SPIKE AND GRINN#15
些細な行き違いからオカルト探偵はかつての守護神と一触即発となる。互いに色々抱えた彼らはしかし打ち解け…。
登場人物
―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。
―リン・マリア・フォレスト・ボーデン…スパイクの母親。
―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉。
事件発生日の翌日︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所
己の生まれ育ったこの世界都市のど真ん中で、地球最強の魔術師は堂々とした態度で訪問者を迎えた。彼にとってはこの玄関口こそ命に代えてでも守らねばならぬ最終防衛ラインであり、愛する母の視界にこのような得体の知れない輩を入れたいとは到底思えなかった。
また、息子として、男として、人間として、それらのプライドが退く事を善しとしなかった。
「で、テメェはどこのアスホールだ? あ? 用があるならはっきり、まごつかずに言いやがれ」
スパイクはあえて挑発的な態度を取って出方を見た。既に肉体を強化し終え、後は気障ったらしく指を弾くだけでペットとして異位相に飼っているカースド・ラーカー五匹を相手の背後に出現させられる。
それらは粘着くグロテスクな体表と、涙すら出る信じられないような悪臭、そして悪意すら感じる獰猛さとを兼ね備えた畸形の類人猿じみた四足歩行の怪物である。
それでも足りなければいずこかの領域では一般的な兵器として使用されているという空間圧縮――圧縮された空間が元に戻る際に発生する、あらゆる防御を無効にできる阻止困難な破壊効果――によってスクラップにしてやる他無い。
そうした内心は隠したままで威圧感を放ったスパイクは敵意丸出しの表情をしており、じっと睨め付けるその様はギャングじみていた。顔を前に少し傾けて上目遣いにし、しかしそれは色気などとは無縁の威圧であり、眉間の皺がその度合いを物語った。
己の血肉であるがごとく生々しく燃え盛っていた銀色の焔を既に消し去った〈旧神〉は、このアメリカ人としての生においては今までこのような男に出会った事が無かった。
というのも目の前の魔術師は田舎の荒くれ者とはまたタイプが違い、危険な都会で生きてきた映画の中のギャングスタとどことなく似ていたのだ。
今までに見た事のある相手と異なり、そのためハンサムな田舎者は戸惑い、相手に呑まれかけた。そして己が気圧されたという事実は彼の人としてのプライドを傷付け、反発を生んだ。
「いきなりそういう言い方か!? 初対面だよな、俺らは!」
当然ながら言葉は唐突で、そして声は荒らげられる。スパイクは威圧しながらも相手の様子を観察し、そして相手が喧嘩に慣れていない事は無いにしても、己のようなタイプと対峙した経験が無いので焦ったのかと考えた。
更に言えば相手は人間の姿に恐らく『戻って』おり、いきなり何らかの破壊行為には出ないかも知れなかった。しかし彼もまた己の母を守らねばならないため、焦りや気負いから余計な言葉がすらすらと出たのであった。
「黙れ、俺が質問してるだろが。お前は俺の言う事に答えろ。お前はどこの、誰で、ここには何の用だ、ああ?」
「…この野郎!」
田舎から来たホワイトの青年は悔しそうに怒りを滲ませた。己の愛する者の悲しみを晴らすためにこの世界都市へ意気揚々と乗り込んだはずの己がかくも躓き、威圧され、そして明らかに怯んだ。プライドがそれを許せなかった。そして彼女のためなどと意気込んでいた事が今となっては情けなかった。
しかし彼らの対峙は長くは続かなかった。
「スパイク、あんた朝から何やってんの?」
緊張感など微塵も存在せぬ声がして、その声と共に足音が玄関に近付いて来た。
「お袋、今はヤベェから来るなって!」
「あら、朝からシュグ・ナイトごっこやってるあんたの方がよっぽど危ないわよ」と彼女は呆れていた。その様子は場に漂う緊張感を一気に霧散させた。
