BREAK THE CELL#1
PGGの首都惑星イミュラストの襲撃事件やコロニー襲撃事件の少し前、地球でとある孤児が狙われた…謎のロボットに襲われた少年は極限の状況下で不思議な少女に救われる。とあるギャラクティック・ガード及び地球人の少年がブレイドマンと交戦したという一件についての詳細を綴る。
登場人物
ジェイソン・エイドリアン・シムス…孤児の少年。
ゴッシュ…ジェイソンと同じグループ・ホームの孤児。
65−340…謎の少女、感情に乏しい。
ブレイドマン…妖しい瘴気を放つ日本刀を振るう、機械の肉体を持つ魔術師ヴィラン、ジェイソンを狙う。
〈揺籃〉事件の数日前:マサチューセッツ州、ボストン
ジェイソン・シムスは今日も退屈な日々を送っていた。気の弱い彼にとって、この小さなグループ・ホームに来た当初は随分と辛い経験だった。
別の施設にいた頃、他の孤児が引き取られて行くのを見て、それはもう自分の番を心待ちにしたものだが、やがて自分の番が恐らく回って来ないであろう事を子供心ながら悟ったものである。
その頃初めて彼は、人生における真の諦めという経験をしたのだ。そして今いるロードホール・グループ・ホームに来た時は、年上で体格の大きなゴッシュ――オー・マイ・ゴッシュが口癖だった――によく虐められたが、職員のレイにばれるとそれも収まった。
傍から見ていると、懲罰は暴力こそないものの訴えられれば敗訴するであろう児童虐待寸前のものに見えたが、少なくともゴッシュには効果があったようで、ジェイソンも漸くゴッシュに親しみを持てそうになってきたところだ。
施設で労働のなんたらという話が出て子供達全員で大掃除をした時に、ジェイソンはゴッシュと一緒の部屋を掃除する事になって気不味かったが、やがてどちらともなく協力できた。
気が付くと彼らは最近のスポーツや気になっている女の子の話などで気兼ねなく話せるようになり、周囲の人間はその様子を不思議がったものであった。
親しくなるとゴッシュには以外な面が幾つもあり、例えばメモ帳を持参してスケジュール管理しているだとか実は旧トリロジーの『スター・ウォーズ』が好きでX−ウィングの完成品模型を持っているだとか、そうした事実はジェイソンに物事とは表面上だけのものではない事を教えてくれた。
世間ではまた変てこな連中が暴れているとのニュースが騒がれていた――ドレッド何某という輩が何やらやっているらしい――が、ジェイソンは何ら興味を抱かなかった。
彼がそうして適当にテレビを点けて、取り留めもない番組を見てスーパーボールやNBAを観戦していると、気が付けばそろそろ次の年の4月近くになっていた。
ジェイソンは退屈な日曜の午後をベッドに座って過ごしていたが、どうにも体の『内面』が落ち着かない感じがした。父親が蒸発し母親が薬物依存症で施設に入れられた時、自分が新たな両親に引き取られない事を理解した時、そしてロードホールに移りゴッシュを見た時。
人生の面倒事が起きる時、予兆のように感じるそれは、物理的な内側ではなく心もしくは魂が騒ぐような感覚だった。
「おーい、ジェイソン」
思案から引き戻されたジェイソンが振り向くと相部屋の入り口にゴッシュがいた。手にはメモ帳があった。
「何?」とジェイソンは少しぶっきらぼうに言った。
「えーと…いやさ、お前にはまともに謝ってなかったなって…」
ゴッシュは今まで見た中で一番もじもじとしていた。メモ帳をジェイソンが見やるとゴッシュはそれを気不味そうに仕舞った。ジェイソンはこの話に蓋をしておきたかったので適当にあしらおうとした。
「いや、もういいよ」
「でもさ…」
ゴッシュは打ち解けてみるとかなり純粋な少年であった。恐らくは彼より下級生のジェイソン以上に。
だが少年故にか、ついジェイソンはかっとなった。休日なのにその話はやめろよ、せっかく君と仲良くなれそうだったのに!
「いいって言ってるじゃん――」
ゴッシュにはジェイソンの言葉の最後の方がよく聞き取れなかった。恐らくジェイソン自身にっさえ。というのも、凄まじい轟音と共に耳がミュート状態となり、ジェイソン自身は前方まで吹き飛ばされてベッドから床に転がった。
大量のコンクリート片と木片がどさどさと崩れ、割れたガラスがベッドの上に散乱した。
脳の奥がごうっと音を立てているようで、今一つ周囲の音が聴き取れなかった。ミュート状態はまだ終わらず、徐々に痛み始めた体の各所にうんざりしながらも背後を振り返った。そのドレッドノートとやらが攻撃したのか?
