MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#17
虹の刃を振るう猛将ファーガス。頼りになる援軍ではあるが、他の敵もファーガスの元へと迫っていた。故に今こそ逆転のため〈授権〉を解放する時であるらしかった。
登場人物
モードレッド陣営
―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉。
―ファーガス・マク・ローイク…かつてのアルスター王であり、貴族であり、虹の刃を振るったケルトの戦士。
アーサー陣営
―トリスタン…騎士としての能力だけでなく狩猟で培った追跡能力にも優れるピクト人王族の騎士。
―ガウェイン…アーサーとの付き合いも長い歴戦の騎士。
―オラニアン…若く美しいヨルバの偉大なる王。
モードレッドが発見されそうになった直後:赤い位相、森林深部
後退など知らず嵐を巻き起こすのみであるナイジェリアの美しい少年王は、不意に爆風のごとく後退った――実際に背後では土が巻き上がり、木が何本か圧し折られた。埃の中で王の綺麗な瞳が輝き、そして彼の優美な衣服は一切汚れる事もなかった。
「ローイクの息子のファーガス、すなわち遠い彼方のアルスターとやらにおけるあのファーガスか?」
じっと正面を見据えながら長身の黒人少年は問うた。
「恐らくそのファーガスであろう。虹の刃を振り回し、苛立ち紛れに丘の頂きを吹き飛ばした男。しかし遥か海の彼方の王が、よくぞこの俺の事など知っていたものだな」
未来的な白い鎧を纏う猛将ファーガスは己でも気付かぬ間にイフェのオラニアンの抱える矛盾点を突いており、しかしそれを自覚していないオラニアンは言いようのない謎のショックが、心という水溜まりに一滴の鮮やかな血を垂らしたがごとくじわりと広がった。
しかし戦となればほとんど化け物じみた勢いで敵を撃滅するヨルバ建国時代の王はそれを表には出さず、この〈影達のゲーム〉に相応しい仮面舞踏を続けた。
「まあ、前置きはこの辺りでよかろう。貴様はそうそう壊れる事もあるまい。なればこそ我が刃を振り下ろす先としては最適というもの。何故なら大地とて指の赤切れがごとく容易く裂け、河川もまた北東の預言者がそうしたように二つに割れるがため」
そう言うが早いかオラニアンは暴風そのものの有り様で突撃し、直前ですうっと右に逸れてそちらから斬り掛かった。上、下、右。オラニアンは二振りで戦う優位性を常に活かして戦った。己からであろうと相手からであろうと、左右いずれかの剣で相手の剣と打ち合えば、それが拮抗した場合は逆側の剣で相手を刺すなり斬るなり自由にできる。
それ故虹の刃を振るうファーガスは虹そのものとして輝く愛剣を変形させ、左側に盾を形成した。アイルランドの猛将も豪腕ではあったが、しかし神の子であるオラニアンと腕力で競り合うつもりは無く、リーチの長い槍へと変形させて盾越しに攻撃を始めた。
気が付けば第二の生を謳歌していたこの生粋の戦士はあらゆる地域、それどころか地球外のあらゆる領域さえも渡り歩いたため、その過程でマンベレの危険性を薄っすらと知っていた。
通常の剣とは逆側に大きく反っているマンベレは受け流しやカウンターを行ない易い形状をしていたが、オラニアン程の技量であれば本来両腕を使うカウンター技とて片腕でも可能であろう――ファーガスは数百数千とオラニアン相手に打ち合いながら半ば上の空でそのように思案した。相手の強さは多少買い被るぐらいでいいと彼は考えていた。
四方八方あらゆる角度、下手するとマンベレの歪曲した刃で側面からすら攻撃を放つオラニアンの攻撃を上手く捌きながら、しかしファーガスは敵の怪力と技量とが恐るべきものであると悟り、己でさえどこまで保つものかと他人事のように考えた。