「さっきはごめん。自分でも知らなかったけど〈旧神〉って呼ばれるのって結構ムカつくみたいで…それでもあんな訪問はすべきじゃなかったよな」
「俺もお前を見て冷静さを無くしかけてた。お互いひっでぇ遭遇の仕方だったな」
スパイクはかつての地球の守護神であったライアン・ウォーカーを家に通し、二人してテーブルで席に着いていた。彼の母は三人分のコーヒーを淹れている。
「それで」スパイクは訪ねた。「こっちで起きた事件の事で来たって話だったが、詳しく聞かせてくれよ」
真面目な態度で興味津々になったスパイクに、ライアンは己がこちらに来た経緯を語った。スパイクは最初の犠牲者が彼と間接的に繋がる事を知り、そしてその彼が尋常ならざる力を持っている事の詳細もある程度聞く事ができた。クレイトンが事件発生の連絡をしてきたため、その後あの太った刑事に電話してここの事務所の事を聞いたとの事であった。
しかしそこまでぺらぺらと己のかつての正体を語っていいものだろうかとスパイクは内心苦笑した。思った以上にお人好しというのか。
「まあ大体わかった。アメリカにお前みたいな凄い奴が住んでるとは…」そこで彼は己の家に居候している永遠の美少女の姿が浮かんだ。「いやいや、この国じゃ珍しくねぇか。しかしそういう話を会ったばかりの俺にするってそりゃ、随分信用してくれたもんだ」
「私が思うに君は誠実であり、そして正義感がある。少々荒っぽいかもしれまいが、しかしそれは奥底から湧き出る正義を隠す事はできない」
ライアンは己の正体を知っている者には、こうして普通の人間としての口調と神としての口調を半分無意識かつランダムに混在させる癖があったため、スパイクは少し反応に困った。
「どうかしたかい?」
「あー、正直に言えばお前は真冬にフロリダ・ジョージア・ライン聴いてそうな雰囲気だったから、そういう喋り方見るとギャップを感じてな」
「えーと…何それ? フロリダと…ジョージア…州を跨ぐ道路?」
「おいおいおい、最近結構売れてるカントリーのデュオだよ、知ってるだろ?」
「えっ、どんな曲歌ってるんだ?」
スパイクは呆れながら、西海岸のヒーローチームからもらった端末に入っているiTunesのプレイリストをスマートフォンで遠隔操作して曲を流した。
端末の子機から『ステイ』が流れ、スパイクは「この曲はブラック・ストーン・チェリーの曲のカバーであり、曲を書いたジョーイ・モイはFGLとも共に仕事をしており、そしてBSCとFGLはライブで共演した事もある」という薀蓄が口から漏れ出ないよう、きつく唇を噛んだ。当然ながらライアンはそうした様子に気付くでもなく納得し始めた。
「あ、これ知ってるよ! 俺の…」そこで声が小さくなった。今は悲しみにくれるシャーもこの曲が好きだった。「俺の大切な人の好きな曲だ」
「他にも何曲かこのデュオの曲聴いてるか?」
「聴いてる」
「けどよ、それ普通はアーティストの名前ぐらい知ってるんじゃねぇか?」
「え…それは。えーと」
「全然関係ねぇが、『アルマゲドン』のテーマ曲は誰?」
「それは…ブルース?」
スパイクは手で顔を覆った。
「じゃああれ知ってるか、『守護神』(アメリカ沿岸警備隊の活動を描いた映画)のエンディング曲だが」
「…」
「ブライアン・アダムスだよ! 『コールドケース』シーズン1の二話でエンディング歌ってたろ?」
「その、あー、君って音楽に詳しいんだな」
「いや、普通にこれ全部一般常識だからな?」
「ごめんなさいねぇ、この子音楽の話になると急に生き生きし始めるもんだから」
ライアンはリンの介入が助け舟に思えてならなかった。
紀元前六九三世紀:瓦礫の要塞
単に瓦礫の宮殿と呼ばれるその場所は暫定的な〈機神〉の本拠であり、それら神々とその眷属とが犇めく重厚な要塞であった。
