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第27話 王都のカーニバルと、新たな契約

 外は快晴。王都を覆っていた淀んだ空気は消え失せている。


「さて、まずは城下町の視察といくか」


 陛下が歩き出す。私とジークハルト様もその後に続いた。

 一歩、外へ踏み出した瞬間だった。


 ――ザワッ……。


 風に乗って、無数のさざめきが聞こえてきた。

 最初は虫の羽音かと思った。けれど、それはすぐに明確な「言葉」となって、私の鼓膜を震わせた。


『……来た?』

『来た……匂いがする! 懐かしい魔力の匂いだ!』

『間違いない! コーデリアちゃんだ! 本物だぁぁぁ!』


 ドワッ! と爆発的な歓声が上がった。

 それと同時に、王都の景色が一変した。


 バタンバタン! と大通りの全ての店のドアが一斉に開閉し、街灯が昼間だというのに七色に点滅を始め、広場の噴水が天高く水を吹き上げる。


『おかえりなさいコーデリア様! 会いたかったよぉ!』

『見て見て! 俺、ちゃんと掃除してピカピカになったよ!』

『こっちの道を通って! 敷石を温めておいたから!』


「わ、わわっ!?」


 四方八方から飛んでくる「声」と過剰な接待に、私は目を白黒させた。

 パン屋の窯からは『最高の焼き加減にしてやるぜ!』と火柱が上がり、鍛冶屋のハンマーは勝手にリズムを刻んで鉄を打ち鳴らしている。


 王都中の魔道具たちが、ストライキ明けの反動で一斉に「推し活」を始めてしまったのだ。

 噴水の水が空中で『LOVE』の文字を描き、屋根の風見鶏たちが高速回転して拍手を送っている。


「な、なんだこれは……!? 地震か!? いや、街が踊っているのか!?」


 陛下が腰を抜かしそうになりながら叫ぶ。

 道ゆく市民たちも、突然の怪奇現象に悲鳴を上げ――いや、すぐにその原因に気づいたようだ。


「おい見ろ! あそこにいるの、コーデリア様じゃないか?」

「本当だ! 『本物の聖女様』が帰ってきたんだ!」

「うおおお! 聖女様バンザイ! 水道が直ったぞ!」


 市民たちまで盛り上がり始めてしまった。

 どうやら、私がいない間に「実はコーデリアこそが真の聖女だったのでは?」という噂が広まっていたらしい。


 人々が感謝の言葉を叫びながら、波のように押し寄せてくる。


「……騒がしいな」


 ジークハルト様が眉をひそめ、人混みと暴れる道具たちから私を庇うように、ぐっと肩を抱き寄せた。

 その鋭い視線に、詰めかけようとした人々が「ひっ、辺境伯様だ……」と一瞬怯む。


 しかし――。


『けっ、ご主人様ったらまたカッコつけちゃって。内心じゃ『俺のコーデリアに気安く話しかけるな、この有象無象どもが。……だが、妻がこんなに愛されているのを見るのは、鼻が高い』とか思ってるくせによぉ』


