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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
131/302

MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#15

 二人の破壊的征服者はこの悍ましい戦いである〈影達のゲーム〉ゲーム・オブ・シャドウズのベテランとして丘の上で改めて話し合ったが、己らがいつの間にか全く別種の人間になった事を悟った。

登場人物

―アッティラ…かつてヨーロッパを席捲した勇猛果敢にして優秀な破壊的征服者。

―チャンガマイア・ドンボ…ジンバブエの覇王として名を馳せたショナ人。



ホームベース襲撃から二時間三七分後(モードレッドらの交戦と同時期)︰薄紫の位相


 淡い赤の石英じみた鉱石で作られた高台の遺跡群にショナ人の破壊的征服者はおり、市街全体の外れにあるそこからは市街及び外の荒涼たる風景も見渡す事ができた。市街の外は乾いており、そのほとんどが砂か岩であるが、しかし暑さはそれ程でもなかった。

 異位相も原則的には天体そのものを共有している事が多く、実際のところここに降り注いでいる日光も起点位相のそれと同じであった――何をもって同じとするかはともかくとして。

 ドンボは材質の微かな色合いの違いから、他の風景と同様薄紫色にしか見えない高台の建物が、下に広がる建物とは別の材質で作られている事に気が付いたが、だからと言ってそれを誰かにひけらかす必要性などには終ぞ思い至らなかった。

 彼は破壊と征服のみを求めており、学術的な調査などは余裕があればどこかの学者に任せればよいというスタンスを崩さず、重要なのは己が十全に戦えるという事であると確信しながら周囲を見渡していた。

 少し涼しい生暖かい風がすうっと吹き、大した風速ではなかったが、ショナ人が纏う現代風な緑色の軍服と伝統的な装飾とがゆらゆらと揺れた。彼は異物であるが故に全てが薄紫を基調に彩られたこの単調な色合いの位相においてもフルカラーで佇み、彼の放つ怪物じみた雰囲気が周囲の空気を歪めていた。

 軍服を纏った紅色に燃え盛る焔という異形でありながら、彼の在り方そのものは生前及び今までの〈影達のゲーム〉ゲーム・オブ・シャドウズと何も変わっていないように思われた。


「ここにいたか」

 アッティラは比較的己と在り方の近しいドンボを訪ねた。陽が傾き始め、恐らくアーサーが部隊を差し向けた赤い位相でも同じような時間帯であろう――彼はアーサーが何やら動いた事についての情報を既に知り得ており、ブリテンの伝説的な王が己に情報を隠しそうな事ぐらいは承知していた。

 そのためそれ自体には不快さなど感じず、逆の立ち場であれば己がしたであろう事を相手もしたまでであり、そして己もまたそれを受けてするべき事をしたまでであった。

「ここは見晴らしがよいからな。敵が来ればその動きも簡単に把握できる」

 都市の内側を見下ろしながら、振り返りもせずにショナ人は答えた。

「そして仮初(かりそめ)の同盟の動きもな」

「さすがは破壊的征服者、その第一人者。そういうところは目敏いものよ」

 普段はドラゴンのごとく野太い声で話すジンバブエの破壊的征服者は、己を訪ねて来たフンの破壊的征服者に対してやけに穏やかな調子で答えた。それを受けて西ローマを追い込んだ蛮族の王は心に奇妙な波紋のような感覚が広がるのを感じた。

 破壊的征服者と最初に言い出したのが誰なのか、それはアッティラも知らなかったが、しかし歴史上に名を残す特定の征服者達は〈影達のゲーム〉ゲーム・オブ・シャドウズにおいてそのように呼ばれていた――それら征服者は概ね激烈に破壊し、激烈に征服した。

「貴様らしくないな」とアッティラは内心を隠しながら言った。「果たして貴様は、私との邂逅で駆け引きや泥沼のパワーゲームの面白さを知って以降も、相手の出方を見るにあたって声の調子を変える風でもなかったが」

