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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
120/302

MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#10

 散々こけにされたアーサーはアッティラに痛烈なお返しを送った。その一方でこのゲームの参加者達の思惑、ルールが明かされ、一時休戦となっていた戦いは再開される――異物以外の全てが赤に見える位相の雄大な大地にて。

登場人物

モードレッド陣営

―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングス

―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。

―名も無きグレート・ジンバブエの王…かつて栄えた謎の王国に君臨した美しき謎の王。

―アン=ナシア・サラー=ディーン・ユースフ・イブン・アイユーブ…アイユーブ朝の始祖にしてヨーロッパにもその名を刻み込んだ気高き騎士王。


アーサー陣営

―アーサー…素晴らしい王国を打ち立てたブリテンの伝説的な英雄にしてモードレッドの父親、〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングス

―ランスロット…円卓が誇る最強のフランス騎士。

―トリスタン…騎士としての能力だけでなく狩猟で培った追跡能力にも優れるピクト人王族の騎士。

―パロミデス…ランスロットやトリスタンにもほとんど匹敵する技量を持つサラセン人騎士。

―ヘクター…ランスロットに従うフランス騎士。

―ボース…同上。

―ライオネル…同上。

―ガウェイン…アーサーとの付き合いも長い歴戦の騎士。

―アグラヴェイン…ガウェインの弟かつモードレッドの親戚でもある騎士。


―チャンガマイア・ドンボ…ジンバブエの覇王として名を馳せたショナ人。

―オラニアン…若く美しいヨルバの偉大なる王。

―アッティラ…かつてヨーロッパを席捲した勇猛果敢にして優秀な破壊的征服者。


―アブー・アル=アッバース・アブドゥッラー・イブン・ムハンマド・アッ=サッファー…強大な帝国を打ち立てた古きカリフ。

―アブー・ムスリム・アブド・アッ=ラマーン・イブン・ムスリム・アル=フラサーニー…アッ=サッファーに仕える騎士、天才的なカリスマ。

―アブー・ジャーファー・アブドゥッラー・イブン・ムハンマド・アル=マンサー…アッ=サッファーに仕える騎士、アッ=サッファーの兄。

―アブドゥッラー・イブン・アル=アッバース…同上、アッ=サッファーの叔父。

―アブー・サラマ・ハフス・イブン・スライマーン・アル=ハラール・アル=ハムダーニー…同上、アッ=サッファーらと共にアッバース革命を戦った同志。



十七世紀後半:モノモタパ王国


 果たしていつからだろうか、俺の胸に沸々と湧き上がる解放への焔が宿ったのは。俺は今すぐ自らを解き放つべきだと確信したが、それはいつの間にか一人の男が己の王を殺す場面を夢に見始めたからだ。建物はモノモタパ的な木の宮殿ではなく、夢でありながら石積みの優美なラインが俺の瞼に焼き付いた。

 夢の中の俺は王の血を床に撒き、そしてそれから暫くして俺の血も同じようにして撒き散らされた――そう、顔は異なろうとあれは神々に誓ってこの俺。

 俺はこれまで先人達の築いた土台の上で寄生する日々を送るのみであった。だがあの夢の事を思い出す(たび)に心はぼんやりと熱を持った。その頃の俺は生まれて初めて真の恋に心身を焼き焦がし、やっと訪れる人生の豊穣を心待ちにする一人の乙女。

 父に連れられ宮廷に向かったあの日、俺と同じような蛆虫が王として君臨する無様さに笑いが失せる。神聖王的性質の有無――無論の事、無しに他ならぬ。不適の王を廃す風習など口先だけのでたらめ、太陽を打ち負かした北国の始祖の子らこそは、真に王殺しの民。

 キテベやマニカの連中と同じく、我が王とやらもまた死を先延ばしにするだけの虫けら。ポルトガル人によって我らの王とやらは欧化し、それ自体は別にどうでも構わぬにしても既に権威は失墜し、そして今や奴はポルトガル王を己の王と仰ぐ始末。堕ちたる王の無様な事よ。

 そしてヨーロッパから来た者達の末裔は逆に、肌は陽によって黒く染まり、文化はこの地のそれと溶け合う始末。見よ、両者が重なり合うあの畸形なる蜜月を。

 風の噂ではポルトガル人は遥か遠方の大陸を征服したスペイン人征服者達の栄光を真似ようとしたらしかった。だがここは人の繁栄を全力で大地が拒む苛烈極まる最前線。人類の尖兵として戦い続けた俺の先祖が成し得なかった偉業を、勝手知らぬ異人に成し遂げられる道理無し。

 奴らの糜爛した蜜月を見続けていると、俺はあの夢と同じ事をせねばならぬと内なる焔を燃やした。轟々と燃え盛るそれが外へと溢れた時にこそ全てが解放され、俺は『開拓』へと乗り出したのだ――破壊こそは我が『開拓』なればこそ、王も異人達も須らく滅してやる。

