MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#19
両陣営が揃って向き合う中、アーサーはオラニアンに恐るべき技の解禁を言い放った。解き放たれた殺戮の嵐はしかし、ジンバブエ王とオラニアンの激しい対立へと繋がった。
登場人物
モードレッド陣営
―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉。
―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。
―名も無きグレート・ジンバブエの王…かつて栄えた謎の王国に君臨した美しき謎の王。
―アン=ナシア・サラー=ディーン・ユースフ・イブン・アイユーブ…アイユーブ朝の始祖にしてヨーロッパにもその名を刻み込んだ気高き騎士王。
―ファーガス・マク・ローイク…かつてのアルスター王であり、貴族であり、虹の刃を振るったケルトの戦士。
アーサー陣営
―アーサー…素晴らしい王国を打ち立てたブリテンの伝説的な英雄にしてモードレッドの父親、〈諸王の中の王〉。
―ケイ…アーサーの直属護衛の一人、国務長官。
―ベティヴァー…同上。
―ルーカン…同上、ベティヴァーの兄弟。
―オラニアン…若く美しいヨルバの偉大なる王。
ファーガス登場から数分後︰薄紫の位相
仮の玉座に座りながら、アーサーは報告を不定期に聞いていた。目の届く範囲に国務長官のケイ、並びにベティヴァーとルーカン兄弟もおり、老兵は己と同じぐらい老いたこれら三人の護衛に守られたまま陣の奥深くにいた。既に関所を設置して不穏な動きに備えており、密偵も周囲で活動していた。
アッティラとアッ=サッファーが特に警戒すべき要素ではあるが、万が一何かの要因でオラニアンのコントロールが効かなくなったり不意打ちを仕掛けられればかなり危険であった。
表円卓と裏円卓の精鋭を投入して〈麗しの貌〉から砲撃で援護し、それら様々な兵器を起動した上で、折れて修復された最初の〈鋼断剣〉を真打ちとして抜剣すれば恐らく討てるであろうが、逆に言えばそこまでする必要がある。
実際にはアーサーが有利であるものの、その過程で生じるリスクは甚大なものであった。恐らくオラニアンはティア2の中でも殊更強い部類に入るのではないだろうか。
何せあのナイジェリア王はあの赤い魔力の刃で斬られてもなお健在であった。普通はありえない。〈影達のゲーム〉へ参加したのは初めてであり、彼には経験が無かった。
だがモードレッドが加担してきたアメリカとやらのパックス・アメリカーナを叩き潰すという目的のため第一歩を踏み出し、そしてアヴァロンの要塞で一向に癒えぬ傷の苦しみからこうして解放されたのはとても気分がよく、更には勝利すれば彼はこのようないずことも知れぬ位相や見飽きたアヴァロンから外に出られるはずであった。
この戦いには勝手に〈参加者〉候補へ加えられた権力者と自分から〈参加者〉候補に加わった権力者がいる。そのいずれであろうと、その権力者が五度の勝利を納めれば〈参加者〉候補という牢獄じみた拘束から脱する事ができ、逆に言えば五度ゲームに勝利――正確には己が生存したまま、己の〈同盟〉が勝利せねばならない――しなければ永久に囚われたままとなる。
ゲームに参加していない時は何者かが作り上げた暗闇に意識のみで幽閉され続け、そこは他の囚人達の気配も感じられない独房であった。
そこには何もなく、かと言って精神は参らない。ただ永久にストレスが溜まるだけでいつまで経とうとも精神崩壊など起こらない恐るべき拷問場。精神が参るという『ゴール』が無いそのような牢獄に閉じ込められて、そして幸運であればゲームの〈参加者〉となって久々の人間らしい活動ができる。