 グラムさんの暴露を聞いて、私が思わず「ふふっ」と吹き出すと、ジークハルト様が不思議そうに私を見た。


「……何か、おかしなことでも言っているのか?」


「いいえ。グラムさんが、『ご主人様が頼もしくて誇らしい』って褒めていましたよ」


 私がふんわりと伝えると、ジークハルト様は「……そうか」と少し照れくさそうに視線を逸らした。


 その横顔は、人々を威圧する「沈黙の辺境伯」ではなく、ただの不器用な一人の青年のものだった。


 そんな中、大通りの真ん中にある「大時計塔」が、ゴーン、ゴーンと鐘を鳴らし始めた。


『コーデリア様! 僕の針を見てください! ズレてませんよ! 秒単位で完璧です!』

『私(跳ね橋)も見て! 関節の油、さっき自分で馴染ませたの!』


「ふふ、みんな偉いですね。……でも、少し落ち着いて? そんなに暴れると、人間さんたちが怖がってしまいますよ」


 私が優しく語りかけると、ピタリと街の振動が止まった。

 噴水の水も通常運転に戻り、ドアの開閉も収まる。


『はーい! ごめんなさーい!』

『コーデリア様が言うなら静かにする!』


 その劇的な変化に、陛下はあんぐりと口を開けていた。


「……信じられん。余がどれだけ命令しても、神官たちが祈っても動かなかった魔道具たちが……たった一言で……」


 陛下は震える手で髭をさすり、何かを深く考え込み始めた。

 かつて王都から追放した娘が、今や国の命運そのものを握っている。その皮肉と後悔を、陛下は噛み締めているようだった。


 私たちはそのまま城に戻ることにした。

 城門をくぐる際、直立不動で敬礼する衛兵たちの槍や鎧までもが『おかえり!』『寂しかったよ!』と小声で囁いてくるのを微笑ましく聞き流しつつ、執務室へと入った。


 陛下は重厚な革張りの椅子に深く腰掛け、私たちに向き直った。その表情は真剣そのものだ。


「……見た通りだ。コーデリアよ、今の王都のインフラは、そなたなしでは成り立たぬ」


「もったいないお言葉です。私はただ、みんなと仲が良いだけですから」


 私が恐縮すると、部屋のカーテンが『謙虚! なんて謙虚なの!』と身をよじり、カーペットが『もっと踏んで!』と波打った。


「うむ。……そこでだ。国としては、そなたをただの『辺境伯夫人』として帰すわけにはいかなくなった」


 陛下は重々しく告げた。


「コーデリア。約束通り、本日より王都および王城内に存在する全魔道具の所有権を、正式にそなたに譲渡する」


「……はい。謹んでお受けいたします」


 私は静かに頷いた。


 北の領地で陛下が助けを求めてきた際、ジークハルト様が条件として提示し、陛下も了承していたことだ。

 実際に王都の惨状と、彼ら(魔道具)の私への執着を見れば、他に選択肢がないことは明らかだった。


「これで名実ともに、王都のライフラインは全てそなたの私物ということだ。もし国が再びそなたを蔑ろにするようなことがあれば、そなたの一存で王都の機能を停止させても構わん。……それくらいの覚悟がなければ、魔道具たちが納得せんのだよ」


「責任重大ですね。……ですが、彼らがそれを望むなら、私は持ち主として大切にするだけです」


 私が答えると、窓の外の大時計塔が『一生ついていきます!』と嬉しそうに鐘を鳴らし、執務室中の調度品が『やったー!』『コーデリア様のものになった!』『今日から俺たちは辺境伯領の飛び地だ!』と歓声を上げた。


「……うむ。これで王都も安泰だ。……余が見誤り、失ってしまった宝は、二度と戻らぬと思っていたが……こうして守り手を得て輝きを増すとはな」


 陛下は安堵の息を吐き、そして視線を隣のジークハルト様に移した。


「さて、次はジークハルト、そなたへの褒美だ。……王都の全権を握る女性の夫が、一介の辺境伯というのでは釣り合いが取れんからな」


 陛下がニヤリと笑う。

 その笑顔に、ジークハルト様がわずかに身構えるのがわかった。


「明日の正午、大広間にて『叙爵式』を行う。……覚悟しておけよ、”公爵”殿」


「…………」


 ジークハルト様は無言で、しかし深く頭を下げた。

 その耳が、ほんのりと赤くなっているのを、私は見逃さなかった。


 ”沈黙の辺境伯”から”デレデレ公爵”へのクラスチェンジ。

 その歴史的瞬間(と、グラムさんによる盛大な通訳ショー)が、明日に迫っていた。

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― 新着の感想 ―
敷石を温めているなんていじらしい道さん。ぜひ歩いてみたいです。まず道具たちに愛されるようにならないとですねぇ。
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