第40話 歓迎会と、深まる絆
個性豊かな新しい使用人たちが城に来てから、早くも一週間が過ぎた。
最初のうちは爆発や破壊活動などのハプニングもあったが、彼らの驚異的な適応能力と、何より「この城が好きだ」という情熱により、城の運営は驚くほどスムーズになっていた。
そこで、セバスチャンの提案により、今夜は新人歓迎会を開くことになった。
場所は本館の大広間。
普段は晩餐会に使われる長いマホガニーのテーブルには、料理人ジャンが腕によりをかけた料理が所狭しと並んでいる。特製ソースがたっぷりかかったローストビーフの山、領内の野菜をふんだんに使った色鮮やかなサラダ、宝石のように輝くテリーヌ、そして湯気を立てる熱々のグラタン。どれもこれも、見ているだけで唾液が溢れてくる絶品だ。
部屋の隅々にはリリィが飾り付けた花々やリボンが彩りを添え、いつもは重厚で少し寂しい雰囲気の大広間が、今日だけは華やかなパーティー会場に変身している。
参加者は、私たち夫婦と執事のセバスチャン、新人四人(庭師ガイル、掃除屋リリィ、料理人ジャン、魔術師マーリン)、そして愛犬のポチやテラスから顔を覗かせるガーゴイルたち。さらには城中の家具たちも見学兼ガヤ担当という形で参加している。
「では、オルステッド家の新しい仲間たちに。そして、これからの賑やかな日々に……乾杯!」
ジークハルト様の音頭で、グラスが触れ合う澄んだ音が響いた。
堅苦しい挨拶はなし。今日は無礼講だ。
「いやぁ、ジャンさんの料理はやっぱり美味いなぁ! 酒が進むぜ!」
「ガイルさん、飲み過ぎですわよ! ペースが速すぎますわ! ……でも、このワイン、結構イケますわね。おかわり!」
ガイルとリリィが豪快に飲んでいる。どうやら二人とも酒豪らしい。ジョッキを傾けるペースが尋常ではない。
傍らでは、ポチが「わんっ!(僕にも肉くれ!)」と、ジークハルト様の体温を奪うほどの密度で寄り添い、その服を前足で探っていた。
ジークハルト様はその執拗な甘えに苦笑しながら、「……仕方ないな」と、自分の皿から一番いい肉を切り分けてやっていた。
『あらあら、旦那様ったら甘やかしちゃって。ポチちゃん、最近お腹周りがタプタプよ?』
『いいじゃないか、幸せ太りだよ。俺もワインを吸い込みたいなぁ……木目に染み込ませたい』
椅子やテーブルたちが羨ましそうにぼやいている。
その横で、老魔術師マーリンは、セバスチャンと静かにグラスを傾けながら語らっていた。
「……この城は、不思議な場所ですな。物言わぬはずの調度品たちから、楽しげな気配を感じる。魔獣が笑い、はぐれ者たちが集う。長年あちこちを旅してきましたが、これほど心地よい場所は初めてです」
「ええ。私も長く仕えておりますが、奥様がいらしてから、毎日が驚きの連続ですよ。……胃薬の手放せない日々ですが、不思議と悪くはありません。むしろ、若返った気分ですよ」
セバスチャンが目を細めて私を見る。その目は温かく、まるで孫を見るおじいちゃんのようだ。
私はジークハルト様の隣で、その光景を幸せな気持ちで眺めていた。
「……賑やかになったな」
ジークハルト様が、穏やかな声で呟く。
私が嫁いで来てからも十分賑やかだったけれど、今はそれに彼らの豪快な笑い声や、慌ただしい足音が加わり、城全体がより一層生き生きと脈打っているようだ。
「はい。……うるさいくらいですけど」
「フッ。……悪くない。いや、これが『家』なのかもしれないな」
彼がグラスを傾け、私を見て微笑む。その表情は、かつてないほど柔らかい。
その時、リリィが酔っ払って立ち上がった。顔が真っ赤だ。
「さあさあ! 宴会芸のお時間ですわよ! 私、特技をお見せしますわ! 王都で流行りの『恋の歌』を!」
