表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
157/302

CU CHULAINN#14

 自然過ぎて不自然に見える男を追跡し始めた古代アイルランドの英雄はひょんな事から追跡が発覚してしまう。アジア屈指の世界都市東京で一体何が起きようとしているのか?

登場人物

―キュー・クレイン…ドウタヌキと呼ばれる尋常ならざる妖刀群を追う永遠の騎士。



大阪での一件の翌日︰日本、東京都、新宿区


 騎士は自然過ぎて不自然な男に名状しがたい不安や重苦しい気掛かりを(いだ)き、何百ヤードも向こうにいるにも関わらずその息遣いが感じられるような気がした。一見するとただの管工事作業員――そういえば現代にはそのような職があった――であったが、彼はPDAの望遠機能でじっと様子を窺った。

 やがて彼がいる高層ビル屋上にびゅうっと風が吹き、風が収まるとそこにはもう誰もいなくなっていた。人ならざる程の身体能力を持つキュー・クレインはそのままだっ(・・)と駆け、一飛びでミライナタワー屋上からバスタ新宿屋上の西の方まで一迅の風となって着地した。

 それから南口を備えた新宿駅構造体へと跳び移り、西に聳える台形のビルの屋上へと駆け、そこから獲物を狙う狼のごとく百貨店の向こうにある北西の通りを見下ろした――大阪で負った穢れを帯びた攻撃による傷は今のところ我慢できる程度の痛みであった。

 彼は地球外から持ち込んだPDAをちらりと見遣り、先程ビルの屋上でマーカー付けしておいた男を探した。その男はPDA越しに見ると全身を青い半透明の表示で塗られ、周りの大勢の群衆から浮いていた。男は今現在は道を南に渡って百貨店に接近していた。

 黒髪の騎士はふとした瞬間、明治安田生命ビル前の南北に走る道路沿いの歩道へと移動しており、しかし急に彼が現れた事には誰も気付かなかった。雑多な通行人に紛れて彼は歩道の道路側へと寄り道を探すふりをして、そこで黒縁の眼鏡に触れた――眼鏡に偽装したHUDを起動。PDAと連動するそれは騎士が追跡中の男が辿って来た痕跡を表示し、彼の足跡のみが青い点滅を少し早いペースで繰り返した。

 足跡は北から北西に掛けて明治安田生命ビルの向こう側へと続き、それはかなりの距離まで続いているらしかった。都心方面の高層ビル街まで続きそこでふと途切れており、彼は半透明のガラス板じみたオレンジ色のPDAをポケットから取り出して、腰ポケットの横に待機させた右手で前を向いて歩きながら画面を操作して連動中の眼鏡型HUD上に周辺地図を表示。

 地図上に表示された足跡の奇跡が高層ビル街のある一点で途切れているのをはっきりと確認できた。彼は目をぎょっと見開いて少し緊張しながら足跡の軌跡が重なった地図データを保存し、引き続き追跡した。

 百貨店西側周辺は大勢がバスへ乗り降りできるよう数百メートルに渡って巨大な半ロータリー構造のようなものが形成され、彼の目の前で大きな音を立ててバスが走り去って行った。

 ふと見れば乗り遅れた学生らしき私服の少女がしまったという表情で息を切らしており、見たところ『あのバスなのか、それともそうではないのか』と迷った末に乗らなかったところ、やはりそのバスこそ己が乗るべきバスであったと選択ミスを後悔している風にも思えたが、それは単なる勝手で適当極まる想像に過ぎないかも知れないと彼は自嘲した。

 主にバス利用者でごった返す日中の大都市で騎士は気になる男を徒歩で追っており、背が高いため彼は対象が強調表示無しでもよく見えそうであった。距離は四〇ヤード、点滅する足跡の先頭にいるその男はこちらに気が付いている風でもなく、アルスターの猟犬は己が有利に立っているこの状況をできるだけ保とうと努めた。

 今更ではあるが、単にこの男が彼の誇大妄想によるただの普通の男であるならばそれで構わないし、しかしあの説明の難しい『異星の先進技術でさえ痕跡を追跡できないあの途切れた箇所の向こうからやって来たという事実』が実際に何らかの脅威へと繋がるのであれば、ある種の流浪のヒーローでもあるこのアウトサイダーは迷う事無くそれを阻止するつもりであった。

 とは言え前回はたまたま到着が遅かったらしかったが、今回もし騒動となってその結果、古ぶしき英雄が率いるという日本のヒーローチームとやらに今度こそ遭遇した場合は、あまりよくない展開になる可能性もあった。

