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第05話 一方その頃、王都では

 北の地でコーデリアが、不器用な夫と賑やかな家具たちに囲まれて幸せな朝を迎えていた頃。

 王都の王城では、朝から怒号が飛び交う大惨事となっていた。


「おい! どうなっているんだ! なぜ湯が出ない!」


 王族専用の浴室に、第二王子レイモンドのヒステリックな声が響き渡った。 

 彼はタオル一枚の姿で、ガタガタと震えながら給湯魔道具の蛇口をバンバンと叩いている。


「申し訳ございません殿下! 魔石は補充しているのですが、魔道具がうんともすんとも……!」


「ええい、役立たずどもめ! ミナ! ミナはどこだ! 聖女の力でなんとかしろ!」


 呼ばれてやってきたのは、豪奢なドレスを濡れないようにたくし上げた義妹のミナだった。  


 彼女は困ったように眉を下げ、蛇口に向かって手をかざした。


「ああ、可哀想な殿下……。きっとこれは、お姉様の呪いですわ」


「呪いだと?」


「はい。お姉様が出て行く時に、城中の魔道具に細工をして、動かなくなるように呪いをかけたに違いありません。なんて意地悪なんでしょう」


 ミナが涙ぐむ演技をすると、レイモンドは歯をぎりりと噛み締めた。


「あのアマ……! 最後まで俺をコケにしおって! だがミナ、君の清らかな聖なる魔力なら、呪いなど浄化できるだろう?」


「はい、やってみます!」


 ミナは目を閉じ、聖女っぽいポーズで祈りを捧げ始めた。  

 キラキラとした光のエフェクト(自分にかけた幻術)が舞う。


「聖なる光よ、邪悪な呪いを払い、清らかなお湯を出しなさい……エイッ☆」


 ――シーン。  


 蛇口は沈黙を貫いている。それどころか、カッ! という音と共に、蛇口の金具が弾け飛び、レイモンドの額を直撃した。


「ぶべらっ!?」


「きゃああっ! 殿下!?」


 ……もちろん、これは呪いではない。


 給湯魔道具の声を聞くことができる者がいれば、今の状況はこう聞こえていただろう。


『あー、うっせぇ。朝からギャーギャー喚くなよ。俺らは今まで、コーデリアちゃんが「いつもありがとうございます、配管さん。今日もいいお湯加減ですね」って優しく魔力を流してくれてたから働いてたんだよ。なんだその「出せ」って命令口調は。しかもなんだそのピンク髪の女。変な光チラつかせてんじゃねーよ、目がチカチカすんだよ! ペッ(金具射出)』


 日頃のメンテナンス(対話と感謝)を怠り、力尽くで従わせようとする人間に対し、物たちがストライキを起こし始めたのだ。


 ◇


 トラブルは浴室だけではなかった。朝食の席でも、悲劇は続いた。


「なんだこのパンは! 黒焦げではないか!」


 レイモンドが食卓を叩く。料理長が青ざめた顔で飛んできた。


「も、申し訳ございません! かまどが……かまどの火加減がどうしても安定せず、勝手に最大火力になってしまい……」


「言い訳など聞きたくない! 窓を開けろ! 煙たい!」


 メイドが慌てて窓を開けようとするが、窓枠は錆びついたように動かない。  

 

 窓枠たちもまた、ボイコット中だったのだ。 『俺たちの蝶番ちょうつがいに油を差してくれてたのはコーデリアちゃんだけだ! お前らの指図なんか受けるか! 絶対開かねーからな!』


 城の中は、どこもかしこも不具合だらけだった。  


 自動昇降機は途中で止まり、廊下のルンバ(自走式掃除魔道具)はレイモンドの足ばかりを執拗に踏みつけ、飾られた絵画はいつの間にか全て裏返しになっている。


「くそっ、くそっ! なんなのだ今日は! 不吉すぎる!」


 イライラが頂点に達したレイモンドは、気晴らしに剣の稽古でもしようと、腰に下げた王家の宝剣『レオハルト』の柄に手をかけた。


「はぁっ!」


 ――抜けない。  


 鞘と剣が一体化したかのように、びくともしない。


「なっ……レオハルトまで俺を拒絶するのか!? いや、まさか……これもあの女の仕業か!?」


 必死に柄を引っ張るレイモンドの腰元で、宝剣レオハルトは冷ややかな意思を発していた。


『触んな。手脂がつく。  ミナとかいう聖女もどき、昨日俺の手入れとか言って、またベタベタする変な油塗りやがったな。臭いんだよ。花の匂いとかいらねーんだよ。剣には剣用の丁子油だろうが。  あーあ、コーデリアちゃんがいなくなってから、マジで最悪だ。あの子は俺の刃紋の状態を見ただけで「今日は湿気が多いから少し強めに油を引きますね」って分かってくれたのに。  ……おい、引っ張るなバカ王子。そんな力任せに引いたら、留め具が壊れ――』


 バキッ!