ゲームに参加した者は〈諸王の中の王〉も〈参加者〉も問わず、一度でも戦場となる三つの位相のいずれかに入ると勝利によるゲーム終了までは他の位相に戻れなくなってしまうというルールもあり、他の勢力による干渉を受ける危険性を思えば戦場の位相へ移動せざるを得なかった。
それぞれの〈同盟〉を率いる〈諸王の中の王〉は、単に牢獄や暗闇とも呼ばれる〈参加者〉候補を閉じ込めている領域から参加するのではなく、外部からリーダーとして『勝手に』選ばれる。時折そうでない作為的な選択もあるらしいが、アーサーは実際には久々の作為的に選ばれた――あるいは己で選んだ――〈諸王の中の王〉であった。
誰がこのゲームを仕組んだのか、それは全くわかっていない。アフリカや東南アジア、並びにヨーロッパや南米の魔術の名門がそれらの謎を長年研究してきたが、裏で手を引いているであろう何者かの尻尾さえ掴めなかった。
このゲームには一体どのような意味があるのか? 当事者達の得られる利益であれば簡単であった――既に死亡しているかあるいは生き永らえていたところで自主的に参加、もしくは参加させられた〈参加者〉にとっては勝利こそ自由への第一歩であり、そして〈諸王の中の王〉にとっては生き残った己の側の〈参加者〉を好きな人数、七日の間は引き続き命令下に置いて、それらを率いたまま通常の位相だろうとどこだろうと帰還できる。
実際には歴史上の戦いのいくつかには、〈影達のゲーム〉での勝敗が関わっていると思われた。
選ばれたが七日の期限が過ぎた者と選ばれなかった者はその時点で五度以上生存した上での勝利であれば、晴れて牢獄から出る事ができる――だが永劫にも等しきこの牢獄から出て自由になれたそれら権力者のその後は果たしてどうなったのか?
権力という尋常ならざる力が生み出した異能者達の『第二の人生』の行く末は、今一つ不透明であるらしかった。老兵はこれ以上の事は知らず、それ故それ以上の事を知っている可能性の高いアッティラには殊更不信感と不快感を抱く他無かった。
蛮族の王は己と同じく有機的でどこまでも完璧な美しい刃を持つ剣を持っており、どことなく己に通ずるものを感じさせた――だがこの白髭の王が蛮族の王を気に入る理由などどこにもなかった。
アーサーは不意に思案から呼び戻された。外が騒がしくなり、果たしてアッバース革命軍の使いでも現れたかと思い目を細めたが、どうやらそうではないらしかった。
ケイとベティヴァーと目を合わせ、それからケイはルーカンに目を向けた。ルーカンは短く「見て来る」と答えて、この仮初の王の間から退出した。一つしかない出入り口で衛兵と軽く目を合わせながら外に出て、表の往来を観察すると負傷者が見えた。
ぼろぼろのサーコートを纏った騎士が鎧も砕けて露出した箇所から痣を覗かせながら、片脚を負傷したらしき騎士に肩を貸しているのがその周囲の兵士達の肩越しに見えた。
そしてちらりとその顔が見え、そしてその周囲に他の派遣されていた騎士達の姿を認め、そちらも内二人が負傷していた。彼は急いで王の元へと帰った。
「外が騒々しいが何かあったか?」とルーカンの兄弟のベティヴァーが尋ねた。彼は王たる老兵から離れ、老兵の傍らにはケイが立っていた。早足で入って来たルーカンは己の兄弟に外の状況を言った。
「主の威光にかけて、ガウェイン卿とトリスタン卿がかなり深い傷を負った」
王は傍らにいる義兄のケイと目を合わせ、弟の鋭い眼光にも慣れている彼はルーカンと目を合わせて頷き、肩まで伸びたぼさぼさの白髪が微かに揺れた。そしてルーカンは王に直接報告した。
「殿、彼ら二人以外にもボース卿とライオネル卿が傷を負っております」