 そうする事で初めて、俺は俺になれる。



ホームベース襲撃から一時間ニ〇分後:薄紫の位相、遺跡


 薄紫のこの位相は恐らく無人であり、既に放棄されてから幾星霜が流れたであろう、半透明の結晶で作られた建物と思わしき物体の残骸が樹立していた。崩れ果てていないものの高さがおよそ五〇フィート、あちこちで道路をそれらの残骸が塞いでいた。上空から見下ろせば道の構造はハニカムか、それよりも複雑なパターンという事がはっきりとわかるだろう。

 その中でも特に広い通りで彼らはそれなりの間隔を空けて離れた状態で転移して来たが、しかし既に険悪さが立ち込めていた。

「これも貴様の想定内か、野蛮極まる破壊的征服者よ」とアーサーは言い放った。老いたる王の声は力強く、自信があり、そしてそれそのものが隠しようの無い剥き出しの凶器であった。

「面妖だな。何故〈王の中の王〉キング・オブ・キングスである貴様が独自の〈授権〉(オーソライゼイション)を使える?」と紫の焔のアッティラは己の周囲を三人の騎士達に包囲されたままで答えた。



一分前:薄紫の位相、遺跡


 到着した瞬間からアーサーは何やら唱えていた。

――我率いるは主に祝福されし最強の騎士団、至上の軍団なり。故に敵が被るは悲嘆のみなり。

 異変に気付いたアッティラは急いで剣を構えたが、詠唱は既に終わっていた。

〈真なるブリテン(トゥルー・パックス・)世界平定〉(ブリタニカ)



ホームベース襲撃から一時間ニ一分後:薄紫の位相、遺跡


 アッティラは油断なく周囲を窺い、そしてその内の一人を見遣った。相手の騎士は伝説的なアーサー王の騎士として参上し、畳んだ傘のような形状をした重厚な馬上槍を向けたまま、神の災いに言葉をぶつけるのみであった。

「拙者に隙が訪れるなどという片腹痛い事は夢にも思わぬ事だ。我らは神に祝福されし栄光の騎士団、それに名を連ねる拙者と馬上で相見えた事こそ貴公の不幸よ」

 己の主君と同じく漆黒の鎧に実を包むその騎士は見るからに立派であり、同じく黒塗りのサーコートが威圧感を増幅させていた。帷子の目に乱れは無く、兜の下で存在感を放つ勇壮な顔は中年に差し掛かっていたが、肉体的にはむしろ全盛であるように思われた。

 顔の各パーツは整っているが美しさよりも逞しさを感じさせるその偉容、他の騎士と比べてもはっきりとその技量差が感じられる馬上での細かい仕草、これぞまさに円卓最強の騎士か。

 それ故に、喋っていながらも実際にそちらへと意識を向け過ぎて槍が疎かになっているというような失態は見られなかったが、威風堂々たるアッティラは馬上で肉腫じみた美しい剣を抜き放ったまま、周囲の威圧感を一旦無視してアーサーに言葉を返した。

「ふん。アーサーよ、これが貴様の自慢のランスロットか。様々な文献を読み知り得てはいたがなるほど確かに、異なる武器や武芸とは言え純粋な戦士としての技量においては私以上であるかも知れぬ。それで? 貴様は私に何がしたいのだ?」

 少し離れた場所にいるカリフは家臣団を黙らせたまま友が置かれた窮地をじっと窺い、高原の覇王はいつも通り次の変化を楽しみに待ち、オラニアンはアーサーへの苛立ちを募らせたまま立ち尽くした。

「貴様を少しでも長く生かしておいてはやるが、私が〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングスとして知っておくべき事を教えろ、それが対価だ」

 肉腫じみた大きな物体が所々付着した立派な鎧を纏うブリテン王は今の老いた姿でさえ伝説的であり、そしてその伝説の知名度通りである有無を言わせぬ風格は、この老兵が正真正銘のアーサー王伝説のアーサーである事を証明し、ある事を雄弁に物語っていた――この〈同盟〉(リーグ)のリーダーが果たして誰であるかという逃れ得ぬ命題を。

 不僥不屈たる王達の中で殊更強くあり続けるアッティラでさえ、激烈なるアーサーの言葉を受けた事で己が巨人を見上げる蟻にでもなったのかと錯覚し、老兵の白い髭は彼をギリシャや北欧の大神のごとく周囲へ強烈に印象付けた。

 老兵はただ喋っただけであり、彼が差し向けた円卓の騎士達とて言葉の副産物に過ぎなかった。この場を支配しているのは王としての言葉であり、威厳であり、そしてぞっとする程に冷え切った冷酷さに他ならなかった。

 しかし霧の島国の王がキリスト教圏にて正の伝説の筆頭なれば、東方より来冦せし別の王は負の伝説の筆頭。西に老兵、東に破壊的征服者――なればこそ大地は慟哭し、空は震え上がり、大気は泣いて許しを乞おう。聖人達は表情を歪め、天使達は声を(ひそ)めて何事かと話し合う。