ほとんど無秩序に、有機体じみた機械の触腕らしき黄金の物体が張り巡らされ、そこらの天井や床を突き破って繁茂し、そして脈動していた。この要塞は小惑星を刳り抜いて作り上げられ、地球の年代単位で言うところの紀元前六九三世紀に存在しているらしかったが、その正確な位置は彼ら自身しか知らなかった。
彼らと敵対する勢力が時代までは特定していたが、そこから先の行方が未だにわからず仕舞いであるらしく、故に時の彼方に建立されし異郷の神々の棲家は、それを穢される事が一度とて無かったのだ。
数百フィートにも及ぶ高い天井を備えた巨人の坑道がごとき通路では、黄金の触腕じみた物体に己らの肉体を侵食された者どもが行き交い、それら機械の子らはその雑多な種類の多さ故に、魑魅魍魎が夜な夜な行なう百鬼夜行の有り様を見せていた――地を這う者、歩む者、歩むだけで地が揺れる者、壁や天井を這い回る者、存在せぬ床に乗って宙を這う者…。
元々この機械が犇めく要塞は誰も知り得ぬいずこかの文明の放棄された軍事施設――工事の途中で放棄された可能性もある――であるのかも知れなかった。
剥き出しの岩肌、理路整然という言葉が相応しいであろう加工された岩、そして加工の行程途中で打ち棄てられた可能性を物語る加工と未加工の入り交じる箇所。
加工がまだやりかけのままであったため荒々しく削り取られたままの岩肌が、そこに付けられた爪跡を今になるまで保存してきたらしかった。
設置されたままで工事の再開を永遠に待ち続ける、こちらの次元で言うところの電気工事らしきもののなれ果ては、寸断されたり朽ちたりした配線や巨大な工事用の機械から少しだけ往時の推測を可能としていた。それらの大半は金の触腕によって機械的な侵食を受け、元が何であったかわからぬぶくぶくと太った癌細胞の塊のような様相を晒していた。
大廻廊と呼ばれるこの地表部沿いの巨大な通路は支流のような無数の小さな通路への入り口が設けられ、大廻廊の天井付近では黄金のエネルギー球がばちばちと電気らしきものを放ちながら、まるで定規を使ってランダムな方向に線を引き続けているかのようにして、三次元的な移動を一定の狭い範囲で機敏に繰り返し、そのような球が一定の間隔で浮遊していた。
それらから降り注ぐ金色の光が大廻廊をちかちかとした不愉快な明暗で照らし、概ね明るかったがその明るさは球の動きに合わせて焦れったく上下し続けていた。
その大廻廊がちっぽけな土竜の穴蔵に見える程の、あまりに馬鹿げた広大さを持ちながら、同時にその大半が闃とした闇に覆われる広大な空間。その中央に座する者。
――〈未完なりし神聖〉序列第零位
――聖位称号〈白金の時代〉
――変革出力:純粋三重螺旋ズールー
――裏側のアナンシ、永劫喰らいの蜘蛛、幇助の死出虫、暗黒神話のスカラベ、反転するアル=マリク、最果てのサメディ…
――其は全ての〈機神〉の収束点、シャグロス・プラチナム=オーグメンテイター
穴蔵の中央部、地面を喰い破って産声を上げたであろう金の触腕が大木のように威風堂々と立っていた。力強い根本のように広がった巨大な触腕のなだらかな下部にて、腰ないしは腹部を下ろす者。
そしてそれは、かつて健全な頃に全身を覆っていた甲殻を著しく喪失した無残な剥き出しの肉体を、無数の黄金に寄生させた者。これが樹木であれば宿木に己の大半を食い潰されているかのようにさえ…。
前方の腹部よりも後方の背部が高い位置にある下半身は四本の機械の脚によって支えられ、それらは木の幹のように硬化した有機体組織じみていた。
脚以外の各部もおおよそは同様の機械に覆われ、特に顔面などは著しい損傷を受けていた事が想像できた――今は黄金の有機じみた機械による甲殻が取り付けられ、その形状は後ろ向けて傾く蕾を、敵意すら感じる恐ろしさによって歪めたかのごとき有り様であった。
彼は異次元にその由来を持ちながらも紛れも無き神である。なれば神が、そのほとんど万能な再生能力をもってしても修復不可能な傷を負うなど基本的にまずあり得ない事を思えば、このシャグロスなる実体は時折神話を通して人類が知り得る『神すら傷付ける何か』による傷を負わされたのか?
