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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
144/302

RYAN:THE ELDER GOD#5

 ぶち切れる理由など、恋人の友人が殺されたというだけで充分――ライアン・ウォーカーはメリッサ殺害の謎を追うためロサンゼルス行きを決意したが、シャーはそれどころではないぐらい酷く悲しんでいた。

登場人物

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)、元地球の守護神、クトゥルー達の同志。

―シャーロット・ベネット(シャー)・グラッドストーン…ライアンの恋人。

―ジョージ・ウォーカー…ライアンの父、夫婦で宿泊施設を経営。

―ローズマリー・ダレット・ウォーカー…ライアンの母、同上。



メリッサの死から数時間後︰ワイオミング州、ジャクソン、リバーハウス


 死はおおよそにして慈悲が無い。無数の宗教が歴史上存在したため、その中には死を好意的に捉えるものもあった――だが人にとって死はやはり耐えがたい苦痛であろう、本人はともかくその周囲の者にとっては。結果としてシャーの大学時代の友人は死亡し、しかも何者かに殺害され、その殺害方法も面妖極まるものであった。

 寒々しいワイオミングの高地はこれまで以上に凍えるようであった。部屋の片隅でシャーは人が変わったように泣き続け、ライアンは言葉を喪った。

 明るく前向きな彼女らしからぬこの世の終わりじみた慟哭を目にしてライアンは凄まじいショックを受け、身に大神の雷を落とされたかのごとき感覚は、己があの愚劣極まる〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)のかつての同胞であった事を知った時以来の衝撃であった。

 今のシャーはライアンの知る彼女ではなく、弱気なサンディエゴの少女に戻っていた。ライアンにとって彼女のそのような姿を見るのは、まるで己の親か兄弟姉妹――彼は一人っ子ではあるものの――が泣いているところを見たような気分であった。

 頼ったり愛したりしている人間の弱々しい姿を見てしまった時の失望感、今までの価値観や依り所を破壊されたかのような絶望感。

 ライアンは夜になって家を出た。明日も仕事だがとにかく車を飛ばした。ビールを引っ掛けられそうな所を探しているのか、それとも単に何かから逃げているのか、それはわからなかった。

 古い型のアウトバックが(ささ)やかな街明かりを斬り裂いて、気が付けば小さな街の外に出て真っ暗な夜闇の中を突っ走っていた。車を路肩に止め、エンジンを止めぬままサイドブレーキとギアだけで停止させ、点けっぱなしのロービームに照らされながら手を膝に衝いて背を曲げた。

 白い息を吐きながら寒々しい風の中に身を置き、気が付くとあの五月の事件以来となったが、かつての地球の守護神としての己を再び顕現させていた。身が銀色の靄に包まれ、いつの間にか己が激烈な怒りに支配されている事を悟った。

 確かに会った事もないシャーの友達が死んだという縁の遠い話ではある。しかし彼の最愛の人は深く悲しんで慟哭しており、そもそもかつて偉大なるドラゴンのクトゥルーや狩人のイオドらと地球を守護したライアンは生まれつき正義感が強かった。

 付き合っている女性の友人が殺された、それも名状しがたい無残な手段によって。怒る理由などそれだけで充分に思えた。ついかっとして道路の端っこを殴り付け、あらゆるものを消し去る彼の手はそこに小さな陥没、というより削り取られたような跡を残した。夜風は冷たく、徐々に冷静さが戻ってきた。

 対向車線から車が遠くから迫っているのが見え、彼は今の姿を死人される前に己の姿を元に戻した。しかし暗闇の中で、路肩にて己の車に照らされて佇む彼のどこか幽鬼じみたその姿は対向車線を擦れ違ったドライバーに恐ろしい印象を与えた――ホラー映画的な恐怖ではなく、神聖なる実体の放つ怒りへの恐怖。

「いいだろう、事件の背後にいる奴ごと叩き潰してやる」

 彼は既に決意しており、明日は仕事を休みすべき事をしに行くつもりであった。


「シャー」

 暗い部屋の中は少し臭気がこもっているような感じがした。じめっとしているようにも感じたし、それがあのシャーによって作り上げられた環境であると考えると、とても胸が痛んだ。あの明るい彼女がここまで取り乱すとは思っていなかったため、ライアンの方もある程度混乱していた。

 シャーは既に涙も乾いていた。だが廊下からの明かりを浴びて輝く彼女の瞳は、そこに誰もいないような印象を覚えた。ライアンはシャーと出会って以来、気が付けば彼女の影を追って歩んで来ていた気がした。彼女をよく可愛がったものだが、本当は己の方こそ彼女という大木にいつも(もた)れていた。

「話せるか?」

 ライアンはそう問うたが、彼女は虚ろな目をして押し黙ったままであった。彼はそのまま数十分待ち続けた。かつて罪の意識による苦しみから自ら隠遁した時のごとく、部屋の入り口でドアを開けたままじっと待った。だが結局は沈黙に耐えられなくなって話を再開した。