「さて…アル=アッバース、我が友よ。私は此度のゲームではお前に協力する以外特に自分の目的というものが無い」それを聞いて周囲がざわめく中、同じ破壊的征服者であるドンボは心の中が狂喜に満たされるのを感じた――さすがだな、アッティラよ。

「もっとも、生前に世界制覇の野望を途中で投げ棄てた私にとって、今までのゲームも同じように虚ろでしかなかったが。ところでお前が今有利に立ち続けたいのであれば私は口を割る事無く、周囲の騎士達を蹴散らしながら果ててもいい。私からお前への友情の証としてな」

 紫色に燃え盛る焔として顕現するアッティラは再び轟々と燃え上がっているように思われた。アーサー王という伝説的な王との対峙で勢いを弱めた焔が再点火したらしかった。

 ランスロット卿は警戒を強め、暗い灰と鈍い銀に彩られた装備で身を包むサラセン人のパロミデス卿は己らを嘲られたかのように感じて不快感を顕にし、そしてその友であるトリスタン卿は右手で槍を構えたまま盾に仕込んだ隠し武器を放てるようにして目を細めながら待機していた。

 ドンボは一人、笑いを隠すのに必死であった。

 だが打算的なフン人の破壊的征服者は、己の発言を受けてその友が驚愕で目を微かに大きくした事には、意外だが気が付いていなかった。

「どうせ私はこれからもうんざりするぐらい召喚されるのであろうし――」

「アッラーに誓って、お前を犠牲にするなどあってはならぬ!」

 誰もがカリフの方へと振り向いた。先程絶対的君主へと昇華したはずのアッ=サッファーは一人の青年に戻っていたのかも知れなかったが、その真相を知る者は限られ、場が混乱に包まれていた。

 アーサーはぎろりとした視線をそちらに向け、己に反抗的な者の片割れへと言い放った。

「東の帝王よ、貴様は己と神以外の何者の権威も認めぬと思っていたが、果たして?」

 老兵の声は威圧と嘲りとが入り混じり、聞くだけで心がざらざらとした感触に包まれる程であった。アッティラは不思議そうにしてその友に尋ねた。

「どうした、私とお前の仲ではないか。これまでのゲームで敵として戦い、そして友として共に駆けもしたのだから、お前はお前の目的のために私を見捨てればよい。どちらにせよお前が決める事だ。お前は強いリーダーであるから、可能な限り完璧な決断を心掛けるはずだ」

 アッティラはアーサーの鎧と同じく肉腫じみた有機物のような材質で作り上げられた見事な剣をぞんざいに馬上から己の側の地面へと投げて突き立て、遂に大胆にも無手となった。

 円卓の精鋭騎士達に三方から槍を向けられ、彼らがすうっと槍を突き出せば手酷い傷を負うというのに、破壊的征服者はどうでもよさそうにして馬上で腕を組んでいた――だが言葉の端々にはかつての偉大なる指導者としての叡智が混ざっているように思われた。

 アッバース朝初代カリフは彼の友ではあったものの、ローマ帝国末期に出現した神の災いが心に抱える虚しさの理由はおろか、その存在にすら気付く事はできていなかった。ただ、彼がそのような在り方なのだろうと漠然とした感覚で捉えているに過ぎず、それ故彼は友が目の前で討たれるかも知れない状況に強い焦りを見せた。

 次の言葉に迷っているアッ=サッファーを尻目にアーサーは再度アッティラ目掛けて言葉という毒矢を撃ち込んだ。老兵の顔に刻まれた皺がどこまでも(いかめ)しく、下々の者達を竦み上がらせる程の偉容であった。

「誇りと自己満足は紙一重であるらしいな。アッティラよ、基督教徒の敵よ。絶体絶命の危機に際して貴様がする事は己さえ欺いて怯えておらぬふりをする事だけか? 私が命令を出せば貴様は我が最高の騎士達によって、単純に終わる(・・・)。だがその焔で構成された醜い姿を見るに、貴様の首を切断し吊るす事は不可能そうで残念だな」

「私は別にキリスト教自体に仇成したつもりは無かったが、好きに受け取る事だ。ところで自己満足も重要であると知っていたか? 下らない事に対してリーダーはいちいち動揺してはならないし、たじろぎとはすなわち不適正である事の証。例え私が今ここで敗北したとしても、堂々と振る舞い最善を尽くせば少なくとも私は満足しながら退場できるものだ」

 アーサーは図らずしもアッティラの聡明さを引き出してしまった。虚しさを抱える破壊的征服者は自然と言葉を紡ぎ、その不愉快な言葉の羅列及びアッティラが動じていないという事実はブリテン王をまたもや内心苛立たせた。あるいはアーサーにとってアッティラは相性が悪い相手であるのかも知れなかった。