盾越しに見るオラニアンは直立した熊のように大きく見えた。すらっとした肢体が今では丸太のように太く見え、受ける威圧感に思わず歯を食い縛る他無かった。
そうこうしている間にも無数の打ち合いが起き、盾を引き剥がそうとマンベレを盾の縁に引っ掛けられた時に一瞬どうするか悩んだ。ぐいっと引っ張られる強烈な感覚が始まり、彼はすべき事を決めてそれを実行した。
盾を消滅させて左腕を重機のような腕で引っ張られる恐ろしい感覚から解放され、彼はまだ攻撃体制に入る直前であったオラニアンの右腕とその剣を擦り抜け、未だ空振りから復帰していない左手とその剣も擦り抜けて相手の胸をざくりと突いた。
完成されたケルト戦士が修練と実戦とで何十万、場合によっては何百何千万も放つ基本形の突き技はオラニアンの心臓目掛けて放たれ、平常時のように軽装で戦うオラニアンの衣服を濡れた紙切れのように引き裂いてその向こう側へと突き刺さった。
虹の槍は激突の瞬間凄まじい爆発を発生させ、それは周囲の木々を吹き飛ばして遠くの野山まで震撼させた。巨大なクレーターが地面を痛々しく見せ、草も吹き飛んで湿った土壌が露出した。上方向からばらばらと土が落下し、しかしその爆心地で一切たじろぐ事無く佇む二人は、爆炎と埃とが消えるまでじっとしたままであった。
「噂をすれば、オラニアンと何者かが争っておるな…先程の爆発は竦み上がる程であったが」
二人の騎士はモードレッド狩りを中断し音の方向へと駆け寄った。離れて木陰から様子を窺い、攻防で嵐のごとき破壊が起きて森の深部が抉られる光景を観察した。
「風に乗って、先程ファーガスと名乗ったのが聞こえた。相手はローイクの息子のファーガスであると」
脚を負傷したままのトリスタンは刺青の入った顔に苦痛の表情を浮かべず、狩人らしい鋭い目で状況を窺った。相手の武装、癖、技、そしてその練度。
「とするとあの武者は半神のキュー・クレインとも顔馴染みだというあのファーガスか」
「恐らく他にあのような技量の者はおるまい」
だが言いながらトリスタンは己の選択が正しかったのか考えた。あの時明らかに、あの場に誰かがいたのだ。森の奥深く、恐らく樹上にて息を潜めるモードレッドか、あるいはその配下の何者かが。
しかし凄まじい音が聞こえ、しかも己らは共に負傷していた。単独行動でどちらかが様子を見に行けばそのいずれかが討ち取られる心配があったため、結局これを優先したが、今となってはリスクを犯してでもモードレッドらしき人物を討つべきであったかと後悔した。
とは言え、命令の上では単なる敵の小手調べであり、不甲斐無いならば討ち果たせとの事であったから、実際のところ彼らは既に任務を果たしていた。少なくとも敵の大将は負傷しており、その傷の深さは目に浮かぶようであった。
ともあれ彼らは目の前の猛将を討ち取るのも悪くないと考え、狩人のトリスタンは弓を構え、地上であればほとんど円卓最強を誇るガウェインは〈追放されし刃〉を構えて回り込んだ。
「ナイジェリア王よ、我らも手ぶらで帰っては殿に大目玉を喰らうが故、助太刀致す」
ガウェインは森の彼方まで届きそうな恐ろしい怒声で呼び掛けながらファーガスの背後からだっと駆け寄った。実際にはアーサーが咎める事も無いにしても、負傷してなお重戦車じみたガウェインの突撃は、ヨルバ人の貴公子に次ぐ程の恐るべき重々しさであった。
「ふん、アーサーの犬か。助太刀というよりも横取りに見えるがな」
怒りが静まり始めたオラニアンは剣戟の嵐を見舞いながらそのように呟いた。ファーガスは瞬時に周囲を見渡し、己が絶体絶命の危機であると悟った。目の前のオラニアン、後方の猪武者、横方向から弓をつがえている狩人。
ここで出落ちのように死ぬのもあまり面白みが無い。ファーガスは戦士であり、誇り高く、そして彼なりの正義感もあった。今度キュー・クレインに会った際に何もできず序盤で敗退したなどと、どの口で言えようか。そうなれば手段は一つか二つに限られる。