「君がずっと泣いてたから、その。まあとにかく、俺は心配だった」

 悲痛な沈黙は落盤した際の岩石のごとく重苦しく、また同様に眠っている最中に誰かが己の上で馬乗りになっているかのような厭わしい重圧があった。

「そう」とライアンは言った。「私はこれからすべき事をしに行く。かつて地球を守護せし神々の端くれとして。そして君のパートナーとして。戯言かも知れないが聞いて欲しい。守り切れずこの掌より溢れた全ての人民に誓って、私はすぐにでも出発して君の友を殺めた下郎を光の下に引き摺り出す――それがこの私であるが故に。

「私は誇り高きワイオミング州の一員に名を連ねる阿呆の若者であり、他方では時代遅れの守護神でもある。私はこの事件の犯人を追うが、君がこの悲嘆から立ち上がって弔いの準備をしてくれていると助かる。古き友人達と連絡を取り、彼女と悔いの無いお別れをして欲しい――」

「あなたが必要よ」

 最初はその遮りが小さ過ぎて聞き取れなかった。

「今何を?」

「あなたが今必要なのよ!」

 言いながら彼女は立ち上がり、入り口で立ったままのライアンに駆け寄ってぶつかるように抱き締めた。

「私をあなたがどう評価しているかはよくわかるけど、私はそんなに強くないわ、少なくとも今は!」とほとんど金切り声に近い悲痛な叫びが響いた。零距離から発せられたそれは彼の心を大きく揺さぶり、声の振動が全身に染み渡った。そして驚く事に抱き付いて来た彼女から伝わる体温は驚く程に冷たく思えてならなかった。

「私は、私は!」

 私は、あの子を喪ってしまった。

 ライアンは何も言う事ができず、すっかり冷たくなったシャーの体温に身を震わせる他無かった。


 ライアンは今更になって彼女を残し一人で西の大都会へと赴く事が本当に正しいのかと疑問に思った。シャーの友人が殺されたLAに行くのはシャーと出会った大学時代以来の事であり、とにかく途方も無い広さとダウンタウンの高層ビル群とが唯一印象に残っていた。

 他に彼の知るロサンゼルスとは映画やドラマの印象であり、時にはアーロン・エッカート率いる部隊が異星人と戦い、時にはヴィン・ディーゼルと亡きポール・ウォーカーが車を爆走させていた――あるいは海軍捜査官の二人が黒いチャレンジャーに乗って痴話喧嘩をしていた。

 ライアンはかつて地球の守護神であったが、今は人間として生きる身であり、ジャクソンで育った彼はその環境と両親の教育とによって現在の価値観及び人間性を構築していたから、正直なところこれから向かう大都会への不安もあったし、シャーの隣に己がいるべきではないかと考えた。

 本当に一緒にいて欲しい時にいないとしたら、それは本当に恋人と呼べるのか――だが彼は己を支配する善の本能に突き動かされ、結局は下手人を引き摺り出す事を我慢できなかった。今ではただの田舎者でありヒーローやその他の類ではないが、少なくとも己の最愛の人が被った悲劇を作り上げた穢らわしい犯罪者にを許す事はできなかった。

 そのため彼は携行できる程度に短い旅の荷物を纏めてそれらをリュックに押し込み、どたどたと家から出ようとした。

「どこへ行くんだ?」と彼の父は問うた。薄暗い明かりの下で激烈な怒りの色を瞳に浮かべる己の息子の様子には驚かされたが、それでもこのハンサムな青年は息子であった。だがライアンは歩みを止めずにそのまま答えた。

「すべき事をする。俺はまだ神だとかそういう奴の力が使える、だからシャーの友達を殺した奴を見つけ出して刑務所送りにしてやる」そこで彼は歩みを止めた。既に家の出入り口の前まで来ていた。窓の一つを塞ぐアメリカの田舎街を写すポスターは長年の日焼けで真っ青になっており、半開きのカーテンも色褪せて久しかった。

「明日は悪いけど仕事を休むよ、給料はその分払わなくてもいい。だがな、父さん。俺はかつて地球を守った者達の端くれとして、それと父さんと母さんの息子にしてシャーの恋人として、どうしても犯人が許せない」

 そう言うと彼はどたどたと家を出た。乱雑に開けられた開き戸が大きな音と共に閉じ、開いていた間に入って来た冷気が遅れてジョージを身震いさせた。

「わかったよ、だけど気を付けてな」

 この場を去った息子に対し、父はそう言う他無かった。ライアンは変わらず夫妻の自慢の息子であったものの、しかし彼は今や別の側面も持っていた。そろそろ観光客も増えてくるし、これからがまさに書き入れ時であったから本当はライアンの不在は痛手であった。家に戻って来たローズマリーはジョージから事情を聞いたが、しかし彼女もまた納得してくれた。

「あの子は私達の息子よね」とライアンの母は父に軽く抱き付いた。

「ああ、今でもそうだとも。あいつがちょっと変わってても、それでもあいつは俺達を両親だと認識してくれてる」

 その上で時折彼の『我が儘』を聞かねばなるまいが、しかし例え繁忙期直前の忙しさが加速している時期に抜け出されたとしても、彼らは息子を悪くは思わなかった――ライアンが従事するリバーハウスでの仕事と同様に、超自然的な実体としてのライアンの使命もまた、最愛の息子にとっては重要である事を認めていたのだ。

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