そこにいたのは奇妙な実体と言う他無かった。白い表面が眩しくて一瞬目が眩み、よく見ればそれは7フィート近いロボットのような何かしらの不思議なものであった。
彼がよく遊ぶ『ヘイロー』や『マス・エフェクト』に登場するアーマー類のように未来的な意匠で作られており、白く塗装された装甲は一定方向に研磨の線が見えていた。
表面の薄くなだらかな凹凸が漏れた逆光を浴びて微かに浮かび上がり、明らかに意匠の違う翼が背面で展開され、天使のように開かれたそれで浮かんでいるのか、この白亜の機械は破壊されて見通しがよくなった壁があった所の向こう側で浮かびながら、足先はこの手のお約束通りに両方の高さをずらして一本足爪先立ちのようなポーズであった。
右手には怪しく輝く刀が握られ、その切っ先は妖艶な美女のように色めかしい笑みを浮かべているかのごとき異様な雰囲気を放っていた。
というわけで、全くもって意味不明な実体が彼のいるホームの壁を破壊して現れたのであった。
「俺のボディの可愛さに見惚れて声も出せねぇってか?」
機械的な男の声が響き、ジェイソンはその内容を理解する前から警告のような感覚が脳を蹂躙した。
関わると不味い事になるという事自体は、『内面』の妙な騒がしさなどに頼らずとも本能的に理解ができた。警察かヒーローが来るまでに何分の時間を要するだろうか?
それまでにどうにかできればよいが、目の前の機械男は鉄筋コンクリートの壁をどのような手段かは不明だがほとんど破壊し尽くしてしまった。
飛散したコンクリート片が部屋を汚しながら散乱し、足の踏み場が大きく減ってしまった。何より、これまで何年か過ごしてきた自室がこうも手酷く破壊されてしまったというのは心の傷に塩でも塗られたかのような手痛さを感じる他無かった。
恐怖や動転によって気が狂ってしまったのか、頭の中で『トータル・イクリプス・オブ・ザ・ハート』が演奏され始めた。
と同時に、誰のカバーなのかよくわからない『マッド・ワールド』の重苦しいメロディが嘲笑うかのように彼の心の中でコンサートを始めた。
「ま、そんなに焦んなって。俺はお前に用があるだけだ。お前が一緒に来てくれるなら…何もしない」
そのあまりにもロボット的な頭部故に表情など窺えないこの浮遊する機械は神話に登場する怪物のようでもあった。
発言が本心なのかどうかなど全く判断できず、というよりこういう類いの輩に連れ去られればそれで人生が終わるのがお約束ではないかと思った。
見れば怪しい刀が血を求めるかのごとく明滅している気がして、それは極限的な緊張が生み出すただの幻覚なのかそれとも本当に脈動でもしているのか、全く判断ができなかった。
何もかも不確定で、唯一言えるのは、今喉がからからでこれから殺されそうだという事だけだ。
「嫌だと言ったら…」とジェイソンは目を見開いた状態でか細く言った。
「何だって? 上手く集音できなかった。もう一度言え、音声の内容を判断する際の予測候補として記録しときたい」
「もし嫌だと言ったら?」
「え? 冗談はよせよ、さっさと来な。後で歓迎会でも開いてやるから。好きな飲み物は?」
この男には話が通じないのだろうか。このような状況であるにも関わらず、ジェイソンは段々といらいらしてきた。
「だから、嫌だと言ったらどうなるんだって言ったんだよ!」
言ってから、相手を刺激してしまっていたらどうしようかと後悔した。何もかも遅く、これからどうなるかはよくわからなかった。
特に話を聞いた様子も無く、ロボットの男は没交渉的に呟いた。
「あー、ちょっと時間が迫ってきたな。ちょいと脳をぶっこ抜いてさっさと帰るか」
すうっと降り立った白亜の機械は山脈のように大きく見えた。ジェイソンは己がまだ立ち上がっていない事に今更気が付き、部屋の奥まで必死に這った。手がコンクリート片を踏んだため痛み、脚の各所もズボン越しに痛んだ。それ見た事か、この男は明らかに狂っている。
とその時、半開きになっていた部屋の入り口が大きく開け放たれ、何者かが現れた。
「ジェイソンから離れやがれ、この薄っトロいディセプティコンめ!」
ゴッシュだ。彼が庇いに来てくれた。
「駄目だ、早く逃げて! こいつ明らかにヤバいよ!」
本当は助けて欲しかったのに、実際にはジェイソンに逃げろと言ってしまった。あまりにも唐突に日常を破壊されたせいで、ジェイソンは今の自分がどうなっているのかがよくわからなかった。そしてそんな彼を置き去りにして物事は先に進んだ。
