらが再び在りし日の姿を取り戻すか、あるいは思い出の中の姿すらも凌駕する新たな黄金時代が生まれるかも知れなかった。

 太陽系第三惑星上の残されたこの最後のコロニーから彼らはいつの日か旅立ち、願わくば銀河の諸種族が参加するPGGに加盟を、という新たな目標が生まれていた。それは何年後か、何十年後か、あるいは永い寿命を持つ彼らにとってすら何世代も後かも知れない。

 だが今更彼らは焦る事など無かった。今まで散々種族としての衰退、死へのカウントダウンを経験してきたし、今や素晴らしい目標ができたため、明日すらも今では希望に満ちているようにさえ思えた。言うまでもなく南極は今日も吹雪いて、信じられないぐらい寒かったが、しかしかつて彼らの祖先が生身で遥か彼方の領域から渡って来たため、その子らである今の世代とてこの程度は問題が無かった。やはり世代を重ね、そして種として衰退した事で生身による宇宙への飛翔は叶わなくなり、後はラヴクラフトが己の著作で綴ったようにこの種族は静かな死を待つのみであったが、実際にはそうはならなかった。

 そしてそれらの様子を見ていると、アールは現実というものが残酷であると同時に心温まるものである事を悟った。世の中決して絶望だけではなく、希望とて確かに存在する。最近はバッドエンドこそリアルだとする嘆かわしい意見もあるが、そのような逆ご都合主義に真っ向から立ち向かう事こそ己のヒーローとしての使命の一つであると考えた。

 海百合とその同盟者はまだ文明再建を始めたばかりであるため、現場は作業用の大小の機械とて足りず、寒くはないが鬱陶しい吹雪を凌ぐ仮設休憩所の数も明らかに足りなかった。そのため彼らは足りないなりに工夫し、それぞれの触腕や変形させた肉体の一部を忙しく動かして肉体労働に従事し、あるいはそこらの積もった雪や氷を使ったかまくらのようなものを作った。

 ふと不定形の内の一人が作業中の遺跡外壁からずるりと落ち、それは雪原にどさりと落下した。反応が遅れたアールは助ける事ができなかったが、幸いラヴクラフトらがショゴスと呼び、『リヴァイアサンへの回帰』などの実在する魔道書ではゼゴレドと呼ばれたこの人工生命体はかなりタフであり、再び作業に戻った。

 だがアールは見逃さなかった――落下した瞬間その近くにいた海百合の一人がすうっと飛来し、それは明らかにかつて己らと敵対していたはずの反逆者かその子孫を気遣っていた。この駆け出しヒーローにとって種族は謎が多く、その文化風習も言語も不透明な部分がまだまだあったが、しかしこうした温もりを感じられたのは己の事のように嬉しく思えた。SF小説からそのまま出て来た――言い得て妙である――ようなこれら種族もまた〈人間〉である事が理解でき、そしてそれらが己の滞在を許してくれている事がどこか非現実的で、そして嬉しかった。


 何分経ったか、それは定かではなかったが、やがてアールは己の斜め上後方に気配を感じた。彼はそれが誰か知っており、振り向いて確認した。漆黒の星空を映すマント、恐ろしくも美しい深緑の甲冑、三本の脚部を持つ下半身、地球人とも似た形状の上半身、パイロンのように奇妙な形状ではあるが信じられない程に美しい頭部。

 かの神こそは待ち合わせていた相手であった。携帯のSNSでこのような実体と待ち合わせる事の、なんと不思議な事よ。

「ああ、忙しいところ悪いね」とアールは神聖なるその実体へ気さくに話し掛けた。己のマントを吹雪にはためかせたままゆっくりと降下して来たその実体を、アールは己のマントを同じくはためかせたままで出迎えた――彼にはマントを制御する能力など無かったが。

「いや、構わぬ。己の愛しき子らが私に会いたいなれば、そしてそれが特に深刻なれば、ナイアーラトテップはそれを聞き漏らすわけにはいかぬ」

 多元宇宙(マルチバース)を俯瞰し、無数の己の側面をその様々な領域に派遣――かつては時間すら完全に俯瞰した――している美しい三本足の神ナイアーラトテップは、地球にいる己の側面の一体を南極へと派遣した。ある種の汎神であった彼も今や賢人種族ミ=ゴから献上された〈輝かしき(シャイニング・)捻じれ多面体〉(トラペゾヘドロン)の力を使わねば複数同時に顕現する事も叶わなかった。

 そのような事情を半分程度は聞かされていたアールは話を続けた。

「そっか。そいつは嬉しいな。じゃあ話を始めるけどさ」

 アールはあの謎の敵の話を始めた。ニューヨークでいきなり巨大なロボットらしきものの襲撃を受け、応戦してなんとか撃退し、そして凄まじい攻撃であったにも関わらず何故か犠牲者がゼロであった事も話した。彼がナイアーラトテップを呼び出したのは、そのダーク・スターと名乗った敵が彼を〈救世主〉(メサイア)と呼んだからであった――何せ三本足の神自身がかつてセントラル・パークで初めて会った際に彼をそう呼んだからだ。

