第39話 強面庭師と、もふもふの助手
オルステッド城の中庭は、今、見事な変貌を遂げていた。
かつては手入れが行き届かず、雑草が生い茂っていた植え込みは整えられ、色とりどりの花壇が美しい幾何学模様を描いている。冬の寒さに強い品種を選び、魔鉱石を利用した保温システムを組み込むことで、雪国とは思えない鮮やかな色彩を実現しているのだ。
それを手掛けたのは、新人の庭師ガイルだ。
彼は身長2メートル近い大男で、筋肉隆々の体に、顔には冒険者時代の名残である大きな古傷が走っている。
一見すると山賊の親玉か、あるいは森のオーガにしか見えない。もし夜道で出会ったら、財布を置いて全力疾走するレベルの強面だ。
しかし、その手つきは驚くほど繊細だ。
「よしよし、ここの土は少し酸性が強いな。石灰を撒いて中和してやるからな。苦しくないか?」
『ありがとう兄ちゃん! 根っこが痒かったんだよぉ』
『隣の雑草が栄養取っちゃうの、なんとかして〜。あいつら図々しいんだから』
ガイルは植物と会話ができる(自称だが、実際通じている)。
彼は花壇に体育座りで座り込み、小さなパンジーの花に話しかけながら、丁寧に雑草を抜いていた。
その背中は丸く、どこか愛嬌がある。
そこへ、白い巨大な影が忍び寄る。魔獣フェンリルのポチだ。
ポチは、この新入りの大男が気になって仕方がないらしい。これまでは庭の手入れといえば、時折セバスチャンがやるか、あるいはポチ自身が穴を掘って荒らす(整地する)くらいだった。
そこに現れた、自分の縄張りを勝手にいじる大男。ポチとしては警戒せざるを得ない。
「グルルッ……(おい、お前。何してるんだ?)」
ポチが背後から低い声で鼻を鳴らすと、ガイルは驚きもせずに振り返り、ニカっと笑った。その笑顔は、子供が泣き出す迫力があるが、本人は至ってフレンドリーだ。
「おう、ポチか。散歩か? 今日もいい毛艶だな」
「ワンッ!(気安く呼ぶな! 俺の庭を勝手にいじるなと言っている!)」
ポチは威嚇するように吠え、牙を剥いてみせる。伝説の魔獣としての威厳を見せつけるためだ。
しかしガイルは動じない。懐から何かを取り出した。
「まあそう怒るな。ほら、やるよ」
それは、綺麗に削られた木の枝だった。
ただの枝ではない。ポチが噛みやすい太さ、硬さ、皮の剥き具合、そして投げるのに最適な重心バランスを計算し尽くした、至高の「取ってこい用スティック」だ。元冒険者として、魔獣の好みを熟知しているのだろうか。
「昨日の剪定で出た枝で作ったんだ。樫の木だぞ。噛みごたえ抜群だ。どうだ?」
ポチの目が釘付けになる。
魔獣としてのプライド(そんな子供騙しに……)と、犬としての本能(うわぁぁ! いい棒だ! 噛みたい! 追いかけたい!)が激しくぶつかり合う。
「ワ、ワンッ……(そ、そんなもので俺が釣られるとでも……しかし、あのフォルム……)」
ポチの尻尾が、意志に反してパタパタと地面を叩く。それを見逃さず、ガイルがヒョイっと枝を投げた。
手首のスナップを効かせた絶妙な投擲。枝は美しい放物線を描いて、遥か彼方へと飛んでいく。
「わおーん!!」
体が勝手に動いた。プライドなど一瞬で吹き飛んだ。
ポチは銀色の疾風となって枝を追いかけ、見事空中でキャッチした。
パチン! といい音がする。そして、尻尾をブンブン振りながら、一直線にガイルの元へ戻ってくる。
「よしよし、いい子だなぁ。賢いぞ、お前は」
ガイルがポチの頭をワシャワシャと撫でる。