アーサーはそれを聞いて少し考えてから尋ねた。
「ランスロットとヘクターは無事か?」
「ヘクター・ド・マリス卿は無事なようです。ランスロット卿の姿は見えませんでした」
「帰還していないか今一度確認せよ。恐らくランスロットは現場のお目付け役として残ったのであろうが」
「承知しました、殿」言いながらルーカンは退出した。この場に詰めている兵士達は動揺しているように見えた。士気に関わりそうであれば少し手を打たねばなるまい。
「いかがなさりましょうかな」と傍らのケイが尋ねた。
「兄者よ、こういう場合は叛逆者に手痛い罰を下さねばならぬ」
「それが例え実の子であろうとも?」
「実の子であろうとも、そうせねばならぬのだ」そこで言葉を区切ったアーサーは目を瞑った。やがて目を開けると、この場にいない遥か彼方ナイジェリアの王に〈強制力〉で命令を下した。
「霧の国の王より貴様に〈授権〉を言い渡す。我が〈強制力〉において、奴らを貴様の必殺にて蹂躙するがよい。奴らの何人を殺すか否かは貴様が好きに決めよ」
同時期︰赤い位相、森林深部跡
暫し睨み合っていたモードレッド陣営とアーサー陣営ではあった。ある種の紳士的な了解によって手を休め、距離を空け、合流した別の場所で交戦していた者達も勢揃いし、この赤い位相で交戦した全員が対峙していた。
オドエイサーは全身の鎖帷子がぼろぼろになっており、実際のところこの男がインドラジット相手に持ち堪えられたのは馬上において最強を誇ったランスロットの技の冴えに依るものであった。
ランスロットは見ず知らずの燃え盛る怪人への負担を減らそうとインドラジットのヘイトを積極的に買おうとしたりオドエイサーに向けて放たれる攻撃を弾いたり、そのようにして援護をしていた。
アーサーの〈同盟〉はこの場にオラニアンとランスロットとオドエイサーがおり、モードレッドの〈同盟〉はこの場にモードレッド本人とインドラジットとサラディンとグレート・ジンバブエの名も無き王とファーガスがいた。
「こちらの武人は?」とインドラジットがモードレッドに尋ねた。顔が傷だらけの見慣れぬ男がさも当然のように彼らの側にいた。
「ファーガス・マク・ローイク、アルスターの猛将だよ」
「ほう、ローイクの息子のあのファーガスであったか…余はインドラジット、ランカの王子である」
それを受けてファーガスも頷きながらよろしく頼むと答えた。荒れ放題吹き飛び放題、戦闘の衝撃で何百ヤードにも渡って鬱蒼としていた木々を剥ぎ取られて裸にされた森の深部で、意外と重苦しくはない沈黙が古き気高さやその他によって成立していた。
戦士としてのある種の暗黙の了解が彼らを支配し、神話や民話を歪めてぼかした事により『清潔』で『爽やか』でさえある『英雄同士のぶつかり合い』ではなく現実の『血腥い戦争』の側に実際はどっぷりと浸かっていたゲルマン人傭兵のオドエイサーでさえ、それらの了解を受け入れて大人しくしていた――とは言え現実には、この場にいる全員がそのようなよくある『血腥い戦争』とやらを嫌という程知っていた。
巌のごとく動かぬまま数分が経過した。あるいは数十分経った頃、突然オラニアンは猛烈な殺気を発した。戦わされる事を嫌悪しているように見えたが、そう話は単純でもなさそうであった。
「彼が先程より大きく見えるようになったな」とモードレッド卿はインドラジットに囁いた。
「戦う事を憎みさえしている男がそれを強制されたのであれば、当然の成り行きであろうよ」と美しいラークシャサの王子は答えた。
「そうだといいが」
どこか納得のいかない様子で白と灰とを纏った騎士は呟いた。ナイジェリアの貴公子はただ伝承通りに二度と戦わない事を誓ったというのか? 果たして本当に?