〈機神〉の裏の首領は広大な闇が広がる領域で彼は黄金に照らされ、そして己自身の放つ黄金によって闇を斬り裂いて佇んでいた。貴人じみた優雅さで首を傾け、遠大なる己の目的までの過程を計算し、要塞全体を俯瞰する。
ふと己に接近する者が放つ自己創造の鼓動を感じて振り返った。
「白金、要塞の稼働率は予定より三.九九五四二七一パーセントを上回る、破片群の固定を確認、このプラットフォームでお前の計算を三億回再計算して成功率が四〇パーセント台へ到達した事を確認」
その声は荘厳ですらあった。名状しがたい触腕が背から伸び、手足では奇妙な組織が脈動し、胴では心臓じみた剥き出しの何かが活発に蠢いていた――身長三〇フィートで四肢を備えた二足歩行の生々しい質感の巨人は明確に機械であり、精巧であり、そして何かが一般的な機械と大きく異なるらしかった。
しかしその正体は杳として知れず。
「そうか。ならばそろそろ全てが動き出すだろうな、我ら増大と変革の徒、ゲームメイカー破りの未知とその同胞、世の帷を穿つ戦争屋、そして…」
シャグロスは機械部品で覆われた顔で無表情のまま、しかしその声に笑みを滲ませながらそのように言いつつ首を元の方向へと戻した。
機械の巨人は己よりも小さな序列一位の正面に回り込み、座する姿を見下して眺めた。裏側のアナンシは蜘蛛じみた脚で立ち上がり、その身から白金の輝きが溢れた。それに呼応して黄金の機械巨人もまたより一層に黄金が増し、そしてこの黄金こそは全ての〈機神〉の肉体を侵食している機械と同じ輝きであった。
――〈未完なりし神聖〉序列第一位
――聖位称号〈黄金の時代〉
――変革出力:純粋三重螺旋ユニフォーム
――自己創造の神、非虚数のセフェ・デコテ、冷厳無比な首席補佐官、黄金の全的設計者、高位ロアの緊急対応装置、逆さ吊りのシャンゴ…
――全〈機神〉がその身に宿す〈変革の林檎〉の母樹、レッケルフェイム・ゴールデン=アーキテクト
黄金の脈動する肉塊が巨人の姿を取る自己創造の神は、裏側のアナンシを補佐する立場に甘んじながら、しかしそれに疑問も不満も挟まないという事実の不思議なものよ。
己の巨体と比べればその蜘蛛じみた巨躯も随分見窄らしい反転するアル=マリクが、〈変革の林檎〉の設計者たる己以上にその力を引き出しているという事実を一切不愉快には思わぬが故に、彼の在り方を誰よりも機械仕掛けの神たらしめているのかも知れなかった。
序列一位にして副神たるレッケルフェイムはよく響く人工バリトンで話を続けた。世界を構成するあらゆる要素が、その嫉妬すら集める声に屈服する――あるいは自らの意志で。
「鉄が三個体を侵入者に差し向けた、鉄自身は帰還。白金、鉄はお前との会話を所望、接近中、到着まで八.二六九九四一秒後」
機械の蜘蛛じみた反転するアル=マリクは、己の傍らに立つ巨像のごとき非虚数のセフェ・デコテを友であると認識していたが、しかし今現在この広大な空間の玉座へと近付きつつある実体についてはそうは思っていなかった。
それが発する様々な兆候はこの距離からでも、いやそれどころか要塞のどこにいようと察知できた。顔面を著しく損ない既に己の種族の標準的な表情を作れなくなった序列第零位はしかし、不可能であろうと顔を顰める他無いのだ。
ああ、そろそろ彼女の声が伝わってくる事だろう。それらは様々な予兆や経験から手に取るようにわかるのだ。まるで硫酸の雨が降れば雨の日特有の匂いが漂う事を予想できるのと同じように――人造の神々の主神は、今やそうした彼女に関する諸々を意図的に避けているかのようでさえあった。
何故なら私は君に近付いて欲しくないのでね。
「王よ、今お側に!」
序列第五位の彼女は序列第一位レッケルフェイムの予測を一切違えずに到着し、その事実が序列第零位シャグロスの心に大いなる黯黒を解き放った。
「ふん、君は一体向こうで何をしてきたのかね?」
言いながらもシャグロスはレッケルフェイムの右肩へと蜘蛛が這うようにして這い上がり、彼らは彼女に背を向ける形となった。塵の房室と呼ばれるこの広大な真っ暗闇は三者が放つ色と中央部の黄金の機械とで微かに照らされていたが、既に重苦しい空気が漂い始めていた。
非虚数のセフェ・デコテは己を友と認識し、そして遥か彼方地球においてある地域では最果てのサメディと呼ばれたシャグロスを右肩に乗せたままでゆっくりと歩み始め、序列第五位との間には物理的な距離が空いた。
「ブルー・スフィア内で未知の侵入者を発見致しましたので、それの迎撃に――」
