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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
148/302

NYARLATHOTEP#19

 下郎にはインスタント・コーヒーのように簡潔な破滅が訪れ、それを泣き喚かせる。二の五乗の限界値は無様な最期を迎えた。

登場人物

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン

―二の五乗の限界値…ノレマッドという種族全体を襲った謎の消失現象。



約五〇億年前、調査開始から約十三時間後:遠方の銀河、惑星〈惑星開拓者達の至宝〉、ノレマッドの無人都市上空


 愚か極まるグロテスクな消失現象は、単に影の燃え滓を投影して顕現しているに過ぎず、この場にいないはずの己がかくも簡単に追い詰められた事に、不快感とにじり寄る絶望感とが入り混じった心境で佇んでいた。わざとらしい莫迦げた満月の下で己の口として作り上げた雷鳴やオーロラは既に自信喪失と共に縮小し、それを音声に置き換えた場合は大演説から引っ込み思案の小言にまで大きく格下げしていた。故に美しい三本足の神は『はて、貴様は何を言いたいか』と聞こえないふりをして夜空の真っ只中で佇んでいた――その背後では無人都市の中央で夜闇を斬り裂いて明るい緑色に輝き、上から下へと都市の中央部向けて飲み込まれ続ける巨大なイーサーの流れが、宇宙各地に点在する荘厳な世界樹のごとく存在していた。

「しかし先程のは傑作であったな、少なくとも貴様という非生産的であまりにも愚図な下郎の人生においては最高の傑作であった」かの神は先程の追跡劇とは打って変わって、一切移動もせずに空中で佇んでいた。既に都市の上空にまで移動していたため、眼下には壮麗なノレマッドの建造物が秩序的に広がっていた。遥か遠方、地平線の彼方そのそのまた向こうの直接は視認できない位置に広がる曠野で、縮小した己の光言語用の口をぼそぼそと動かしながら情けない現実逃避を始めかけている消失現象に対して、美しい三本足の神は心底薄ら寒いものを感じながら先を続けた。

「所詮下郎は下郎に過ぎぬが故に、かくも下らぬ実体なのだ。貴様とてそれは例外ではない、というよりもむしろ貴様はその典型例ではあろうな。でなければ、己の切り札に安全圏からブラストを打たせればよいものを、よもやイーサーが満ちる危険域にまでその切り札を踏み込ませるなどという愚を犯すはずもあるまいな。どうしたのだ? いかに貴様のごとき虫けらであろうとも、そこまで初歩的なミスを犯すとはさすがにこの私も想定外であったというもの。それとも、私が一の側面を生かすためこの場に生存していた他の側面全てを犠牲にして『あたかもそこまでして必死にイーサーへと到達しようとする様』に誘発され、貴様も劇的な演出を狙ったか? だがこれで勉強になったであろうよ、例え無意識や感情に押し流されての行動であろうと、身の丈に合わぬ事をすればその身を滅ぼすとな。かくして貴様は私に敗北し、そこで無様にも思考停止しておるのだ」

 しかしかの神の言葉とて今の二の五乗の限界値には到底受け入れられぬらしかった。

「下郎よ、貴様は敗れたのだぞ。貴様がこれから滅殺される事実は覆る事なく、貴様が今後『本人視点における平穏な毎日』を得られる事はない。何故ならそれらは貴様が脆弱であるが故にその手から零れ落ちたからだ。残念よな、貴様が私よりも強ければ、もう少々の間のみはお山の大将でいられたものを」

 なおも沈黙が続き、ぶつぶつと意味も無い言葉の羅列を雷鳴で紡ぐ二の五乗の限界値の様子を尻目に、かの神は手の届く距離にて大河のごとく流れるイーサーを戦鎚で吸収し始めた。巨大な緑色の輝きから支流ないしは枝のようなものが、上空で巌のごとく佇むナイアーラトテップへと流れ、その全身は緑色の輝きを纏うようになった。とは言え美しい三本足の神もまた己の失策を認識しており、そもそもが惑星上ないしは宇宙空間から自力でイーサーを引っ張ってくる事ができれば、今回のような事件など敵とのつまらない対面が終わった時点でさっさとぶち壊しにできたはずであった。そのため今後は更にこの赤い結晶じみた戦鎚のシャイニング・トラペゾヘドロンへの習熟を上げ、イーサーもまた己の手足のごとく操れるようにならねばならなかった。そのためかの神は敵に感謝はしなくとも、此度の戦いとて無意味ではないと考えた――否、そもそもが無意味な戦いなどこれまでに一度も無かった。

「貴様が貶め、辱め、書き換え、捻じ曲げ、著しく毀損し、そしてそれらについて貴様が一切の罪を感じなかったそれら犠牲者達によって二の五乗の限界値と名付けられたちっぽけで風が吹けば消し飛ぶ程度に過ぎぬ、哀れで腐れ果てた虫けらよ…」

 三本足の神の朗々たる言葉は裁判官が言い渡す刑の宣告そのものであった。そして全身が緑色の光に包まれたかの神はゆっくりと戦鎚を地平線の向こう、すなわち惑星の球形から考え、地平線よりも手前の辺りへと向けられた。今や渦巻くイーサーの嵐が赤い結晶を覆って際立たせ、それが処刑のために使われる事を物語っていた。