「ところでモードレッドよ、実を言うとそなたが討たれてはいない事が余は不思議なぐらいだ。そなたの仲間となったものを、どこぞで遊戯に耽りその危機を救えぬなれば戦士の名折れ。父上の名誉を貶めるところであった」
モードレッドが追跡を受けていた時間帯︰赤い位相、森林深部
処刑人達は轟音を聴いてそちらへと走り去った。樹上のモードレッド卿はひとまず心臓のばくばくという疼きを抑え、精神の緊張状態を解し始めた。不必要に握り締めていた手を開き、改めて己の負傷箇所を確かめた。ほとんど不死身に近い今の己がここまで重傷を負うとは奇妙な感慨があり、そしてどこまでも不快であった。
だが何であれ彼は助かった。もっと苦しい時など幾らでもあったが、とにかく今回も切り抜け、そしていつまで続くかわからぬ残りの永遠を心の中で嘲った。ある意味ではいい気分でもあった。血と土で全身が汚れ、傷に塗れ、精神も少し疲れた。だが彼は超人的であるから、ここからでも立ち上がる。
彼は生者を冒涜する筆舌に尽くしがたい恐るべき拷問にかけられた事もあり、そしてそれさえ踏み越えた経験があったため、精神的には常人よりも遥かにタフであった。でなければあの風のイサカとの決戦において矢面に立って戦う事などできなかった。
だが不意に何かを察知した。少し離れた所で何かが動いている。あるいはガウェインかトリスタンのいずれかが戻ったのかも知れなかったが、何となくだがそういう感じでもなさそうに思えた。あの二人はトリスタンが脚をやられているため、それにガウェインがわざわざ音を合わせて歩くのは骨の折れる作業であろう。そのようにしてまで一人で接近していると偽装する必要性は感じられない。
それに足音は至って健康そうというか、負傷しているような規則性は無かった。ランスロット配下のフランス騎士であろうか? たまたまか、それともどこかで連絡を取り合って追撃に来たのか? いずれにしても卿の味方とは思えなかった。徐々に近付く足音は否が応でも先程の緊張感を彼の心に帰還させた。
だがいずれにしてもこれは現実、なればこそ毅然としてこれを迎え入れ、然るべき対応を取らねばならない。今を生きる騎士として、ヒーローとして、堂々と。
足音はすぐそこまで来ており、彼は己の姿を隠してくれている生い茂った葉と枝の影から下を窺おうとした。ちらりと見えたのは下馬した騎士の脚であり、装具はどこかで見たようなそうでもないような、はっきりとしなかった。
「それはすぐにわかるだろうな!」と卿は叫びながら飛び降りた。相手が一人で至近距離ならランスロットやラモラック相手でも勝機はあろう。彼は着地と同時に痛む全身に喝を入れて殴ろうとした――相手の顔を見て驚愕した。
「モードレッド? お主か?」と相手もまた驚愕して答えた。卿は相手を見てとても懐かしい気分になった。一応は王子の身でありながら、宮廷では淫靡な女の子として蔑まれ、その歪められた事実に憤りを感じる他無かった彼とも仲良くしてくれた兄弟であり友人。
「何年振りだろうな、アグラヴェイン」
戦場でありながら肩の力が抜けるのを卿は感じた。
現在︰赤い位相、森林深部跡
「いや、いいんだ。あの気に食わない円卓の連中にきつい一発をもらったお陰で、私も少し頭がすっきりしたよ」言いながら卿は今回負った全ての傷を意識した。未だに痛むそれらは生きているという実感を彼に与えていた。インドラジットは素直に非を認めた。
「すまなかった、ブリテンのモードレッドよ。余が今後もそなたの同盟者である事を許してくれまいか」
「大丈夫、君はいい奴だ。我々は何とか切り抜けるさ――」
空気は穏やかな物から息苦しい物へと変化し始めた。生き残った周囲の木々は戦慄し、この地に染み付いた霊魂の残り滓が身震いして奇妙な風が吹いた。モードレッドの〈同盟〉は戦慄に襲われた。
――人よ、真に苦しき時は迷わず我を呼ぶがよい。真に苦しき時のみに。
――敵よ、真に恐ろしき時は迷わず我が眼前で泣くがよい。真に恐ろしき時のみに。