 言いながらアッティラは眼下の動きを眺めた。ここから見ると遺跡群がかつて構成していた市街の左手側にアーサーは陣を敷き、外縁の各所に検問や監視所を設置していた。

 対する彼の友アッ=サッファーも同様であり、彼の率いるアッバース革命軍は市街の右手側でアーサーの陣営から距離をある程度離して駐留していた。これら軍勢は真っ直ぐ引かれた計画的な道路や通りを挟んで対面しており、互いの警備担当の将兵がある程度の緊張感を持ったまま、数百ヤードの距離を空けて向き合っていた。

 アーサー配下の軍勢は騎兵を充実化させているように見えた。早くも訓練中の部隊が見え、歩兵の装備は彼が思っていた以上に質がよかった。練度はかなり高いように見え、正確な数はわからないが今のところ二万人程度はいるように思えた。

 対してアッ=サッファーの軍勢もまた、実はこれまでのゲームでも見る機会が無かった。アッ=サッファーはこれまでに、こうしてアッバース革命軍と己の配下の騎士達を呼び出す〈刮目するがよい、(ビホールド・ライズ・)アッバース革命(オブ・ザ・)の擡頭せしを〉アッバーシド・レボリューションを使用した事が無かった――少なくともアッティラが知る限りにおいては。

 アッバース革命軍の騎兵はそれが精鋭であればある程重武装化しており、馬鎧も見られた。騎射はそれ程浸透しておらず、専ら片刃剣と槍が目立っていた。とは言え既にグラーム(解放奴隷)の将校が比較的軽装で馬に乗って陣営を歩いているのが見え、軍隊の主力がまだ自由人であった時代から移り変わる時期の生き証人のようでもあった。

 主力はやはり誉れあるホラーサーン軍であり、実際の革命軍というよりもアッバース朝成立後の軍隊と混交しているようにも見えた。更には領内の様々な地域から徴兵された軍人達が見え、彼らは『単一の民族から徴兵するよりばらばらに徴兵した方が好ましい』というドクトリンによって集められ、編成され、鍛え抜かれた。

 しかしアッティラにもそれら軍勢の正体が何であるのかはよくわからなかった。このゲームで権力者達が投入する軍勢はもしかすれば戦場に残った記憶や霊魂から再構築した生まれ変わりか、単に何かしらの奇蹟で再現されただけのコピーか、それ以外の何者かであるかも知れなかったが、傍目には生き生きとした人間にしか見えなかった。

 だが彼らはただの人間ではないだろう。恐らくは自然の摂理に反して顕現し、あるいは各々の信仰における背信行為を糧にしているのかも知れなかった。そして実を言うとアッティラ自身も生前、戦場にて己の軍勢が投入したと思っている数よりも多いなと感じた事は一度や二度では無かった。それもまた権力というある種の超常的な異能の片鱗か。

 眼下では白く蠢くブリテン軍と黒く蠢くアッバース革命軍とが全く対照的な印象を放ち、薄紫に染まる他の全ては白地のキャンバスがごとく主張を控えて佇んでいた。それら不気味なコントラストはこれから更に混迷を深めるであろう戦局を予見しているように見え、アッティラは渋い顔をして己の現状を再確認していた。

「ところでオラニアンはどうだ?」と不意にドンボは言った。

「何の話か?」

「奴はこのままアーサーの手駒として、番犬として使役されるのみか、それともその他の行動を見せるのかと、それに関して貴公の意見を求めようかと思ってな」

 それを聞いてアッティラは深く考えずに答えた。今や彼らは二ヤードも空けず近くに立ち、そしてじっと見つめ合った。

「そのいずれであろうと貴様が楽しめるかも知れぬし、そうではないやも知れぬ。まあ…」私の知った事ではないが。フンの破壊的征服者は既にかつての熱意を喪失し、失意の坂を転げ落ち続けていたように見えた。

 対してジンバブエの破壊的征服者は熱意の坂を登り続け、栄光よりもむしろその過程の破壊と征服に興味を持つ怪物であった。いや、怪物でなければそもそもが、血と死体、死体に集る獣や虫で覆われた光景を心の故郷とはすまい。

