第20話 爆走! 愛の超特急
王都へ向けて出発する朝。
城のエントランスには、一台の馬車が用意されていた。
私がこの北の地に嫁いできた時に乗ってきた、あのおんぼろ馬車だ。
……しかし、その見た目は劇的に変化していた。 外装はピカピカに磨き上げられ、車輪にはミスリル銀の補強が施され、屋根には何故かガーゴイル(護衛用)が鎮座している。
『準備万端だぜ奥様! 今の俺はただの馬車じゃねぇ! 「スーパー・デラックス・エクスプレス」だ!』
馬車本体が、鼻息も荒く叫んでいる。
彼(?)はこの数ヶ月、私の魔力メンテナンスと、ガーゴイルたちによる改造手術を受け、もはや別の乗り物へと進化していたのだ。
「……こ、これで王都へ行くのか?」
一緒に乗り込むことになった国王陛下が、屋根の上のガーゴイルと目を合わせて引きつっている。
「はい、陛下。この子が一番速くて安全ですので」
「馬車が……速い?」
陛下は首を傾げたが、ジークハルト様が無言で扉を開け、エスコートしてくれたので、恐る恐る乗り込んだ。
中は広々としていて、クッションも最高級品(ボルドー氏の献上品)だ。
「では、出発しましょうか」
私が席に着き、ポチが先導役として走り出したのを確認して、合図を送った。
「お願いします、馬車さん」
『おうよ! しっかり掴まっな! 舌噛むんじゃねぇぞ!』
――ドォォォォン!!
爆音。
次の瞬間、私たちの背中はシートに強く押し付けられた。
「ぎゃあああああああ!?」
陛下の悲鳴が置き去りになるほどの加速。
窓の外の景色が、線になって後ろへ流れていく。速い。速すぎる。馬が走っているのではない。
馬車の車輪そのものが自ら回転し、さらに地面が勝手に動いて加速を助けているのだ。
『路面状況オールグリーン! 障害物なし! 全速前進!』 『カーブだ! 車体を傾けろ! ドリフトォォッ!』
車輪たちが連携して叫び合う。
本来ならガタガタと揺れるはずの砂利道だが、私の声を聞いた地面が、
『奥様が通るぞ! 平らになれ! 石どけろ!』 『舗装しろ! アスファルトより滑らかになれ!』
と、通過する瞬間だけツルツルの平面に変形しているため、振動が全くない。まるで氷の上を滑っているようだ。
「な、な、なんなのだこれはァァァ! 速すぎる! 馬が! 馬が走っておらんぞ! ただ引きずられているだけではないか!」
陛下が窓にしがみついて絶叫する。
おっしゃる通り、馬たちはもはや走るのを諦め、足を畳んで運搬されていた。馬車が馬を猛スピードで引っ張るという、前代未聞の主従逆転が起きている。
「陛下、落ち着いてください。揺れなくて快適でしょう?」
「快適のベクトルがおかしい!!」
私がニコニコして言うと、隣のジークハルト様も、腕組みをしたまま涼しい顔で頷いた。
「……急ぎ旅だ。……問題ない」
「問題しかないわ!!」
陛下のツッコミがこだまする。
『ヒャッハー! 風だ! 俺は風になった!』
屋根の上のガーゴイルたちも、翼を広げて空力を調整しながら歓喜の声を上げている。
さらに、ポチが並走しながら「ワンッ!(もっと飛ばせ!)」と煽るものだから、馬車のテンションは最高潮に達した。
『見ろよあの景色! 山があっという間に後ろへ行くぜ! 俺たち、音より速いんじゃね?』
魔剣グラムも大はしゃぎだ。
このまま行けば、通常なら三日かかる王都への道のりを、一日で走破しかねない勢いである。
しかし。
調子に乗って爆走すること数時間。 突然、馬車が急ブレーキをかけた。
キキキキッ――!!
慣性の法則を無視したピタリという停車。
陛下が前の座席に突っ込みそうになるのを、ジークハルト様が無言で支える。
「ど、どうした? 敵襲か?」
陛下が青い顔で問う。私も窓の外を見た。
そこは、北と南を分かつ巨大な渓谷にかかる「大橋」の手前だった。
目の前の巨大な石橋は、真ん中からパッカーンと跳ね上がり、物理的に通行止めになっていた。
跳ね橋でもないのに、石が勝手に反り返っているのだ。
「な、なんだあれは! 橋が生きているのか!?」
陛下が叫んだ、その時だった。
空気がビリビリと震え、腹の底に響くような野太い声が、辺り一面に轟いた。
『……通さぬ……』
「ッ!? だ、誰だ!」
陛下が飛び上がる。ジークハルト様も瞬時に剣の柄に手をかけた。声は、明らかに目の前の「橋」から発せられていた。
『……我輩のなぞなぞに答えぬ限り……誰も通さぬぞ……!』
橋の石畳がモゴモゴと動き、巨大な顔のような形を作って喋っている。
どうやらこの橋、普通に会話ができるタイプらしい。
「ば、馬鹿な……。石が、橋が喋っておる……!?」
陛下が顎が外れそうなほど口を開けている。私はため息をついた。
「……面倒くさいタイプですね」
「何だと?」
陛下は耳を疑うように、まじまじと私を見つめた。
「いわゆる『構ってちゃん』です。長年誰も話しかけてくれなくて、寂しくて拗らせちゃったんでしょう」
私は馬車を降り、巨大な顔を見上げた。
「なぞなぞ対決だそうですよ、陛下。……負けたら通れないみたいですね」
「い、一国の王と辺境伯が、橋となぞなぞ勝負だと……?」
陛下は頭を抱えた。
そして、私は巨大な顔に向き直り、高らかに宣言した。
「いいでしょう。受けて立ちます!」
こうして、私たちは「世界一速い馬車」から降り、橋のご機嫌を取るための「なぞなぞ大会」に挑むことになった。
王都救済の旅は、前途多難(主にコメディ的な意味で)である。




