表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/28

第17話 ホワイト企業と、石像たちの再就職

 翌朝。  

 オルステッド城の朝食風景は、劇的に変化していた。


 私が食堂の窓を開けると、そこにはバルコニーの欄干に一列に並んだ、体育座りのガーゴイルたちがいた。


『『『奥様! おはようございます!』』』


 数百体による一斉挨拶。  

 物理的な音圧で窓ガラスがビリビリと震える。


「おはようございます、皆さん。昨夜はよく眠れましたか?」


『最高ッス! 屋根があるって素晴らしい!』

『雨風しのげるって神!』

『しかも、朝イチで奥様の魔力供給(朝ごはん)付き! 前の職場じゃ考えらんねぇ厚待遇だぜ!』


 彼らは感動のあまり涙(砂)を流している。

 どうやら彼らにとって、この城は超がつくほどの「ホワイト企業」らしい。


「……賑やかだな」


 席に着いたジークハルト様が、パンをかじりながら遠い目をしている。  

 それもそのはず。窓の外から数百の石像に見つめられながらの朝食など、落ち着くはずがない。


『ご主人様、諦めて。「あいつら視線が熱すぎる……パンの味がしない……」ってボヤいても、あいつら奥様しか見てないから』


 グラムが慰めるように言う。    

 ガーゴイルたちは、私への恩義からか、とにかく「役に立ちたい」というアピールが凄かった。


 例えば――。


「あ、ナプキンを落としてしまいました」


 私がうっかりナプキンを床に落とすと、


『任せろッ!』


 窓の外からガーゴイルの一体が音速で飛び込み、床スレスレでナプキンをキャッチし、華麗なターンを決めた。  

 ナプキンは無事だ。泥一つついていない。


「あ、ありがとうございます」


  『いいってことよ! ……あ、やべ、急ブレーキかけすぎた』


 ズザザザザッ!