「お前を置いて行けるかよ、まだちゃんと謝ってないのに――」
つうっと何かが空を切った。それが血を求める妖刀の煌めきだったと気が付いたのは、ゴッシュが喉を押さえ、その喉には水平に引かれた赤い線が見えた時になってからであった。決壊した赤い洪水が彼の手から溢れた。
苦悶というよりも驚愕や恐怖に近い表情を浮かべ、がっくりと両膝を衝いて彼は倒れた。それでも踏み留まった彼と目が合い、ジェイソンはその視線から彼が何を言いたいかを悟った――俺はもう無理だ、お前は逃げろ。
ジェイソンは気が狂ったかのように慟哭し、離れた間合いをも斬る奇妙な剣術ないしは何らかのトリックを用いる白い装甲のロボットは妖刀を床に突き刺すと、死刑執行人のような足取りで泣き喚くジェイソンの方へと歩み寄った。
このままジェイソンもまた殺されると思われたその時、ロボットの背中がいきなり爆発した。ジェイソンはまだ気付いておらず、何事かと背後へ振り返ったロボットは右側へと吹き飛ばされて壁を突き破りながら転がった。
「ジェイソン・エイドリアン・シムス、我々と共に来い、ここは危険、我々が護衛する」
先程まで機械の男がいた辺りには一人の美少女がいた。アジア系の顔立ちと日焼けしていない白い肌と、そしてその幾分エキゾチックで美しい顔立ちは、もしもジェイソンがとある界隈に詳しければさる人物との酷似に気が付いた事だろう。
徹底的な無表情と『我々』という言い方がどこか妙で、そして彼女は黒いコートをばさりと翻して片膝を立てた着地をしたところであった。
舞ったコートの下部が重力に従って床に落ちると同時にすうっと立ち上がり、黒いシャツの上から黒に近い灰色のハーネスを幾つも巻いており、ぱりっとした黒いパンツスーツが目を引いた。指が露出している黒い手袋を嵌めており、その右手には何やらSF的な武器らしき銀色の大きな物体が握られていた。
それは何やら砲身らしきものを伸ばしていたが立ち上がった際に変形して縮小し、彼女はジェイソンに歩み寄って手を差し伸べた。またもや意味のわからない事態が置き、ジェイソンは更に混乱した。
「なんなんだよさっきから! 目の前で友達が殺されるし!」
ジェイソンは理不尽な状況を嘆いたが目の前の美少女はそれを全く考慮せず、そのまま強引に彼の手を掴んで立ち上がらせた。
「痛いって! 大体あいつは何? 君は? せめて説明ぐらいしてくれよ!」
「このユニットは65−340、我々はメガ・ネットワークからパン−ギャラクティック・ガードに派遣され別のユニットを使用して任務に就いていたが、メガ・ネットワークはブレイドマンが地球に向かうとの情報を入手、お前の保護任務のためこのユニットにソフトウェアを臨時移行、そしてお前が襲われていたため――」
「はぁ? いいから英語で言ってよ!」
「お前達の原語の模倣度は99.2パーセントの精度、現在改良中。待て、お前から見て左方向から危険を探知。逃走開始」
そう言うと彼女はぐいっと彼の手を引いてそのまま破壊された壁から飛び降りようとしたが、ジェイソンが抵抗した。
「待って! 僕が狙われてるのはよくわかったから、ちょっと待って!」
「敵はお前の脳の破壊以外のあらゆる殺傷を検討、時間が無い」
彼女はどこまでも機械的であった。姿は人間にしか見えないというのに。
「でもゴッシュを置いて行けないよ!」
彼女はちらっとゴッシュの方を見て、それから「この個体は生命活動を停止、周辺に蘇生する手段は存在せず」とだけ呟いた。ジェイソンは彼女に手を握られたまま彼女を引っ張ってゴッシュの近くまで行った。急いで彼の懐を探って何か無いかを見た。結局時間が迫っていたのでメモ帳を取った。
「もういいよ、好きにしてくれ」とジェイソンは言い、涙の流れた跡が風に吹かれてひりひりとした。それを聞いたとある人物を模したかのような美少女はだっと走り始め、ジェイソンと彼女はそのまま破壊された壁の向こうに広がる空中へと飛び出した。
彼らの背後を狂った色彩の奇妙な物体が掠めたが、空中に飛び出した事で絶叫しているジェイソンはそれに気付く暇も無かった。
多分4話程で終了、あともう一つの示唆されている事件の方も短編の予定、終わり次第メズの話を再開しつつコズミック系のイベントへ。