 だがカリフはこれらのやり取りを許容する事ができなかった。彼にとってアッティラは既に己の認識している共同体の一部であり、初めて出会ったゲームにおいては敵同士であった彼に対して、啓典の民ではなくなおかつ危険だとして戦いを挑んだ事を発端とした数多のやり取りが、やがて彼らに友情を芽生えさせた。

 アッラーにこれらの巡り合わせを感謝しているから、それ故その友が今ここで一時的とは言えいなくなる事に強い反発を覚えた。

 白と金に彩られたアッ=サッファーは傍らにいるアブー・ムスリムと短い会話を交わし、美しい瞳を持つホラーサーン人の青年は割り込むために声を大きくして発言した。

「カリフはアッティラ公の助命を引き換えに、この戦いのルールをご教授なされる。西の最果ての島にて覇を打ち立てた王よ、我が主君のご意思を無碍にしようとは思わぬ事だ!」

 それからアーサーとアッ=サッファーはアブー・ムスリムを通して協定を結び、表面上の同盟が締結された。とは言え、アッティラは実際には全てをアーサーに話したわけではなかった。今回のゲームはイレギュラー要素が多過ぎるからだ。

 ふとアッティラは、己と同じ〈同盟〉(リーグ)に別の破壊的征服者がいた事を思い出した。紫の焔の姿を取るアッティラは、同じく人外じみた紅色の焔であるドンボを見遣った。顔のある部分が轟々と燃え盛っているため、その表情を窺い知る事はできなかったが、ただならぬ何かを感じた――そもそも何故この〈同盟〉(リーグ)ではオラニアン以外が人外の姿で顕現しているのか? これまでのゲームでもそのような事は一度も起きなかった。

 馬上から話す彼らの様子の傍ら、酷くか弱く見えるアブー・サラマは無言で、かつ不安そうな目でアッティラを眺めていた。イスラームの益荒男らしい髭を生やしておらず、本質的にはカリフらと異なる思考形態を持つこの儚い騎士は内心ではアッティラを疑っており、彼を二枚舌の怪物であると見做していた。



五世紀後半:グレート・ブリテン島


 塔の虜囚は今まさに出血した指で採光窓まで攀じ登り、飽き飽きした苦痛などは完全に無視して清々しいまでに暗澹たる優越感に浸っていた。その老人は痩せ衰え、しかしそれに似合わぬ活力を滾らせ、だらしなく伸びたもじゃもじゃの前髪の下で勝利のにやにや笑いを浮かべていた。

 壁の内側は虫もおらず苔も無く、不気味なまでに隔離されていた。採光窓には遮る物が無く風も動物も何もかも素通りできるはずだというのに、ここへと幽閉されてからそのようなものなど見た事も無かった。故にあの女の力が恐ろしくなるものだが、それでも決して無敵ではない。

 そしてやはり予想通りこの塔も幽閉が疎かになり始め、こうして巨人の背丈程ある高さを登って来られた。老人自身を押さえ付けようとする力が弱まり、その結果彼はこうして採光窓に両腕を乗せて胸から下の肉体を宙ぶらりんにして保持しているのだ。見下ろすとまるで呪われているかのように底が暗く見えたが、思った以上に高度は大した事が無いと思い始めた。

 これも全て己の策が成立したからであって、そこに暗い情熱を見い出した。時間に関わる分野はやはり彼女にとって不都合かつ弱点であり、時間を跨いだ過去への干渉が彼女を弱めたのだ。万全なローマがまだあった頃に彼女は力を奪われ、そして今頃になって漸く彼女はこの事態が彼の仕業であると悟り――。

「愛する者よ、久しいではないか!」

 その豪胆極まる声を耳にした瞬間、老人はざらついた石材から腕を滑らせて採光窓から落下するところであった。全身を揺さぶる嵐のような感覚と臓腑を抉られるかのような恐怖とがこの肉体を通じて微かに伝わり、そしてより本質的な感覚によって己が今最も恐れる実体への恐怖が染み渡った。

 この肉体は喉がからからに乾き、落ちないよう必死に爪を立てる指先からごりごりとした痛みが伝わり、それらの代わり映えしない下らない付加情報は視覚情報によって押し退けられて消え去った。

 驚きの悲鳴は己自身の恐怖によって掻き消され、喉から外に出る事は無かった。ただ無音の悲鳴が高々と響き渡り、窓の向こうで宙に力強く立つ実体の下半身が見え、無慈悲な死刑宣告を示しているように思えた――恐怖により、その(かお)を見ようという気概などはあっさりと崩れ果てた。

 かようにして、下劣で悪辣極まる自己満足が解き放たれるその瞬間に水が差されたのであった。既にこの塔そのものが彼の喉元を締め付けているかのような圧迫感を今更与え始め、壁からは今にも下等な妖魔どもが溢れ出そうに思えた。

「貴様は一度ならず三度も私を裏切った! 再三の警告は無視されたのだ。私は己の甘さ故に一度目の裏切りを殺さぬ方向性で処理した。そして貴様は私が貴様に教えた脆弱性を利用して二度目の裏切りを実行し、今こうしてここから逃げ出すという三度目の裏切りを成し遂げようとした! 貴様は我が痛みを想像すらしておるまい!