 今回初めてまともに日本の戦後史を調べた騎士は、ケンゾウ・イイダ率いるニュー・ドーン・アライアンスが東京で起こしたテロ以降ヴァリアントへの風当たりが最悪となり、ついでに少なくない数が問題を起こしていたエクステンデッドもこの際批難を浴び、このムーヴメントが以降の日本におけるヴァリアント及びエクステンデッドへの姿勢を作り上げた。

 日本でも何度が匿名ヒーローをやっていた者が歴史上にちらちらと現れたもので、それはヴァリアントのような異能を持っているかいないかに関わらず、彼らはまさに驚異的な力を持っている事を世間に知らしめた。

 だがその後も色々あって最終的には最初の中曽根政権時代に法改正があって明確に匿名のヒーロー活動が禁止され、今現在のチームであるモダン・サムライズはすなわち政府が彼らを正式に登録し、その生い立ちや個人情報を知っている事を意味する。さすがに彼らの個人情報を一般に公開まではしていないものの、予定では来年には彼らのリーダーは自らの意志で己の個人情報を一般公開する事を公表していた。

 対してアメリカでは実名公開されているヒーロー以外の個人情報は少なくても表向きは政府も把握しておらず、なおかつ彼らは政府に登録して正式なヒーローである事を承認してもらう必要は無かった。

 以前騎士は己の友である美しい三本足の神が合衆国政府に何らかの働き掛けをした事を聞いており、しかしそれはあの全米を震撼させた『ワークショップ事件』の要因の一つでもあったらしかった。かの神は己の軽率さが招いた悲劇の一つであると自己批判的に見做していた。

 いずれにしても彼が勝手にヒーロー紛いな事をするとそれでトラブルになる可能性はあるし、実際のところ彼が大阪で決闘した一件はニュースになっていた。


 アイルランドの大英雄キュー・クレインは眼鏡を掛けた地味な外国人観光客の変装のまま目標の男を追跡し、男は途中で折れ曲がった歩道を左に曲がった。ここで横顔が見え、その表情すらも作り物の自然らしい雰囲気があった。

 わざとらしいまでの自然な振る舞いはある種の同族嫌悪からか騎士を内心不愉快にさせ、彼はあの男が何かよからぬ事をするつもりであれば必ずそれを暴き、そして阻止してやるという気概へと成長した。と同時に冷めたスタンスの己を気に入っている彼は、永き生のためか己が明らかに阿呆らしい観念に駆られている可能性についても重々承知していた。

 そして奇妙な運命によって彼は突然思考から現実へと引き戻された――背後からの軽い衝撃、しかし思考に気を割き過ぎていたせいでバランスが崩れ、思った以上によたよたと斜め前方へとよろめいた。その瞬間彼は不味いかも知れないと考えて汗が吹き出しかけ、傷の痛みが腹で再点火したように思えた。

「ごめんなさい! あ、あの…」背後から少女の声がして、今現在の追跡を思えば騎士はそれを無視しようかと考えたが、しかしある種の反射によって振り向いてしまった。

 そしてそれは少女の言葉を遮ってしまった――眼鏡の印象で一瞬わかりにくいが欧米系の外国人である事を少女は悟ってその瞬間言葉を喪った。人間とは不思議なもので、この場合であれば少女は相手が日本語を理解できないと無意識に思い込み、必死に英語で何かを言うべきかと焦っていた。

 そしてその間にも目標は移動していた。

「えーと、あー、ソーリー! アイム――」

「気にしないで下さい。私も後ろを見ていなかったので」騎士はそれを遮って標準語のアクセントで宥めた。言葉が通じないかも知れない相手に失礼をしでかした事への恐怖でパニックになっていた少女はよく見れば先程バスに乗り遅れた学生らしき私服の少女であった。

 見たところ高校生か? 無論の事、騎士も焦っており、少女が彼の流暢な日本語のせいで更に驚いているのを一旦脇に置いて目標の方に目を向けた。

 その瞬間、またもふざけた運命による偶然であろうか、彼は取り立てて特徴の無い作業服の男と目が合った。その男はふと立ち止まって騎士を見返し、その目には特に何かの感動は見られなかったものの、次の瞬間だっ(・・)と駆け出した。

 アルスターの猟犬は一瞬どうすべきか思案し、それからポケットに手を突っ込んで小銭を数百円取り出すとそれを少女に半ば押し付けるかのように手渡しし、早口で次のように捲し立てた。

「コンビニでジュースかスイーツでも買って一旦落ち着いて。次はいい事があるかも知れませんから。ではあなたもよい旅を!」

 そして彼も最後の方を言い終わらぬ内から駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