 途中、かの神はダーク・スターという名を聞いた瞬間にその纏う雰囲気が変わった。それが果たして何を示唆するかはわからず、彼はとにかく話を進めた。

 本当は黙っておこうかと思ったが、己が世界で最も可愛いと考えているフィリスを泣く程心配させた事もアールは話した。彼自身は茶化していたが、しかし内心ではかなりショックであった事もまた間違いあるまい。まるで小学生の頃とても遅くに帰って来て両親を泣かせた時のように。

 それ故前回の事件の顛末を話さないわけにはいかないらしく、己のみで抱えるには重過ぎたか、これまでしてきた辛い想いの積み重ねが前回の事件で溢れたのかも知れなかった。

「彼女の前じゃネタにして誤魔化してたんだが。あんたに話せてよかった、その他の誰かにはどうにも話せなくて」

「何から何まで助ける事はできぬが、しかし君の悩みを聞く程度ならばやぶさかでもない。では本題に。まず、私は己の不始末を侘びねばならぬ。何故なら君が遭遇したダーク・スターは私と既に二度遭遇しているからだ。二度目はヴォーヴァドスもその場にいた」

 ライアンはそれを聞いて(めまい)がした――突っ込みどころが多過ぎる。

「ヴォーヴァドスってあの?」

「恐らく君が思うそれであろう」

「なんなのこの惑星。一部のホラーやSF作家は歴史の裏側にいる連中が見えてたとかそういう…まあ、いいや。よくねぇけど」

 かの神はその(かお)に口と多少の皺以外のパーツを備えぬにも関わらず、どこか恥じるような表情を見せたのがアールにもわかった。ハンサムなマッチョはどこか気不味い気分になった。

 かの神は渋い表情で答えた。

「不覚を取った事は認め、かつ君にはその不始末を謝る。私の側面の一体――ちなみにその側面はこの場にいる側面と同一であるがね――はモンタナ山中に巣食っておった愚か極まる下郎を罰した後、彼と話をした」

 それからかの神はその後何があったかを話した。モンタナ山中の行方不明事件の背後にいる異界の実体の捜索、対峙、二度の味方援軍、その後の話し合い。

「今思えば」と美しい三本足の神は神々しい声で告げた。「何かが奇妙であるとも言える。君の話を聞いてふと、あのモンタナで私は何かを見落とした気がしてならぬのだ、故に不覚であると。例えば私はダーク・スターなるあの最後の生存者の前で〈救世主〉(メサイア)と口にした覚えが無い。我々のような実体は記憶を違える事無く、かくなればそこでダーク・スターが、あるいは私の側面から記憶を消したのやも知れぬ。消された記憶の中で私は彼に〈救世主〉(メサイア)がこの惑星にいると話し、彼は君を自力で探り当てた可能性があろう。とは言え、何故彼程の善良な男が君を付け狙ったのか、これはナイアーラトテップにも見当が付かず――」

 その瞬間空がまるで割れたかのごとく、猛吹雪を斬り裂いて何かが空から落下して来た――否、その正体は両者共に理解できていた。

「やあ、〈救世主〉(メサイア)のプラントマン、そして諸世界を監視する最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン

 吹雪の向こうで未知の金属で建造されたと思わしき巨人がそのように喋った。それは搭乗型のロボット兵器であろうと思われた。

「よう、クソ野郎。今回は俺だけじゃねぇぞ」

 アールはいつでも殴りに行ける体勢でその時を待った。異変に気が付いた海百合達が笛の音のごとき言語で恐慌し、その新たな同盟者が忘れ去られた言語で乱入者を呪った。美しい三本足の神ナイアーラトテップは厳粛な様子で高らかに言い放った。

「死せる種族の最後の子よ、本来であれば君の復讐を止める気には終ぞなれぬ、その正統性を知っておるが故に。しかし君がどのような理由にせよ悪に身を(やつ)すその時、神や天使として畏敬されしナイアーラトテップは滅殺者となり、君と敵対する事は必然と知れ。願わくば私に君を下郎と呼ばせる悲劇など、決して無きようにせよ」

 吹雪は恐怖のあまりその勢いを喪い、太陽が寒々しい大地と遺跡とを照らした。まずは人々が多くいるこの場からダーク・スターを引き剥がさねばならなかった。今回も厳しい戦いになるかも知れなかったが、新人ヒーローと三本足の神は当然ながらその覚悟もできていた。

 生身の主人公と巨大ロボットに乗るライバルの対峙という謎の発想を作った謎のインスパイアに感謝せねば。

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