「だが私も己の不備を考慮し、貴様に猶予をくれてやる。私は貴様の裏切り以上の痛みを探し求めようではないか。貴様の裏切りを忘れられ、新たに私を苛む痛みを見付けられたならば、貴様を見逃してやってもよい! 億千の拷問、陵辱、蹂躙、喪失、惨状、そして新たなる未知の誰かによる裏切り、それら痛みの中に貴様の与えた痛み以上が存在しなければ、私は誓って貴様を殺しに舞い戻る。いずれであろうと、せいぜい貴様はその間可能な限り混沌を広げる事だな」

 理不尽にもこの非力な老人の姿に己の全側面を押し込められた悍ましい何かは、その瞬間己のこれからが音を立てて崩れるのを感じ、崖の上で立ち竦む敗残兵の絶望を思い知った――このままでは不味い、己の拡散は見送るべきか?

 己の無防備さを嫌という程実感し、無様な表情の下で計画変更し最重要優先事項の新規作成を始めた。今やかつてと同じ手は彼女に通じず、となれば今後は攻勢よりも防衛の方が――。

 そこでふと、かつて破壊的征服者を阻むために建造された中国やブリテン島の長城に憧れた。



ホームベース襲撃から一時間五一分後:薄紫の位相、遺跡、ブリテン軍本陣


「ランスロット、参れ」

「はっ」

 己の〈授権〉(オーソライゼイション)――少なくともそれに近しいもの――を使用し、それで呼び出した兵士達を使役して、この位相にある半透明の遺跡群に陣を敷かせたアーサーは、己の宮廷魔術師であった男が進言したように己の表情を険しくして威厳を高め、まだ無事な半透明の建物に設置した間に合わせの玉座に座ってランスロットに声を掛けた。

 周囲では兵士達が邪魔な瓦礫の撤去作業や作戦などの話に没頭し、そして本質的には霊的でありアーサーの召喚物であるそれらによって警護されるこの間に合わせの本陣はその周囲にテントが張られ、近隣の建物もそのまま使用された。

「どれ、一つ敵の力を図ってきてはもらえぬか。奴らの場所なら狩人のトリスタンが発見できよう、例え別の位相であろうとな。貴公とトリスタン卿以外にもヘクター卿とボース卿とライオネル卿、乱戦に備えてガウェイン卿とアグラヴェイン卿、そしてオドエイサーの小僧を行かせる。貴公の率いる兵の指揮権は一時的にパロミデス卿に預けるものとし、彼に警護の監督を任せるつもりだ」

 肉腫じみた物体がその一部に張り付いた漆黒の帷子で身を覆うブリテンの伝説的な王は知らなかったが、フンの破壊的征服者もまた『オドエイサーの小僧』というような言葉を使用していた。王は黒々とした鎧とサーコートとを纏ったままで居座っており、長年戦いに出向いた経験からほぼフル装備でも別段寛げないわけではなかった。

「優秀な戦力の使用を許可して頂き嬉しく思いまするぞ、殿。かような恐悦至極に答えるためにも、不肖このランスロットめをあなた様の槍としてお使い下さいませ、さすればお望みになる結果が得られます故」

 結果、それは敵の打倒か勝利に他ならなかった。数多の試合で敵を踏み越え、数多の戦場で屍を乗り越え、その上でランスロット卿は生き残り続け、最高の結果を残し続けた。馬上においては彼こそ無敵かつ最強であり、ある意味では馬上の王とさえ言えた。

 しかし内心では彼も色々考えており、決して非人間的な完璧たる騎士ではなかった――かような大規模な戦闘においてガウェインと共闘するのはログレス王国の崩壊以降初めてであり、そして己の主君たるアーサーの下で再び戦えるというのも非常に感慨深かった。今の己はかつて背いた王に仕える事ができるのだと、かつてその死に目に会えなかった老兵の御前にて噛み締めた。

 アーサーは表情を一切変えない己の家臣から何となく彼の心情を察しながらもそれに気が付かないふりをして続けた――ブリテン王も内心では様々な過去の経緯(いきさつ)について考えていた。だがそこまで考えてから、彼は再び険しい表情に戻り、厳粛に指示を下した。

「よい。他には話し合い次第でアッ=サッファーの配下も借りられるやも知れぬ。ランスロット卿よ、貴公らの目的はあくまで強行的な偵察と敵戦力の把握、しかしあまりにも連中が弱ければそのまま殲滅して結構」

 どこまでも冷たく老兵は言い放った。主君と同じく漆黒の装備で固める円卓の筆頭は営内では兜を脱いでいたが、その主君は王冠代わりに、美しいドラゴンがあしらわれた兜を被ったままであった。