彼女はモップ(なぜ持参しているのか。彼女にとっては体の一部なのだろう)をマイクに見立て、高らかに歌い始めた。
「あ~あ~♪ 愛しの~君は~♪ あ、あ、あ~ん♪」
……音痴だった。
ただの音痴ではない。破壊的な音痴だった。音程が迷子どころか異次元に旅立っている。ガラスがビリビリと振動し、不協和音が空間を歪ませる。
『ギャアアア! 窓ガラスが割れるぅ! 共鳴して粉々になるぅ!』
『鼓膜が! 俺には耳がないけど鼓膜が破れるぅ! 誰か止めてぇ! これは音響兵器だ! 魔王軍も逃げ出すレベルだぞ!』
家具たちが阿鼻叫喚の悲鳴を上げる。シャンデリアが恐怖でガタガタ震え、ロウソクの火が消えかける。ジークハルト様も顔をしかめ、ポチは耳を塞いで(前足で必死に押さえて)テーブルの下に避難し、ブルブルと震えている。
「わっはっは! 嬢ちゃん、すげぇ破壊力だ! 魔物の撃退に使えそうだ! 俺の庭のモグラ避けに頼むわ!」
ガイルだけが爆笑して手を叩いていた。酔っ払いの感性は独特だ。
見かねたマーリンが「ではワシも、場を浄化しようかの」と杖を振るう。
「花火じゃ!」
室内に、美しい幻影の花火が打ち上がった。
音もなく、火の粉も落ちない、安全で幻想的な光のショーだ。天井に大輪の花が咲き、七色に変化して降り注ぐ光の粒子が、リリィの破壊的な歌声を視覚的に上書きしていく。
「わぁ……綺麗……」
リリィの歌声(騒音)が止み、皆が見とれる中、ジャンがデザートを運んできた。
魔鉱石の光るゼリーだ。花火の光を受けて、宝石のように輝いている。
「……この城に来て、よかった」
誰かがボソリと呟いた。
それは、新人たち全員の心の声だったかもしれない。
王都や故郷で居場所を失い、変人扱いされ、流れ着いた最果ての地。でもここは、彼らの強すぎる個性を受け入れ、笑ってくれる場所だ。
「私たちもです。来てくれて、ありがとう。皆さんがいてくれて、本当に助かっています」
私が伝えると、彼らは照れくさそうに笑った。
ジークハルト様も、静かに頷く。
「……オルステッド家は、来るものを拒まん。……ただし、歌う時は防音結界を張ってからにしろ」
その真面目な冗談に、ドッと笑いが起きた。
宴は夜遅くまで続き、それぞれが心地よい疲れと共に眠りについた。
◇
部屋に戻ると、大広間の喧騒が嘘のような静けさに包まれていた。
私は窓辺に立ち、しんしんと降り積もる雪を眺めていた。
「ふぅ……。楽しかったですね」
私が振り返ると、ジークハルト様がすぐ背後に立っていた。
彼は私の肩に頭を乗せ、背中から優しく抱きしめてきた。
「……ジークハルト様?」
「……少しだけ、充電させてくれ」
彼の体温と、微かに残るワインの香りが私を包む。
「……今日は、君が遠く感じた」
「え?」
「リリィたちと話している時、君はずっと笑っていた。……皆、君を慕っているのがわかる。それは嬉しいことだが……」
彼が顔を上げ、私の瞳を覗き込む。その赤い瞳は、少し拗ねたような、子供っぽい色を帯びていた。
「……俺だけのコーデリアでいてほしいと、狭量なことを考えてしまう」
普段は冷静な彼が、まさか使用人たちにまで焼いてしまうなんて。その不器用な独占欲が愛おしくて、私は胸が温かくなり、思わず彼の首に腕を回した。
「ふふ、可愛いこと仰るんですね」
「……む」
「大丈夫ですよ。私の心は、いつだってジークハルト様だけのものです」
私が背伸びをして頬に軽く口づけをすると、彼の耳が一瞬で赤く染まった。
彼は照れ隠しをするように、私を抱きしめる腕に力を込めた。
「……愛している、コーデリア」
彼が私の耳元で甘く囁く。
外は極寒の雪景色。でも、この腕の中は、世界で一番温かい場所だった。