今の己はふざけたルールに縛られる身ではあるが、しかしその隙間さえ擦り抜ければ恐らく生き残れる。死は恐れないが不名誉な死はつまらない。人生は楽しまねばならないのだ。
「まだ見ぬ我が主君よ!」低く威圧感があり、しかし気品すら感じる声で未来的な意匠の鎧を着込む歴戦の勇士は叫んだ。「今こそ俺に〈授権〉を頼む!」
敵の攻撃が刻一刻と迫る中、樹上で一旦落ち着こうとしていたモードレッドはその場ののりで己が今どうすべきかを把握し、遠くから聞こえたその声に答えるため大声で叫び返した。特に大声を張り上げる必要も無かったが、これを反撃の狼煙としたかった。
「ああ、思う存分振るってくれ!」
途端〈強制力〉による命令が実を結び、それは光よりも速くファーガスの全身を駆け巡った。
――虹をもって刃と成したるその偉業を讃えよう。見よ、そなたの業物が敵を蹂躙せしめる様を。
詠唱が始まったのを見るや、オラニアンは詠唱を止めようと躰を斜めに少し傾けて縦回転させながら、丸鋸のように二振りで斬り裂かんとして襲い掛かった。
ファーガスはぐるぐると回転するその技とは打ち合わずすうっと後退し、空振った打ち下ろしが地面を爆発させ、その噴煙が数百フィートも巻き上がった。
既に戦闘の余波で森の深部には強引に広場が形成され始めていたが、まだ生きている木の向こうからトリスタンは激烈な矢を放った。ファーガスがその場で屈んで躱すと、ほぼ同時にガウェインが投げた剛剣が彼の頭上を通り過ぎた。
恐るべき集中力でこれら三連撃を躱したファーガスは己が三人の敵のいずれとも一〇ヤード離れている事を把握し、追撃を回避するため空中へと跳び上がった。
――敵よ、なればこそ無様に逃げ惑え。我が刃は無慈悲に喉を斬り裂こうぞ。
投擲されたガウェインの剣は真っ直ぐその向こうにいたオラニアンへと向かったが、化け物じみた技量を持つ彼は剣を引き付けるためあえて回転しながら身を滑らせてそれを回避し、己のすぐ右横を通るタイミングを見計らい、回転の勢いで〈追放されし刃〉を上空に逃げたファーガス目掛け、己の剣で力強く殴打した。
名剣同士がかち合い、空気が爆発し、ファーガスを殺傷するためガウェインの愛剣は猛スピードで回転しながら打ち出された。そしてトリスタンも次の矢を放とうと狙いを絞った。
途端、解き放たれた野獣のごとき何者かがトリスタンの背後の樹上から、ガウェインの怒声にさえ劣らぬ凄まじい叫び声と共に殴り掛かった。それが重傷を負っているはずのモードレッドだと思い咄嗟に振り向いたトリスタンの胸に打ち下ろされた拳は、まさに頭上から降る迫撃砲さながらであり、そのあまりの威力故にトリスタンの肉体は地面に叩き伏せられてから一度バウンドした。
そしてバウンドがちょうどの高さに来たところで、卿はその場で回転しながら痛烈なキックをお見舞いし、先程ガウェインの剣が野球の球のように弾き飛ばされたのと同様、トリスタンは猛スピードでガウェイン向けて吹っ飛んで行った。
同じ頃空中のファーガスは虹の刃を振るって、己目掛けて飛来した剣を辛うじて打ち払った。鈍い痛みが全身を駆け巡り、五十路超えの肉体で今を生きるアイルランドの猛将は壮絶な笑みを浮かべた。そしてガウェインはオラニアンの技量に驚いていたため一瞬反応が遅れ、そしてトリスタンが無防備なガウェインに激突して呻いたその時、詠唱は完成した。
――刃よ、三叉となりて襲い掛かれ。
「〈剛裂剣〉!」
その瞬間、上空のファーガスから三本の虹が伸びて地上で大爆発が起きた。
次話辺りで中国の某不名誉な諡の暴君とインドの某お猿さん、及びアメリカの某黒船を送った大統領を登場させようと思う。
アフリカ勢とムスリム勢のチート性能もそろそろ描写する。