そのゴツい手は分厚く、温かい。力加減も絶妙で、ポチのツボを心得ている。意外にも心地よいらしい。ポチは目を細めて喉をグルグルと鳴らした。
『ちぇっ、ポチのやつ、完全に手懐けられてやんの』
『あの庭師、魔獣の扱いもうめぇな。元冒険者だからか?』
『悔しいけど、あの枝の削り方はプロだぜ。俺たちには真似できねぇ』
テラスから見ていたガーゴイルたちが、呆れつつも感心している。
それ以来、ポチはガイルの助手として働くようになった。
ガイルが「あそこの土を掘り返してくれ、根が詰まってるんだ」と言えば、ポチが猛スピードで穴を掘り(重機並みのパワー)、「水を撒いてくれ」と言えば、ポチが水路から水を口に含んで運んできて、ブワーッとシャワーのように撒く。
「俺たちいいコンビだな! 最高の相棒だ!」
「ワオンッ!(当然だ! 俺たちに掘れない穴はない!)」
ある日、ガイルが大きな古木の移植作業をしていた時だ。
城の拡張工事に伴い、中庭の端にある大木を移動させる必要があったのだが、根が深くて予想以上に難航していた。
『うーん、重い……。腰がいきそうだ……。もっと優しく抜いてくれよぉ』
木が弱音を吐いている。ガイル一人では、いくら怪力でも支えきれない。グラリと巨木が傾きかけた、その時だ。
ドンッ、と横から白い巨体が幹にぶつかった。
ポチだ。彼はガイルの隣に並ぶと、その強靭な肩を幹に押し当て、沈み込むようにして重量を受け止めた。
「手伝ってくれるのか?」
「グルゥ!(当たり前だ! 俺の庭の木だぞ!)」
ガイルがニヤリと笑い、頷く。
ガイルは太い幹を抱え込み、ポチは四肢を踏ん張る。
「せーの!」
ガイルの掛け声とポチの咆哮が重なった。
ミシミシ、メキメキ……!!
地響きと共に、頑固に張り付いていた根が、土煙を上げて引き剥がされる。
「いけるぞ! あと少しだ! 踏ん張れポチ!」
「ワオォォォォン!!」
二人の気合いと共に、大木は見事に宙に浮く。
ズシン、と腹に響く音を立てて、木は用意されていた新しい穴へと無事に収まった。
『ふぅ……助かった。いい眺めだ』
木が安堵のため息をつく。
ガイルとポチは、泥だらけの顔を見合わせて笑い合った(ポチは舌を出してハアハアしていただけだが、確かに笑っていた)。
「助かったぜ、ポチ! お前がいなきゃ無理だった! 最高の助手だ!」
「ワンッ!(へへん、礼には及ばん! 後で高級ジャーキーをよこせ!)」
その様子を、私とジークハルト様は執務室の窓から見ていた。
「……仲が良いな」
「ええ。ポチも、遊び相手ができて嬉しそうです。ガイルさんは見た目は怖いですけど、本当に優しい方ですね」
ジークハルト様が、少しだけ羨ましそうに呟く。
「……俺も、あんな風にポチと遊びたいのだが」
『ご主人様、嫉妬ですか! ポチにまで嫉妬ですか! でもご主人様がやると「狩り」になっちゃうから! 殺気が出ちゃうから!』
グラムのツッコミに、私は苦笑する。
強面の庭師と、伝説の魔獣。見た目は怖いが、心は優しい凸凹コンビの誕生だった。彼らのおかげで、オルステッド家の庭は、今日も平和で美しく保たれている。
……たまにポチが張り切りすぎて、花壇を掘り返してしまい、ガイルに「こらポチ! そこはチューリップの球根だぞ!」と怒られているのも、ご愛嬌だ。
その後、ガイルはポチへの感謝の印として、廃材を使って専用の豪華な犬小屋(ログハウス風・断熱材入り)を建ててやり、ポチはますます彼に懐くようになった。
今では、庭仕事をするガイルの横で、ポチがへそ天で昼寝をするのが、この城の平和な日常の風景となっている。