始め、モードレッドと彼の仲間の権力者達はその語りが美しかったため反応が遅れた。卿は慌てて指示を出した。
「注意しろ、全員構えろ!」
ファーガスは威圧感のある声で「了解!」と叫んだが、当然ながらランカ島の王子は抗議した。
「あーもー! だから余の父でも信仰対象でもない貴公が命令するでない!」
「まあまあ、今は差し迫った状況です故」
馬上から周囲に気を配りつついつでも抜剣できるように集中していたクルド騎士王は上の空の声でそう言った。
「父上と共に修行した事もあるそなたがその末に下した決断は、あろう事か余ではなくモードレッドの擁護か」と蒼い肌のインドラジットは大袈裟に、かつ彼らしい自然さで切なそうに嘆いた。
「かつて共に修行したラーヴァナやクンバーカーナとは親しいですが、あなたとはそれ程面識はないのでその辺りは」
サラディンは肩を竦めた。モードレッドは溜め息と共に『お願い』した。
「わかったわかった、諸君に食事でも何でも奢る、お願いだからバディ映画の練習は後でやろう」
極めて穏やかな口調でお願いしている間にも詠唱が続いた。彼らは未だ戦士の了解とやらを保ち、構えるに留めて攻撃まではしなかった。必殺なら来るがいい、全力で殴り返してやる、と。しかしこの場にアッティラがいれば鼻で笑ったかも知れなかった。
――我よ、真に悲しき時は迷わず剣を捨てるがよい。真に悲しき時のみに。
「あー、意外とフランクなようだ。俺もそのように振る舞うべきならそうするがな」と虹の刃を構えたファーガスは地を踏み締めて、じりじりと横へと展開しながら言った。モードレッドは飛び火した事に唖然とした。このような非常時であるにも関わらず、しかしこうした莫迦らしいやり取りは彼の内に燃え盛っていた円卓への敵愾心などを抑え込んでくれた。
「頼む、頼むから。ニューヨークで一番美味い店でコースを奢るから」
彼はファーガスに手を突き出して制止を求めた。
――殺戮の時は来たり。
「〈王の旗竿〉、これより世界は再度血を見るぞ」
突如として空を叩き割りながら、隕石のような物体が高速で落下して来た――否、それは巨大な杖か竿のようであった。熱せられた周囲の大気が赤く輝き、そしてそれはオラニアンの眼前に落下した。凄まじい爆風が吹き荒れ、両陣営共に顔を腕で覆った。
それは武器であるらしかったが、オラニアンの背丈よりも更に巨大であった。果たしてこれはどのような物体であるのか、噴煙が立ち込める中でははっきりとは見えなかった。最初はただのシンプルな金属の棒のようであった。
噴煙の向こうでぼうっと浮き上がる影は少し細い丸太が突き刺さっているかのように思わせたが、突如その一部が電飾のように輝き、がちゃがちゃと音を立てて変形を始めた。一体どのようなものであろうかと不安と期待とが混ざり始め、インドラジットはさっと後退していつでも攻撃できる位置に移動した。
サラディンは騎乗したままゆっくりと回り込み、ファーガスは前線に立とうといきり立った。ジンバブエ王は浮遊して上空から爆撃する用意を始め、モードレッドもそれらに影響を受けて自然と前衛を努めようとして、少しよろよろとしながら歩き始めた。
「卿よ、何をしているのですか?」とクルド騎士王は呼び掛けた。「あなたは随分な重傷を負っているではないですか。今は我々に任せて後ろにいて下さい。何せ――」
「何せあれは手負いの身で相手をできる程の相手ではないからだ」優美な装具に身を包むインドラジットが言葉を継いだ。やがて噴煙が晴れ、ヨルバの美少年は言葉を発した。
「我が技はこれより五分に渡り、全ての一撃が全力にて放つ必殺の一撃と化す。どのような一撃であろうともだ。私が他に〈授権〉を持たぬのは、それ以外を必要とせぬためと知れ」
途端これまで以上に恐るべき殺気が放たれ、ジンバブエ王は身震いした――そして大いなる矛盾も感じ取った。故にこれまであまり目立って発言をしてこなかった偉大な王国の王は半ば無意識に残酷な問いをぶつけた。