「承知致しました。此度の戦い、何やら定法が通じぬと聞き及んでおります。何卒殿もご警戒を」

 現代の軍人のように見事な直立姿勢を取り、座する王と対面していた騎士は軽くお辞儀をしてから退出した。それを見送りながら老兵は今現在の状況について考えていた。アッティラやその友以外の連中にも目を光らせなければならない。

 彼がこのゲームに参加したのは今回が初めてであり、対して既に何度か参加経験のある者達もいた――アッティラとアッ=サッファーなどは堂々と認めた。ドンボとオドエイサーも怪しいがこれはいつでも問い質せる。オラニアンも経験はあるまい。あとはまだ現れていないこちら側の〈参加者〉(プレイヤー)が誰なのかが判明するか、あるいは向こうからやって来れば状況が更に把握できる。

 少し離れたところでアッバース革命の連中が陣を敷いているが、あの黒旗を掲げる連中との関係もある程度改善しておかねば。

「オドエイサー」と険しい表情のままで王は呟いた。するとどこからともなく灰色の焔があまりにも黒過ぎる鎧を纏った姿で唐突に出現し、それがどのような術か技であるかは王にとって別にどうでもよかった。

「既に聞いておろうがランスロットらに同行せよ。〈授権〉(オーソライゼイション)を用いらねばならない程であれば自己判断で撤退せよ、私は今ここを離れられぬし、当然今回は船も出せぬ」

「今の俺はあなたの剣、ならばそのようにしよう」

 例によってアッティラは隠し事をまだしており、アーサー王は彼を疑っているもののそれが具体的には何なのかという事までは己でも気が付いていなかった。距離を置いていたとは言え王は空高くに浮かぶ船からあの茶色い位相での戦いを眺めており、それ故〈授権〉(オーソライゼイション)に許可を出すか否かを決める事ができた。

 だがオドエイサーが初めてモードレッドを襲撃した時の〈全か無か〉オール・オア・ナッシングはアーサーの知覚外の出来事であり、ローマ帝国を滅ぼした武将はブリテン王に無許可で勝手に〈授権〉(オーソライゼイション)を発動したのであった。



ホームベース襲撃から二時間二三分後:赤い位相、平野部


「つまり…〈授権〉(オーソライゼイション)は一人一つずつとは限らず、その内容や持続時間なども千差万別という事か。それに薄々気付いていたが…この戦いは既に何度も起きているらしいな?」

 卿は徒歩で移動しながら傍らで馬に乗るスルターンと会話を続けていた。ここはあまりにも見晴らしがよいため、移動しなければ敵襲で不利になるかも知れなかった。前方にはまばらな木々と、放棄された地球の文明産らしき機械などの残骸が見え始めた。誰かが廃棄したのだろうか?

「いかにもその通りです」

 美しいスルターンは穏やかな表情を浮かべ、傲慢さは微塵も感じられなかった。話し合いの結果こちらの〈同盟〉(リーグ)では今のところインドラジットがティア2、そしてジンバブエ王とサラディンがティア1であるとの事であった。

 スルターンは夜の寒さにも対応できる装備であるためか余裕があったが、ジンバブエの謎の王は冬用のコートを纏うようにして毛皮をたなびかせて猛然と歩き、そもそもが人外である美しいランカ島の貴公子は赤い周囲の風景にも飲み込まれぬ蒼い肌を見せて特に何も無いかのように歩いていた。

 首を動かして周囲を窺ってからサラディンは話を続けた。追跡されている危険性に関して考えていたのは彼とモードレッドのみであり、他の二人は別の事について考えているらしかった。

「私は参加が初めてであり、あくまで事前にたまたま調査をしていたに過ぎないのですが、この闘争はこのように呼ばれています。〈影達のゲーム〉ゲーム・オブ・シャドウズと」そのように言い終えてから気高き騎士王は何やら不穏なものを察知して表情を鋭くした。直接彼と互いに顔を向け合って話していたモードレッドはその変化に驚かされたか、あるいはショックを受けたものの卿もまたただならぬ状況の変化を嗅ぎ取った。

「サラディン、何かあったみたいだけど」

「さすがはモードレッド、あなたの優秀さが好きになってきたところです」

「異教徒は嫌いなのかと思ったがね」と卿は冗談混じりに警戒した。それに感化されて他の二人も身構えた。

「それは失礼、本来イスラームにおいて強制改宗は禁止されていますが、フランクとの戦争では随分神経を擦り減らしたものですから、藁に縋る思いで尋ねた次第です。アッラーの命でなければあのような戦争は二度とごめんですからね」

 彼の口調は苦い戦争の記憶を秘めており、己らの子孫達がそのような戦争に加担したのだろうかと思うと卿は何とも言えない気分に陥ったがひとまず現状確認に移った。

「敵の方角はわかるか?」

「いえ、ですがわざと気配を流したように思えます。何故ここにいる事を察知されたのか、その件も生き残れた時には考えなければならないでしょう」

 モードレッドはサラディンが副官として聡明である事が喜ばしかった。本人の前では協力者という建前にせねばならないが。ネイバーフッズのキャメロン・リードのように状況をすらすらと言い表してくれるのだ。