 彼が止まった衝撃と風圧が、テーブルの上を駆け抜ける。

 その瞬間、ジークハルト様が口に運ぼうとしていたスープが、波打つようにカップから飛び出した。


 バシャッ。


「……」


 カップは無傷だ。

 だが、中身はすべてテーブルクロスと、ジークハルト様のシャツに移動している。


 空っぽのカップを持ったまま、ジークハルト様のこめかみに青筋が浮かぶ。  


 また別の日には――。


「今日はいい天気ですね。洗濯物がよく乾きそう」


『乾燥なら任せてください!』


 中庭に干されたシーツに向かって、数十体のガーゴイルが一斉に翼をバサバサと羽ばたかせた。  

 猛烈な扇風機代わりだ。


『どうだ! この風圧! 速乾だぜ!』


 確かに乾いた。  

 だが、巻き上がった砂埃で、真っ白だったシーツは見るも無惨な茶色に染まってしまった。


「あぁっ、洗い立てのシーツが砂まみれに……!」


「…………」


「洗い直しだ」と呟いて、ジークハルト様が無言で魔剣の柄に手をかけたので、私は慌てて止めた。


 彼らは優秀だが、やる気が空回りするタイプらしい。


 ◇


 そんなドタバタな日常にも、少しずつ慣れてきた頃。  

 私たちは、久しぶりに二人きりで(もちろん、魔剣や鏡やガーゴイルの視線はあるが)中庭を散歩していた。


 春の陽気が心地よい。

 ジークハルト様は、無言で私の歩調に合わせて歩いてくれる。その不器用な優しさが、たまらなく愛おしい。


「……コーデリア」


 噴水の前で、彼が足を止めた。  

 何か言いたげに視線を彷徨わせ、それから意を決したように私の方を向いた。その顔は少し赤い。


「……その、髪に……」


「髪?」


 彼がそっと手を伸ばし、私の髪に触れようとした。おそらく、花びらか何かがついているのを取ってくれようとしているのだ。  


 少女漫画のようなワンシーン。私はドキドキしながら目を閉じた。


 しかし。


『『『キターーーーーッ!!』』』


 頭上から、野太い歓声が降ってきた。見上げれば、屋根の上にズラリと並んだガーゴイルたちが、身を乗り出してこちらを凝視している。


『いけっ、旦那様! そこだ!』

『キスか!? キスくるか!?』

『俺たち空気読んで石になるぜ! ……あ、元から石だったわガハハ!』

『ヒューヒュー! 熱いねぇ!』


 台無しである。  ジークハルト様の手が空中でピタリと止まり、プルプルと震え出した。


『翻訳! 「……殺す。あいつら全員、砂利にして道路の舗装材にしてやる。絶対にだ」……ひぇっ、ご主人様の殺気がマジもんだ! 逃げろ石っころ共!』


 グラムの警告を聞いた瞬間、ガーゴイルたちは「ヤベッ、調子乗った!」という顔で一斉に飛び立ち、蜘蛛の子を散らすように雲の上へと退散していった。


 残されたのは、真っ赤な顔で固まるジークハルト様と、私。  

 気まずい沈黙。  


 でも、私はクスクスと笑ってしまった。


「ふふ……本当に、賑やかですね」


「……すまない。教育し直す」


「いいえ。……でも、続きは?」


 私は逃げずに、彼を見上げた。

 ジークハルト様は驚いたように目を見開き、それから観念したように息を吐くと、優しく微笑んだ。


 そして、震える指で私の髪についた花びらを取り――。


「……好きだ」


 小さく、けれどはっきりと、そう呟いた。通訳なしの、彼自身の言葉。


 私が返事をする前に、彼は恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、早足で屋敷の中へと逃げていってしまった。  


 残された私は、胸のときめきを抑えるのに必死だった。


 ◇


 その夜。ガーゴイルのリーダー格(通称:親方)が、バルコニーにやってきて平謝りしていた。


『奥様、昼間はマジですんませんでした! ムードぶち壊しちまって……』


「ふふ、気にしていませんよ。旦那様も、本気で怒ってはいないみたいですし」


『いやぁ、旦那様の殺気、ハンパなかったッス……。で、お詫びってわけじゃないんですが』


 親方はゴソゴソと何かを取り出した。


 それは、白くて綺麗な石ころだった。


『空からのパトロール中に見つけたんです。領地の裏山から、すげぇ熱いお湯が湧いてるところがあって。その近くに落ちてた石なんですが』


 私は石を受け取った。


 石から、ほわわんとした温かい声が聞こえてくる。


『あったかいよぉ〜。気持ちいいよぉ〜。硫黄の香りでスベスベだよぉ〜』


「……これ、もしかして」


 私の目が輝いた。

 熱いお湯。硫黄の香り。そしてスベスベ。  間違いない。


「『温泉』ですね!」


『オンセン? よくわかんねぇけど、浸かると石の苔が取れて気持ちいいんスよ』


 これは大発見だ。 北国といえば温泉。冷えた体を温める最高の娯楽。

 もしこれを開発できれば、魔鉱石に続く、領地の新たな目玉産業になるかもしれない。


「ありがとう、親方さん! 最高のお詫びの品ですわ!」


『へへっ、そりゃよかった! んじゃ、俺らは夜の警備に戻ります!』


 親方が敬礼して飛び去っていく。


 私は手の中の温かい石を握りしめ、明日の計画に胸を膨らませた。  


 畑、鉱山、そして温泉。  

 私の「万物の代弁者」としての仕事は、まだまだ尽きそうにない。  


 明日はジークハルト様を誘って「湯治デート」の下見に行こう。


 きっとまた、グラムさんやガーゴイルたちがついてきて大騒ぎになるだろうけれど。


  それもまた、この賑やかな領地らしくていいかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
めっちゃ( 」`◇´)」面白可愛い♡♡♡ 聖女?の《力》が家具や食器、様々な道具や石像 (o・ω・o)果てゎ山や大地や温泉まで… この世界のありとあらゆる《物》の声が聞こえる!って設定が目新しく面白…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