「ショナの王よりヨルバの王に一つ質問がある」
するとすらりとした肢体を持つオラニアンは初めてグレート・ジンバブエの王を意識した。宙に浮かび言葉を投げ掛ける男は己とは異なる服飾を纏い、異なる文化を持ち、異なる民族的背景を持つ南東の異人。
顔立ちは異なり、振る舞いにも違和感を感じた。大まかな人種系統はほぼ同じではあろうが、しかし己と同じく黒い肌を持つという点以外に親近感を覚える要素は見られなかった。そのためオラニアンは両手に持ったままの二振りの剣をそれぞれ地面に突き刺して先を促し、それらは一際大きな先程落下した異様な物体と並んで立っていた。
「南東の国の者よ、私に何を問うか?」
「私もオラニアンという王の悲劇を知っている。僅かながら己の治世を思い出したのだ――我が宮廷には遠方から来た商人の持ち込んだ異邦の様々な話が溢れ、それらは代々引き継がれたものでもある。オラニアン、戦争でもないのに地の奥底から召喚され、敵と誤認した己の民を誤って殺めた悲劇の王よ」
ショナ人の王がそのように言うのを、美しいオラニアンはむっとした様子で聞いていたがまだ感情を爆発させはしなかった。部外者ごときに己の人生における最大の悲劇を物知り顔で語られ、いい気がするはずもなかった。
「して、貴様は何が言いたいか?」
イフェの王は鋭い目付きで、浮遊している男を睨め付けた。それこそほとんど射殺さんばかりに。
「私が気になるのは、何故お前は二度と戦う事も無ければ二度と召喚される事も無いと誓ったにも関わらず、こうして戦場に立っているのか?」
もはや殺気は目に見える大気の歪みとなった。
「アーサーに召喚されて不本意ながら使役されている事は確かに同情に値する。しかし、何故戦いから遠退いたお前が今なおそこまで研ぎ澄まされているのだ?」
その瞬間その場の空気が凍結したように思われた。緊張感が極限に達し、実際には問い掛けていたグレート・ジンバブエの王も臓腑がきりきりと痛むのを抑えられていなかった。
「異人よ、言いたい事はそれだけか?」とナイジェリアの美少年は静かに、しかし重苦しい声色で言い放った。「私が攻撃を開始した時から五分の地獄が始まる。心せよ」
突き刺さったままの二振りの剣を握り、オラニアンは右脚で突き立つ巨大な謎の物体を蹴り飛ばした。変形してある程度短くなったそれは実用性を無視しているかのような幅広の剣にも見えたが、それは現実の脅威としてジンバブエ王がいる上空へと打ち出された。
王がそれを己の周囲に展開する陶器の欠片で防いだ途端大爆発が起き、それを契機に先程まで以上に高速化したオラニアンの嵐めいた斬撃が巻き起こった。今やオラニアンは力を込めて斬る必要さえ無く、演舞のように振り回すだけでその一撃一撃が必殺となった。
故にそれらは掠めるだけで地面を爆発さえ、大気を焼き払い、そうした副次効果がまずモードレッドらに襲い掛かった。ファーガスが前衛として斬り結んだが、彼の豪腕でさえ全ての攻撃を必殺とした今のオラニアンには押される他無く、インドラジットが放つ有害な矢の嵐も尽く打ち払われ、化け物じみた技量で打ち返されたのであった。
サラディンが不意打ち気味に仕掛けた突撃も潰されそうになり、ジンバブエ王が遠巻きに放つ砲撃もある程度意思に応じて動くオラニアンの巨大な杖によって殺された。
振り下ろしが地面に激突すると地面が大爆発と地割れに蹂躙され、剣圧が時折遠くの山々に激突して雪崩が起きた。一瞬両方の剣を上空へと放り投げ、タイミングよく落下した丸太のごとき巨大な竿剣を両手で構えて振り回した。
それを軽く振り回しているにも関わらず全力の一撃が放たれており、地面に激突した場合は非常に危険であろうと思われた。そして二振りが落下すると竿剣を地面に突き刺し、持ち替えて別の嵐を巻き起こす。
そしてオラニアンだけでなく敵方にはオドエイサーとランスロットもおり、状況は非常に危険であった。
必殺技を考えていたら長くなって新規参戦キャラが遅れた。