 鈍い音がして、豪華な装飾が施されたベルトが千切れた。


 鞘ごと落下した宝剣は、レイモンドの足の甲にドスンと直撃した。


「ぎゃあああああああ!! 俺の足があああ!!」


 レイモンドが床を転げ回る。ミナが「殿下ぁぁぁ!」と悲鳴を上げて駆け寄るが、そのスカートの裾を、またしてもルンバが巻き込んで転倒させた。


 まさに地獄絵図である。


 ◇


 その日の午後。  


 足に包帯を巻いたレイモンドと、ドレスが破れたミナの元に、国王陛下からの呼び出しがかかった。  謁見の間に入ると、国王は苦渋に満ちた顔で玉座に座っていた。  


 そして、その玉座もまた、ギシギシと不快な音を立てている。(『王様の尻が重い! ダイエットしろ!』と軋んでいるのだが、誰にも聞こえない)


「……レイモンドよ。城内のこの惨状はなんだ」


  「ち、父上……。これは全て、追放されたコーデリアの呪いです! あいつが去り際に、城中の機能をおかしくしていったのです!」


 レイモンドは必死に弁明した。自分の管理不足だとは認めたくない一心で、全ての責任を元婚約者になすりつける。


「呪い、か……。神殿の神官長に見せたが、『呪いの痕跡はない。ただ、魔道具たちがへそを曲げているように見える』と言っておったぞ」


「へ、へそ? 道具がですか?」


「うむ。……思えば、コーデリアがいた頃は、こうした不具合は一切なかった。彼女はよく、城内の古い設備を見て回っていたそうだな」


 国王の言葉に、ミナが焦ったように口を挟む。


「そ、それは! お姉様が不気味な独り言を言いながら、何やら怪しげな術をかけていた現場です! きっとその時に、徐々に壊れるような仕掛けを……!」


「黙らぬか!」


 国王が一喝した。  ビクリと震える二人。


「術だろうが呪いだろうが、現状、城の機能が麻痺しているのは事実だ! 特に問題なのは、王都を守る『結界魔導具』の出力が低下していることだ! このままでは、魔物の侵入を許してしまうぞ!」


 王都の地下には、巨大な魔石を用いた結界発生装置がある。それもまた、コーデリアが定期的に「地下室、湿気がすごいから換気しましょうか?」などと声をかけ、機嫌を取っていたおかげで動いていた代物だ。


「ミナよ。そなたは聖女見習いであろう? 結界の修復はできぬのか?」


「は、はい……やってはいるのですが、なぜか魔力が弾かれてしまって……」


 弾かれるのも無理はない。結界の魔石は今、『あの優しい子を返せ! 偽物は失せろ!』と絶賛ストライキ中なのだから。


「ええい、役に立たぬ! ……おい、誰か。早急にコーデリアを連れ戻せ」


 国王が重々しく告げた。レイモンドの顔色がさっと変わる。


「ち、父上!? あんな女を呼び戻すのですか!?」


「背に腹は代えられん! 彼女が何をしたかは知らんが、彼女がいなければ城が回らんのだ! それに、北のオルステッド辺境伯に嫁がせた手前、もし彼女が向こうで粗相をして処刑にでもなっていたら、辺境伯家との関係も悪化する」


 国王は溜息をつき、宰相に命じた。


「オルステッド辺境伯へ書状を送れ。『コーデリア・シルヴィスに冤罪の可能性あり。再調査のため、至急王都へ返還されたし』とな」


 レイモンドは悔しげに拳を握りしめたが、父王の決定には逆らえない。

 

 心の中で、「戻ってきたら、今度こそ地下牢に繋いで、死ぬまで魔道具の修理をさせてやる」と黒い決意を固めていた。


 ……しかし、彼らは知らなかった。


 彼女を嫁がせた相手が、あの”沈黙の辺境伯”ジークハルトであるということを。そして彼がすでに、コーデリアを「崇めるべき女神」として溺愛し始めており、絶対に手放す気などないということを。


 王都からの身勝手な「返還命令」の手紙は、数日後、北の城で最大の燃料となる運命にあった。

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神官長はへそを投げてるとか分かるのか
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