 糜爛し、悍ましい匂い。虫に食い破られた気高き無名戦士の顔を何度も見た。目は優先的に食われ、鼻も欠け易い。皮を食い破られ、内蔵を中心に行方不明となった胴から背骨と肋骨とが露出し、夥しい乾いた血がそこらにぶち撒けられていた。

 戦死者の死体という名の贅沢な餌にありつくハイエナやライオンの群れと特に意味も無く殺し合い、それらと血の海の上で狂気を演じ、そしてその毛皮を纏う。

 無数の躯で埋め尽くされた敵の土地を踏み越え、しかし同時に死せる己の同志を弔う。破壊的征服者とはすなわちおおよそにしてそのような在り方を持つ人の姿をした怪物であり、しかしアッティラはその円の外側へと弾き出されたのであろう。最後のローマ人ないしは護国の将に敗れ去り、その様はまるでかつてのアラリック一世のようでさえあった。

 ドンボはそれらの様子を見て、己のお気に入りの〈参加者〉(プレイヤー)が既にどうしようもないまでに擦り減った事に気が付いた。敵であり、味方であり、そのようにして何度も己と対峙した同じ破壊的征服者が、かくも変わってしまった――ドンボは少なくとも表面上そう考え、残念そうな様子が微かに漏れ出た。

 アッティラは転がり落ちる己とは逆に、坂を登り続ける力強き登山者の姿を見た。その瞳に曇りなど無ければ、無論心に迷いも無かった。むしろ無限大に肥大し続ける破壊と征服への熱意がめらめらと燃え盛り、今の己との違いを浮き彫りにしていた。

 ではその炎に照らされた己とは? それを思うと恐ろしいまでに美しい肉腫じみた剣を携えたアッティラは、単に強靭かつ揺るぎ無き精神のみで保たれており、皮肉にもアイデンティティを見失ったところで彼の存在自体は、依然地を踏み締めたまましっかりと立っていた。

「変わったな」とドンボは燃え盛るままアッティラにそう言った。

「貴様は変わらぬらしいな」とアッティラは同じく燃え盛ったままドンボにそう答えた。嫌な風が吹き始め、アッティラがどこかよそよそしく感じるこの位相の気候に段々と不気味なものを感じるようになったのに対し、ドンボはそれすらも隠し切れぬ期待でもってして受け止めていた。

「私はアッ=サッファーを友と認めており、それのみを理由としてここにいるのだろう。貴様は全く変わらぬが、私は己が転げ落ちるのを感じる。あの敗北からずっと私は落ちているらしい」

「そうか、そうだとは思っていたがやはりな。貴公の変化を失墜とは呼ぶまいが、しかしそれはそれとして残念なものよ。そうともいかにも俺は何も変わらぬ、あるいは常に先程以上に上昇し続けているという意味では、変化しているとも言えるがな。結果がどうであれ――」

「我々は道を違え、全く違う在り方である事を互いに悟った」

 アッティラはドンボの言葉を引き継ぐように遮ったが、ドンボもまた全く同じ言葉を同時に口にした。



不明:イレ=イフェ


 美しい戦士の青年は王として、戦士として戦場を駆けた。彼がいれば味方は鼓舞され、敵は絶望した。最強の戦士として数多の戦いを踏み越え、その全てに勝利した。少しでも多くの敵の血を流し、少しでも多くの味方のちが流れるのを防いだ偉大な戦士は、それだけでなく賢者として国をよく治めた。その治世は繁栄を都に(もたら)し、楽器のリズムに乗せられて無数の歌が王を讃えた。

 時には敵にさえ讃えられたその王は、明け方の眩い太陽光に照らされた己の躰と剣とを交互に見た。それらを汚す血が陽射しを浴びて鮮やかに輝き、その血は己が愛し退位後も守ると誓ったイフェの民から溢れ出た事実を、王はどこまでも深い絶望で心を引き裂かれながら受け止めた。

 今回は戦闘無し。

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