 卿自身は状況を把握しているつもりだが、こうして言葉で言い表されると随分印象が変わってくるし、そして他のメンバーにも情報共有ができる――ネイバーフッズならともかく出会ったばかりの彼らが無言で意思疎通などできるはずもなかった。

 モードレッドは敵方にアーサー王がいる事について考え、それからおおよその予想を立てた。物事は論理的に考えれば大抵答えが見付かるものだが、そこまでじっくり考えるのは存外難しい事であった。

「なるほど、確かに奴なら我々を発見できても不思議じゃないな。トリスタン!」

 卿は大声で騎士の名を叫んだ。ピクト人の王族の血を引く(くだん)の騎士は木の影から白と緑の装備で固めた姿で騎乗して現れ、周囲を見ると何もいなかったはずの寒々とした平原でブリテンの騎士達が取り囲んでいた。ランスロット率いるフランス騎士達、そしてそれとは無関係なオドエイサーの姿を認め、モードレッドはいつになく気性が荒くなったような気がした。

「モードレッド、叛逆者よ。お主はその臭さ故にすぐ居場所を掴めたぞ」

 兜の下から蒼い戦化粧じみた入れ墨を覗かせる端正かつ精悍なトリスタンは恐らく往年のままの強さであると思われた。優れた騎士であり、時には優れた狩人としてどこまでも敵を追跡できた。馬上においてもその技量はランスロットに次ぐかほとんど匹敵する程のものを持っていた。

「そっちは気配売りのサービスでも始めたのか? わざわざ知らせてくれてありがとうな」と卿は嘲ったが、油断できない状況である事は痛い程に承知していた。

 するとインドラジットがその緊張感を崩した。

「オドエイサー、貴公か! 思えば先程までの戦闘にはいなかったから少し寂しい思いをしたものよ!」

 ラークシャサの王子は少年のような快活さで灰色の焔たるオドエイサーに呼び掛け、オドエイサーもまた満更でも無さそうに反応していた。

「やれやれ、君はマイペースだな。あいつは気に入らないが、まあそれはそれとして私としてはあの木立に逃げ込んで乱戦に持ち込みたいがそれでもいいかな?」

 全員が頷いた。戦いの始まりであった。トリスタン目掛けて駆け出した四人を見るやブリテン最強の武将ランスロットは拡声器でも使ったかのような(つんざ)く声で高々と言い放った。

「往くぞ、叛逆者とその連れ合いを踏み潰せい!」

 疎らな森にいるピクト人騎士に対して己の名を忘れたジンバブエ王は、この雄大かつ北国の春の寒さを備えた赤い位相の大地を駆けながら陶器の欠片を周囲に纏って回転させ、そして召喚した呪物から加減した砲撃を放った――森ごと吹き飛ばしては逃げ場が消えてしまう。

 トリスタン卿は冷静に冴え渡る槍捌きを見せ、己に命中するコースの光条のみを豪快に薙ぎ払って霧散させた。お返しに盾から明滅する小さな何かをすぐ近くに投げ、しかし森に近付くにつれて背の低い下草が濃くなるものだから、モードレッド達は一瞬躊躇って速度が落ちた。あれは一体何だ?

 その瞬間背後や横から蹄の音が嫌という程聴こえ始め、寸前で何とか回避したものの、何かが跳躍した音が背後から聞こえた――本命であった。

「余に任せよ!」

 一瞬の事であった。セイロンの美しい王子は尋常ならざる人外の技で矢の雨を上空向けて放ち、抜ける隙間の無いそれを払うためアーサー王最優の騎士は跳躍した馬の上で盾と槍とをあり得ない速さで振るって、命中コースの矢を須らく払った。モードレッドら三人はその音のみを聴きながら回避し、そこに大地を震撼させるランスロットの馬が凄まじい勢いで着地した。

 少しの間とは言え空中でランスロットを停滞させたインドラジットの妨害が無ければ既にやられていたかも知れなかった。ごろりと回転して避けてからランスロットに向き直って弓を構えたインドラジットは斜め後方から何かが迫るのを感じ、身を微かに屈めてそれを回避した。

 その上空数十フィートの所を、恐ろしい程に黒い鎧で身を包む灰色のオドエイサーが通過した。投げられた己の剣を追い越す勢いで跳躍し、そして着地しながら剣を掴んだのであった。

「インドラジット、悪いがその終了マニアとの戦いは森に着いてからにしよう! トリスタンの罠だか何かは私に任せろ!」

 言いながら卿は大地を全力で踏み抜き、その凄まじい振動は遥か遠くの山々にさえ響き渡り、トリスタンが仕掛けた地雷じみた罠は不発して弾け、いきなりの事なので再びインドラジットは卿に抗議した。しかしその隙をじっと狙っていたトリスタンは既に弓へと持ち替えており、狙い澄ました狩人の一撃が卿の膝目掛けて放たれた。