「それは既に聞き及んでいるとも」
心を突き刺さんとする言葉の刃。どこまでも冷たく、どこまでも突き放し、そして一切の親しみが無かった。もしもこれが演技であればこの暗黒神話のスカラベは相当な役者であろうに、生憎そのようにも見えず。しかしかくなる隔絶を受けてすら、健気に縋る女の背中の物悲しさたるや、シェイクスピアですらあえて明確には表現しようとすまい。
なんと冷酷であるか、なんと荒涼たるか、なんと無情なるか。それは一見すれば生来愛を知らず親しみを知らぬ者にのみ可能な拒絶に思えた。
――〈未完なりし神聖〉序列第五位
――聖位称号〈鉄の時代〉
――変革出力:二重螺旋ズールー
――空間喰らい、揺れる酸化鉄、薄明のスルターナ、衰退記録媒体、オシュンの闇側面、乾き血の魔女…
――上位者と下位者を隔てる鉄の壁、ヴェルトリシア・アイアン=ウィッチ
星の海よりも遥かに広大な隔てを作られてなお、健気であらんとする乙女に救いあれ、しかしそれが背負う罪に関しては一切の容赦召されるな。
七〇年代後半:ブルー・スフィア
「おたくさ、いい加減な! 俺を援護してやろうとか思わないの、マジで!? 俺こういうのより斬り合う方が好きなんだよ!」
がらがらとした声で精悍な顔立ちの武将は叫んだ。
「そうか? では私のと変わってやろうか!? こっちはじわじわと追い詰めるような射撃で結構楽しいぞ!」
卿は二体の三角形との空中戦を続けており、到底援護できる状況ではなかった。
「どう見てもそっちの方が弱そうだろ…」と〈神の剣〉は忌々しそうに呟いたが、ちらりと見ただけでアーサー王の息子が対峙している敵の厄介さを察知した。「あっまあ、そりゃ。そっちも厄介そうで」
アッラーの抜き身の剣は既に人生を終え、そして何某かの理由で再び現世に降臨した身であり、己の宗教観と照らし合わせてこの『早過ぎる来世』は何事であるのかを彼なりに考えていたが、今のところそれよりも降り掛かる迷惑な砲撃の嵐を打ち払わねばならなかった。
上から一方的に撃たれるのは到底いい気分のする体験ではない。ましてや今の彼は全盛の頃のような力が使えるわけではないため、あくまで人間として生きたハーリドでしかない。
機関砲による一斉掃射じみた無数の死の雨でそこらが穿たれ、破片が飛び散り、そして更に強力な爆撃のごとき砲撃によって信じられないような轟音が辺りを満たしていた。
彼は己が比較的大きな足場におり、そこから走って崖から飛び降りるよりは地面を斬り裂いてその向こう側に飛び降りた方が無難だと判断し、上空のドラゴンが放った砲弾の嵐を剣で受け止めつつそれらを纏め、隙を窺い始めた。
触腕を垂らすドラゴンが位置を変えるためにばさばさと移動し始めたその瞬間の砲撃の切れ目を狙い、彼はこの短時間で受け止めていた全てを相手の予想到達位置目掛けて剣で放り投げた。
それらは相手の腹に激突して爆発したり弾けたりして、あるいは貫通して内部を傷付けた。苦悶の咆哮が空気を振動させ、視覚が歪み、耳がびりびりと痛んだ。実際には常人であれば耳から血を流して昏倒していたところであった。
かつて生涯に百の戦いへ参加しその全てで勝利したハーリドはじっと鋭い目付きで相手の反応を窺い、今がその時であると悟った。否、彼程であれば次の行動を半手早める事も不可能ではないため、彼は確認と同時に剣を上段から地面へと振り下ろし、躰の左側の地面を斬り裂いた。
まるで斬られた腹から臓器が飛び出るかのごとく石や固い土が塊のまま抉り出され、それには留まらずその向こう側まで斬撃が貫通した。一点集中であったはずの彼の剣技はしかし、既に砲火で散々苛め抜かれたこの足場には度が過ぎていたらしく、亀裂が全体へと走って一気に崩壊が始まった。
朽ちた石畳や何かの枯れた木が吹き飛び、〈神の剣〉は「なんでこうなるかね」と嫌そうな顔で呟きながら、崩れて分かれた大きめの足場の破片に飛び乗った。
見れば機械に蝕まれた龍は予想以上に大きなダメージによって飛行バランスを崩し、逆さになって落下していた。龍の触腕はどことなく落下と共にたなびく露出した腸のようにも見えた。落下速度は手に取るようにわかったため、後は神に身を委ねて剣を振るえばよい。
「我が身はアッラーその人の剣、その技に些かの衰えも無し」彼にしては真面目腐った調子でハーリドは呟き、その一閃がこの無数の足場――すなわち砕け散った異次元惑星の破片群――が浮かぶ領域にて雷鳴のごとく冴え渡った。鈍った剣はまた鍛え直し、研ぎ直せば往時の鋭さを取り戻す。