「貴様が何故そこまで恐れるかがよくわかった。貴様は己が正義に従い、そしてそれがその正しさ故に無敵であると考えた。恐らくは無意識に、そのような傲慢を抱いたのだ。ああ、勘違いはするでないぞ。確かに正義は無敵であろうし、それが正しき者の手にある限りは、例えその者が敗れようとも長期的な視点で見れば紛う事無き、不朽の無敵性を誇るのだ」

 恐らく忌むべき消失現象は己のイーサーに対する脆弱性を過小評価していたらしかった。エネルギーと呼べる段階にまで纏まっていないイーサーは何ら問題が無い。そもそもイーサーはほとんど存在せずほとんど何の影響を与える事も無いままに、そこら中に偏在している。そのためそれらを収集して濃縮させて初めて何かの用途に使用でき、実際はこの愚かな叛逆者もまた、惑星に漂う微細で無害なイーサーにはずっと曝され続けていた。恐らくは高濃度のイーサーに対しては知的生命体が火を畏怖し本能的に恐怖する程度か、あるいはそれよりもその恐怖は小さかった。そのため触れたくないものとして忌み嫌っていたものの、いつかはカタストロフ・デイで丸ごと叩き潰してやるつもりであった。

「せっかく私は貴様に言ってやったものをな、ノレマッドが貴様にとっての猛毒を探しておったという事を。おっと、そう言えば私はノレマッドの都市の一体何が貴様にとっての猛毒であるかまでは明言してなかったか。リスクを犯してでも己の仮初の外縁部を突撃させ、それが崩れ始めながらもこの私の最後の側面を叩き潰す。確かに、それはある程度は劇的な演出であるかも知れぬ。ある程度はそうであったかも知れまいが、しかし所詮貴様の物語など誰も読みはすまいぞ。誰が読もうか、観客がおらぬのに。誰がつまらぬ点を指摘できようか、恥ずかしい門外不出の自己完結の物語などに。貴様のつまらぬ脚本はここでつまらぬ終幕を迎え、まあとは言え貴様の最期そのものはある程度劇的なものであろうよ」

 現実逃避が限界を迎え、かの神の言葉を受け流せなくなった二の五乗の限界値はそれに反応らしい反応を示した。

――俺がどうして…? 俺は正しい行ないのために行動して、正義のためにお前を討とうと…なのにこんなところで死ぬわけには! 俺の苦労は報われないのか? こんな理不尽な…俺は歪められた生物を〈人間〉へと戻そうとしてそれを半分成功させた!

――もう無理だと何度も諦めかけたが、それでも彼らのためを思って諦めなかったから遂にそれが実を結んだ。なのにお前が来て全てがぶち壊れされた! 俺は確かに最初は好奇心が強いだけの馬鹿だったかも知れない…だけど俺も成長してこの世界を救うための使命に身を投じてきた!

――こんなに頑張ったのに! なのに俺自身の物語はなんでこんな無惨な結末なんだ!? 俺だって一度は英雄的な冒険をしてみたかった! その結末がこれなのか!? こんな、こんな! 努力とは常には報われないとはわかってたさ、だからって誰も俺の跡を継がずここで俺は無様に死ぬのか!? 邪悪で醜い化け物に俺は惨殺されるのか!? ならせめて誰か言ってくれよ、俺の今までは間違っちゃいなかったって!

 激しい口調でそのように雷鳴を乱舞させてオーロラで言葉を増幅させた

「報われない? 理不尽? 間違いではなかったと誰かに認められたい?」と美しい三本足の神は莫大なイーサーを纏い、それを無限の援軍としながら、あたかも大軍で攻め込むがごとく宇宙的な速度で踏み込んだ。既に戦鎚が受けていたあらゆる妨害はその全てが取り除かれ、かの神はこれより全力を出して下郎を叩き潰す事が可能であった。

「己の無自覚な悪でずたずたに引き裂いた種族より二の五乗の限界値なる名を与えられた下郎よ。貴様は意識してか否か無視したものの、ともかく犠牲者の声を聞いたな。望みもしない改造で作り変えられる苦痛…では私も同じく、貴様が泣き喚こうと命乞いをしようと嘲笑って無視するとしよう。では貴様が実行した、自覚すらしておらぬ悪事の過程で発生した全ての犠牲者の報復として、最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンナイアーラトテップが貴様を滅殺してくれるわ!」

 一瞬で地平線の向こうの更に向こうに広がる曠野まで踏み込んだ美しい三本足のナイアーラトテップは、その背後に莫大な量のイーサーを空を覆い尽くすオーロラ光のように従えながら夜闇を斬り裂いて明るく照らし、振り被って放たれた戦鎚の一撃は、この場には光言語のための仮初の口と、己の影から生じた燃え滓を投影しているだけでこの位相にもこの宇宙にも存在しない悍ましい〈人間〉消失現象である二の五乗の限界値の本体に理不尽にも突き刺さり、そしてその愚かな行ない故に報いを受けた愚かな実体は宇宙的な絶叫を奇妙な発光として銀河規模で発生させ、その無様な断末魔が超光速で駆け巡る中でその発生源に背を向けて戦鎚を振るって『血』を落とし、グロテスクな虫けらが消え失せた事で安堵した惑星に吹いた風がばさばさと黯黒のマントをはためかせ、月光の逆光によってそのシルエットのみが夜空にて黒く強調されていた。

 下郎は己の犯した致命的な間違いによって諸世界の守護神から怒りを買い、そして当然の摂理として無様に滅ぼされたのであった。

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