 しかし卿もまた莫迦でもなければ未熟でもなかった。風を裂き空気を焼き切りながら迫るそれを、隙が生じていたはずのブリテンの王子が命中の寸前で掴み、じわりと沁みる熱と痛みとで掌を痛めながらも彼は全力でそれを投げ返した。

 無論ではあったが狩人もそれを馬上にいながらほんの少しだけ身を捻っただけで回避し、無手の騎士の左手による攻撃が鈍るであろう事に鼻を鳴らして次の攻撃の準備をしつつ、誰にも聞こえないような小さい声で呟いた。

「お主の膝を射抜けば痛快愉快であったものをな」

 卿と共に他の三人も攻撃しながら森へと突撃し、距離にしてあと二〇〇ヤード程度であった。

「よし、次の突撃を仕掛けろ!」とランスロットは追跡しながら指示し、配下のフランス騎士三人は馬をターンさせて突撃を再開した。モードレッドらが到達する未来の位置を完全に速度や相対距離から割り出した騎士達は右斜め後方から二、左斜め後方から一が互いに衝突しない完璧なタイミングで迫った。

 モードレッドの叛逆を思えばランスロットは彼に激烈な憎しみを抱いていてもおなしくはないが、しかし彼は円卓の騎士筆頭として全くそれを表面化させずに振る舞っていた。

「いい調子だ、タイミングを合わせろ!」とヘクターが馬を突撃させながら叫ぶと、それに合わせて同じく突撃中のボースとライオネルが了承の叫びを上げた。戦いは激化していたが、これはほんの序章でしかないらしかった。

「これならスペインで魔女刈りでもしていた方がましだったかもな、こういうまさかの時に備えて!」と卿はジョークを飛ばした。インドラジットはやれやれとそれにレベルを合わせた。

「それよりあの最初の街でドンボの砲撃によってガソリンを供給するステーションごと吹き飛ばされた方がましであったと余は思うが」

 馬を駆って接近する三人の騎士をどうするかと考えていると、同じく騎乗しているクルドの偉大なるスルターンが彼らの相手を買って出た。

「騎馬は私にお任せを」

「助かる、君の魔法か何かで連中を邪魔して欲しい」

「魔法? 敬虔なイスラーム教徒はそのようなものを使用しませんよ」

「だがさっきはそういう権力者もいると――」

「あれは単に非イスラームの例です。それに同じく敬虔なキリスト教徒もそのような類は使わないはずです。我々はただ神にお祈りをして、神の奇蹟が成されるのを眺め、己の神への従属心を再確認しているだけですので」

 言いながらサラディンは抜剣し、その衝撃が地面を抉って土埃が敵騎士達を妨害した。時折それらの騎馬は姿が消え、空中にも地表にもいた。激しい剣戟音だけがこの非現実的な戦闘に実感を持たせていた。

「私もお祈りを習い直した方がよさそうだな」とモードレッドは猛然と駆けてトリスタンとの攻防を続けながら呟いた。


 森にはガウェインとアグラヴェインもいたが、アヴァロンの要塞を拠点に歴史の裏側で活動していた他の騎士達とは違い、今し方王に呼ばれて冷たい死から帰還し、ガウェインと共に叛逆者の一行を叩きに行けと言われたアグラヴェインは、相手がまさかモードレッドであるとは知る由も無く、所定の場所で何も知らぬまま馬上にて待ち構えていたのであった。

 森は深く入ると木と残骸の密度が増え、視界は悪かったから近付く蹄とよくわからない爆発音と剣戟の音しかわからなかった。記憶は混濁し、靄が頭を覆っていたが、何か思い出すべき事があるように思えてならなかった。

「やれやれ、兄者も無茶を言いなさる。俺の知らぬ間に色々あったようだが詳細は後回しとは些か乱暴よのう…忌まわしいフランス騎士どもが我が方と共にいるという事はすなわち聖母マリアにかけて、殿の上意によりその辺りのいざこざも何とかなったのであろうが…」

 アグラヴェインは気が付くと馬を召喚したりいずこかへと消す術が使えるようになっており――既に何度か出し入れを試した――気のせいでなければ寒さや空腹にも強くなっていたような気がした。他の騎士もそうであるらしいが、これも主によって祝福されしアーサー王の威光が成す(わざ)であろうか。そのように愚痴を零していると雷のような声が響いた。

「これ、集中せぬか! せっかく儂とお前とで再び戦場に立てるのじゃぞ、栄光を前にして青臭いサクソンの小童のように喚くでない! まっこと罷りならぬ振る舞いじゃ!」

 兄であるガウェインの声にアグラヴェインはびくりとし、やむなく戦うための気合いを入れた――今の己がかつて共に語らったあのモードレッドを狩るための部隊に参加している事とは露とも知らずに。

 某宮廷魔術師らしき人物の正体はこれから明かす予定。アッティラとドンボはキャラ付けの差別化を図りたいところ。

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